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2009年05月11日

● 将来の夢・過去の現実(その5)


将来の夢・過去の現実(その4)』の続きを述べよう…




あるケースAの場合…


債務者Aは父親の代から続いている電気店に婿入りし 先代亡き後を継いで経営していたが 家電の量販チェーン店の支店が近所に進出した為 あっと言う間に経営が悪化し、取引先の倒産によりメインの取引先だった家電メーカーS社に対する支払い手形がおとせず、倒産に至る。


債務者Aの先代の経営者である人物は 屯田兵の御隠居の知人だった事もあり、手形の割引を引き受けていた関係もあって運送屋のNさんが引き継いだ御隠居の会社が債権者となる。


で、倒産が決定的となった際に債務者AはNさんのもとを訪ね、土下座の後 子細を説明したのだが…


その時の話によると 債務者Aは S社に対して仕入れ代金約500万円に相当する手形を渡していたが 取引先の倒産により500万円全額を用意するのが出来ず、手形の支払期日前日に手形の差し替えをS社の担当者及び担当者の上司に頼み込んだところ S社の担当者より


「とりあえず、工面出来る最大限の現金を今日中に持ち込めば 残りは何とか対処する」


と言われ、約300万円あった手持ちの現金を全てS社に届けたが 翌日、手形はそのまま交換所に回され不渡りとなったものだった。


以前、別の記事で述べた事もあるが…


人の道としては債務者Aのとった行動は ある種、最大限の誠意と考える事も出来得る。


しかしながら、どうせ不渡りになるのなら約300万円を支払わない方が債務者Aにとっては得策だったと私は考える。


「なんとかする」と言って約300万円を事前に回収しておきながら倒産へと導いたS社の行為は ともすれば言葉巧みに自社の損害だけを減らそうとした行為で 後に


「我々はそんな事を言っていない。

 債務者Aが手形を不渡りにした後に 自ら”ひとまずこれだけ受け取って欲しい”と

 持ってきたものであって 事前に要求したものではない」


と、言い張って水掛け論に持ち込もうとした事により 他の債権者達が


「S社にだけ金を払うのは不公平だ」


と、債権者会議が紛糾するのだが それは後の話。


事情を聞いたNさんは 我々に債務者Aの店に急行し 店舗や倉庫にある在庫品と 債務者Aの自宅の家財道具一切を 緊急に運び出せと指示し、我々は その指示を実行した。


Nさんが債務者Aを助けようと判断した大きな理由は S社の行為に激怒した事もあるが、それ以上に 債務者AがNさんの面前に飛んで来て詫びを入れた事と


「私はどうなっても構わないんです けれども、どうか家族

 特に娘だけはそっとしておいて貰う事は出来ないでしょうか…」


と、債務者Aが自分の身よりも家族への配慮を懇願した事を考慮したからだ。


結果的にO弁護士が S社の行為を詐欺行為として吊し上げ、約300万を債務者Aに返還させた上で 手形の額面を債権放棄させ、回収した約300万円を他の一般債権者に分配する事で納得させ、唯一残った大口の債権者である某銀行との話し合いを残すのみとなっていた。


その件に関しては某銀行が抵当権設定していた不動産を自己処分し返済する…という事である程度の妥協は得られていたのだが、なかなか某銀行の内部裁定が下りず日々が過ぎていく中で… 債務者Aの妻が首吊り自殺した。


それは 元々、債務者Aの自宅と店舗それに倉庫を含む不動産が債務者Aの妻の父親の遺産であり、それを失う事にショックを受けた妻が精神的に追い込まれて選んだ結果。


それ以来、今度は債務者A自身が鬱状態となり 日増しに精神がおかしくなり、車内に排ガスを引き込んでガス自殺を遂げる。


その結果、当時高校2年生の女の子ひとりが遺される。




あるケースBの場合…


債務者Bは脱サラしてペンション経営を始めるも 開業当初からペンション建設や什器備品購入に多額の借り入れを行い、その支払いに追われ まともに営業することなく経営が破綻する。


この件が私の会社にまわってきたのは ペンション建設に関わった建設会社が資材を調達する資金を立て替える為に Nさんから資金を借り、建設会社はその代金を回収出来ぬまま 債務者Bが家族を遺して行方をくらました事による。


