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2008年06月03日

● 雑感(6月3日)


まぁ、どうでも良い話で恐縮だが…^^;




昔、私が ある人物と とある倒産した会社の債権者会議において激しく口論していた時の事。


相手の人物が 口論の最中に ろれつが回らなくなり、表情が左右アンバランスになり、席に座り込んだ姿勢が不自然に傾き、やがて身体から力が抜けた様にグッタリと そして椅子から崩れ落ちた。


その場に居合わせた人は 皆、慌てて「救急車!」と叫ぶ人や 関わり合いにならない様にスッとその場からいなくなったり、どうしていいか判らず ただ呆然としていたり…


そんな中、ある人物が


「脳卒中の可能性が高いから 動かさない様にそっと静かに

 仰向けの姿勢で寝かさないとダメだよ」


と、倒れている人物に応急処置を施そうとした。


実は 私もその人が倒れる様を見て医師では無い素人ながら「脳卒中だ」と思った。


ただ…


たまたまなのだが、私は以前 脳卒中の発作に襲われた人を目の当たりにした事と、一応、医師免許を持った友人との会話の中で 脳卒中に対する応急処置を聞いた記憶があり だから、倒れた人物が まだ意識があったので、咄嗟に その人の両手を 私の左右それぞれの掌で握り


「俺の言ってる事が判るか?

 判るなら 左右、両方の手を思いっきり握り締めろ」


と、言うと 倒れた人は左手はギュツと握ってくるのだが 右手は全く反応が無い。


なので、反応の無かった右手だけをあらためて握り


「もう一回、こっちの手だけで握ってみろ」


と、言うと 本人は反応したつもりの様だが 掌はピクリともしない


つまり、「この人は右半身がマヒしている」 そう判断したので…


「仰向けにしちゃダメ

 この人は右側がマヒしているから 身体の左を下になるように横向きに寝かせて

 できるだけ頭が前にうつむかない様に首を反らせ気味にしてあげて」


と、指示をした。


間もなく救急車が到着し 倒れた人は右半身がマヒという後遺症は残ったものの命を失う事無く済んだのだが…


私は この件で後になって二人の人物から恨まれ、しかも憎まれる羽目となった。^^;


その一人は 倒れた人物。


「半身マヒで過ごすくらいなら死んだ方がマシだった。

 楽に死なさず、マヒで苦しむ事になったのは ブタネコが中途半端な応急処置をしたからだ」と。


そして、もう一人は 最初に「仰向けに寝かせろ」と応急処置を指示した人物。


彼の言い分は


「大勢の人達の前で 私に恥をかかせた」と。^^;




さて、もし貴方が この時の私の様な状況に遭遇したら どう考え、どう応える?


違う聞き方を許して貰うならば いわゆる「世間の一般常識」として 私は どう対応すれば良いのだろう?




倒れた人物と私は それまで犬猿の仲だった。


彼は私よりも10歳以上年上で 世話になった覚えは全く無いが同じ高校の先輩・後輩であった為、年功序列意識が強く「後輩は先輩に黙って従え」を強要する人物で それに対して私はへそ曲がりで反発心が強いから


「同じ高校のOBだってだけで威張るなボケ!」


と、ある時に言い返して以来 事ある毎にネチネチと嫌味を言われ、それに対して私が言い返して…の繰り返し


で、とある会社が倒産して その整理に関して債権者が集まった席に 運悪く、私とその人がそれぞれ別の債権者として顔を合わせてしまい その会議の席上で上述した発作が起きたのだ。


まぁ、半身マヒというのは受け止めがたい苦痛である事は理解が出来る。


私の指示した応急処置が「中途半端か否か」は後で語るとして 最後まで私を嫌って、自分の身に起きた不幸への怨みを私に転嫁して気が済むのなら それこそ「後輩」として先輩に対する配慮って事で良いじゃねぇかと思いつつ


「悔しかったら そのマヒした右手をリハビリして動く様にするんだな

 で、動く様になったら その右手で殴られてやるから いつでも来い!って言っとけ」


と、倒れた先輩の息子に 私は言い返し それを聞いた先輩の友人・知人は私に対して腹を立てた人が多かった。^^;




