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2008年02月17日

● 市川版:悪魔の手毬唄 再考


市川崑監督の訃報に接し、「悪魔の手毬唄」を再見した。




悪魔の手毬唄

「犬神家の一族」のオープニングテーマは有名だけど、実は この「悪魔の手毬唄」のオープニングテーマも渋く懐かしい名曲で これも聴いてるだけでせつなくなる。


そんな音色に包まれてジーンとした瞬間に まず、目に付くのが


悪魔の手毬唄

「脚本:久里子亭」


そう、別記事でも述べた事だが「久里子亭」とは市川崑と夫人で脚本家の「和田夏十」の別名で ミステリー好きの市川氏が「アガサ・クリステイ」の名前を捩ったと言われている

(ちなみに 江戸川乱歩はエドガー・アラン・ポーの捩り)


市川崑監督が手がけた横溝映画は第1作目が「犬神家の一族」だが、脚本のクレジットは「市川崑」「長田紀生」「日高真也」の連名 この2作目「悪魔の手毬唄」で初めて「久里子亭」単独(?)の表記になっている。


私は かねがね、半端な脚本や演出なら 横溝文学を映画化なんて片腹痛い…と申し上げているけれど、市川版に関して あまり苦言を呈した事は無い。


それは、市川崑に 自分と似たミステリーマニア、横溝フリーク度を感じてならないからなのだが、この市川版「悪魔の手毬唄」では 特に、それを感じる細かい描写がいくつかある。


悪魔の手毬唄

上の画は この市川版「悪魔の手毬唄」が始まった最初の画である。


この どうでも良い様な画ひとつに横溝フリーク度が濃い者は「あれ?」と思う。


それは、原作における「悪魔の手毬唄」の設定年度は昭和30年の8月前後になっている。


にもかかわらず、何故「昭和27年」なのか?


(ブタネコ解釈による)その答えは 少し後のシーンにある。


悪魔の手毬唄

悪魔の手毬唄

悪魔の手毬唄

悪魔の手毬唄

悪魔の手毬唄

悪魔の手毬唄

これは、金田一耕助と磯川警部が亀の湯で再会するシーン。


「少しも変わりませんなぁ 4年前と」


磯川警部と金田一が会ったのは4年前ぶり…、あくまでもブタネコ的解釈で述べると…


金田一耕助のシリーズでは 舞台となる地が「岡山近辺」と「関東周辺」とに大きく二分される。

(もちろん数は少ないが、例外もある)


で、岡山近辺モノの場合は磯川警部が登場するのだが、原作における事件年譜で考えると この「悪魔の手毬唄」(昭和30年)での事件の前に起きた大きな事件は 八つ墓村(昭和23年)

     ● 「金田一耕助の事件簿


その間の7年間に岡山周辺で起きる別の事件としてパッと思い浮かぶのは「湖泥」(設定年度は昭和27年10月)「首」(昭和29年10月)「蜃気楼島の情熱」(昭和29年秋)なのだが、実は この3作品は磯川警部モノとして扱うか否か、内容的な部分とか作品としてのクォリテイという部分で意見の分かれるところがある。


ゆえに、「悪魔の手毬唄」の設定を 昭和27年の8月に繰り上げてしまえばスッキリする…という点がひとつの理由。


もうひとつの理由は 最初の事件が昭和7年という事を考えると その時に産まれた4人の女の子達の年齢が原作通りだと23歳 3年繰り上げれば20歳ちょうどで成人=結婚と考えがちだった当時の世相にもハマる。


この二つの理由を考えると 単に27年へと安易に3年繰り上げたのでは無いと理解出来るのだが、理解が出来る…という事は 市川崑はそこまで金田一シリーズを読み込んでいる証とも受け取れるという事だ。


でね、私が市川版横溝映画と他の監督や脚本による横溝映画やドラマと、明確に区別する理由が 映像化する作品単体をのみサラッとしか読んでいない様な描写と 他の作品を充分に読み込んで描く金田一耕助や磯川警部という人物像では重みも扱いも全く変わるからなのだ。


それとね…


悪魔の手毬唄

素晴らしいラストシーンについては 他記事でも色々と語ったが、今まで指摘していない事で ひとつだけ付け加えておきたい事がある。


それは、この映画が制作された1977年の時点では「悪霊島」という本は構想すら発表されていない。


と言う事は、1977年時点で 1作品だけ事件年度が微妙なものを除くと この「悪魔の手毬唄」が 実は「磯川警部最後の事件」なのだ。


「磯川警部」と言えば 金田一シリーズにおいて欠かせぬ重要人物であり、愛すべきキャラクターである。


ゆえに、「獄門島」など他の磯川警部が登場する作品を踏まえた上で 「磯川警部最後の事件」を念頭に置いて このラストシーンを見ると…


また、ひと味違ったモノがあるでしょ?




さて… 今回、再見していて感じた ある意味、どうでも良い事なのだが


悪魔の手毬唄

上の画は「亀の湯」


昨年、私が個人的に泊まった

イメージ

西伊豆の とある温泉ホテルと外観のイメージが似ている事に 今となって気づいた。


やっぱり、西伊豆と横溝作品は 私の中で似た様な郷愁をそそるんだな…って事を また新たに感じた次第だ。


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コメント

こんばんは。
「手毬唄」、これはやはり市川+石坂5作品(あえて)の中では特に秀逸ですね。個人的にはある意味原作よりも市川版のがすきかもしれません。その描写が。
思うところはおおくあり、それは自分のブログで記事にしてきたので控えますが、う~ん、やはり一番思い入れが深いかな~。

設定年度の件はなるほどさすがブタネコさんと感心させられました。そしてさすが市川監督と。
そして、磯川警部とのラストシーン、なるほど、そうなんですね。
また、市川監督もこれで(金田一ものは)最後という思いも撮影時はあったでしょうし、ある意味この話は磯川警部の話ですからね。とにかく、現実のキャスティングの点もあったでしょうが、このラストの為に、あとの作品でも磯川警部は登場させなかったんですかね(年代はさかのぼれども)。私はそう感じます。
では。

★ イエローストーン さん

>あとの作品でも磯川警部は登場させなかったんですかね

私もそう思います。^^

あ、それと どうでも良いエピソードをひとつ挙げると 太平洋戦争前、横溝正史は軍部から不謹慎として それまでの作風の作品を封じられ、生活費を稼ぐ為に書いた…と言われる「人形佐七捕物帖」シリーズの 映画版の主役を若山富三郎が務めていた縁も 微妙に働いたのかな…なんて思っております。


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