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2008年02月03日

● 殺人の追憶


salon de 15屋」の主宰者であるゴーシュさんが高く評価されている韓国映画「殺人の追憶」(韓国での公開は2003年)を観た。




殺人の追憶

殺人の追憶

久しぶりに 面白いサスペンス映画を観た…と、感じた。


同時に、それが韓国映画だったのは ある意味、とても残念に思った。


で、この「残念」という部分について補足しておくと…


まず、申し上げておかねばならない事は、私は韓国映画とか韓国ドラマが基本的に嫌いだ…と、言う事。


その嫌いな理由に関しては 私の韓国に対する偏見も少なからず含まれているが、かつての韓国の映画やドラマのストーリーには オリジナリティを感じれるモノが少ないからであって、交通事故だの腹違いの兄妹だの、そんなお手軽ドッキリ・ストーリーを乱発してお茶を濁す事が多いとか、昔、邦画や日本のドラマで見たストーリーの焼き直しそのままであったり…、主役はともかく 脇役には「韓国には役者がいないのか?」と思う程 いろんな作品に同じ役者が同じ役柄で出演する頻度が多く辟易とさせられた…等、言い出したらキリが無い。^^;


でもね、これらの事に関しては韓国モノだけの話では無く、日本のモノにも似た様な状況があるわけで それについては別の意味で残念なのだが…


ただ、「韓国モノは嫌いだ」と言いつつも 昨今の韓国作品には、時々「ほぅ」と唸る作品が出てきているのも事実だと感じており、例えば「シュリ」とか「JSA」なんかは とても面白かったと感じている。


で、奇妙な偶然と私も思っているのだが、「シュリ」と「JSA」 そして、今回の「殺人の追憶」 この三つに共通しているのが


殺人の追憶

「ソン・ガンホ」が出演している事。^^


ただし、これはあくまでも「共通点」という意味であって 私は「ソン・ガンホ」を好きでも嫌いでも無いんだけどね。^^;




さて、「殺人の追憶」について語ろうと思うのだが…


この作品は「ミステリー」とか「サスペンス」というジャンルの作品なので 内容的なネタバレは極力したくないと思うのだが、今回は ちょっと踏み込んで語ってみたく ゆえに、以下の記事にはネタバレが多く含まれるので この映画を未見の方は 是非、先に鑑賞される事をお薦めする。




まず、ザックリとあらすじを述べると 韓国のとある田舎町で連続強姦殺人事件が起きる。


事件にはいくつかの猟奇的な共通点があるものの、証拠と思しきモノが殆ど無く、捜査は行き詰まっている。


その田舎町を管轄する警察の刑事である「ソン・ガンホ」達が捜査を行っているのだが、彼らは容疑者を拷問にかけ、証拠を捏造し、自白を強要するタイプの刑事。


そこへ、ソウルから理詰めの捜査を信条とする


殺人の追憶

刑事(キム・サンギョン)がやってきて 捜査に参加し、捜査の手法が違うソン・ガンホとキム・サンギョンは 当然の如く対立してしまう…




実は 私がこの映画を語ろうとするにあたり、私としては自分の感想に関して二つの事が引っかかり、少し自信を持てずにいたので そこを補えれば…と思って この映画の評論ってどんな感じなのだろう?と いくつかの映画評論サイトを見て回ったのだが…


ある意味、予想通りの事なのだが この映画は自称評論家とか、マニアックに小難しく感想を語りたがる私の様なタイプには とても魅力的な作品らしい。^^;


つまり、この作品のベースとなるストーリーは1986年から1991年までの間に連続して10件発生した実話の事件が基になっている事から、「韓国という国の歴史において…」とか、「光州事件から…」等と、歴史的背景を中心に感想を語っているところが多い。


実際、映画の中にも デモの風景などが挿入されたり、事件の発生が予想された日に 防ごうとして要請した機動隊が デモ隊の鎮圧に出動してしまっていて事件を防がなかった…なんてエピソードもあるから それは判る。


私が自分の感想に引っかかった理由も 実はそれがひとつで、韓国の歴史背景をきちんと知っているワケじゃ無いから、もし、ポン監督がそういったものへの風刺を描いているのだとしたら それを勝手に理解したつもりになるわけにはいかないな…と、引っかかるのだ。