最初に「仰向けに寝かせろ」と応急処置を指示した人物は これまた運が良いのか悪いのか 私と倒れた人と同じ高校のOB、私よりは5歳上の先輩で 倒れた人よりは歳下の後輩にあたる。


京大を出て 今は潰れてしまった都市銀行でエリート街道をまっしぐらに歩み、プライドが極めて強い人物で 発作に遭遇するまでは私とは別段、不仲では無かったのだが その人曰く 満座の中で恥をかかされた…のは 彼の人生で私の知る2番目に不愉快な屈辱(最大の屈辱は 彼の勤めていた銀行が破綻した事)だったのであろう


その後、私の悪口をいろんなところでいろんな人に語っていると風の噂で何度も耳にしたが 彼の勤めていた銀行が破綻した後、彼のプライドを満足させる職場や地位に恵まれず、いつしか姿を消して 今では消息を誰も知らない。




でね、自己弁護を許してもらうならば…


おそらく、多くの医者は 私の指示した応急処置を「完全な間違い」とは言わない。


少なくとも 今から10年以上前の当時における医学常識では「妥当な指示」だと言って貰える。


よく、脳疾患の場合「患者を倒れた状態のまま動かさずに、安静にして様子をみる」のが正解だと思っている人がいるけれど これは正しい処置では無い。


激しい頭痛が伴っていれば「クモ膜下出血」の可能性が高く、そうでなければ「脳梗塞」の可能性が高い この判断は後々の初期治療に重要な変化が生じるので 倒れた人が意識のあるウチに その点を把握するのが、まず重要。


次に、脳梗塞の場合は 殆どの場合に身体の左右いずれかの目や手足にマヒなど不具合が生じている事が多いので それが右か左なのかを確認し、マヒしていない側を下にした横向きに寝かせ 吐いたモノが喉に詰まらない様に、そして呼吸が楽に出来る様に気道を確保してやる事が大事なのだ。


それをたまたま知らなかったからといって それは恥ずべき事では無い。


実際、先に述べた様に「患者を倒れた状態のまま動かさずに、安静にして様子をみる」のが正解だと思っている人は 案外、多いわけだし、身体の各部位の止血の仕方とか、人工呼吸の仕方、心臓マッサージの仕方、脳卒中の発作に対する応急処置とか 本来、多くの人が知っていれば 何かの時に役に立ったり、誰かの為になる事は少なく無いのだが こういうのを教わる機会はそんなに多くない。


でもね、プライドの高い人には「自分が否定される」事は 許し難い恥辱にしか感じられないんだな…^^;


お陰で、私は 見ず知らずの高校の先輩OB達から「小憎らしい後輩」として 私としては不可解な偏見や迫害を受けたもんだ。


ただね、私なりの言い訳としては…


「悔しかったら そのマヒした右手をリハビリして動く様にするんだな

 で、動く様になったら その右手で殴られてやるから いつでも来い!って言っとけ」


と、言ったのは リハビリって何か目標というか心の支えみたいなモノが無いと なかなか続かないし、仮に


「リハビリをどんなに頑張っても 元の状態には戻れない」


と言われ だったら意味が無いとリハビリをサボると 動く様になるはずの程度が サボった分だけ動かなくなるものなの


だから、「ブタネコの野郎を 絶対、ぶっとばしてやる」と憎しみをバネに元気になってくれればいいな… という気持ちだったんだけどね。^^;


どうも世の中には そういう場合、優しく労ってやるのが正しい人なんだ…って事で


「大丈夫、アンタは強い人だから きっと良くなるって」


と、ただ励ますだけの輩が多い。


たしかに 励ましの言葉ってのは耳障りが良いし、角も立たない。


でも、皆が励ます事だけで 全てが良い方向に向かうのか?って考えれば 必ずしもそうとは言えないのが現実で、気が弱くなり、心の強さを失い、甘えや依存度が増して 結果的に悪い方向へと転じてしまうケースが少なく無いよね?


