● あの戦争は何だったのか
『シリーズ激動の昭和~あの戦争は何だったのか~日米開戦と東条英機』を見た。


太平洋戦争の「検証」を目的とする番組は いくつあっても良いと思う。
その番組の中で 出演者が自己の解釈や認識を披露するのはかまわないが、個人の解釈や認識を押しつけようとしたり、暗に「これが事実だ」と擦り込む様な表現が 今までの戦争ドキュメントと称する番組の大半だった。
この番組の冒頭で筑紫哲也に触れた能書きがあったけれど、私に言わせれば筑紫哲也こそ刷り込みの権化だったと言わざるを得ない。
ただ、死者に鞭打つ真似をしたいと思わないし、間違っても「死んで良かった」なんて言う気など全く無い。
それと同時に、死者だからと美化する気もサラサラ無い… その点だけは強調しておきたい。

とかく、東条英機は悪人だ…と言われてきた。
その根拠は彼が「A級戦犯」だから。
しかしながら、そのA級戦犯とは極東軍事裁判とは名ばかりで 戦勝国による歴史と責任の押しつけであり、公平で公正な検証の結果で無い事は今更言うまでもないのに その検証をしようとせず「A級戦犯」だから悪人と決めつけるのは 他国ならいざ知らず、せめて日本人は日本人としての検証が済むまでは慎むべきだと私は思ってきた。
例えば、昔から「東条英機は天皇が戦争責任を問われぬ様に身をもって被った」と認識する意見がある。
それが本当か否かは未だに私には判らないが、現時点では私はそれを完全に否定する事も出来ない。
そういう側面や可能性が東条英機の人となりにあるからなのだが、それを知る機会は一般的には殆ど無いであろうし、多くの人は誰も知ろうとはしなかった。
公正な検証に必要な事は事実の羅列であり、羅列される事実には誰かの認識や思い込みは入っていてはいけない。
ところが、日本のメディアによる羅列には 何故か、何者かの認識や思い込みが紛れており ともすれば、まず結論が最初に既に存在して そこへ誘導するかのような体裁が殆ど。
私が今まで筑紫哲也を罵ってきたのは 彼が関わる報道とやらには、常に彼の認識が結果として用意されている姿勢 それは、筑紫哲也に限らず日本のメディア全体が常に中立公正と言いながら実は用意してある結論へと誘う二面性なのだが それを腹立たしく感じていたからだ。
さて、今日の番組を見て まず思った事は、TBSというTV局が筑紫の呪縛から ようやく離れたのかな…という事。
少なくとも番組が始まった18時55分から22時半まで(番組終了は23時半)を見ていてそう感じた。
この番組を見て 東条英機に対する認識が少し変わった人が少なくないんじゃなかろうか?
同時に、今までは何も知らなかったけど 東条ってこういう人だったのか…と初めて認識した人も少なく無いんじゃなかろうか?
そんな人に言いたいのは この番組を見ただけで、安易に結論づけたり、認識してはダメだよ…と。
もっと、いろんな意見や事実を踏まえる事 そういう意味でこういう番組は今までの擦り込み番組なんかよりも有意義だったな…とも。


「ビートたけし」

「大杉漣」

「福井博章」
