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2008年06月12日

● 床屋のJ


つい数日前に 馴染みの床屋に行ってきたのだが、その時に思った事を記しておこうと思う。




私は 基本的にいろんな商売のお店屋において 何処かの店と「馴染み」になったら その店との付き合いを大切にする主義である。


例えば、寿司屋、ラーメン屋、焼肉屋など 食べ物屋はもちろんのこと 本屋、何かの道具屋といった店屋に関して「~は、この店」と一度決めると 余程の事が無い限り、その店以外で買わない主義


その代わり、「~は、この店」と決めるまでには その店の店主や従業員の応対とか 品揃えとかを吟味し 値段は二の次。


そういう主義になったのは ひとえに学生時代に喫茶「職安」でバイトしていた時に 店の常連さん達からいろんな教えを貰った結果が大きい。


常連のある人は「薬を買うなら どこそこの~薬局」と決めていて 他の薬局から薬は絶対に買わなかった。


ある時に その理由を聞いたところ


「20年以上、治らずに困っていた水虫を あの店の御主人が薦める

 名前なんか聞いた事も無い軟膏を使ったら1週間で完治したんだ

 だから、あの人は恩人なんだ…」


という理由を真面目な顔で語ったが…


私が 最も薫陶を受けた運送屋のNさんは


「食べ物屋で馴染みになるとな そこの経営者が出来た人なら

 何回も通うウチに ちゃんと客の好みを把握する


 で、把握してくれると ぶらっとその店に入った時に

 お? Nさん ちょうど~の良いのが入ったんだけど食べるかい?…

 なんて声をかけてくれるようになる。


 そういうのを 真の意味での常連って言うんだぜ


 最近は 見栄っ張りのバカが多くてよ…


 店じゃ ただの客としか思っていないのに”俺はこの店に何度も通った常連だ”って

 自分から言い出す奴が多いんだけど そんな”自称:常連”なんてのは

 テメェだけ自慢気なだけで 店にとっては有り難迷惑な輩のケースが多い


 真の意味での常連ってのは 客も店を大事にする反面 店からも大事にされる客の事


 その境界線を身につけて初めて ワガママが自然に言えるんだよ」


と、言っていたものだ。^^




さて、今回 語ろうと思うのは そんな喫茶「職安」の常連の一人であったJさんの事。


ただ、Jさんは常連と言っても あくまでも喫茶店の常連客という意味で 今まで私がこのブログで語ってきた 私達当時の学生をバイトで使ってくれた常連さん達…とは違い Jさんの床屋は 喫茶「職安」数軒隣にあって 単に、店が暇な時は


「喫茶職安でコーヒーを飲んでおります 御用の方はお知らせ下さい」


と、床屋の入り口に汚い字で書いた紙を貼って 喫茶「職安」でコーヒーを飲みながら雑誌を読み 他の顔馴染みの常連さん達と雑談を交わしている… どこの喫茶店にも必ず居るような隣近所の客だった。


歳の頃は 私達バイト学生より10歳位上で30前後だったと思う。


父親の床屋の跡を継ぎ 細々と商売をしていて 酒好きでいつも鼻を真っ赤にしており、喫茶「職安」の他の常連達から「赤鼻」と呼ばれ、普段 普通にしている時の表情が「ビックリした」表情の持ち主で  知らない人が見ると必ず


「ねえ? なんであの人 ビックリした顔なの?」


と、誰かに聞く程だったが、話せば気さくで とても陽気な人だった。


そして、Jさんは無類の麻雀好きで 時には真っ昼間から店の奥に喫茶「職安」の常連さん達や 我々バイト学生を誘っては麻雀に明け暮れ その実力は我々学生よりもヘタクソで…^^


だから、そんなJさんから負け金を貰うのが心苦しくなった我々バイト学生は いつも床屋代をタダにして貰う事で その負け金をチャラにしていたものだ。


そんなせいもあって、Jさんの床屋はいつも閑古鳥が鳴いており 喫茶「職安」の常連客達は それを見かねたのか さもなくばJさんに 無理難題をふっかけて好みの髪型にするのが楽しかったのか いずれにせよJさんの店の売り上げの2/3は 喫茶「職安」の常連客達による床屋代。




さて…


今から30年程前 アイパーとかパンチパーマといった髪型が社会人だけじゃなく高校生達にも流行りだしていた。


ここで、ひとつウンチクを語っておくと…


アイパーというのは「アイロン・パーマ」の略語で 平型のアイロン・コテで髪を折って形を整える技法である事は周知されているが、パンチパーマは 女性のパーマと同じ手法で 細めのロッドで巻く…と思っている人が少なく無いが 実はそれは正式には間違い


正式なパンチパーマは 丸型のアイロン・コテでウェーブをつけながら曲げて髪型を整えるもの


一般的に ヤクザ・ヘアーと言われる 細いロッドで巻いてパーマをかけ、それを短くカットしてグルグルに整形した髪型は 本当の分類ではパンチでは無い。


が、そんな事はさておき…


例えば 当時、野球部でスポーツ刈りだった私だが 高校生ながらの洒落っ気があり、Jさんが暇そうにしている時に


「ねぇ 少し、コテでウェーブつけてカッコ良くして下さいよ」


なんて頼んで 緩く、ウェーブをつけてもらったりしたものだ。


他のバイト連中も それを見て それぞれが真似をして悦に入っていたわけで…


でも、当時の校則は 今の時代とは比べようもなく厳しく 生徒指導(生活指導とも呼ばれた)の教師は 頑固一徹な鬼で


「ん? ブタネコぉ おまえの髪はなんだ? パーマか?