私が自分自身をへそ曲がりだと確信している理由の一つに 上述した様な状況の時に それまでは不仲だったクセに 妙に優しくなったかの如く装い


「これからは 困った事があったら 出来る事は協力するから」


なんて優しく振る舞うのを「偽善」だと感じ、考えているからだ。


世の中には 一人ぐらい、憎まれ役が必要であり、であるがゆえにバランスがとれるんじゃないの?とさえ思っている。




さて、数日前の事。


憎まれ役をつとめてきた相手である先輩が亡くなった。


通夜に出席したところ その先輩と仲の良かった他の先輩達は私に対して冷淡だった。


まぁ、そんな事は どうでも良い。^^


喪主である 先輩の息子が


「生前、親父は ”いつかブタネコをブン殴ってやる”って よく言ってました

 数年前に亡くなったオフクロは

 ”あれからお父さんが今まで生き続けてこれたのは いろんな意味でブタネコさんのお陰だね”

 って そんな親父を笑ってました。

 本当にありがとうございました。」


と、言ってくれたのが 私にとってはせめてもの救いであり、そんな礼が言える息子を持った事が 先輩に対して物凄く羨ましく思えた。


お駄賃

 気が向いたら…で結構です。^^;

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コメント

人の命がかかってる時に恥をかかされたと怒る元エリートは論外。

>「大丈夫、アンタは強い人だから きっと良くなるって」と、ただ励ますだけの輩

こんな事を言う人は、その人が私に労力を惜しませない相手だったら、違うやろと言ってやるけど、そうでなければ放置。

が私の意見です。上辺だけ見て解った気持になって応援する事の無責任さ、そしてその脅威を知らない方が善人ぶっているのは、腹立たしいです。

でも、これは自分が経験しないと分からないのですよね。分からない人が多い世の中はある意味平和なのかしらとも思います。

今は携帯があるから、医療に詳しい人に電話しながら、出来得る限りの処置を試みようとすると思います。でも

>「悔しかったら そのマヒした右手をリハビリして動く様にするんだな
 で、動く様になったら その右手で殴られてやるから いつでも来い!って言っとけ」

ととっさに言える余裕はまだ身についてないと思われ、精進しなきゃと思いました。

記事にしてくれて、ありがとうございました。

難しいところ・・・
私はスキューバーダイビングの「レスキュー」の免許を持っていましたが、
免許を取ったショップの方が、おぼれて心肺停止になった人を一生懸命人工呼吸し
何とか一命は取り留めたものの、意識は戻らないかもしれない。という出来事を聞いたときに、
考えさせられたことがあります。
私的には、1%の可能性があればベストは尽くしたいが、あとで怨まれるのは恐ろしい・・・
かといって、目の前で死なれるのも恐ろしい・・・と言うジレンマの繰り返しでした。

しかし、自分が半身麻痺になったとしたら、そんな自分は腹立たしく、もどかしいと思うので、
怨む相手がいてくれる事は、救いだなと思います。

しかし、この「息子」さんひじょうにかっこいい。

先輩ご自身と奥様、息子さんには
ちゃんと伝わっていたんですね^^

★ スミゴルフ さん

お粗末様でした。^^


★ カルチェ さん

>私的には、1%の可能性があればベストは尽くしたいが、あとで怨まれるのは恐ろしい・・・
>かといって、目の前で死なれるのも恐ろしい・・・と言うジレンマの繰り返しでした。

ゆえに、「そんな場面に遭遇しない事をひたすら願う」のが ある意味、普通なんだと思います。^^


★ Nob さん

先輩自身に伝わっていたか?は 疑問です

たぶん、憎んだままあの世に行ったと私は思っております。^^

奥さんは 実際に御自身がどう思われていたかは判りません

が、そう解釈する事を息子に求め躾けたんだと 私は思います。

そんな母親だからこそ 息子は好青年に育ったんじゃないかと。

おはようございます. 梅雨空続く東村山です.

この記事は昨日から何度か,反芻させていただきました.

ブタネコさんの中にあるいくつかの同時進行する気持ちを
整理されないまま綴られたところに,その温度を仮想で
体験した思いです.
人の行く末にかかわる大事を前に表れるその人の本質の露呈は
それがいかなる行動であっても,批評は後の祭りであり,その現場に
いない者には何も発言権のないものですね.

友人で阪神淡路大震災に遭遇した者がおりますが,まず何かせねばと
動いた者と,とりあえず酒を飲み始めた者がいて,でもその両方が
必要だったということを言っておりました.

