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2008年09月08日

● 医者のI


あるドラマを見た事がキッカケで思い出した事なのだが、喫茶「職安」の常連さんの一人であった医者のIさんについて語ろうと思う。




ただ、冒頭で 少しだけお断りをしておくと Iさんは他の常連さんの様に頻繁に喫茶「職安」に通っていたわけでは無い。


Iさんが店に来るのは せいぜい2週間に一度がいいとこなのだが、他の常連さんとIさんの共通点は 喫茶「職安」のママが現役ホステスの時に ママを目当てに高級クラブに通っていた人の一人であり、他の常連さん達にとって主治医と言うべき立場であったから、それぞれの常連さんの個々の事情をよく知っていた事もある。


さて、このIさん 一応、内科と産婦人科の看板を掲げて個人病院を営む人だったが、本業だけじゃ食べていけないという事で 警察の嘱託医も請負い、勤務している警察官の診察はもとより、留置中の拘留者の診察や、時には検死も行っていた。


Iさんは ある理由で生涯独身を通した人で 戦争中、樺太で過ごし 終戦間際に樺太から引き揚げる時に知り合った戦災孤児の二人姉妹をそのまま引き取り 自分の娘として育て 二人とも看護師となってIさんの病院を手伝っていた。


Iさんは他の常連さんとは違い とても口数の少ない人で、喫茶「職安」に来る時は 静かにス~ッと表れ 黙ってコーヒーを飲み、コーヒーを飲む前と飲んだ後にそれぞれ1本ずつ 計2本だけ煙草を吸って いつのまにかス~ッと帰って行く。


いつも柔和な笑みを浮かべ、遠くを見つめている… そんな人だった。


私が そんなIさんと初めて会話をしたのは「屯田兵の御隠居」が 店先の日の丸の旗にイタズラをした若者を殴り倒して警察に留置されていた時に 私がほぼ毎日、喫茶「職安」のママが作った弁当を差し入れしに警察署に通っていた時の事で 老齢と言う事もあって弁護士のOさんが警察に頼み 時々、Iさんが「屯田兵の御隠居」の診察の為に警察に行く時も使い走りとして同行した時の事だ。


「爺さん(屯田兵の御隠居)大丈夫なんですか?」


診察を終えて帰る途中で そう聞いた私にIさんは


「大丈夫もクソもあるか 本人が自らの信念でああしているんだから 死んでも本望だろうさ」


そう応えたIさんの言葉が いつものIさんの柔和な表情とはミスマッチでビックリした。


で、何も言えずにいた私にIさんは


「あのな? 御隠居や俺みたいに 戦争で何度死んでいても不思議じゃない場数を踏むと

 死ぬのってそんなに恐い事じゃ無くなるんだ。

 特に、俺は 戦争で傷つき俺が手当している最中に死んでいった患者を

 数え切れないぐらい診たし…、

 御隠居は海軍で乗っていた艦は沈むわ 先輩や同期、それに多くの部下も沢山

 なかには御隠居の目の前で死んでいったのを見たはずだから…

 余計、恐いなんて言えないんだ。

 特に、御隠居の知っている 戦争で死んでいった仲間達は

 平和な今では馬鹿馬鹿しいとさえ言われている「信念」を持っていた

 だから、御隠居も 最後まで自分の「信念」を曲げるわけにはいかないのさ」


後にも先にも Iさんが長々と話したのを聞いたのは その時が最初で最後だ。^^


そんな御隠居が亡くなったのは釈放されてから数ヶ月後の事。


最期を看取った一人がIさんである。


その時にIさんが私に言った言葉は


「よく見とけ 信念に従ってくたばった爺ぃの 満足そうな死に顔を…」


である。




「屯田兵の御隠居」が亡くなって数ヶ月後、Iさんは脳梗塞の発作で倒れ、今では私の主治医となった「二代目開業医」の病院に入院した。


手当が早かった甲斐もあり、Iさんは右半身に軽いマヒと言語障害が生じたが、ある程度のリハビリでそれなりに回復するだろうと言われていたのだが…


その間にIさんの自宅でもある病院は 看護師だった二人の養女が勝手に売却し、預金なども含めて その資産を3等分して 二人の養女は入院中のIさんのところに その1/3を届けると、


「マヒが残ってしまった以上、もうお医者さんも続けられないでしょう?