 ちょっと生徒指導室まで来い コノヤロウ」


なんて事は日常茶飯事


「先生、これは天然パーマですよ なんだったらいつもボクが行っている床屋に聞いて下さい」


なんて言って その場を逃れていたのだが、ある日 その時の生徒指導の教師が何をどう気が向いたのか


「よし、確認してやるから どこの床屋か言え」


と、言い出した。


なので、私達はJさんの店を告げ 直ぐさま学校を抜け出して 近所の文房具屋の赤電話から喫茶「職安」に電話をかけ 案の定、油を売っていたJさんに 事の次第を告げて、口裏を合わせてくれるように頼んだ。

(当時は携帯電話なんて 影も形も無かったのだよ^^;)




で、放課後になり…


我々、バイト学生は 生徒指導の教師vs床屋のJさんの戦いがどうなったかを知りたくて喫茶「職安」に 行ったところ…


店の前でママがタバコを吸っており、我々を見つけると 口に人差し指を当てて「シーッ」というポーズ


我々が それを見て静かに自転車を停めて、ママに


「どうしたの?」


と、聞くと


「アンタ達の先生が みんなから説教されてるから裏口から静かに入って覗きな」


と言う。


なので、言われた通りに 裏から入って調理場とカウンター越しに店内を覗くと 生徒指導の教師を 取り囲むように運送屋のNさんや、K鮨の親方、テキ屋のHさん等 主立った常連さんが数人座っており


「日○組の分際で 偉そうに、近隣商店街の営業にケチをつけるなんざ どういう了見だ?」


「学校では生徒指導って立場でふんぞり返ってるかしれねぇけど 一歩、校門の外に出てまで

 その御威光が通用すると思うなよ」


「共産主義かぶれのわりに 床屋を見下したようなテメェのさっきの台詞は聞き捨てならねぇな

 共産主義では 労働者は互いに公平な同士なんじゃねぇのか?」


そんな感じで常連さん達が 口々に生徒指導の教師を罵しり、生徒指導の教師は ただうな垂れている。


が、小一時間も過ぎぬ頃 Nさんが


「まぁ、アンタの立場も判らなくは無いが 床屋が

 ”ありゃ天然パーマです

  私は、逆に 出来るだけその縮れっ気を伸ばしてやろうとパーマをあてたんです”

 …って言ってるんだから それを信じて帰んなよ」


と、諭し 生活指導の教師は やれやれといった感じで店を出て行った。


で、それを確認した私達が カウンターの方から店に入って行くと Nさんが私に


「だいたいのところは見てたんだろ?

 ま、そんなわけだから とりあえず安心しろ。


 しかしな… 大人にテメェの尻を拭かせるのはイタダケないぞオマエら


 そのぶん、きっちり反省してもらわんといかんな…」


と、不気味なぐらい 恐ろしい笑みを浮かべている。


その後、我々バイト学生は Jさんの店の店内を隅から隅まで磨き上げるように清掃し、店の外側の看板や壁などにペンキを塗るなど 労働奉仕を命じられたのだった。


まぁ、それがキッカケというよりは 我々とJさんを結びつける強固な想い出である事は間違い無く、それから今に至るまで 我々バイト学生達は 例えば私の様に東京に居住していた時期などは別として 札幌にいる限り、床屋はJさんの店…と決まっており、Jさんの店に行けば寝てるだけで ちゃんといつも通りの髪型に散髪して貰えた。


そんなJさんは 今から4年程前に長く患っていた糖尿から不整脈、そして脳梗塞という連続攻撃にあえなく他界


その他界の数年前から Jさんの店は娘婿に代替わりしており、だから今では 我々、当時のバイト学生達は その娘婿に散髪してもらっているわけだ。


で、数日前の事…


Jさんの店に散髪に行った所 たまたま店に来ていたJさんの娘とバッタリ会ったのだ。


Jさんは 上述した生活指導教師説教事件から間もない頃、K鮨の親方の紹介で見合いした相手と結婚し、娘が産まれた。


だから、我々バイト学生達は その娘の成長をずっと知っており、娘にしてみれば 自分の父親が母親と結婚する前の若い頃から我々が父親と仲が良いのを知っている。


その娘と私が会ったのは 実はJさんの葬式以来の事で その後は何故か私が散髪に行く時は入れ違いで店におらず 今まで会えなかったのだ。


だから、当然 懐かしさもあって自然と話題はJさんの話になる。


Jさんの娘は ここぞとばかりに私にいろんな事を聞き、それに私は知っている範疇で応える… 亭主が私の髪を弄り終えるまで それはずっと続いたわけだが、散髪が終わり、出してくれたコーヒーを御馳走になりながら 他に客がいなかったのでタバコを吸わせて貰っていたら


