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2008年01月25日

● 世界の中心で、愛をさけぶ DVD3巻再見


もうね、自分自身に対する責めだな…と、DVD3巻を再見した。^^;




世界の中心で、愛をさけぶ

第5話は あの「夢島」だ。


世界の中心で、愛をさけぶ

もうね、「夢島」って聞くだけで目頭が熱くなる。


見た人それぞれに 強い印象を受けたり、記憶に残るシーンは違うのであろうし、そんな事を語れば「私は ~のシーンが」という人が次々に現れ 後で、考えれば それらをまとめると結局は「全部じゃん^^;」というのがTV版「セカチュー」なわけだが…


前回のDVD2巻について語った記事でも述べたが、ちょいと若い方々には気づきにくいオッサン視点(というか ブタネコの個人的視点と主観)で このDVD3巻について語ってみようと思う。


で、まず触れておきたい事は 今現在、「セカチュー症候群」の末期症状と自認する私にとって 結果的に「綾瀬はるか」という女優と「廣瀬亜紀」という 物語上の架空の人物が重なり合って 今では分離出来なくなってしまった根本のキッカケとなったのが


世界の中心で、愛をさけぶ

今回、見直していて感じたんだけど この第5話の中で 夢島で亜紀と朔が海で遊ぶシーンの中にある 遊び疲れたのか亜紀があくびをする場面。


これが、実に自然で 自然であるが故に余計にすんなりとハマっていて、その後 砂浜で二人が寝ている所をスケちゃんが写真を撮るシーンへと繋がっていく。


焚き火の前で朔と亜紀が将来の夢を語り合うシーンや ホタルの群舞を眺めながら二人が語り合うシーンなどは 今更、語る必要も無い程 記憶に残るシーンだから今回は触れないが


世界の中心で、愛をさけぶ

世界の中心で、愛をさけぶ

朔の優しさに涙ぐむ亜紀…


勝手な思い込みで決めつけて言えば 亜紀が最高に朔を愛し始めた瞬間に私には思えるわけで…


世界の中心で、愛をさけぶ

世界の中心で、愛をさけぶ

それが上の画へと続くと思うと もうね、泣くしか無いよね。(ToT)


で、第5話の その辺に関しては


     ●「世界の中心で、愛をさけぶ 第5話

     ●「ブタネコ的 第5話の考察


という風に 以前、述べてもいるので今回は触れない。




でね、

     ●「ブタネコ的 アキ父の考察(6話)


という風に「ブタネコ的 アキ父の考察」と題して 6~9話について別記事で語っている通り、私は 三浦友和が演じたアキ父に 物凄く、感情移入してしまい もう、どうしようも無いわけだが…


この第5話までのアキ父は その年頃の娘と父親の関係によくありがちな姿だと私は思うのね。


実際に、我が家の娘達も中・高生と成長し 思春期ともなれば 今風に言えば「マジ、ウゼェ」親父だと思われたわけだし 実際に、娘達の担任教師や 男友達の何人かに「親父の恐怖」が如何なるモノかを教えてやった経緯もあって「あの親父だきゃ…」と思われていたのは間違い無いmon。^^


でもね、親父には親父の言い分や 判って貰いたい事があるんだよね。


世界の中心で、愛をさけぶ

「キャンプなんかトンでもない」とニベもなく怒る親父の根底には


世界の中心で、愛をさけぶ

娘が熱出して寝込んだら 頼まれもしないのに本を買ってくるぐらいの気遣いがあるんだ…って事。


それを、ちゃんと描いてくれた堤幸彦には感謝、きっちり演じてみせてくれた三浦友和には ハグしてやりたいぐらいだ。


そんな親父と娘の関係を 1~4話までは「分からず屋の馬鹿親父」の様に描き この第5話では ほんの少しだけ本のエピソードで「あれ?」と思わせ…


世界の中心で、愛をさけぶ

だからこそ、第6話で


世界の中心で、愛をさけぶ

朔を殴り飛ばす親父の気持ちは 私には物凄くよく判る。


しかも、この上のシーン 三浦友和の腰が入って上体の捻りも利いて体重ののったストレート… 最高だ。(ToT)


