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2008年01月22日

● 雑感(1月22日)


「プロポーズ大作戦」の第9話における妖精の言葉を再見していて…




プロポーズ大作戦

プロポーズ大作戦

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プロポーズ大作戦

プロポーズ大作戦


このドラマの妖精の言葉は どれもこれも秀逸なのだが、この9話の台詞に関しては、ちょっと関係のある様で無い様な話を述べてみたくなったので記す事にした。


中学・高校と野球部だった私には この妖精の話は痛い程、身に染みる。


と、同時に この主人公が置かれた状況とは違う意味でも この言葉に思い、感じる事がある。


基本的な事だが、野球は出場している9人の決められた打順に従い 選手は打席に立つ。


例えば、ノーアウトでランナー無しの状態で打席に立つのと ツーアウトだがランナーが3塁にいる状況とでは 打席に立つ時の心理状態は違う。


しかも、相手との得点差が同点だったり、1点負けている様な状況だとしたら…


打席の重みは変わり、それがプレッシャーとなるわけだが、人間って面白いもので そういうプレッシャーを好むタイプと、極度に嫌うタイプがいる。


「俺が一発カマしてやるから 俺に任せろ」


というタイプと


「なんで、そんな場面が俺に… 勘弁してくれよ」


というタイプ 極論すれば、そういう対極的な考えに別れる。


もちろん、これはバッターの性格に寄る所が大きいのだが 野球選手の場合であれば その多くは前者である。


ところが、これを一般的な人々に置き換えると 実は後者の方が圧倒的に多い。


大事な場面、目立てる局面、責任のかかった瞬間… 多くの人々は そういうシーンには遭遇したくないと願い、ともすれば怯える者すら存在する。


例えば、これがドッジボールだったとすると 味方の選手は全員、ボールをぶつけられて外野に行ってしまっており、最後に残ったのは自分だけ… そういう場面を想像して頂けると良い。


本当は 最初にぶつけられて外野に行く者と 最後にぶつけられて外野に行く者には何の違いも無いはずなのだが、最後の選手がぶつけられる…と、それは試合に負ける事を意味するわけで 何故か、それにより最後にぶつけられた人間に試合の責任をも被せて


「あ~、アイツがぶつけられなきゃ 負けなかったのに」


なんて事を口にする奴が少なく無いからで、多くの人は そんな風に言われるのを怖れて 最後の一人にはなりたがろうとはしない。


私に言わせれば そもそも、この時点で一般の認識は大きく間違っていると思うわけで、先にも述べた様に 最初にぶつけられた者も、最後にぶつけられた者も 責任の度合いは同じだと私は思うんだけどね。


でね、私は どちらかというと、この最後の一人に積極的になりたいと願うタイプであるという事… これが そもそも少数派である由縁でもある。^^;


どうせ打席に立つのなら ノーアウトランナー無しより、一発逆転のかかったツーアウト満塁に立ちたい。


チームとして考えるならば「試合に勝つ事」を優先に考えるべきではあるのだが、同時に個人として考えた場合、そこで一発カマす為に ずっと練習を積み重ねてきたんじゃないのかい? そこで一発カマしてこそ 男子の本懐じゃ無いんかい? 私は そう考えるタイプなのだ。


俗に「プレッシャーに弱い」と言われるタイプがおり、ともすれば そういうタイプは自分がプレッシャーに弱いと充分に知った上で そこから脱却しようともがく癖に 結局はプレッシャーに負けるかの如く自滅する。


べつに、三振したって構わない 試合に負けたって構わない… 


それぐらい開き直って、そのプレッシャーを楽しもう…


もし、結果が悪い方向にでたとしても 文句がある奴は、その打席が俺に回ってきた運命の方こそ恨め…


何故、そう思わないのかね?


自分に「見せ場が回ってくる…」そう思ったら プレッシャにドキドキし、「失敗したらどうしよう…」なんてオドオドするのではなく、「打った後のヒーローインタビューには なんて語ろう…」って具合にワクワクしちゃうんだけどね私は。^^


オドオド、ビクビクしていたのでは どんな事も楽しめない。


そういう場面に遭遇してこそ 人生はワクワクドキドキの楽しいモノになるんじゃないのかね?


ところがね、そういう場面で三振したりすると 他人は責任を問う様な事を言う。


ともすれば、打席に立った事も無いアホが 小賢しげに


「最初から 打てないと判ってた」


みたいな事までぬかす。


ゆえに、多くの人は そういう打席が回ってこない事こそ 非難を浴びずに平和に過ごせる…と考え 願ったりする。


だったらさ、何の為に野球をやってるの? と、プレイヤーに対して私は問い詰めたくなるし、無責任に責任ばかりを問うアホには


「オマエは 責任を問われる打席に何度立ち、どんな結果を示してきたの?」


と、問い詰めたくなる。


同じ失敗を繰り返したのであればアホと言う他無いが、いろんな事に挑戦して失敗を重ねる事は 決して恥ずかしい事では無いし、他人から とやかく言われる事でも無い。


「場数を踏む」というのは 成功し続ける…という意味では無く、時には失敗から学ぶ事も少なく無い。


これって言い換えれば 何度も打席に立つ…って事なのだ。


打席に立とうともせず 客席から無責任なヤジばかり飛ばす奴に奇跡なんか起こせないし、奇跡を起こした時の感動を味わえるはずも無い。


なのに、そんな「無責任なヤジ」が「一般論」だと思い込んでいるアホが多いから嫌になる。^^;


お駄賃

 気が向いたら…で結構です。^^;

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コメント

「練習に裏打ちされた自信」がないとプレッシャーには勝てないし、楽しむ事もできない。プレッシャーに勝って、一発逆転ホームランを打てる人間が成功なんじゃない、その場面に居合わせた時、自分が後悔しない納得できるスイングができるかどうか?が重要ですよね?
「努力は人を裏切らない」と言いますが、努力していれば他人は見てるもんで、非難はしないもんです。
苦しい努力をする精神力を私も身に付けたい・・。ダイエットしなくちゃ・・。(笑)

★ 仁 さん

どうなんでしょうね…^^

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