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2008年10月11日

● プライベート・ライアン


1998年公開の映画「プライベート・ライアン」について語ろうと思う。




プライベート・ライアン

この映画は いろんな意味で画期的な映画だった。


多くの映画評論家が この映画を評する際、必ず触れる部分が


プライベート・ライアン

プライベート・ライアン

映画序盤と後半の戦闘シーンにおける迫力とリアルさ


それまでに戦争映画の傑作と呼ばれる映画はいくつもあるが、上陸戦における 部分的にはドイツ軍の一方的とも思える攻撃の中 海岸線を上陸していく連合軍兵士の壮絶さを これほどまでドロドロに(でも、それがリアル)描いた映画は無い。


上のキャプは上陸用舟艇のドアが開いた瞬間 機関銃の掃射に遭い、前から順に兵士が撃ち殺されていくシーン


肉が飛び、血が噴き出し、内蔵がはみ出た状態で「ママ~」と叫ぶ者や 千切れた自分の片腕を もう一方の手で物の様に平然と掴んで歩く兵… これらをグロテスクな表現と捉えて文句を言った自称:識者も少なく無く ゆえに、この映画の戦闘シーンはグロかリアルかで論争となったのを見聞した事もあるが それに関する私の見解は「アホか」である。


だってね、私に言わせれば シーンが「グロ」か「リアル」かなんて事は 真剣に議論すべきポイントでは無い。


重要な事は 今の平和ボケした連中にはグロテスクでしかない映像も、実際の戦場では 前線の兵士であればごく普通に目にした光景であり、


プライベート・ライアン

プライベート・ライアン


ほんの数秒前まで 自分の直ぐ横にいた別の兵士が、ちょっと横を向いていた間に肉塊と化していた… それが何年も同じ部隊で兄弟の様に 同じ釜のメシを食い、馬鹿な冗談を言い合って助け合ってきた者だったならば尚更、そんな体験をした兵士の気持ちや思考はどうなるか?…


監督のスピルバーグが描きたかったのは そこなんだとすれば、この描き方は必要なプロセスでしか無く、そこで「グロ」か「リアル」かなんて議論している様では この映画の本質を受け止めたとは言えない。


ゆえに、この映画を評する時に この映画の戦闘シーンにおける迫力とリアルさだけしか語らない自称評論家は 目が節穴でしか無いので そいつの他の批評は傾聴には値しないとさえ 私は思っている。


では、この映画におけるポイントは何か?


ブタネコ的に言うならば その一つは


プライベート・ライアン

アパムという名で登場する兵士は 兵士としては基礎訓練だけで戦闘経験は無く 元々、フランス語とドイツ語が話せる事から文章翻訳兼地図の作成係として従軍した技官。


ゆえに、当初の彼の感覚は、殆ど一般人の感覚でしか無く 行動や言動も殆ど一般人。


ライアンを探す途中で たまたま捕虜となったドイツ兵に対する考え方も、殆ど一般人的感覚であって兵士では無い。


そんな彼が


プライベート・ライアン

プライベート・ライアン

プライベート・ライアン

前線の中で怯えながら 次々と仲間が死んでいくのを目にし、捕虜だったドイツ兵と再会していく過程を経て


プライベート・ライアン

行き着く最後の姿…


プライベート・ライアン

私に言わせれば それこそがリアルな描写と讃えるべき部分だと思う。


それと、もうひとつの この映画のポイントは 本編冒頭と終わりにある


プライベート・ライアン

フランスにある連合軍将兵の墓地のシーン


プライベート・ライアン

プライベート・ライアン

ライアン二等兵が 老人となり、ミラー大尉の墓を訪ねるシーンであり、ここで見せる老人の敬礼ほど こんなに万感の込められた見事な敬礼シーンを見せられては 私は ここを何回見直しても涙が出る。


なんで泣くのか?と言うと 単にミラー大尉とライアン二等兵の経緯で涙するのでは無い。


広大な土地に戦没者を祀っている その光景に涙が出るのだ。


これを「戦勝国だから可能な事 日本は敗戦国だからね」と言う人がいるが、それは違う。


確かに、敗戦後の復興期に そんな余裕も無ければ、戦勝国に対する遠慮もあって…というのは判らなくも無い。


けれども、戦後60年以上が過ぎて 占領国ではなく、ひとつの主権国家と復興した今、国の為に殉じた方々への慰霊を 戦勝国に対する遠慮…なんて理由で欠かす必要がどこにある?


