● 雑感(3月21日)
ヲタが2匹 北海道にやってきた。^^
最初に断っておくが、この記事で以下に登場する「ヲタ」という言葉は 俗に「オタク」と呼ばれる性質の もっと濃いレベルを示す。
私は それをけっして批判するつもりなど毛頭無く 自らもいくつかの「ヲタ」である事を自認しており、親愛の情を込めて使用するものだと どうか御理解願いたい。^^;
さて、「綾瀬はるか」が来道した。
彼女が出演した映画が夕張の映画祭で招待作品となり、その映画の監督が 元々、映画祭の審査委員である事もあって その招待作品の上映にあたり もう一人の出演者である「小出恵介」と共に舞台挨拶をする為にだ。
すると、それにつられるかの如く、普段は本州在住の「綾瀬はるか」ヲタが二人 わざわざ、その上映と舞台挨拶を観る為に北海道にやってきた。
一人の大好きな女優を追いかけて関東から北海道へと簡単に駆けつける…
文章にすれば たった1行の事だが、これを実現するのは お金もかかるし、ともすれば時間も消費してしまう。
でも、映画祭において舞台の上と それを見上げる客席 いわゆる閉鎖された空間で大好きな女優と時間を共に過ごす… これって、理由もなく 生きる目的すら見失って部屋に引き籠もったり、ダラダラと習慣になってしまったパチンコ屋や競艇場に出かけて ただ、負け銭ばかりを増やし、時間も金も無駄にするのと外見上は変わらない様に映るかもしれない。
けれども、ヲタの追っかけには「想い出」という記憶が残る。
他人から見れば とてもクダラナく無意味な想い出であっても 本人にとっては人生が大きく変わってしまう出来事に化けたり、一生大切に 心の支えとなる様な「想い出」へと昇華する事だってある。
実際、私にも そういう記憶がいくつかあり、それらの記憶は おそらく他人から見れば滑稽だったり、無意味に映ったとしても 私にとってはその後の生き方が変わったモノであったり、その記憶を得た事で それまで無駄で無意味にすら思えた人生の一部の時間が かけがえのない結果を招く為に貴重な時間だったと有意義だったと解釈できるようになったりした経験を何度もしたからだ。
だから、今回の二人のヲタの様に ポ~ンと飛んでくる行動力には理解も出来るし、応援すらしたくなる。
そんな二人に 私は
「せっかくやってきた甲斐がありましたか?」
と 聞いてみたのだが、すると二人は
「いやぁ…、実に来た甲斐がありましたね^^」
と、目をキラキラと輝かせて即答した。
本人が それだけの満足感を得られていれば 他人がとやかく言えるモノでは無いのだ。
… こう述べると、例えば 今回の夕張の映画祭に「行こうか否かどうしようか」と迷い、結局、夕張に行くのを止めた人や 何らかの理由で行きたくても行けなかった人は 少なからず、後悔や嫉妬の気持ちを抱くかもしれない。
よく「経験や想い出は 金を出して替えるモノでは無い」
という人がいる。
でも、私は それは違うと個人的にだが思っている。
今回の事を例にとれば 競馬やパチンコで数万円負けるのと 北海道に来る旅費や宿泊費が同等の額だとすれば、これって言い換えれば 博打でドブに捨てたのと 記憶や想い出を その金額で買ったのと 他人から(理解出来ない人から)見れば「無駄遣い」と似ている様に見えても 残ったり得たモノがあれば それを買ったのと同じ…という強引な解釈も成立する。
つまり、「金で経験や想い出を買う事は出来る」のであり、さらに言えば「時には金を費やさないと得られない記憶や想い出や感動がある」とすら 私は感じている。
この二人のヲタは 昨日と今日を北海道で過ごし、それぞれがそれぞれにとって素敵な想い出を得て 今夜、千歳から飛行機に乗って自宅へと帰途についた。
二人が別れ際に見せてくれた満足そうな笑みを見て 私は「あぁ、良かったね」と 心から祝福を送るし、私自身も妙に嬉しくさせて頂いた。
で、何が言いたいかと言うと…
このブログでは 沢山の俳優のカテゴリーを設けて 見た映画、その出演者という形で記事をカテゴライズしているが、「綾瀬はるか」という女優さんだけは やはり、他の女優さんとは別格、一挙手一投足、表情や仕草や、そして彼女の声は 私にとって まさに別格の存在なんだ…という事を 昨日、私自身が痛感し、再確認した…という事だ。
「今まで生きてきて良かった、そして これからも もう少しだけでも生きていこう…」
本当に そう思わせてくれた事に深く感謝する次第だ。


