● 車の中で聴く曲
「よく車の中で聴いてる曲は何ですか?」という御質問が寄せられたので応えるついでに思い出した事を記してみる
今から20数年前、私の人生の中で 初めて運転した左ハンドルの外車はベンツの560というタイプ。
見栄っぱりなベンチャー会社の社長が特注でフル装備にした車で 当時の水準として無駄と言っても良いぐらい内装は異様に豪華 車載電話はもちろんの事、後部座席にはマッサージ機能の付いた総革張りのシートに缶ビールが4本冷やせる小型の冷蔵庫、ビデオデッキにモニター そして、今では普通と言えるCDデッキだが、カセットデッキが標準だった当時においては 車載CDデッキなんてまだ見た事が無い代物だった。
しかしながら、そんな贅が尽くされた車が納車されたのと その社長の会社の経営が急激に悪化したのがほぼ同時で 納車されて2000kmも走らぬうちに会社は倒産した。
その会社に対する債権を持っていた運送屋のNさんを筆頭の喫茶「職安」の常連さんたちが 債権回収に乗り出し、まず最初にNさんは そのベンツに目をつけ、
「ちょうど、乗る車が欲しかったから これ頂戴」
と、O弁護士を代理人にして取り上げたのだ。
その頃、私は東京でのサラリーマン生活を辞め、喫茶「職安」の常連さんたちが「屯田兵のご隠居」の遺産である不動産や債権の管理をしていたする仕事を引き継ぐ為に 札幌に戻って自分の会社を興し、登記上は私が社長で Nさんが専務だったのだが、容貌や人格 それに人脈など 全ての面においてNさんが社長で私は お付きの秘書にしか見えないし、実際 私は勉強中の身だったから 私はいつもNさんやOさんの運転手兼使い走り役として そのオッサン達から薫陶を受ける日々を過ごしていたので、必然的にNさんが取り上げたそのベンツは私が運転する羽目となったのである。
まぁ、それだけの車だった事もあるしNさん自身が強面の人だったから 債権者として債務者のところに乗りつけたり、銀行やヤクザを相手に交渉に出向く際には この時の560なんてベンツは実にうってつけの車だった。
が、まぁ、今回は車の話をしたいのでは無く 車の中での話をしようと思う。
Nさんは 元々、長距離運転手として身を興した人で Nさんが現役の運転手だった頃は まさに東映映画「トラック野郎」の時代で 多くの長距離運転手達は 運転中にラジオから流れる曲を歌手と一緒になって大声で歌うのが好きな人が多かった。(ジャンルは特に演歌)
だからなのであろう、Nさんも普段の自分の愛車に 自分の好きな曲のテープを10本入るケースいっぱいに詰め込み、積んでいた。
で、私が先に述べたベンツでNさんの運転手をする事になった時 Nさんは
「俺の好きな曲の殆どが まだCD化されてないんだよ
だから、どこかの車屋に頼んで このベンツにカセットデッキを付けてきてくれ」
最先端の機器揃いなのに そんな事を平気で言う剛胆な人だった。^^;
で、時折 Nさんが打ち合わせの途中に私用で買い物をする時など 私はベンツの中で待つ事が多く、そんなある日の事 Nさんのお気に入りの曲ってどんなのだろうと 車に置いてあったケースを開けてみると…
まず、「えっ?」と思ったのは「世界のマーチ集 演奏:陸上自衛隊中央音楽隊」というタイトルで、入っている主な曲は「星条旗よ永遠に」「威風堂々」「タンホイザー」など
他にワグナーの「ニュルンベルクのマイスタージンガー」やラヴェルの「ボレロ」など オーケストラやブラスバンドの曲が半分以上を占め、長距離運転手御用達の演歌は一本も無く、日本人の歌手によるテープは「森繁久彌」の一本だけで Nさんらしいなぁ…と思ったのは 軍歌のテープが一本入っていた事だ。
まぁ、好きな曲というのは人の好みであるから 私がとやかく言うのはお門違いの話ではある。
で、ベンツに乗り出してからしばらくして…
何処かへと向かってNさんを乗せて車を走らせると Nさんはケースの中から
「よし、今日はこれにしよう」
等と独り言を言いながら 自分で選んだテープをデッキにかける。
それが、ヤクザとの打ち合わせの時は「ワグナー」を聞きながら まるで指揮者にでもなったかの如く両手を振り回し、債務者を追い込みに行く時は口でリズムをとりながら「マーチ」、そして債権者集会の時には「軍歌」をかけて一緒に歌う…というパターンがある事に気がついた。
なので、その事について 私はある時にNさんに聞くと…
「まぁ、判りやすく言えば ムードづくりだな^^
ヤクザ相手の時は 勇壮な気分になる為にワグナーを聞く
債務者を追い込む時は 自分のテンションを上げる為にマーチ
債権者集会は 言わば戦場だから軍歌しか無いべ」
と、さも当然と応える。
これね、後年になって 実際にやってみると「なるほどなぁ…」と本当に思った。
変な例えかもしれないが…
昔、「タイガーマスク」というアニメがあり、そのテーマ曲の歌詞に
「虎だ!、虎だ!、オマエは虎になるのだ!」
と、自己暗示にかかれとでも言う様な台詞がある。
ヤクザ如きに迫力負けしてなるものか…
「ワルキューレの騎行」や「ニュルンベルクのマイスタージンガー」などを聞きながら指揮者になったつもりで手を動かしていると その気になってくるから不思議だ。^^
「ワルキューレの騎行」
「ニュルンベルクのマイスタージンガー」
「威風堂々」
「歩兵の本領」
「月月火水木金金」
さて…
Nさんのケースの中には そういった曲の中にあって一本だけ 異色とも言える「森繁久彌」
これをどういうタイミングで聴くのか 好奇心でNさんに聞いても 最初、Nさんは何も応えてくれなかったのだが、数年後 O弁護士が亡くなった時に その理由が初めて判った。
Nさんにとっての「森繁久彌」は 友人が死んだ時に偲んで聴く曲だったのだ。
参考『森繁久彌「知床旅情」』
参考『森繁久彌「海ゆかば」』
これって、人生のBGMという捉え方にもなるのかな…
だから、凹んだ気分の時には明るい音楽を聴いて紛らわせる…ってのも大いにアリだと思う。
今、私の愛車にはHDDのナビ・コンポがついているから 50数枚分のアルバムがセットされている。
このところ よく聴いているのは「Perfume」だが、Nさんが好きだった曲も入っている。