というのは、この作品の監督であるポン・ジュノは この作品の中で恐ろしいまでに いくつもの「対比」を巧妙に使い分けており、その最たる部分が ソン・ガンホとキム・サンギョンの対立(対比)で…


殺人の追憶

ソン・ガンホは上のシーン等の様に「直観」を優先させるタイプで 日本でも「昔ながらの刑事」と言われる部類。


それに対して、


殺人の追憶

キム・サンギョンは上のシーンの様に「推論」を優先させるタイプで 言わば、今風。


単純に暴力的か知的か? 昔風か今風か? 田舎的か都会的か? 非合法か合法か? そういういくつもの対比が込められているのだけど、巧いなぁ…と唸らされるのは それをクドクドと説明する台詞やシーンを盛り込むのでは無く、少ないカットでビシッとメリハリを効かせている点。


で、この対比の中に「韓国の世相」や「歴史背景」なども対比として描かれているのは間違い無く理解出来るが、それを自称:評論家達の様に 勝手に判ったつもりには語りたく無いのだ。


ゆえに、私はそういった世相や歴史背景は抜き つまり、「実話を基に」という部分も全く度外視して あくまでもサスペンス映画として楽しんだ感想に徹しようと思う。




さて、この物語には3人の容疑者が順番に登場する。


最初の容疑者は 知的障害のある若者で、被害者の一人に対してストーカー的行為をはたらいていた者。


ソン・ガンホにとっては 理想の犯人像として映り、逮捕して拷問まで行う。


しかし、キム・サンギョンは その若者がいくつかの理由で犯人ではあり得ないと判断し、ソン・ガンホは完全には納得出来ない理由がありながらも キムに対して反論も出来ないから釈放となる


次に、ある状況下で発見されたのが大きな理由で労働者が逮捕され この労働者の変質的な部分から ソンは犯人と見込んで拷問する。


しかしながら、これもキムによって 犯人では無いと断定される


そして、3人目の容疑者は 今までと違い、キムの方が「コイツこそ犯人だ」と確信して逮捕するが…


もちろん、映画を見終えて初めて判る事なのだが… この3人の容疑者が逮捕され取り調べていく過程の中に ポン監督は巧い演出で観客をミスリードしている。


その一つを紹介すると…


殺人の追憶

捜査の責任者(捜査課長?)が交代し、新任の責任者はキムから 事件の共通点に「雨の夜」と「被害者が赤い服を着ていた」事を指摘され、さらには それまで気づかれていなかった被害者が 実はもう一名いて、キムがその死体を発見した事から 雨の日に女性警官に赤い服を着せて囮捜査を行う。


結果的には その囮に犯人は引っかからなかったが、その同じ夜に 他の女性が被害に遭う。


問題は、その被害者が襲われるシーンで ポイントが3ヶ所ある。


まず、ひとつめは


殺人の追憶

被害者が外出する直前のシーンが 上の画だった事。


そして、


殺人の追憶

被害者が雨の中 歌いながら田んぼの畦道を歩いていると 自分の歌に合わせた口笛が聞こえて 周囲を見回すシーン


殺人の追憶

野暮な真似とは思うが、この映画は基本的に画面が暗いので モニターによっては気づいていない人も少なく無いらしいから、あえて画像のコントラストを強制的に変更し、赤矢印で示したのが上の画


ヒョコっと犯人が田んぼの中から顔を出しているのが判るよね?


で、覚えておいて頂きたいのは この「田んぼの中に隠れている」という行動の特殊性…というのが ふたつめのポイント。


で、みっつめのポイントは 薄気味悪くなった被害者が 視線を動かすと


殺人の追憶

工場の明かりが見えて、そこへと逃げる様に走るが先回りした犯人に捕まってしまう…


この夜の工場のカットが みっつめのポイント。


で、どうして その3つのポイントに拘るのかと言うと…


3番目の容疑者が逮捕に至る時のシーンを思い出して頂きたい。


まず、事件の共通点とされる事に「雨の夜」と「被害者が赤い服を着ていた」 そして、事件のある日にはラジオ局に特定の局のリクエストがされる…というモノがあり、3番目の容疑者は そのリクエスト葉書を送った人物だった事から かなりの確度で刑事だけじゃなく観客も「コイツが犯人」と考える。