世界の中心で、愛をさけぶ

世界の中心で、愛をさけぶ

病院に現れた馬の骨を見据える表情(特に”目”)も実に良い。




さて…


世界の中心で、愛をさけぶ

世界の中心で、愛をさけぶ

世界の中心で、愛をさけぶ

世界の中心で、愛をさけぶ

世界の中心で、愛をさけぶ

世界の中心で、愛をさけぶ

世界の中心で、愛をさけぶ

世界の中心で、愛をさけぶ

このシーンについても 以前、述べた事と 少し違う角度から言わせて貰えば…


本来、上の一連のシーンでアキ父が台詞として語った言葉は アキ父の様なタイプの親父は心の中でも思っても きっと、言葉として口にはしない台詞だと私は思う。


では、何故 堤幸彦と森下佳子は台詞でアキ父に言わせたのか?


それは、「言ってくれないと 何考えているか判らないじゃない」と 他人の事を思いやる事など全く無く、そのくせ いざ、何かが起きるとそう言って「私のせいじゃ無い」みたいに、時には 逆ギレするようなアホが 最近は多いからだ… なんて言ったら怒られるかな?^^;


本来であれば こんな台詞やシーンが無くても、察する事が出来るべきなんだけど それが、なかなか出来ない人が多いんだなぁ…


ただ、高校生や大学生の若者に それを察しろ…というのは無理だと思うし、私も そこまで傲慢に求めたりはしない。


むしろ、この先の人生において

「そういえば 昔、TVで見たセカチューのアキ父が こんな事言ってたなぁ…」

と、実生活で察するキッカケになれば それで良い。


つまり、良いドラマって そういう「キッカケ」を沢山与えてくれるものなんだ。


世界の中心で、愛をさけぶ

世界の中心で、愛をさけぶ

世界の中心で、愛をさけぶ

世界の中心で、愛をさけぶ

世界の中心で、愛をさけぶ

世界の中心で、愛をさけぶ

世界の中心で、愛をさけぶ

世界の中心で、愛をさけぶ

それらを見事に演じきった「三浦友和」には もう言葉が無い。(ToT)


舘ひろし、神田正輝、峰竜太… 三浦友和と同時代を似た様に過ごした彼らと 三浦友和との決定的な差が ここにあると言って過言じゃ無いと思う。 


世界の中心で、愛をさけぶ

世界の中心で、愛をさけぶ

世界の中心で、愛をさけぶ

世界の中心で、愛をさけぶ

世界の中心で、愛をさけぶ

世界の中心で、愛をさけぶ

世界の中心で、愛をさけぶ

世界の中心で、愛をさけぶ

世界の中心で、愛をさけぶ

世界の中心で、愛をさけぶ

世界の中心で、愛をさけぶ

世界の中心で、愛をさけぶ

世界の中心で、愛をさけぶ

世界の中心で、愛をさけぶ

世界の中心で、愛をさけぶ

このシーンは何度、見直してもたまんないなぁ…


でもねぇ、私にとって 物凄く説得力を感じるのは「この声のためなら」というモノローグなんだよね


だから、どんなクソドラマであっても「綾瀬はるか」が出てると見てしまうんだ 私は。


     ●「世界の中心で、愛をさけぶ 第6話


     ●「2007年秋の旅(夢島編)


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コメント

「この声のためなら」

私もこのサクの言葉に、例えようのない感情を覚えました。

この後に続くサクの言葉のなんと説得力のあることか。
ただのTVのドラマをみているとは思えないほど、
そのモノローグを聞いて、そのまま自分の心に入り込んでくる。
何も疑う余地のないその気持ちに同調してしまう。

あの廣瀬亜紀の声、綾瀬はるかの声は、それほどすばらしいものだと思います

★ roadrace さん

ですよね。^^

だから、私は「綾瀬はるか」と この「世界の中心で、愛をさけぶ」は別格と扱い 他のドラマとは比較出来るレベルじゃないとおもっているんですよ。^^


ブタネコさん、陳です。

第6話で気づいたことがあります。

 途中で、朔が先生から 「アキの面会謝絶が解けた」 と知らされますが、これって誰が学校へ連絡したんでしょう?

