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2008年12月07日

● きみの友だち


重松清:著「きみの友だち」を読んだ。




きみの友だち

重松清:著  新潮文庫:刊 ISBN978-4-10-134922-0




この本を友人である某国立大学理工学部の教授から貰ったのは 今年の夏の終わり頃。


彼は東京に出張した際に 時間潰しで入った映画館でたまたま映画を見て、そして原作を買って読み、


「この本の主人公は オマエ(ブタネコ)の嫁そのものだ」


と、言って 新たに買ったこの本をくれたものだった。


その頃、私は日本中のあちこちを旅して廻り、札幌にいても暇が在れば丘珠や千歳に写真を撮りに出かけ、いつしかこの本や映画の事を忘れていた。


二代目の病院に入院する事になり、愛用のノートパソコンと共に 書斎の机の上に未読で積み上げてあった本や 未開封のDVDを持ち込んで、病室での暇潰しにしていた時、この本の事を思い出した。


で、読み始めたわけだが…


きみの友だち


この本は 9本のサイドストーリーで構成され、最終章の「きみの友だち」へと続く形式になっている。


それぞれのストーリーは小学生や中学生の話なのだが、オッサンの私が読んで胸に染みるんだから不思議だ。


たしかに、主人公の恵美はウチの嫁そのものだった。


『わたしは”みんな”を信じない。』


ここに こう書いたのを読むだけじゃ、そんな恵美の考え方を多くの人は誤解するだろう。


でも、その前後の事情に本の文章で触れると そういう恵美の考え方を どれだけの人が否定出来るのだろう?


第1章である「あいあい傘」 この中で後の恵美の性格や考え方の根本になる いくつかの事件とその後を読者は知る。


全く同じ出来事を経験したわけでは無いが、至った恵美の結論ともいうべき考え方は 自分の人生とオーバーラップする部分が大だし、教授の言う様に まさにウチの嫁だ…と、第1章を読んでいる途中で痛感し、その先を読んでもいないのに 恵美のその後を思い涙が止まらなくなった。


人は何故か群れたがる。


集団の中に身を置く事で安心感を得るらしい。


しかし、自分の人生は自分だけのものであり、いずれは何かを決断しなくてはいけない時がくる。


にも関わらず、その決断をする時でさえ 他者の顔色や世間体をうかがい、ともすれば他人の意見に左右されてしまったりする。


私は 高校生の時に、既に主人公の恵美と同じ風な考え方を身につけた。


だから、高校という学舎の中に楽しい思い出は殆ど無いし、友達と呼べる関係は数人しかいない。


けれども、嫁や 二代目開業医や気の弱い弁護士や教授や腕力だけが取り柄の歯科医や詐欺師の様な一級建築士など そのほんの数人の友達との思い出は数え切れないぐらいにいっぱいあり、それが私の財産だ。


そして、歳を重ねる毎に 早々と旅立って行った「亡き友」が考えさせてくれたいろんな事のおかげで 私は今までの人生を充分に楽しめさせて貰えた。


この本のページをめくり、読み進めていくうちに 本の内容よりも、そんな自分の人生をふり返る様な錯覚に襲われ、何とも言えない気持ちになった。


「千羽鶴」という章が 私には一番泣けた。




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