● 振り返れば奴がいる DVD再見(その1)
このドラマについては以前、一度記事にした事がある。
で、つい最近、この「振り返れば奴がいる」がDVD化されたので入手し、再見した感想を述べるに辺り、以前の記事もリメイクする事にした。
ゆえに、以前掲示した記事を 一部そのまま流用している事をお許し頂きたい。
さて、このドラマは1993年にフジ系で放映されたもの…
そう、今から15年前の時代のものだという事を念頭に置く必要がある。

思えば、「三谷幸喜」という脚本家の名前を ちゃんと認識し、興味を持つキッカケになったのは この「振り返れば奴がいる」からだ。
それ以前に「やっぱり猫が好き」という作品も もちろん見ていたし、とても面白かったと思っている。
けど、この作品は それとは違った意味で実に面白かった。^^
上が主な出演者。
主演の「織田裕二」も それまでの爽やか路線から ひと皮もふた皮も脱皮し、「黒」のイメージを見事に演じて見せたし
対照的に「白」を演じた「石黒賢」も この作品で それまでの「ちょっとひ弱な好青年」といったイメージとは違った役柄を演じて見せた。
ゆえに、二人が演じる「白」と「黒」の対比は「正義」と「悪」でもあり、「理想」と「現実」の対比として 実に巧く描かれている。
石黒が演じる医師は おそらく言ってる事も考え方も「正論」であるが、現実的な観点から言えば、その大部分は理想でしか無く、「黒」であり「悪」であるはずの 織田が演じる医師の肝心な時に見せる台詞や行動は「現実」という部分で 私には遥かに説得力があると感じた。
中でも 特に印象強く残っているのは



「尊厳死」についての考え方で どのように「死」を迎えるか、というか どのように「死」を受け入れるのか…
以下はあくまでも私の私見である。
今と この15年前では時代が違う…と言えばそれまでだが、「尊厳死」と「安楽死」に関して まだまだ見解は統一されておらず、その一つの例が「延命治療」という名の植物化だったり、癌等の終末治療に対する見解の相違であったりする。
私事で恐縮だが、現在の私は余命宣告を受けていないだけで いつクタバってもおかしくない…というのが現実だ。^^;
こう、申し上げると多くの人は
「御身体大切に…」
とか、
「一日も早くお元気に…」
と、言って下さるが、実際には歩けるし、小生意気な事も言えるし、他人から見れば 紛れもなく普通の人間に見える私としては 実際には病人だが、病人扱いされる事すら 時にイラッとさせられるから困ったものだ。^^;
が、まぁ、そんな事はどうでもいい。
何を言いたいかというと しつこい様だが、あくまでも私見だけれど
「自分の死に方ぐらい 自分で決めさせろ」
強く、そう思う私がいる…って事だ。
で、誤解されたくないから 言い添えれば、私は自殺したいわけじゃ無い。
「いつ死んでも良いや」
って感じの想い出や経験も沢山あるし、自分なりに その覚悟も出来ている。
しかしながら、もし生きていられるならば「~するまでは生きていたい」ってな希望もいくつかあり、そんな矛盾だらけな自分が愛おしい。
つまり、簡単に言えば 意識のない状態で寝かされたまま(意識が戻る可能性が限りなく低い状態)ならば、私はそれを私が生きているという事とは思わない… って事を言っておきたいだけなのだ。
よく、「医者は金儲けが目的で延命させる」と批判する人がおり、それに付随して「ウチに もう少しお金があれば延命してあげれたのに」と凹む遺族や、延命患者の医療費負担に喘ぎ、生活が困窮する家族もいる。
人権主義者や やたらと倫理観を唱える自称:識者とか学者が述べる理想と 患者や家族の現実には 今でもギャップが小さくないけれど、ほんの15年前では患者が「尊厳死」を求めても 医者や司法はそれを認めず、それによって困窮した家族を 私は何件も知っているし、家族に同情して患者を安楽死させた医者が「殺人犯」として起訴された例もいくつもある。
この15年の間に その辺の世情は随分と変わったわけだが、その根底には この「振り返れば奴がいる」で 織田が演じた医師が見せた行動や言動が そこそこ影響を与えたんじゃないのか? 私にはそう思えてならず、少なくても私自身は影響を受けたと感じている。