 良い機会だと思うので 私達(二人の養女)はIさんと離れて暮らす事にします

 今まで、本当にありがとうございました。」


と、言い置いて 何処かへと行ってしまった。


一番、Iさんが苦しい時に Iさんの面倒をみもせずに見捨てて行く、二人の養女に 喫茶「職安」の常連さん達は 皆、ひどく怒った。


私達、バイト学生も 酷い話だなぁ…と Iさんに同情した。


でも、Iさんは何も言わず柔和な表情のまま ベッドで微笑んでいるだけだった。


そして、数ヶ月の入院とリハビリで Iさんは杖を使って自力で歩くまでに回復したが、その時には 既に自分の病院であり家だった建物は人手に渡り、天涯孤独で住む所も失っていた。


それを見かねた運送屋のNさんや弁護士のOさんが、「屯田兵の御隠居」が遺した不動産の中で手頃な物件に 店子の夜逃げで差し押さえた家財道具を我々バイト学生に運び込ませて それなりに住める様に整え、


「先生には 本来、この家の持ち主である御隠居や俺達(常連さん)が 

 皆、今まで随分と世話になってるからよ…

 間違っても家賃や光熱費を取ろうなんて思ってないから 気の済むまで、ここで養生しなよ」


と 貸し与えた。


Iさんは その後、いろんな病院から依頼があると産婦人科医としてアルバイト診察に出かけて生計を立てつつ 健康の為と称して散歩が日課となり、毎日 喫茶「職安」に通って食事をするようになった。


我々、バイト学生達が大学を卒業し社会人になって数年経った頃の事。


今では「一級建築士の資格を持った詐欺師」と呼ばれている男が 当時、東京の大手建設会社で働いていたのだが、札幌の実家に住む母親が具合を悪くし 一時的に札幌に戻って面倒を見なくちゃならないのだが、会社がそれを許してくれず 辞めるべきか…と悩んでいた。


喫茶「職安」で そんな事情を常連さん達に「一級建築士の資格を持った詐欺師」がしたところ その答を出してくれたのが 横で聞いていたIさんだった。


「オマエ どこか具合の悪い所無いのか?」


そうIさんに聞かれた「一級建築士の資格を持った詐欺師」は


「どこも悪くないんですよ… せいぜい、痛いトコと言えば 足の裏のウオノメかな」


と、応えたところ


「どら、ちょっと見せてみろ」


と、喫茶店で 靴と靴下を脱がせ


「あぁ、こりゃイカン 手術が必要だな 即、入院だ」


Iさんは「一級建築士の資格を持った詐欺師」を連れて 元々懇意で手術設備の完備している「二代目開業医」の病院に連れて行き 「一級建築士の資格を持った詐欺師」の足の裏に局部麻酔をしたうえで ウオノメをそっくりメスで切り取り


長々とした診断名と さらに長々とした説明を書いた診断書を作成し


「君の足には 悪性では無いが、運の悪い場所に肉腫が出来ていたから手術で切り取った

 この肉腫は再発のおそれが高いから それなりの期間観察の必要があるので通院加療が必要だ

 ま、一ヶ月は札幌で養生せぇ…って事

 それを診断書に書いたから これ会社と会社の組合にFAXして休暇申請しろ

 で、認めてくれればそれでよし 認めてくれなきゃ、そんな情の無い会社なんか辞めちまえ


 で、さらにここだけの話をすると

 おそらく、ただのウオノメだから心配する必要が無い…ってのは 俺とオマエだけの秘密^^

 メスで肉を取ったから 2・3日は痛むかもしれないけど 普通に歩けるし、実際に

 このウオノメはほっといたら大きくなって 結局、切らなきゃ治らないものだろうから

 今切るか、数年後に切るかの違いだから^^」


「一級建築士の資格を持った詐欺師」は言われた通りに会社と組合にFAXを送り、渋々乍ら会社は休暇を認めてくれたが 結局、「一級建築士の資格を持った詐欺師」の母親は治療の甲斐なく亡くなったのだが、それを看取る事が出来たのはIさんのお陰と「一級建築士の資格を持った詐欺師」は 今でも感謝している




数年後、妊娠したウチの嫁が 出産までの面倒を見てくれたのも 実はIさん。


「二代目開業医」の病院には産婦人科や専門医がいなかったのだが、時々Iさんに依頼して妊婦さんの受け入れもしていたからだ。


だから、ウチの長女や次女を取り上げてくれたのがIさんで


「君も とうとう父親だなぁ…」


と、感慨深げに言ってくれたのを 私は今でも覚えている。


でね、その時にIさんは まだ、大学でインターンだった二代目開業医に ある話を遺し、数ヶ月後に二度目の脳梗塞の発作に倒れ そのまま還らぬ人となった。


お駄賃

 気が向いたら…で結構です。^^;

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コメント

ブタネコさんへ
今回もいい話ですね、修羅場をくぐった人間の強さと優しさを感じます。それにしても看護師の養女の件は腹立たしいですが、それを笑って許したIさんの人間の度量は如何ばかりかと思われます。それにIさんの退院後の職安の常連さん達の対応をみていると’情けは人の為ならず’という諺を思い出しました。こんな一本筋の通った先輩たちの生きざまを真直に見ることができたブタネコさんが本当に羨ましいです。
まだまだいろんなエピソードが出てきそうで楽しみにしています。

★ タンク さん

どうなんでしょうねぇ…^^;


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