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2009年05月04日

● 追悼 忌野清志郎


受け取りたくない訃報というのがある。




忌野清志郎が亡くなった。


ニュースで知って 文字通り、腰が抜けた。


闘病している事は知っていたのだが…


大学生の時にコンサートの会場警備のアルバイトをいろいろとしていた事を 今までにいくつかの記事で述べたが、RCサクセションを私が初めて見て聴いたのは 井上陽水のコンサートの前座で歌っているのを見た時だ。


MCがメチャクチャで 普通なら前座はメインの歌手をたてるような事を嘘でも言うモノなのだが、井上陽水のファンを煽るかの如く揶揄するなど 正直言って警備泣かせの前座だったのだが… その時に彼等が歌った「スローバラード」は揶揄に怒って野次っていた客達が つい静まり引き込まれるほどで それが物凄いインパクトで記憶に焼き付いている。


つい昨日、「中森明菜」に関する私見を記事で掲示したばかりだが それ以上に「忌野清志郎」は1970年代後半から1980年にかけての私の人生を思い返す時、絶対に欠かせないBGMとなるアーティストと言えるだけに またひとつ時代が終わった様な気さえする。


この場を借りて哀悼の意を表すると共に 数々の想い出の曲をありがとうと深く御礼を申し上げたい。




「スローバラード」


「デイ・ドリーム・ビリーバー」


「トランジスタラジオ」


「雨上がりの夜空に」


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コメント

ブタネコさん、こんにちは。

私は「ヒッピーに捧ぐ」を聴きながらご冥福を祈りました。

お久しぶりです。寺島&松重ファンの和歌之介です。

私もキヨシローが…というよりRCサクセションが大好きでした。
キヨシローは私をロックに導いてくれた人生の師匠です。
多感な10代、キヨシローから色んなことを教えてもらいました。

連日ワイドショーでキヨシローのニュースを見ます。
見れば見るほど現実感から遠のいていきます。
次のライブはいつかな~なんて思ったり。
そしてまだ、RCを聴けないでいます…。

追記
ニュースで通夜から車で出てくる三浦友和さんの映像を見ました。
薄っすら涙は滲んでいるようにも見えましたが、泣いている訳でもなく、
呆然としたというか、何というか。うまく言葉で表現出来ないのですが・・・

本当に大切な人を失くした時に、人はこんな表情になるのだろうな、と。

葬儀などで号泣したりする他の芸能人の映像には何かを感じた事は
ありませんでしたが、今回は二人の関係を報道内容程しか知らない
こちらにまで悲しみの深さがこちらまで伝わってきて、衝撃を受けました。

また素晴らしい人が鬼籍に。。。

以前知り合いのアメリカ人♂とイギリス人♀に
日本のロックシンガーのLP(古いw
を貸した所、唯一ROCKと認めてくれたのが
RCだったのを思い出します。

日本語のはっきりとした歌唱法や英語に頼らない歌詞
メロディーは結構ブルース影響が伺えますが
唯一無二の存在であったことは確かでしょう。

まだまだやって欲しかったですね。
ホント、今聞いてもスローバラードは鳥肌もんの名曲です。

謹んでご冥福をお祈りします。合掌。

★ たまごろう さん

私も映像を見ました。

言葉がありません。


★ 和歌之介 さん

どもお久しぶりです。^^

私、昨日より今日の 忌野清志郎の通夜や葬儀を取り上げているワイドショーの取り上げ方 特にあたかも亡くなる前から「私は讃えていました」みたいなお追従バレバレの司会者達にウンザリしています。

が、たまごろうさんも上のコメントで御指摘されますが 三浦友和の表情だけは…

あぁ、やっぱ亡くなっちゃったんだなぁ…と実感させられ言葉がありません。


★ やじ さん

私は大ファンだったと公言出来る身ではありませんが、なんか ひとつの時代が終わった気にさせられています。

「スローバラード」をラジオで聞いて頃が 真の意味で遠い過去になってしまったんだなぁ…と。


人間、四十を越えると、近親者の死にも何度か触れ、『死』というものは受け入れなきゃいけないもので、時にはその『死』が救済になっていることもあるのだと思ったりします。でも、ブタネコさんのいうとおり清志郎の訃報は受け取りたくないものでした。おじいちゃんになっても歌っていて欲しかったです。数ある名曲の中でも個人的には「ぼくとあの娘」という曲がたまらなく好きでした。地味な曲ですがこんなラブソングを作れる人ってもう現れないんでしょうね。私の冴えない青春時代にさえ、そのすばらしい歌と比類なき歌声で刺激を与えてくれた清志郎に、本当に感謝です。

★ うたせ流 さん

>おじいちゃんになっても歌っていて欲しかった

ですね、まったく同感です。

以前に地震雲の件でコメントをさせていただいた寺島進さんのファンです。
お久しぶりでございます。

私は30年間位RC(清志郎さん)のファンです。自分で言うのもなんですが「熱狂的」と言ってもいい位でした。
関東の真ん中位に住んでいる私は高校の頃はバイト代を全部RCのライブに使っていました。
行ける所は全て、というくらい足を運んでいました。自慢するとかそういうのではないのですが・・・。

ここ数年は高校の頃よりは清志郎さんのライブに足を運ぶのは減っていましたが、唯一、実兄と一緒に観に行っていたアーティストでした。

ブタネコさんのブログに清志郎さんのことが書いてあって、「あぁ本当に沢山の人達に影響をあたえていたのだなぁ・・・」としみじみ思いました。
そして「同感!」と思ったのが薄っぺらいコメンテーターの言葉。
私もたいしたファンではないですが、でもなんだか腹が立ったです。

今に至ってもまだ実感もわかず、現実を受け入れたくないのかたいして涙が出ませんでした。
行こうと思えば青山の葬儀場に行ける処に住んでいますが行きません。
ファンの方々が泣き悲しみ打ちひしがれているなんて清志郎さんには似合わないと思うから。

うまいことが言えませんが小学生でファンになり、その辺りから自分の性格をかえなきゃいかん。
と思い、多少良い方に変えられたと思っています。
よく「音楽に救われた」とか「勇気をもらった」とか言う方がいらっしゃいますが、、、これはあくまで私の想いなので、意見の違いがあるのはわかっていただきたいのですが、私はそういう感じではなく、、、、、
あまりにも聴きすぎて「生活の一部」となっていたので、現実では亡くなってしまっているのですが、
私の中では唄っている清志郎さんがいます。

「めんどくせー書き込みだな」と思われてしまうかもしれませんが、思わず書かずにはいられませんでした。

本当に清志郎さんには感謝の気持ちとありがとうの言葉しかでてきません。
心よりご冥福をお祈り致します。

長い駄文すみませんでした。

★ S・H さん

ども、お久しぶりです。^^

面倒臭いなんて全く感じておりません

私も 私の人生に大きな影響を頂戴した横溝正史先生や寅さんは 今でも私の中では生きておられます。

だから、御心中をただお察し申し上げる次第です。


管理人様・・・


うまく言えませんが温かいお言葉を
ありがとうございました。

★ S・H さん

いえいえ^^


【※注意!!】

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