● 僕の彼女はサイボーグ 劇場再見
映画「僕の彼女はサイボーグ」を あらためて映画館に行って見てきた。
仲良くさせて頂いている綾瀬ファンのブログを徘徊し、映画「僕の彼女はサイボーグ」に関する記事を拝読させて頂いていると 多くの方が「この映画は2回以上見るべき」と言われている。
なので、へそ曲がりの私ではあるが 今回は素直に見直してみようと思い立ち 出かけてきた。
というわけで…
【注意!!】
以下の記事において映画「僕の彼女はサイボーグ」について
一部、ネタバレとなる記述を含みます
従いまして、まだ映画本編を未見の方でネタバレを好まない方は
以下の記事を読まない様にお薦めします。
と、とりあえずお断りを申し上げておこうと思うのだが…
ひとつ、私見を申し上げると とかくクソ・ブログと呼び声の高い この「ブタネコのトラウマ」ではあるが、私は 本来、ネタバレは好まない主義だと公言しており、多くの映画やドラマに関して感想を述べる際は その点に私なりに留意しているつもりでもあるけれど…、一部の映画やドラマに関しては「ネタバレを含む」と明記した上で ネタバレに留意せず記述している記事もある。
脳天気に出演する俳優をヒャッホイするだけの記事ならばネタバレなんかする必要も無いのだが、純粋に作品に対しての感想を述べようとした場合 ネタバレ抜きで述べるのって結構、辛いものがあるんだよね…。^^;
で、何故、今更 こんな事を言うかというと…
昨今、他所のブログに赴いて
映画を見ていない方が、こちらのブログの記事を見られた事を考え、
記事の最初の方に、ネタバレの警告を追加していただけないでしょうか。
等と御忠告を下さる御奇特な方がおられる為、そんな方が当ブログにまでお越しになられると大変鬱陶しいので表記しておこうと思う次第である。
思うに、インターネットを利用して なにか特定の映画やドラマの記事を読もうとした場合、読もうとする側ってネタバレ記述が在る事を期待している方のほうが多いらしく、拙ブログの記事の様に ネタバレ防止に気をつけた記事に対しては「痒い所に手が届かない半端さ」を不満に感じ「もっと、踏み込んだ内容の記事を読みたい」という希望や不満が寄せられるケースが 特に多いんだ…って事も明記しておきたいし…
しかしながら、私としては私のマイ・ルールに従い 自主規制するか否かを決めて記事を記述するのがポリシーであり、それは他の多くのブログ主宰者も御同様の事と思う。
ゆえに、ブログを主宰されていない方には その辺のマイ・ルールについては実感が伴わないかもしれないが、ブログを主宰していながら 他所に口を挟む様な輩には ただ、呆れるばかりであり、その上で 日頃から特定の俳優だけヒャッホイしてる記事しか書いてない奴が 他所のブログに乗り込んで そのブログの主宰者のマイ・ルールに偉そうな事をどうこうと述べるなんて真似は ただ小賢しいばかりと苦言を呈しておきたいとも思うんだな。
さて…
今回、映画を劇場で見るにあたり、私は個人的に最低限、二つの事について留意して見た。
まず、ひとつめは「佐藤めぐみ」は どの役で出演しているのか?
映画を見た方の殆どは 高校の立て籠もり事件の際に、人質になる女教師…と言われるであろうし、私も その女教師は「佐藤めぐみ」で間違い無いだろうと思う。
けどね、思い出してみて欲しいのは 映画の初めの方で アメリカンフットボールの選手達がレストランで誕生祝いをしているシーンで シャンパンをあける女の子も「佐藤めぐみ」に見えてしまい 仮に二役だったのだとすれば その意味は不明だし、誕生祝いの時は まだ、大学生で 1年後、新人教師として赴任した学校で人質になった…という女の子の設定なのだとしたら理解は出来るが そこにそんな関連を持たせる意味が不明だ。
が、実際に 今回、あらためて見ても シャンパンの女の子が佐藤めぐみに見えて仕方が無かったわけで、これを判別するにはDVDの発売を待つ他無い。^^;
で、二つめの留意点は ストーリーの整合性についてである。
私は以前に この映画「僕の彼女はサイボーグ」に関して
● 「僕の彼女はサイボーグ」
● 「僕の彼女はサイボーグ 小説」
という 二つの記事を掲示した。
その中で 特に後者の記事において
私は”僕の彼女はサイボーグ”という映画のストーリーに関して 讃辞を述べたつもりは一切無い
と述べた。
これは言い方を変えると「この映画のストーリーはクソだ」と言ってるのと変わらない。^^;
で、何が「クソ」かと言うと…
この映画のストーリーは「鶏が先か?卵が先か?」的同道巡りになっている事。
つまり、ジロウは 独りで誕生祝いをした日に 最初に逢った(映画内では”1年前に逢った”とされている)女の子が忘れられなかった事と、事件に遭遇して大怪我を負ってしまった事、そして「ロトくじに当たり資金を得た事」で 彼女に似せたサイボーグを制作し、そのサイボーグによって自分が大怪我するはずの事件に遭遇する事から防ぐ。
そして、百数十年後に 自分にそっくりなサイボーグに出会った未来の彼女は そのサイボーグを入手し、メモリーされていた彼女の記憶に触れる事で生前のジロウに逢ってみたくなって過去(一年前)のジロウに逢いに行く。
さて、この「タイムワープ」と「サイボーグ制作」 どちらが最初のキッカケなんだろう?
