● 将来の夢・過去の現実(その2)
「屯田兵の御隠居」が釈放されて間もない頃の事。
時々、喫茶「職安」の片隅でボーッとタバコを吸いながら考え事をしているNさんの姿があった。
誰かを見つけたらクダラナイ話であろうがなんだろうが とにかく誰かとお喋りをしたがったNさんにしては極めて珍しい姿で 逆にそれが気になった私はNさんに
「どうしたんスか? 珍しいですね、考え事ですか?」
と、話しかけたのだが Nさんは面倒臭そうな表情で私を一瞥すると また、新しいタバコに火を点けてボーッと考え事をしている。
釈放以来、「屯田兵の御隠居」の体調がすぐれない事を常連さん達が気にしていた時期でもあったから、そういう意味で何か良くない心配事でもあるのかと私は気になって仕方が無かったのだが、Nさんは何も応えてくれなかった。
私が何度かしつこく尋ねると ようやくNさんはさらに面倒臭そうな表情を浮かべて
「御隠居から新しい趣味を貰ったんだけど これが実に難しい」
「どんな趣味なんですか?」
「教えない」
「え?」
「オマエには まだ早いから教えない」
結局、それ以上はどんなに聞いても教えて貰えなかった。
だから、難解なクロスワードパズルかなんかを貰ったんだろう… 私はそんな風に解釈していたのだが違った。
私は その頃、「屯田兵の御隠居」をはじめNさんやOさんなど 喫茶「職安」の常連さん達に趣味らしい趣味のある人はいないのだと思っていた。
当時の働き盛りの男達は「仕事が趣味」みたいなタイプが多く であるがゆえに会社を定年退職した途端、急に老け込んでしまう人が多かった。
喫茶「職安」の常連さん達も そんな典型的なタイプで、それぞれの本業や 御隠居の手伝いをする時には実にパワフルだったが、それ以外の時は喫茶「職安」でまったりとコーヒーを飲み、タバコを吸いながら、誰かと雑談するのが強いて言えば趣味なんだろうとさえ思っていた。
例えば、バイト学生の一人で後に「気の弱い弁護士」と呼ばれる男は バイトで稼いだ金の大半をカメラの機材や消耗品を購入するのに費やしている事を知った運送屋のN専務やO弁護士は
「写るかどうかも判らない心霊写真に挑戦するのが そんなに楽しいか?」
と、いつも問い詰め
「俺には判らねぇなぁ カメラ小僧の考える事は」
と、嘆いたりしていた。^^
後に「二代目開業医」と呼ばれるバイト学生の母親がシャム猫のブリーダーを趣味と実益を兼ねてしていると聞けば
「いっそのこと オマエの病院に産婦猫科を作ったらどうだ?」
と、からかっていたりしたものだ
さて…
自衛隊に関連する防衛大学や航空学生の入学試験は いわゆる一般大学の入試が行われる1~2月と違い 概ね、毎年9月の末に行われる。
私は1次試験の学科はパスしたが、その後 身体適性で心臓に疾患の疑いが発見され11月の時点で いくつかの病院で精密検査を受けたところ 中には「何の異常も認められない」と診断した病院もあったが、とある大学病院では「極めて珍しい症例で 直ぐに命に別状があるとは考えにくいが 定期的に検査受診を要す」なんて診断が出てしまった為、合格の見込みは薄いと自覚させられた。
まぁ、これってある種の挫折って言っても怒られないと思う。^^
けどね、私は挫折した覚えは無い。
それは、その前年に親しい同級生の女の子が長い闘病の末、白血病で亡くなったのだが、その”亡き友”の闘病中の生き様を思えば 私の事なんかいちいち挫折しているわけにはいかないと思っていたからだ。
しかしながら、当面の目標が「永久に不可」という判決がおり、直ぐに別の「やりたい事」とか目標が見つかるわけでも無く、なので、私は 喫茶「職安」でボーッとタバコを吸いコーヒーを飲む毎日だった。
そんな私にNさんは
「まぁ、直ぐに別の”やりたい事”が見つかる訳もないし 万が一、見つかったとしても
本当にそれが自分のやりたい事かどうかを見極めるには 高校卒業までの時間じゃ無理だわな
だったら、ここはひとつ考え方を変えて とりあえず、どこの大学の何の学部でもいいから
オマエ(ブタネコ)の成績で入れる範疇で 最も、知名度と偏差値の高いトコに行け」
というわけで、「それもそうだな」と安易に私が進学したのは 某私立大学の理工学部
ところが、じゃぁそこでエンジニアを目指すのか それとも研究者なり開発者なのか… 1年間、ひとまず教養課程を学びながら考えたが 自分の中で答は出ない
すると、春の試験休みで札幌に帰省していたそんな私にNさんは
「だったら、既に前からある電子工学とか機械工学じゃなくて
きっと、これからはコンピューターの時代が来るから
情報工学に進んで基礎ぐらい身につけておけば クソノ役ぐらいには立つんじゃねぇのか?」
結局、私はそのアドバイスのまま 情報工学への道を進む。
そして、4年になり そろそろ就職を…と考え出した頃 世間では就職難と言われる中、情報工学系の学生は引く手数多で 就職活動など一切抜きに 企業と癒着していた教授から
「@@君は @@電気に行きなさい」
…ってな調子で就職先を半強制的に割り振られ 私はとある電機メーカーに就職を命じられる。
しかしながら、情報工学は面白い分野とは思ったが その会社に入り、技術系の職種となると 当分、大嫌いな東京という町に居住しなくてはならず…
気持ちとしては札幌に帰りたくて仕方が無かった私は 再び、その事をNさんに相談すると
「昔、冗談交じりに言った事があるけど 俺達(喫茶「職安」の常連さん)としては
オマエに屯田兵の御隠居から俺達が預かっている会社を引き継いで欲しいんだよな
しかし、折角の就職なんだし こっちの会社は別に直ぐ引き継がなきゃならない理由も無いから
2・3年 人生経験だと気軽に思って その会社に勤めりゃいいじゃねぇか
で、嫌になったら とっとと辞めて帰ってきて 俺達のてつだいをすりゃ良いんだ」
と言われて、気持ちが物凄く軽くなった。
大学を卒業する頃には 既に、私は今の嫁とタイミングを見計らって結婚する約束をしており、なので Nさんのアドバイスを当時の彼女(今の嫁)に話したところ
「私も 数年ぐらい東京で暮らしてみたいと思ってるから ちょうど良いじゃん」
あっけらかんとしたものだった。
(その3に続く)