 病院が知らせるとは思えない、アキ父はなおさら、直後に 「10円ちょうだい・・・」 というせりふがあるのでアキでもない。とすれば、アキ母しか居ないわけです。 と気がつくと、これは アキ母は朔を呼んだのだということになります。

 だとすれば、「・・お父さん誤解してる・・・」 というせりふの前後のアキ母の挙動が説明つきます。結局は病院の入り口で朔とアキ父が出会って二人の再会は果たせませんでしたが、この場面にアキ母が出てきたのは何故だろうと不思議だったのですが、このような経緯を考えれば、当然来るはずの 朔 を出迎えに来たわけですよね。

 ここまで、気がつくと、そのあとの 「会ってやってくれない」 というせりふの重みが全く違うのです。ブタネコさんは、父親目線でいろいろ考察されていますが、母親も充分苦しんでいるのです。

 このドラマは、ちょっとした事に気がつくと全く違って見えます。とにかくすごいドラマだなぁ。 こうした皆の思いが重なって、最後の抱擁シーンになるわけで・・・。

 などなど考えると、私の「セカチュー症候群」はまだまだ良くなりそうもありません。

★ 陳 さん

>誰が学校へ連絡したんでしょう?

「学校への連絡」であれば 父親の可能性も否定出来ませんが 母親の可能性が高いでしょうね

>アキ母は朔を呼んだのだということになります

陳さんには申し訳ありませんが、この部分には 私は同意出来ません。

「学校に病状を連絡」と「担任に朔への伝言を頼む」とは意味が違う…という事と、もし 母親が伝言を頼んだのであれば 陳さん御指摘の「10円頂戴」に対して 母親がバックから財布を取り出そうとする仕草よりも「もう伝えたわよ」の台詞の方が自然と私は思うからです。

ゆえに…

>当然来るはずの 朔 を出迎えに来たわけですよね。

という解釈は ちょっと飛躍だと思います。

仮に、出迎えだったとしても 賓客じゃ無いのですから、外まで出ますかね?

第六話では、亜紀のお母さんがサクがお見舞いに来ない理由に言った
「テープ絶ちしてるって」
にやられました。
完璧な嘘であり、森下脚本家の実力に唸りましたね。
亜紀の頭の良さがお母さん譲りであることもこの一言から解釈出来ます。

また堤監督の演出で唸ったのは亜紀のお父さんの両手の使い分け。
冒頭、サクを殴るのは右手。
サクに亜紀の病室を示すのも右手。
そして、凄いのが病室を教える前にタバコを持ち、一服吸い、消すのが左手。
サクに対する八つ当たり気味の怒りを左手で表し、亜紀に対する愛情を右手で表してます。
娘のためなら指の骨が折れる事も厭わない愛情を表す右手でサクに病室を教えるとは、
父親の娘の恋人に対するある、意味、敗北宣言と解釈しています。
タバコを消すことで、怒りの炎をなんとか消すかと、諦めを表してますな。
つまり
左手(で消すタバコ=サクに対する怒り)→納得いかないけど
右手→娘の恋人として認めてやる

この場面だけでなく全話に亘り左と右、画面の上手と下手を完全に区別し表現してます。

★ CYPRESS さん

>タバコを消すことで、怒りの炎をなんとか消すかと、諦めを表してますな。

昨日、一流芸能人格付けなんとか…って番組の中で 堤幸彦がその番組内で制作したクイズ映像に
ついて 手や指の動かし方でどうこうと彼の演出持論を述べてたのは奇しくも偶然かもしれませんが…

ヘビースモーカーと自認する私としては 自分に当て嵌めて考えると、 
怒っているかどうかにかかわりなく、婿達と二人きりで娘の話をする時は 右手左手に関わりなく
タバコを吸っており、特に娘達が結婚する前の時期は 相手の男(今の婿達)と話す時は
常にタバコを吸ってましたが やはり、右手左手は無意識でしたね

ゆえに、CYPRESSさん御指摘の部分は全く気付いておりません。

というか、どういう動きが…なんて部分よりも 三浦友和の台詞回しに感情移入するばかりで
「ウンウン」と頷きながら泣いてるだけでしたからね


>この場面だけでなく全話に亘り左と右、画面の上手と下手を完全に区別し表現してます。

それについては「世界の…」に限らず 堤幸彦の独特な演出法の一つと思われ
他の、例えば「世界の…」の前に制作されたいくつかのドラマでも同様の手法を見受けますので
私は特に注目もせず、普通に見てました。


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