● 魔王
伊坂幸太郎:著 「魔王」を読んだ。

講談社:刊 ISBN4-06-213146-3
「ぱんだな生活♪読書日記・たまに素日記」の主宰者「すもも」さんのお薦めで「魔王」を読んでみた。^^
本に関しての 個人的感想を述べれば、今まで私が読んだ伊坂の著作とは 少し趣が違う作品で「ほぅ」と思った。
たまたまなのか否なのかは判らないが、上に示した単行本には表題作の「魔王」の他に「魔王」の続編的作品である「呼吸」という作品も掲載されており、今回は一気にそれを続けて読んだのだが、実際 これ「呼吸」まで読まないとストーリーとしては完結しないし、難解だ。^^
で、すももさんが タイミング良く、再読された記事を掲示されており…
● 「すももさんの”魔王”の記事」
この記事を書き始めたところで たまたま拝読したので、今回は「すもも」さんの記事の感想も含めて個人感を述べたいと思う。
さて…
本というのは 読者の読み方、受け止め方でいろんな姿に変化する。
ある人は深く感銘を受けた…と、感想を述べても 別の人では「こんな駄作」と唾棄される事もある。
あるテーマを伝えたくて作者が書いたはずなのに、その本から全く違うテーマを感じて 良かった、駄目だと 作者としては「え? そんなテーマじゃ無いのに」って話で議論されたりもする。^^;
結局、小説というのは 読み手のイメージ次第で素晴らしくなったり、つまらなくなったりもするものなのだ。
その昔、小説では無いが「資本論」という本に関して それを読みこなせた人々は自分達がインテリだと思い込んだ。
「資本論」とは 一般の人が気軽に読む本では無く、経済学書であり、哲学書であり、思想書だったりするわけで、しかも 日本人にとっては翻訳本でもあるから、元々難解な本だから、大学でも わりと偏差値が高い系の学生じゃないと読みこなす事は出来ず、ゆえに
「資本論を読んだよ」
という言うのは 暗に「読めたよ」という意思表示であり、遠回しに「それだけ俺は利口なのさ」と見栄を張る道具だったとも言える。
ちなみに、60年代後半から70年代にかけて吹き荒れた学生運動において この「資本論を読んだよ」的学生が左翼系学生運動に目覚め 活動家として暴れ回ったわけだが、その当時から既に「本当に読みこなせたのか?」と大いに疑問を感じるところでもある。
が、まぁ、そんな事はどうでも良い。
何を言いたいかと言うと 経済学書も読み方、受け止め方によっては思想書になる…って事。
この「魔王」という本を 伊坂はどういう思いで書いたのかな?…
ふと、そんな事を 読んだ後に思わされてしまった。
例えば、へそ曲がりで偏屈な私には こんな想像が浮かぶ。
伊坂は、日頃の政治情勢や 将来の日本の展望に憂いを抱いている。
そんな憂いに関して「俺は こう思う」とエッセイ的に述べるのは あまりにも当たり前すぎるので それを根底において小説として その小説の登場人物の台詞やモチーフに置き換えて 物語上でディベートさせている…なんてね。
ある歴史学者に言わせると 現在の日本の風潮は第1次世界大戦が終わって少し経ったドイツに似ている…という説がある。
その説が正しいか否かの議論は この際どうでも良いのでほっておくが、だとすれば その時にドイツに起きたのは 国家社会主義ドイツ労働者党(ナチス党)、そしてヒトラーの登場である。
ヒトラーに関しては 第二次大戦後から今日に至るまで、一般的には極悪な独裁者として 全てが批判の対象とされているが、単純に批判するのでは無く 何故、ヒトラーが僅かな期間で独裁者にまで成り得たのか?と言う点だけに興味を持って調べると その多くの書物や研究者は「ヒトラーの演説の巧みさ」を挙げる。
ただ、同じ多くは聴衆をマインドコントロールするテクニックだとか そういう面ばかりを強調するわけだが、第三者的に落ち着いてみると ヒトラーの演説の内容、そこにある説得力は 当時のドイツ国民にとって凄まじいまでの説得力があった事は見逃せない。
つまり、今の日本には 説得力を持った持論や行動を示す政治家はいない。
政治家と自称しながら 結局は自分の利権や保身しかしない「政治屋」ばかり。
だから、人々は説得力を持った持論や行動を示す政治家の登場を待ち望んでいる。
しかしながら、こういうタイミングこそ 一歩間違えると新たなヒトラーが登場しやすい時代背景だ…と、先に述べた歴史学者達は警鐘するわけだ。
そう考えると「魔王」に登場する「犬養」というキャラクターは 実に興味深い。
でね、すももさんが この「魔王」を読んで「考えろ、考えろ・・・・」と思うのは この「魔王」を書いた伊坂の思惑としては ある意味、とても正しい読後なんじゃないか?と思う。
極端に言えば「社会主義が良い」とか「資本主義だ」「民主主義だ」「共産主義だ」…
誰がどの考えを「正しい」と思うのは それぞれの自由なのだが、「どの考えが正しいか」を考え至る過程において「オマエは ちゃんと”考え”たのか?」が欠けている日本人が多すぎるんだよね
自分では何も学ばず、考えようともしていない癖に 誰かの意見を「私の考え」とコピーしちゃってるだけ… そんなアホが多いって事だ。
で、もうひとつ仮定を提起すると「魔王」の主人公は 他人に特定の台詞を言わせる特殊な能力の持ち主なわけだが…
『ある人物が 自分では言えない言葉を主人公によって「言わされる」』
これって、他人の意見を自分の考えとしてコピーする…という一般の比喩と考えると なかなか意味深いなぁ…なんてね。^^
いずれにせよ、この本は面白かった。
でも、より面白く感じさせて貰えたのは 以前に、別記事で頂いた「すもも」さんからのコメントによるものである事は間違い無く、深く感謝申し上げる次第です。


