● 2008年7月夏の旅(石垣島編 その1)
沖縄も 今回の私にとっては 単なる経由地でしかない。^^;
【注意!!】
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①
札幌の自宅を朝の8時に出て 石垣島に着いたのは夕方の6時前
②
石垣島の空港は タラップを降りて空港ターミナルへと徒歩で移動するスタイル。
出発時の千歳は 気温24度 湿度20%
到着時の石垣島は 気温33度 湿度75%
機内からタラップに出た瞬間 スチームサウナに入った気分の私達だった。^^;
今回の旅は 私と主治医である「二代目開業医」、それに「気の弱い弁護士」と 前回の旅に参加し損なって ずっとブツブツ言い続けてきた「某国立大学理工学部教授」の4人
タラップを降りた瞬間に浴びた熱気で4人ともクラクラしながら「俺、平気だよ」というそぶりを無理に作り続けながら歩く。
かつて、バブルがはじけて間もない頃 石垣島にリゾート開発しようとして中途で倒産した会社の整理の関連で私は一度 石垣島を訪れた事がある
その頃に比べて 20数年の間に ずいぶんとハイカラな街へと変貌していたのを 着陸する機内から眺めていて感じた。
ちょうど同じ頃に行ったハワイのマウイ島にある空港と同じ雰囲気をも感じたぐらいだ。
いつもの通り、2人ずつ2組に分かれてタクシーに乗り(私と2代目、弁護士と教授) ホテルへと向かった私達だったが…
2台連なってホテルの前に到着し、車から降りたところで 前の車に乗っていた教授が
「なぁ? 今から東シナ海に沈む夕日を見に行かないか?
今からだとギリギリ間に合うらしいぞ」
二代目と弁護士はゲンナリした顔で「行かない」と言い 夕日と聞いては黙っていられない私は「行く」と言い 結局、私と教授の二人が 教授達の乗っていたタクシーの案内でチェックインを二代目に任せて出かける事にした。
運転手は真っ黒に日焼けしつつ 顔中皺だらけで どう見ても70近い爺さんなのだが、昔流行ったレイバンのミラーレンズサングラスがカッコイイ
が、早口で喋るコテコテの琉球弁で何を言ってるのか 簡単に判らない。
にも関わらず、爺ぃはマシンガントークの弾切れ知らず。^^;
我々に言葉が通じていないのもお構いなしに 訳の判らない事を喋っていたかと思うと
「じゃぁ、ちょっと一曲 歌おうね」
と、ようやく意味のわかる言葉を発したかと思うと コテコテの琉球弁で「島唄」を歌い出す。
なんかね、それが妙に上手くて「あぁ… ここは南国だぁ」と実感させられた。
で、爺ぃは爺ぃで勝手に盛り上がってしまい
「じゃぁ、リクエストにお応えして もう一曲歌おうね」
と、今度は「涙そうそう」をコテコテの琉球弁で歌い上げ、私達は どちらもリクエストなんかしていないのに
「じゃぁ、リクエストにお応えして もう一曲歌おうね」
と、「花」まで気持ち良さそうに歌い上げる。
そんな爺ぃのワンマンショー付きドライブが1時間近く続いた後 着いたところが
③
御神崎という 灯台のある崎で そこで見えた景色が
④
⑤
⑥
なかなか 良い。^^
ここは有名な所らしく 見物客が多かったが、その殆どがアベック(死語?^^;)
オッサン二人という我々は 少し、場違いな感もあったが 夕日を愛でる気持ちに変わりはない。
しばし眺めていた私と教授だったのだが、運転手の爺ぃは
「あ、これ駄目ね 駄目な夕日ね
こんなのを石垣の夕日と思われちゃ 島の恥ね
ほらほら、アンタ達 こんなの見とれてないでホテルに帰るよ」
急に不機嫌になった爺ぃに袖を引かれ タクシーに連れ戻される私達。^^;
行く時は ワンマン・リサイタルだった爺ぃだが、帰りの車内は無口 時折、口を開いたかと思うと
「せっかく石垣島に札幌から夕日を見に来てくれたのに これじゃ台無しさ…
アンタ達 明日も石垣におるんでしょ?
だったら、明日 もういっぺん見に来ようよ」
我々の応えを聞こうともせず
「今なら 夕日は7時過ぎが見頃だから 明日は5時にホテルを出発だよ」
勝手に仕切る。^^;
爺さん、俺の旅のメインの目的地は石垣島じゃ無いんだよ…
普段の私だったら 気持ちよく言い返すところなのだが、
「こんなの石垣島の夕日じゃ無いよ」
何度も何度も そして最後には泣きそうにつぶやく爺ぃが妙に可愛くて言えない私だった。