我々は債務者Bの行方を捜すと同時に 債権の回収をどうするか それについて債務者Bの家族と面談したのだが…


北海道の とあるリゾート地の片隅にペンションはあった。


玄関や窓は固く鍵で閉じられ 債権者の誰かが行ったのであろうイタズラでペンションの周りは荒らされていたが、夜に行ってみると 僅かだが室内に灯りと人のいる気配がある。


それはある意味、よくある光景で 債務者の家族がじっと建物の中で息を潜めている状態を如実に物語っていた。


なので、私とNさんは 窓越しに出来るだけ優しく話しかけ、我々が無理強いをしにきたのではなく 状況の確認だけがしたい事を告げると ようやく玄関の鍵が開き、我々は中に入る事が出来たのだが…


ペンションの中にいたのは中学生の女の子と おそらくは小学生であろう男の子の二人だけ。


話を聞くと 父親である債務者Bが行方をくらまし、取り立ての人間が何人か現れて債務者Bの妻が応対にあたっていたのだが、その妻も子供を放置したまま行方をくらましてしまって 残された子供二人が何処に行く当ても金もなく そこに潜んでいたのだった。


「お母さんいなくなったのっていつ?」


私がそう聞くと お姉ちゃんが


「9日前」


「それから君達だけで ここにいたの?」


子供達は黙って頷く


「御飯はどうしてるの? ちゃんと食べてるの?」


すると、お姉ちゃんが


「冷蔵庫の残り物とか食べてたけど… 一昨日から何も食べてない」


もう、なんというか言いようのない気持ちに襲われた。


それは私だけではなくNさんも同じ


「おい、ちょっと店を探して なんでもいいから食べ物と飲み物を買ってこい」


と、私に命じる。


しかし、そのペンションの立地はリゾート地と言っても山奥で 車で30分近く走らないと店のある町には行けず、都会と違って夜は店が閉まるのも早いから その時に直ぐに買ってこれる自信が私には無い… その旨をNさんに告げるとNさんも


「あぁ、そうだな」


と、直ぐに同意。


なので、子供達を車に乗せて その時間でも空いているであろうリゾートホテルのレストランに連れて行き食事をさせた。


そのせいか、子供達も私達を少しは信用してくれた様で ようやくいろんな話をしてくれるようになったのだが、それによると 債務者Bが会社を辞めたのは 実は脱サラではなく不倫がバレたのが本当の理由。


債務者Bや子供達が その事実を知ったのはペンションが完成して間もなく開業という時期で その不倫の件で相手の亭主から債務者Bが訴えられた事により露見した。


当然、債務者Bの妻は激怒し二人の間で激しい喧嘩になるが 実は債務者Bの妻も旦那とは別の相手と浮気してる事が発覚し離婚騒ぎとなり 結果、ペンションの経営などほったらかしにしたばかりにあっと言う間の破綻となる。


2ヶ月もしないうちに 債務者Bとその妻は それぞれ別々に、ほぼ同時に探し出し 我々は問い詰めたのだが 二人とも、離婚騒ぎで心の中の何かが壊れてしまい 本当に夫婦だったのかと思うばかり


NさんはO弁護士と共にペンションの不動産を処分する承諾書を二人からとりつけ


「債権の事はともかく オマエ達二人は 子供達の事をどう思っているんだ?」


と、一喝したが


債務者Bは


「子供の面倒なんて僕には見れませんよ」


債務者Bの妻は Bを指さしながら


「こんな奴の子供なんか どうして私だけで育てなきゃいけないの?」


Nさんは激怒し 二人にそれぞれ書類を差し出すと


「クソの役にも立たない紙切れだけど これにサインと捺印して 俺の目の前からとっとと消え失せろ!」


と、怒鳴った。


その時の書類は 債務者Bとその妻が 二人の子供の親権を放棄し、後見人をNさんにする事に同意する…というもので 後にOさんに聞いたところ 法的根拠には乏しいものだが Nさんはその書類を二人の子供に見せて


「可哀想ではあるが この書類はオマエ達と両親の縁が切れた証の書類だ


 ただな、オマエ達は親に捨てられたんじゃない いいか、勘違いするなよ?

