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2008年02月24日

● 市川版:獄門島 再考(その2)


先日、拙記事にコメントを頂戴した「めとろんさんの”思いつき『獄門島』考”」という記事を拝読した。




獄門島獄門島

獄門島獄門島

さすが「めとろん」さんだなぁ…と思った。^^


「娘道成寺」に目をつけ それへの解釈お見事です。




さて… 「獄門島」の原作が深いのは 横溝正史が物語に埋め込んだいくつもの伏線が見事に織りなしているところ。


で、ひとつ考えてみようと思う点は「見立て」という言葉。


よく、「獄門島」は「俳句の見立て殺人だ」と読んだ人は考える。


獄門島

「うぐいすの 身をさかさまに 初音かな」


獄門島

「むざんやな冑の下のきりぎりす」


獄門島

「ひとつやに遊女も寝たり萩と月」


何故、犯人は この「見立て殺人」を思い至ったのか?


それを考えるには まず、「見立て」とは?って部分を考える必要がある。


ある俳句のサイトによると…


見立てとは、ある物を別の物に置き換えて代用することですが、たとえば、千利休が、もとは雑器であった楽茶碗を茶の眼目と呼ばれるメインの道具に使ったのも当意即妙の見立ての心。すなわち、なにものにもとらわれないフレキシブルな心と美意識がつくる自由奔放な選択と振る舞いなのです。


昔では、俳句の愛好者の間では 有名な俳句を見立てた箱庭を作ったり、絵を描いたり、そういう「見立て」というのが 句をどれだけ解しているかを競い合う意味でも遊びとして流行ったものだという。


「獄門島」においては単に犯人は その俳句の見立てをやった…という解釈が多いらしいが、こじつけと笑われる覚悟で言えば 犯人の意図には もうひとつの「見立て」があると言えるのかもしれない…と、以前 私は考えた事がある。


それは、小夜が祈祷師だった…という設定から沸き上がったものなのだが、小夜が得意としていた「娘道成寺」、小夜が遺した3人の娘…


「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」と言うが 小夜への憎悪が小夜への見立てに発展した…という見方をした場合に、犯人の動機が 別の形で肉付けされる感がある。


例えば、数多ある俳句の中から 何故、上記の3つが選ばれたのだろう?


横溝先生に言わせれば「たまたま見かけたから」なのかもしれない。^^;


だから、こじつけとして述べるのだが


 ・何故、「冑の下の…」に小夜が用いた張り子の鐘を用いたのか?

 ・歌舞伎には「先代萩」という「娘道成寺」と並ぶ題目がある。


…など、小夜絡みの伏線は多くある。


例えば、小夜の祈祷による犯人への怨念 そう考えると、「千万太」と「一」が二人とも戦死と知って狼狽える和尚達…の衝撃や意味合いにも深味が増す。


でも、この解釈は こじつけの度合いが強いかな…と自分なりに思っていたので 余程の事が無い限り、もう少し補完されるまで黙っていようと思っていたのだが 今回、めとろんさんの考察を拝読して 自分のこじつけもまんざら的外れでは無い、他にも似た様な事を それ以上に考察する方がおられるのだな…と思うと 私もまだまだだなぁ…と思うばかりだ。^^:




さてさて…


ちょうど良い機会なので 以前に私が述べた事の補足をついでにしておこうと思う。


というのは、


獄門島

映画「獄門島」の中に 上の様にお遍路する母娘のシーンがあり、その娘役が「荻野目慶子」だと述べたのだが…


その記事にshunさんという方が下さったコメントに基づき調べてみたところ…


このシーン よく見ると


獄門島獄門島

前半部と


獄門島獄門島

後半部で 女の子の子役が変わっている。


で、このシーンに流れるモノローグを聞いていると どうやら、お遍路をしている最中に女の子が成長した…という流れらしい。


で、後の方の少し大人っぽくなった子役が「荻野目慶子」 前半部の少し幼い感じの子が妹の「荻野目洋子」なのだそうだ。


話によると 本当は姉の慶子だけで撮影する筈だったのが、姉についてきていた妹の洋子を見た市川監督が上述した流れに切り替えたそうだ。


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コメント

拙記事について言及していただき、恐縮です。ありがとうございます!めとろんです。

また、ブタネコさまの「俳句による見立て」についてのお話、大変面白かったです。
じつは、今回の「思いつき『獄門島』考」は、「娘道成寺」についてとともに、この三首の俳句についての話題の二本立てで行く予定だったのが、あまりに長文になってしまい、後者を割愛したものだったのです。

その趣旨は、「むざんやな…」と「一つ家に…」は、首揃って芭蕉翁の句で、季語が「秋」、どちらも嘉右衛門のお小夜への怨念の具現化、ともいうべき(『娘道成寺』を演ずるお小夜、加持祈祷をするお小夜)根拠のある「見立て」の必然性が感じられます。
それに対して、「鶯の 身をさかさまに 初音かな」の一首だけ(芭蕉の高弟)其角の句であり、季語も「春」であり、明確なお小夜との関連も感じられない…という、この差は何故なのか…、という点から、いつものごとく想像を逞しくしまして…

…鬼頭嘉右衛門翁は、風流人にして磊落な自由人・其角を自分に重ねていた、いわゆる"其角ファン"だったのではないか…。芭蕉翁の二首は純粋に「見立て」のため、しかし最初の「鶯」の句は、多分に映像的であり装飾的な(師匠・芭蕉とは相反する)作風であり、嘉右衛門は一首だけ、ファンとしての自分の「純粋な好み」で決めたのではないか…

などという妄想を展開してみました。
そんなことをつらつら考えていましたので、ブタネコさまの考察がひじょうに面白かったのです(笑)
感謝の気持ちでいっぱいです。また、よろしくお願い致します!

★ めとろん さん

そう、何故 一首だけ其角なのか…ってのは 私も課題の一つなんですよね…

なんか深い意図がある様に思えてなりません。^^;

そのうち、じっくりと考えてみようと思います。^^

【※注意!!】

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