で、逮捕に向かった刑事達が 3番目の容疑者の自宅で見つけたアルバムには…


殺人の追憶

殺人の追憶

3番目の容疑者が軍隊経験者で 特殊な訓練を受けていた事を想像させる写真。


そして、刑事達が向かった3番目の容疑者の勤務先のカットに


殺人の追憶


終わってから、よく見比べれば 微妙な違いに気づくのだけど、


「あれ? この工場って被害者が逃げた先の工場?

 そこに犯人が勤めていたのなら 土地勘はあるわな…」


とか、


「そっか、軍隊で特殊な訓練を受けてるのなら 田んぼの中に隠れるのも、

 その後 先回りするのも コイツなら楽勝か…」


なんて思い至り、3番目の容疑者への疑いは増すばかり。


そして、極めつけは 映画内での最後の犯行シーンで


監視していたキムがうっかりしている間に 3番目の容疑者はバスに乗って何処かに消え…


その空白の時間帯に

殺人の追憶

殺人の追憶

森の中で 二人の女性が擦れ違い…


殺人の追憶

その二人を犯人が あたかもどちらを襲うか品定めする様に 交互に見比べる。


そう、ここでのポイントは「木の上」 3番目の容疑者の自宅で見つけたアルバムに彼が木の上にいるところを写したシルエットみたいな写真があったよね。^^


こういうシーンを連続で見ていると 観客も、その後のキム同様に 3番目の容疑者が絶対に犯人で 拷問してでも白状させるべきだ…なんて心理になっている人が少なく無い。


でもね、このポン監督が巧妙な演出家だなぁ…と思わされるのは 落ち着いて考えてみると、この最後の犯行シーンにおいては「あれ?」って本来なら気づくべき点が埋め込まれているところ


それは、まず、森の中…だから判り憎いのだが 擦れ違った二人の女性は二人とも傘を差していないし、髪も服も濡れた様子が無い。


そして、二人とも服の色は赤じゃない。


もちろん、この日に特定の曲がラジオにリクエストされたのかの描写も無い。


つまり、それまでは頑なに共通点だと皆が思い込んでいた3つの事が全て ただの偶然だった…という事を暗示しているのだが、このシーンを見ている時に そこに気が回らない程、巧妙な演出で忘れ去られていたわけで…


ところが、言い訳をするわけでは無いけれど、ポン監督による確信犯的なミスリードのせいだ…と言いたい部分もある。


それは、まず 先述した田んぼの畦道で襲われた被害者の ひとつめのポイントを思い出して頂きたいのだが、この時の被害者は外出する直前まで赤いジャンパーを着ているが、実際に雨道を歩いている時は黒い合羽で その下は茶色っぽいセーター、つまり被害に遭った時には赤い服では無かったのだが それすらも直前の赤いジャンパーを着ているカットで観客はミスリードされており…


そして、最後の犯行のシーンでは


殺人の追憶

殺人の追憶

森の中を擦れ違った女性の片方の直前シーンで 薬屋から出て通りを歩くシーンが上の画なのだが ここではどう見ても雨が降った後の様に 道だけは濡れており…


殺人の追憶

被害者が発見されたシーンは上の画の様に土砂降りだから すっかり、気づかされなかったのだ。




さて、最後の薬屋の外の道が濡れていた…というカットに関しては ともすれば卑怯なミスリードと思う人もいるかもしれないが…


私は これも含めて巧妙な演出だと感じている。


要するに、人は「思い込み」によって見えているモノが見えないのと同じ状態になる事と、見たモノを どう解釈するかで それが簡単に「思い込み」に繋がる危険性が高い…という事。


事件が迷宮入りしてしまう原因には そんな「思い込み」によるものが大であるという事。


その辺をポン監督に巧みに突かれた…って事なんだな。^^;


