● 雑感(11月3日)
ふと、思った事を述べてみる。
以前にも述べた事だが、毎年 11月3日になると思い出す事がある。
それは、私が子供だった頃 この11月3日は父の愛車の夏タイヤを外し、冬用のスパイクタイヤに交換する日だった事だ。
だから、地球温暖化… それを如実に感じるのは ここ数年、この11月3日でもある。
というのは、私が子供の頃の11月3日は タイヤ交換している時に手がかじかむぐらい肌寒い日で タイヤ交換した後に、当時住んでいた一戸建てとはいえボロボロの木造自衛隊官舎の窓に 冬の間の防寒対策として厚いビニールを貼り、窓枠にあて木を釘で打つ作業を半日かけて行うのが 我が家の通例の年中行事であり、作業を終える頃には フワフワと雪が舞い落ちてきたものだ。
しかしながら、最近の札幌では 中山峠や日勝峠を越えるのなら話は別だが、街中だけを走っているぶんには12月の中頃まで夏タイヤで充分。
そんな時代の変化を確認しつつ、コーヒーを飲みながら 窓から庭を眺めつつ、父母や妹 今は亡き3人と過ごした頃を懐かしむ、それが ここ数年の11月3日の私の過ごし方になってしまった。
さて、私が 小学生とか中学生の頃の話なのだが…
その当時、いわゆる私や妹の「おやつ」みたいな存在に「じゃがいも」があった。
大学進学で東京に上京した時に 関東の人達が「じゃがいも」を茹でる時、皮を剥かずに茹でるのを知って とても違和感を感じたのだが、昔から北海道で暮らしている我が家だけじゃなく 私の親戚や知人達の家庭の殆どが「じゃがいも」を茹でる時には まず、皮を剥く。
特に 私の母親は「じゃがいも」の名所である十勝地方の出身だったから それなりの拘りがあったらしく、大鍋に沢山「じゃがいも」の皮を剥いて 濃いめの塩水で茹でる。
その茹で上がった「じゃがいも」にバターを塗って 牛乳を飲みながら食べるのも美味しいのだが、それ以上に美味しいのは一度に沢山の「じゃがいも」を茹でるから 茹で上がりに食べた以外のを4つに切り、それを一夜干しの様に 表面が軽く湿気を帯びる程度に乾くまで皿に盛って放置し、その後はラップをかけて冷蔵庫に保管しておく。
そして、当時は主流だった石炭や薪のストーブの上に 一度、くしゃくしゃにしたのを拡げたアルミホイルを敷いて その上に、保管しておいた「じゃがいも」を載せて焼き 時々、それを転がして「じゃがいも」の表面全体が軽く焦がす。
私や妹が 学校から帰ってくると、ストーブの上には 母がそんな状態に「じゃがいも」をのっけてあり、私達は それをおやつ代わりに食べていたのだ。
でね、メイクイーン系のじゃがいもを 皮を剥いて茹でて、4つに切り 一晩ぐらい放置したモノを ストーブの上の様なところで焼くと、じゃがいもの表面に 一枚の皮の様な状態が出来、それを少し焦がした状態にすると とても香ばしく美味しい…って知ってました?
近頃は、薪や石炭のストーブは姿を消し 灯油のストーブも年々、減っているのだそうで ガスストーブとか、電気式の床暖房とかが主流となり 我が家の暖房にストーブは使っていない。
フライパンやオーブンを利用して試してみた事は何度かあるが、ストーブの上で 時間をかけて転がして焦がした子供の頃におやつで食べた「じゃがいも」は 今の私には簡単に食べる事が出来ないモノになってしまった。
先日、今年の「新じゃが」が 帯広の親戚から送られて来た時に、何故か 子供の頃に食べた ストーブのじゃがいもが無性に食べたくなった。
そんな風に あの「じゃがいも」を食べたくなった事は ここ数年、何度もある。
でも、今年は 今までと違って 心の底から食べたくなって…
つい、先日 ストーブを買った。
名目は ウチの嫁の趣味である園芸と、私の趣味であるメダカとビーシュリンプの水槽を置いてある温室の 予備暖房として…なのだが、私の本当の目的は じゃがいもを焼いて食べる為。^^;
だから、早速 試運転と称してストーブを焚き、前日に茹でておいた「じゃがいも」を 昔ながらのスタイルでのせて焼いて食べた。
本当に 涙がこぼれた。
美味かった…
でも、私が本当に味わいたかったのは 昔懐かしのじゃがいもの味を噛み締めながら子供の頃に、妹と ごく当たり前にそんなじゃがいもを食べている頃の想い出だったんだなぁ…
早速、涙ぐみながら両親や妹を祀る仏壇に それを供えていたら、そんな私を嫁が見て
「だったら、もっと早くストーブ買えば良いのに…」
と、苦笑していた。