「実は お父さんが死ぬちょっと前の事なんですけど…

 ブタネコさん達の仲間の一人の弁護士さんが たまたま散髪に来た時に

 カメラを持ってきていて”丁度良いから、家族写真を撮ってやるよ”って写してくれたんです。

 で、その写真が出来たのを持ってきて下さった時に 皆さんが高校生の頃に

 弁護士さんが写した ウチのお父さんや喫茶「職安」の常連さん達の写真を

 いっぱい焼き増しして持ってきて下さって…

 ウチのお父さん それからずっと いつもその写真を見ながら


 ”この頃は金は無かったけど とっても楽しかったなぁ…”


 って、ニコニコしながら言ってたんですよ」


と、Jさんの娘が教えてくれた。


で、そんなJさんの姿を ふと想像した途端、私は泣けた。


そうなんだよJさん 俺もね、最近 ホントそう思うんだ。


俺達は学生で 洟垂れ小僧のガキだったけど、そんな俺達をアンタ達は ちゃんと一人前に扱ってくれて 俺達の今があるのは喫茶「職安」の常連さん達のお陰なのは紛れもない事実で…


Jさん、アンタだって そんな喫茶「職安」の常連の一人である事は間違い無いのに その事を俺はおざなりにしてしまってたんだよなぁ…


Jさんの娘の言葉で 私はそう思うと、懐かしいのと 申し訳ないのとが合わさって泣けてしまったのだ。


人間、歳をとると涙もろくなると言う。


きっと、それは この時の私みたいな気持ちに歳をとるとなり易くなるからなのかな…なんて思った。


お駄賃

 気が向いたら…で結構です。^^;

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『喫茶「職安」の話』関連の記事

コメント

今回も いいお話だなァ。


自分もブログ初期から 

ブタネコ さんが 一人前扱いしてくれたことが忘れられません。


「職安」で鍛えられた とてもヒューマンなところ

いつも リスペクトしています。

Jさんのお話を読んでいたら、以前母が話してくれた小学校時代の母の担任の先生の話を思い出しました。
ブタネコさんよりもっとずっと前の話ですが、
母は5人姉妹の上から2番目で、小学校の頃はとても貧乏で、両親はおでんの屋台をして生計を立てていたそうです。
ある日、学校で映画を見に行く事になり、終わりの会で持物や服装の話になったそうです。
その時母が臆面もなく、『先生、下駄で行っては駄目ですか?』と手を上げて聞いたそうです。
靴は兄弟で一足しか持っていなくて、その靴は妹がいつも履いていたので、母は下駄で通学していたのです。
先生は『いいですよ。』と答えたそうですが、その後学校帰りに家に立ち寄り、『これで靴を買ってあげて下さい。』とお金を置いていったそうです。
決して恵んでやったとかそういうのではなく、優しさから来たもので、ありがたくて忘れられないと言います。
その先生を囲んで同窓会も50年ぶりくらいに行い、改めてお礼を言う事が出来たと喜んでいました。
その先生も数年前に他界されましたが。

Jさんの話も母の話も、まるで映画のワンシーンのようで、いい大人が回りにいたのですね。
私も涙もろくなってきたので、勝手にこの話を読みながら頭の中で短編ドラマに仕上げ、ブタネコさんが思わず泣くくだりでホロリときてしまいました。
ブタネコさん役は誰にしたかって? それは秘密です…が、Jさんの娘さんははるかちゃんですね。

ブタネコさんへ
バタバタしていまして、ご無沙汰してしまいました。毎度申し上げていますが沢山の素敵な引き出しをお持ちで羨ましいです。高校生時代に本当に稀有な経験をなされていて、我々には想像もつきません。僕の時代では喫茶店に入るのは学校が五月蝿かったし何よりも経済的に難しいことでした。ある喫茶店の地下にある遊戯場でビーンボールをするのがとても勇気いることでしたし、ちょっとした悪の真似事が出来た事柄でした。見つかれば海兵出身の担任のビンタが待っていました、今考えれば可愛いものです。

★ 虎馬 さん

ほう、リスペクトですか…

良かった、アスベストじゃなくて^^


★ まりこ40 さん

>ブタネコさん役は誰にしたかって

是非、三浦友和でお願いします


★ タンク さん

ちょっと大人な気分が味わえて 高額なバイトにありつける…

今思えば、実に恵まれた環境だったと思います。^^

私信の件了解です。^^ 逆に、そんな中 コメントを頂戴できました事、感謝申し上げます。^^

ブタネコさん、三浦友和さんはJさんかと思っていました。
ブタネコさん役はブタネコさん役は、あくまでブタネコさんがやるとおっしゃるかと…
Jさんの娘役がはるかちゃんなので…
…え…!?…その夫役…!?すいません、よく解りません…ウヒャヒャ…

★ まりこ40 さん

お楽しみ頂けておりますようで恐縮です。

【※注意!!】

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