殺人の追憶

結局、ソン・ガンホはトンネル状の側溝で始まり、その側溝で終わる。


殺人の追憶

キム・サンギョンも トンネルの前で絶望し、3番目の容疑者も そのトンネルの奥へと消える。


つまり、トンネルに 時代の閉塞感や、先の見えない捜査や いろんなモノを置き換えたかったのであろう事も充分に理解出来る。


だから、ラストシーンでの少女とソン・ガンホの会話は いろんな意味で衝撃的とも言えるのだが…




この記事の冒頭で 私は「韓国映画だったのは ある意味、とても残念に思った。」と述べた。


で、部分的にしつこい話を御容赦願って 総論的な事を述べると…


結局、この映画をちゃんと楽しむ為には 韓国の歴史的背景や世相を知っていなくては駄目だ…という事をあらためて感じた。


殺人の追憶

その辺が判っていれば きっと、この上の画のニュースが報じている意味に関して もっといろんな事が判るんだろうなぁ…なんて思うからだが、そんな中途半端な状態の私ですら楽しめたのだから、監督の構成・演出における基本的な作りがちゃんとなされている表れなんだろう。


だから、それが自分の感想に対して自信を持てなかった引っかかりのひとつ。


で、もう一つの引っかかりであり、ある意味 韓国映画だから残念…の理由でもある事は


「私は韓国語が 全く判らない」


という点。


そう言うと、「字幕や日本語吹き替えがあるから良いじゃん」と思う人も多いだろう。


けどね、外国の映画やドラマを楽しもうとする時に 最近のDVDでは標準となっている「日本語吹き替え」とか「字幕」って そんなに信頼出来る代物だと私は思っていない。


英語のヒヤリングであれば それなりに自信もあるから 英語で制作された映画なら まだ自力でなんとかなると思っているが、韓国語は無理だ。^^;


で、この映画では 言葉が判るか否かが とても重要な部分がひとつある。


それは、


殺人の追憶

最初の容疑者が 連れて行かれた山中でソン・ガンホ達に証言するシーン


これが、後に

殺人の追憶

というシーンへと繋がっていくのだが…


興味のある方は DVDの日本語吹き替えで言葉として聞こえる台詞や、声優の喋り方 それと、字幕 それぞれと、ここで本来、脚本や演出的に どういう意味やニュアンスで台詞が言われるべきかが合っているかどうか確認してみると良い。


如何に、字幕や吹き替えがいい加減なのかが判るから。^^;


他の部分に関しては まぁ、ある意味 どうでも良い。


でもね、肝心要の部分ぐらい キッチリとした良い仕事をしてくれないと せっかくの良作も下手すれば駄作になる。


今回の指摘のシーンに関しては 日本語吹き替えの方は「駄作」とまでは言わないレベルだけど 字幕は まるで駄目だね。


ゆえに、残念な引っかかりなのだ。


お駄賃

 気が向いたら…で結構です。^^;

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コメント

こんばんは.東村山も一日雪です.
今日は15屋では,豆まき雪上デスマッチでした.(笑)

先日,追伸で本作をご覧になるとの宣言を目にして以来,緊張の日々を
過ごしておりました….様々な映画ブログでもこの作品は比較的良好な評価を
得ており,ある意味ではウェルメイドと言える位置付けになっていると思います.

それをブタネコさんがどうご覧になるか…,非常に興味深く拝読いたしました.

大変丁寧にご覧いただけたようで,小生はこの映画関係者ではありませんが,
とても嬉しかったです.(笑)

「なんとなく」という感覚を伝えることが,映像の最大の使命であるとすれば,
その意味で,ブタネコさんの記事を拝見するとこの映画の伝えたい「なんとなく」を
ブタネコさん流に感じていただいたようですね.

小生のログでも示しましたが,前に住んでいた家のすぐそばに,未だにそれを
超えた出会いのない美味しいキムチ屋さんと家族ぐるみでお付き合いしたのと
この「殺人の追憶」との出会いはほとんど同じ頃合いです.
とにかくそのキムチ屋さんの店長さんの女性としての包容力や懐の深さを
感じたのと,「でも韓国でも自分の家でキムチを作る人は少なくなった」という
その方の言葉が心に残り,それとポン・ジュノ監督の描く韓国という国が
余りにもシンクロして,美化することのない現在進行形の韓国の体温に
衝撃を覚えました.