その意味で,ブタネコさんのこの記事の裏側に走る「自分の歩く道」と
「他者の道」との同期非同期の葛藤は,最近何度かやり取りさせて
いただいた「理解はしないが,受け入れる」ということへの視線を感じ,
また「救い」という言葉をお使いになっていることに,ご自身の体験や
倫理観を垣間見させていただいた心持ちでおります.

> まぁ、そんな事は どうでも良い

淘汰される関係性を気にかける必要はないでしょうが,
やはりあえてこの言葉をお書きになったブタネコさんの単純ではない
お気持ちと少々の執着,そしてそれに対して何をできるわけでもない
というご自身の達観とのせめぎ合いを感じます.
僭越とは存じますが,小生も同じような心持ちに記憶があり,
またそれを思い出しつつ拝読させていただきました.

そしてお相手の息子さんに出会えて本当によかったと,部外者ながら
思った次第でございます.

初めまして、いつもドラマレビューの記事を拝見している者です
(14才の母&ごくせん記=春馬君の写真掲載ありがたいです)
人命救助にまつわる、今回の記事、ブタネコさんの対応は間違っていなかったに、
ワタクシも1票です。自分はライフセーバーの仕事を大昔にしておりました。
その際、多くの人の生死を手助けしたとき、医者や看護婦でない=医療処置ができない、
そのもどかしさを何度も経験しました。救急知識(資格)を持ってしても、その根底には
<救急車が到着するまで>最低限の処置しかしてあげられません。
今では携帯電話やインターネットなど身近に情報を入手することができ、何かと便利ですが
それでも症状によっては<やってはいけない><やらねければいけない>この手順を間違えると
たとえ良かれと思ってやったことでも、最悪の結果を招く要因となります。
それゆえ、現代の社会では<かかわりたくない><責任をとりたくない>と見てみぬフリの人が増え
救える命が見殺しとなってしまう世の中。 また、救急法の講習会では、3大原則というのがあり
<患者の容態><周囲の安全(2次災害回避)>そして<医療関係者への呼びかけ>
もし見物人の中に医療関係者がいてくれれば、もし近所にお医者さんがいたら・・・
初期救助活動の的確な処置を任せることができる、一番大事な方法と言われています。
ぶたねこさんの勇気ある人命救助は、大変立派だと思うし、先輩ご自身の御家族にしたら
残りの時間を濃密に過ごすことができ、家族の絆を確かめ合う時間を与えてくれたこと、
息子さんや生前の奥様がおっしゃったことは、本当のことだと思います。
ながなが~と、たくさん、書いてしまい・・・失礼しました。

★ ゴーシュ さん


>いくつかの同時進行する気持ちを整理されないまま綴られたところに,その温度を仮想で体験した思いです.


あいかわらず、ゴーシュさんは鋭いですね。^^


>まず何かせねばと動いた者と,とりあえず酒を飲み始めた者がいて,でもその両方が
必要だった


なんか、よく判ります その例え


>単純ではないお気持ちと少々の執着,そしてそれに対して何をできるわけでもない
というご自身の達観とのせめぎ合いを感じます.


仮に、世の中に自分も含めて100人しかいなかったとして 自分以外の99人と仲良くできるとしたら それは素敵な事でしょう。

だから、誰もが99人と仲良くしましょう…と述べる。

しかしながら、人生を50年前後過ごして得た私の持論的結論は「そんなの無理」


ブログを主宰して記事を掲示する… その記事が万人受けする事を期待して 自分の本当の気持ちや考えを修正するなんて事は ただの偽善。

思った事を述べて それで嫌われるなら仕方が無い…

へそ曲がりで頑固なんです私は。^^;


★ sora さん


ども、お久しぶりです。^^

>現代の社会では<かかわりたくない><責任をとりたくない>と見てみぬフリの人が増え救える命が見殺しとなってしまう世の中。

そう、それが「大人の振るまい」なんて自分を納得させている人が少なく無いですね。


【※注意!!】

この記事は『ブタネコのトラウマ』の倉庫に保管されている記事なのでコメントの投稿は出来ません。 2015年2月10日以降 このクソブログは『ブタネコのトラウマ・リニューアル版』に移転しましたので新規記事更新及び、過去記事へのコメントの受付もそちらで行っておりますので お手数ですが、そちらへの移動をお願い申し上げます。