● 世界で一番パパが好き 追記
以前、私は「明石家さんま」に関して 別の記事で酷評した事があり、その記事を読んだ方の数人から
「明石家さんまを嫌いだと言いながら このドラマを酷評しないのは何故?」
という趣旨の問い合わせを頂戴したり、このドラマに関して「もう少し、ちゃんと語れ」という趣旨の御要望を頂戴したので それについて合わせて語っておこうと思う。

1998年7~9月期にフジ系で放映された このドラマまで、正直言って 私は「明石家さんま」が出演したドラマそのものを含めて 明石家さんま個人に対しても好意的な気持ちで番組を見ていた。
例えば「男女7人…」や「心はロンリー気持ちは「…」」、「古畑任三郎」におけるゲスト出演などが そうだ。
しかしながら… このドラマの後に彼が出演した「甘い生活」や「空から降る一億の星」を見るに至り 好意的だった気持ちは醒め、逆に「何故、コイツを役者として起用しなきゃならんの?」とまで思うようになった。
ただね、「甘い生活」や「空から降る一億の星」を私がクソドラマだと評価する理由は 明石家さんまだけに責任があるわけでは無いので そこは区別して語りたいのだが、近年のドラマや映画制作において せっかく、面白くなりそうだったドラマが結果的にクソ・ドラマに終わる大きな理由の一つに
元々、設定されていた役柄を役者に演じさせるのでは無く、演じる人物の個性や得意なキャラに無理矢理、役柄設定を合わせてしまう事による弊害が 結果的に物語全体を破綻させる結果に至る
というパターンがある。
さんまの場合、「甘い生活」や「空から降る一億の星」 そして最近では「ハタチの恋人」のをいずれを見ても まさに典型的なパターンで コメディアンとしては売れっ子でも 役者としては如何なモノか?と疑問どころか不快感さえ抱く。
で、実は この「世界で一番パパが好き」のさんまの役柄も 冷静に見つめれば前述したクソドラマでのさんまのパターンと同じなのだが、では、何故 「世界で…」だけを私は否定しないのは このドラマに関しては脚本家や演出家が さんまだけを持ち上げるのでは無く、

他の出演者達にもそれなりに充分な光をあてているからだ。




なかでも「西田尚美」という女優の魅力を再確認出来たドラマとして 私は個人的に高く評価したいと思っている。
ところがね、このドラマ以降のさんまの出演作を眺めると、どのドラマもさんまのキャラばかりに振り回され全体が崩壊 しかも、さんま本人には それに対して悪びれるどころか笑いのネタに利用する始末。
お笑いタレントとしては それは間違った行動では無いと思うが、ドラマそのものを楽しもうと期待し、裏切られた者としては言語道断にしか感じられないんだな。
…というのが 私の現在の個人的考えである。
さて…
このドラマを「面白かった」と記憶していた別の理由を挙げると

私は このドラマまで「広末涼子」に好感を抱いていたが、この「世界で一番パパが好き」の前後に出演した別のドラマや その他諸々の影響もあってか この後、しばしのスランプに陥り、その後の彼女の演技には なんの魅力も感じない。
しかしながら、このドラマと「ビーチボーイズ」での彼女の演技は秀逸だったと今でも思っている。
それは 当時、我が家の二人の娘が中学から高校へと進学する年頃で 馬鹿な親父と笑われるのを覚悟で言えば 広末が演じる女の子を見て、ちょうど同じ年頃の自分の娘達の考え方を察するヒントに大いに利用させて貰った経緯もあるからだ。^^;
だから、オンタイムでこのドラマを見ながら うちの嫁に
「娘達も やっぱ、こんな感じなのかな? 俺は どう接したら良いのかな?」
なんて相談し
「現実はTVドラマほど簡単にはいかないのよ」
と、いつも鼻で笑われていたんだけどね。orz
なので、久しぶりに再放送で このドラマを見ていたら その頃の事を思い出して、ついつい苦笑するしかなかったのだが…
でもね、記憶や心に残るドラマや映画や音楽って そのドラマを見た頃の自分自身の身の回りの記憶をも合わせて甦らせる魔力がある。
これは高校生や大学生の方には 簡単に理解出来る訳無いのだが、そんな彼らが30半ば過ぎの年代に至れば 誰もが大なり小なり、実感するので その時に理解して下されば それで良い。