> 「韓国映画だったのは ある意味、とても残念に思った」

この言葉を「嗚呼,言葉さえわかればもっともっと面白さがわかるのに…」
または「韓国にもっと興味がわくかもしれないのに…好きなるかもしれないのに…」
あるいは「ハングルに堪能なら,もっと突っ込んで良し悪しを指摘できるのに…」
という許容の可能性と解釈すれば,「とても残念…」云々は,
海一つ向こうの国とはいえ,「共感」や「共生」というそれ自体に実は力はなく,
必要はあるが決して自分のエリアからは一歩も出ていない感情論ではない,
「理解はできなくとも,受け入れる」という自分の聖域から一歩前に出た,
先日のブタネコさんの別ログで言うところの
「自分ではなく、他人の視点で比較する応用力を…」というくだりへと向かう礎だと
感じました.

次と次と出てくる容疑者へそれぞれにある意味を持たせつつ,それでいて
ストーリーの緊張感や観客に錯覚を与える手法的な方向からの考察と
ポン・ジュノ監督のスキルの指摘,未開の部分への誠実さ,そして改めて
ブタネコさんらしいキャプチャ箇所に唸りつつも,いつものブタネコさんのテンポと
若干違う,そしてそれは「共感」的発想とも違うゴーシュの園へ遠征,
つまり「アウェイ」でのブタネコさんを感じ,またそこまで足を延ばして下さったことと
最近少々密であったやり取り(笑)の集大成に信頼を感じております.

やはり小生はまだまだです.(笑)

これからもお手合わせのほど,何卒よろしくお願いいたします.

そして,ぜひいろいろな方々にこの渾身の映画をご覧いただきたいと思います.

追伸,この映画のもとになっている本物の事件は「華城事件は終わっていない」
という本でアウトラインは追えます.そして2年前の2006年に10件全ての事件が
時効になりました.

★ ゴーシュ さん


「殺人の追憶」 ゴーシュさんの記事がなければ、面白い映画を見逃すところでした。^^

>「嗚呼,言葉さえわかればもっともっと面白さがわかるのに…」

という気持ちが 一番強いですね。

>「ハングルに堪能なら,もっと突っ込んで良し悪しを指摘できるのに…」

という気持ちも無いと言えば嘘になりますが…^^;


ポン監督の演出・構成といった表現手法は とてもサスペンスを楽しめる効果的な手法だと思いました。

だからこそ、「韓国作品」ではなく「日本の国産モノ」で こういう楽しませ方をしてくれる作品に飢えすら感じます。

で、演出とか構成って いろんな理論とかテクニックがあるのであろう…とは思うんですが、こういう部分こそクリエイティブな部分であってオリジナリティを私は見る側、楽しむ側の者として求めたい…

その点に関して この映画で見せた演出・構成は素晴らしかったと それは間違い無く感じております。


 「イイネ!」頂戴しまして、あちがとうございました!(笑)

 さすが、ブタネコさん、この映画をご覧になられていたのですね。韓国
映画が苦手な私でも、予想外にのめりこめた作品でした。

>「田んぼの中に隠れている」という行動の特殊性

 おっしゃる通りと思います。結果的に、映画の中の被疑者はシロでし
たが、犯人の手口、嗜好を考えると「間違いなく軍で特殊訓練を受けて
いる」と思います。なぜ、雨の日しか犯行を行わないのかを深く堀下げ
ていないのは残念ですが、私は犯人の「現在の職業」の勤務形態に
理由があるのではないかと推理しています。

★ ハウプマン さん

ふと覗いたmixiでハウプマンさんの記事を拝読し なるほどなぁと感じましたので「イイネ!」を付けさせて頂きました。^^

こういう映画を 何故、日本人は制作できないのでしょうね? 


【※注意!!】

この記事は『ブタネコのトラウマ』の倉庫に保管されている記事なのでコメントの投稿は出来ません。 2015年2月10日以降 このクソブログは『ブタネコのトラウマ・リニューアル版』に移転しましたので新規記事更新及び、過去記事へのコメントの受付もそちらで行っておりますので お手数ですが、そちらへの移動をお願い申し上げます。