プライベート・ライアン

この老いたライアン二等兵の描写で 注目して頂きたいのは ウィンドブレーカーの襟に付いたピンバッチ


プライベート・ライアン

上の画は ミラー大尉とライアン二等兵が出会うシーンだが ライアン二等兵の左肩にある部隊章を注目すると 老人のピンバッチと同じ図柄である事が判るだろう。


これは 実在の101空挺師団の部隊章であり「スクリーミング・イーグル(叫ぶ鷹)」という愛称で呼ばれるマーク


アメリカの退役軍人達は 退役後も自分が所属していた部隊に誇りと愛着を持ち、マークの入ったピンバッチやキャップやジャンパーなどを身につけている。


国民性の違いなどで 日本の旧軍関係者には真似出来ない事なのかもしれないが、自分が乗っていた艦や 所属していた部隊に抱く誇りや愛着は そんなに変わるモンじゃ無いと思うのだが、それを口にする事すら憚られる… そんな雰囲気や風潮に 戦没者慰霊まで同列にしてしまう後世の国民 そんな姿に涙が出る。




さて…


今回、映画「プライベート・ライアン」について語ろうと思ったキッカケは スピルバーグがこの映画を制作する際に 監修協力を得た人物が「バンド・オブ・ブラザース」の著者であるアンブローズ氏であり、「プライベート・ライアン」という映画の制作過程の中で ライアン二等兵が所属していた101空挺師団の事をスピルバーグやトム・ハンクスが知ったのが「バンド・オブ・ブラザース」の映像化に繋がった…という流れがあるからだ。


ゆえに、この「プライベート・ライアン」の制作に用いられた精神が そのまま「バンド・オブ・ブラザース」にも受け継がれたと思える部分が多々あり、ともすれば姉妹作的な存在とも思える。


思い起こせば、「バルジ大作戦」や「パットン大戦車軍団」など 過去の戦争映画の名作は 大戦時以降の戦車を あたかも大戦時の戦車と脳内補完して見ていたわけだが、スピルバーグは そういった兵器や軍服の考証に物凄い拘りを見せてくれて ドイツ軍の戦車や装甲車が如何に 連合軍にとって凶悪な兵器だったのかを如実にしてくれた。


これだけでも 戦争映画ファンにとっては画期的でありがたい事なのであるが、その上で スピルバーグなりの戦没者に対する慰霊や 退役軍人達への感謝の姿勢をきちんと描いているところは敬服するばかり。


なかには、スピルバーグがユダヤ系である事から ユダヤ風のプロパガンダが満載…みたいな批評をする人がいるけれど 確かに「プライベート・ライアン」だけに限って言えば 一時的に捕虜となったドイツ兵の行動などから そういう方向へと解釈を促す人が出る事も否定は出来ない。


けれども、根底にあるのは あくまでも戦場における心理であり、単純にスピルバークがドイツ軍蔑視をしてるのか?と考える時 その後の「バンド・オブ・ブラザース」を見る限り スピルバークによるドイツ軍蔑視論には 私は同意しかねる。


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コメント

ブタネコさんへ
この映画は冒頭の15分間で度肝を抜かれ、途中の経緯は少し忘れていますが、スパイもどきのドイツ兵で溜飲を下げ、ブタネコさんのキャプチャーにもあるような最後の場面でしんみりさせられ、映画の醍醐味がきっちり盛られた名作だと思います。部隊章の件、また新しく教えてもらいました、博学には恐れ入ります。

★ タンク さん

いえいえ、どういたしまして^^

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