● 中堅ヤクザの自宅処分(その3)
私達が、喫茶「職安」で最初のバイトしてから20年近くが過ぎたある日の事。
皆、誰もが歳をとり 喫茶「職安」の常連さん達の殆どが死んだり、いなくなったりして 最後に残ったNさんも健康を害して二代目開業医の病院に入院していた。
そんなNさんの病室を私が見舞った時、たまたまNさんと私と二代目開業医の三人で昔話に花を咲かせた時の事。
Nさんが私達二人に
「なぁ、オマエ達に掃除をさせた あの血まみれの風呂場の家を覚えているか?」
と、言い出し
「どうなってるのかなぁ?… あの家」
そして、「まぁ、もう時効だから良いか…」と 勝手に物語を喋りだしたのだ。
そこにいた私と二代目開業医は たとえ、それが私と二代目が二人だけの時ですら その時の事を話題に話した事は無い… 20年近く過ぎたその日までは。
我々バイト学生にとって 初めての喫茶「職安」でのバイトとなったその家は 元々、ある人物(以下Bと呼ぶ)が所有していたものだった。
が、Bはその後借金で行き詰まり、不動産を 当時、とある暴力団の中堅幹部(以下、Yと呼ぶ)に取り上げられ Yはそこに内縁の妻と二人で住んでいた。
Yは その後、ある殺人事件の実行犯グループの主犯として逮捕され 喫茶「職安」の常連であるO弁護士が 元々、Yと知り合いだった事から弁護人となる。
だが、O弁護士は力があり、腕の良い弁護士ではあったけど Yは前科や情状面からよくても「無期懲役」 ヘタすると「死刑」という判決の可能性が高かった。
当時、Yは50過ぎの年齢だったから 仮に判決が無期懲役だったとしても、仮釈放が認められる頃には年齢的に「この世」にはいない… Y自身が既にそう腹を括っており、O弁護士に対して
「自分は死刑でも構わないから無用な弁護はしなくていいです
そのかわり、弁護士費用を含む裁判費用や内縁の妻への手切れ金、
それに刑務所内での賄い費用などを捻出する為に
代理人として自宅など財産を処分して現金化して欲しい」
と秘かに依頼した。
ただ、殺人罪で逮捕されたヤクザの家を簡単に買ってくれる人を見つけるのは容易では無い… 当初はそう考えたO弁護士は 屯田兵の御隠居に相談の上、屯田兵の御隠居にその家をいったん買い取って貰い、時間をかけて処分する事に決めて、拘置中だったYもそれを了承し手続きは完了したのだが…
それぞれへの支払いが終了し、不動産の名義変更も完了して いざ、引き渡し…となった時に 突然、Yの内縁の妻と連絡が取れなくなった。
O弁護士は半月程様子を見たが Yの内縁の妻からの連絡は全く無い。
そこで、名義変更等は既に完了している事から 家主(屯田兵の御隠居)の代理人としてO弁護士が鍵を開けて家の中に入ったところ、荷物は総てそのままで ただ、浴室は異様なまでに血まみれ
…と、ここまで述べると 司法関係者や不動産業関係者の方から「市民の義務を怠っている」「道義的責任は?」「瑕疵物件として契約を解除出来る…」等々 いろんな異議が挟まれると思う。
本来なら、即座に警察に連絡し相談すべき事だったのかもしれない… 道義的にはね。
けれども、当初は相当売りにくい物件だと目されていたその家が その時点でいとも簡単に買い手がつき、しかも売値が予想以上に高い値段で内定していた事。
しかも、その家を買おうとしていた人物は 屯田兵の御隠居が元々は激しく嫌っていた人物だった事から
「折角、高い値段で買い手がついているんだから 知らんぷりして売っちゃえ」
と、屯田兵の御隠居やO弁護士は判断し 我々バイト学生を使ってYの荷物を運び出させて空き家にしたのだ。
20年近くが経ってNさんが語ったのは
「あれだけの血が流れてんだもん
きっと、あそこで誰かが死んでるんだろう…って事は馬鹿でも思うさ
でもな、当時は土木工事で穴を掘ったら遺跡が出てきて…なんて時に
発掘調査なんか入ったら商売にならない…ってんで みんなで(遺跡を)見なかった事にしよう
…なんて事は よくある話だったんだ。
風呂場が血まみれでした…なんて話が漏れたら 誰だって気味悪がって買わねぇだろ?
それでなくたったって、殺人で服役したヤクザの家だぜ?」
他の人がなんと言うかは知らないが、私もそう思う。
「本当だったら、警察に相談するのがスジってもんなのも判ってたさ
でもな、俺達(常連さん達)は そうしなかった。
パクられた(逮捕された)Yって奴は パクられた罪名は”殺人罪”だけど、
その辺の普通の一般人を殺ったんじゃ無い。
アイツはヤクザとして 敵対した組織のヤクザを殺っただけの話。
Y本人にしてみれば 昔ながらのヤクザらしく、
大人しく懲役に行って塀の中でクタバル覚悟を決めてるのに
娑婆の内縁の妻が…とか、風呂場が血まみれで…なんて話を聞かせたって
塀の外に出れないんだもん。 ただ、気を病むだけだろう?
だから、俺達は総てを内緒にしたんだ。」
まぁ、これも他の人が聞いたら怒るかもしれないが…
ヤクザそのものの存在に怒る人も多いだろうし、殺人罪の隠蔽とも受け取れる話だから余計に怒られる話なのは私も理解している。
しかしながら、世の中の偏見とか 杓子定規な現実での矛盾も散々に味わい理解しているつもりの私としてはOさんやNさんの選択も理解が出来る。
「ところでよ、ススキノの外れのマンションに入っていたヤクザの事務所の引っ越し覚えているか?」
不意にNさんの話が変わった。
「あぁ、骸骨みたいなジャンキーが暴れ出した時?」
「そうそう、あの骸骨がYの親分」
「えっ!?」
驚く私と二代目開業医
「あの時さ…
あの骸骨が”ヤスエ(仮名)! これはオマエの仕業か!”って吠えたんだよ
それ聞いた時に なんか判った様な気がしたんだよな
ヤスエ(仮名)ってさ 金を貰った直後にいなくなったYの内縁の妻の名前なんだよ
つまり、あの血まみれの風呂場の血はヤスエ(仮名)の血で 下手人はあの骸骨だって
ま、真実は小説より奇なりって言うから これは俺(N)の想像なんだけどな…
Yはさ、無期懲役の判決で懲役に行ったんだ。
で、奴には身寄りが無かったからO弁護士が月に一回 Yのとこに面会に行ってさ
差し入れだなんだって世話を焼いてたんだけど…
服役して五年後だったかな 元々、患ってた肝臓が癌になっちゃって
医療刑務所に移されたけど、そのまま死んじゃったんだ…
なんか、オマエ達と昔話をしていたら思い出したなぁ…
あの家、今はどうなってんのかなぁ…。」
(その4に続く)