 オマエ達が あの親を捨てる… そう気持ちを切り替えられるのなら

 これからは俺がオマエ達の親代わりとして 少なくとも大学を出るまでの面倒ぐらいはみてやる


 どうする?」


と、言った。


10日間の潜伏生活と その後の両親の変わりように、子供達二人も覚悟が出来ていたのであろう 二人とも即座にNさんにウンと頷き 声をあげて泣いた。


Nさんと私は その子供達をペンションで見つけてリゾートホテルに食事に連れていった後、そのまま車に乗せて札幌に連れ帰り、子供達に親戚縁者がいない事を知ると 屯田兵の御隠居の持ち物だったアパートの空き室に二人を住ませて 倉庫に保管してあった引き上げ品の家財道具や電気製品を持ち込み ひとまずの住まいとさせていた。


そのアパートは当時で築20年以上が過ぎ、外見が老朽化して借り手がなかなかみつからない物件だったものを 結局は、Nさんが引き取った子供達を住まわせる為のアパートとしてしまったわけで…^^


先に述べた債務者Aの一人娘も そのアパートの別の一室で過ごし、成人した。




Nさんが育てた そういった子供は全部で5組(7人)


皆、今では立派な社会人となり 毎日、人生を楽しんでいる(はず^^;)


Nさん自身は生涯独身だったから 血は繋がらずとも彼等はNさんの立派な子供達だと私は思う。


彼等の半分は まだ独身だが、半分は既に結婚してそれぞれが幸せな築き 良き親として生活している。


Nさんは常々、債務と面談する際 債務者に学生以下の年頃の子供がいると その子供を気にかけ 債務者自身が子供を省みない発言や行動をすると形容のし難い程の激怒をみせた。


それはNさん自身が早々と両親と死に別れ 親戚をたらい回しにされた後、独りで生き抜いた人だったから家庭の温もりに人一倍憧れがあったんだな。


最近、このブログの記事に 二代目開業医の病院に勤務する看護師のCちゃんという人物が登場するが、彼女も そんなNさんに拾われた7人のひとり。


普段は 実に素っ気なく、私がとばすセンス溢れるギャグにも何の反応も示さず、入院患者の中で最も扱いにくい患者とされている私を恐れもしない剛の者だが… 時折、何かの弾みに生前のNさんのエピソードや人となりを私に聞きたがる時がある。


そんな時、


「あぁ… この娘の親は今では完全にNさんなんだなぁ…」


と、つくづく思わされ Nさんの偉大さが身に染みる。


お駄賃

 気が向いたら…で結構です。^^;

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コメント

ブタネコさん、こんばんは。N専務の話、有難うございます。N専務、とても素敵な方ですね。中学生の女の子と小学生の男の子の姉弟にN専務が決断を迫る場面は思わず涙しました。

ブタネコさん、体調には十分気を付けてお過ごし下さい。

いきなり世の中の不条理が!! 読み出すと内容がとても辛かったのですが、Oさん・ブタネコさんの人柄に接し、本日も朝からほろりとさせて頂きました。今日も一日良い日が始まりそうですm(^^)m

ブタネコさんへ
いい話ですね、何も言えなくなります、N専務にお線香をお供えしたくなります。世の中の上司、先輩には’あんな風になりたい’、’あんな風には絶対なりたくない’の2種類ありますが、N専務は絶対前者ですね。

★ ユーイチ さん

Nさんは傲慢なオッサンでしたが とても温かい人でした


★ きーマン さん

本当は もっとドロドロした部分があったのですが、私には書けなかったし書く必要もないと思ったので省略しました。


★ タンク さん

>’あんな風になりたい’

たしかにそう思った事もありましたが 私には全然無理でした。^^


恐れ入りました。

ここで 看護婦のCちゃんが出て来るなんて・・・


彼女の 何が起ころうと黙々と任務を遂行する姿勢と

それを見守る ブタネコ さんの優しい目線を

改めて 納得した次第です^^;


★ 虎馬 さん

ども^^

【※注意!!】

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