そう考えると「鶏が先か?卵が先か?」的同道巡りにならないかい?
ジロウを大怪我から防ぐ事により、必然的にジロウの未来は大きく変わったはずなのだが、サイボーグは その後、ジロウに起きうる将来的な事件を予見している事を暗示させるシーンがあり、そこに私は整合性の疑問を抱く。
要するにSFストーリーの場合、科学的に現時点ではあり得ない設定を「未来の話」という前提でアリにする事で視聴者は納得出来るのだが、そこに同道巡りを生じさせるのは説得力を大きく欠く事になる だから、私は「ストーリーがクソ」と感じたのだ。
こう述べると「そうかな… 私はすんなりと納得出来たよ」と反論を抱く方も多かろう。
なので、違う指摘の仕方をすると…
未来の彼女は ジロウと過ごす事を決意して 再び、ジロウのもとへとタイムワープする。
そんな彼女を迎えたジロウは 壊れたサイボーグを修復するのだろうか?
(そんな必要性があるのか?)
もし、修復されないとしたら その百数十年後の未来で 彼女は自分ソックリのサイボーグとは出会う事は無い。
まぁ、「そんなに小難しく考える必要は無いじゃん」と思う方は、別に私が違和感を抱いたからといって 特に気にされる必要は無いから この件に関しては放置の方向で。^^;
考えてみると この映画は 例えば、1年前のジロウと彼女のエピソード、1年後のジロウとサイボーグのエピソード、ジロウの少年時代のエピソード…という風に いくつかの構成部分に分割して それぞれを単独で見た場合、そのそれぞれは なかなか良質だと私も感じてはいる。
しかしながら、この映画の主題が もし、ジロウと彼女のラブストーリーなのだとしたら「ジロウの少年時代のエピソード」って必要なのかな?って 単独では良いシーンだと思っても、全体的な構成を考えた場合、私は そんな描写よりも 未来の彼女が過去のジロウのもとに行く理由付けに関してを もっと、肉付けして欲しかったと思う。
でね、もうひとつ付加して言えば 私が最初にこの映画を見た夕張の映画祭で上映されたモノと 今回、全国公開後に見たモノは 基本的には同じではあるのだが、細かい部分において かなり、再編集されていると感じてならないのね
これに関しては夕張の上映を観た人じゃないと判らない事だとは思うし、夕張のは公開よりもかなり前の特別上映版だと思えば ある意味、理解が出来る事なのだが 夕張で観たこの映画は もっと冗長で意味不明なシーンが多かったと思えてならないのだが 如何であろう?
ゆえに、夕張で観た時よりは かなりスッキリして 違和感を覚える部分はかなり少なくなったと思えるから、先に述べた整合性など公開版は許せる範疇と感じる人も多いだろうとは思うし、私も受け止め方のニュアンスは自分なりに変わったとも思う。
さてさて…
ちょっと違う視点で言えば 上述した部分で不必要と述べた「ジロウの少年時代のエピソード」だが、このエピソードの映像とストーリーを単体で考えれば 50歳前後の私の様な世代以上の年代には いろんな懐かしさを醸し出した素敵な映像だと感じている。
けれども、我々の幼少期の日本の風景でありつつ どこかに韓国の田舎の風景が加味された感が強く、すんなりと昔の日本の風景という風には受け止めにくい部分がある。
で、思うのは この映画が韓国で上映された時、韓国人の観客達は この映画をどういう風に受け止めるのかな?…という事。
言うなれば、この映画は韓国映画であって 日本映画では無い…と 私は思っており、であるがゆえに トカゲを鍋で食べたり、ゲロに顔を突っ込んだり、ウンコだゲップだ…がコミカルな場面として乱発される描写も 韓国映画やドラマ特有のよくある描写と考えれば我慢も出来る。
だからこそ、韓国的田舎の風景が「ジロウの少年時代のエピソード」に加味される事で 韓国人にもノスタルジィをそそる事が出来、韓国と日本の田舎の共通性を知る事で 両国の今後の若者達が親近感を持って仲良くなっていくキッカケになれば それはそれで有意義な事と受け止め、評価すべき映像といえるだろう。
だが、そんな事は 私にとってはどうでも良い。
「ストーリー的にはクソ映画」と思いつつも 私はこの「僕の彼女はサイボーグ」という映画に関しては それなりに評価したいとも思っている。
それは、「綾瀬はるか」の持っているポテンシャルで 今までの日本人の監督やディレクターが引き出せなかった部分を過分に引き上げ、それを映像で見せてくれた事への評価であり、感謝の意でもある。
この映画の番宣で ずいぶんといろんな番組で「綾瀬はるか」のトークを観る事が出来たのだが、そのいくつかで以前とは明らかに雰囲気の変わった「成長したなぁ…」と感じる「綾瀬はるか」が観れたのも大きな効果だと感じているからでもある。
で、最後に…
この映画が上映される前に 今年の秋に公開される映画「ICHI」の短い劇場予告が流れたのを観たのだが…
参考:「ICHI公式サイト」
「なに斬るかわかんないよ、見えないんだからさ」
という「綾瀬はるか」の台詞回しが これまた今までの彼女からは観る事(聞く事)が出来なかった渋さがあり、思わず ゾクッとした。
この1年の間に とてつもない成長を遂げたんだなぁ… そう感じた次第だ。


