● 薔薇のない花屋
スルー宣言してたんだけど taku氏に懇願されたので 仕方が無いから一度だけ語る。^^;

その日は 徹夜で千歳空港に出撃し、さすがに早めに寝ようかと思うぐらい睡魔が忍び寄ってきていた夜中の1時半過ぎ、ハンベソかきながら私に電話をしてきて
「見た? モトカリちゃんにヤラレたよぉ~」
と、脳天気な事を言っているのは 言わずと知れた「南東北のアホ」^^;
なんだ? と、聞くと「薔薇のない花屋」の第1話を見て その中での「本仮屋ユイカ」の演技を熱く褒める。
ブログ上ではスルー宣言しながらも「本仮屋ユイカ」だけじゃなく「竹内結子」「寺島進」「三浦友和」といったお気に入りが出演すると聞いている以上、一応 録画はしておき、気が向いたら見ようと思っていたので 録画はしてある…と私が言うと
「モトカリちゃんだけは 別モノ扱いで見たら感想を聞かせて~」
という「南東北のアホ」
余人が言うのならばともかく 相手が「南東北のアホ」だけに顔を立ててやらねばなるまいて…と、思い 仕方なく録画を見た。

たしかに、「本仮屋ユイカ」が演じたビデオ・レターのシーンは夜中に南東北のアホが騒ぐだけの良いモノを感じる。
彼女のこれまでとは一風変わった役所のおかげか ポテンシャルの一部が開花したかと思わせられる。
けどねぇ… けっして「本仮屋ユイカ」が悪いんではないのだが、今ひとつ 私は南東北のアホほどのめれないモノも感じてしまっており、微妙に見解が分かれる。
だって、ここで「モトカリちゃん良かったぁ~」と言うのは 野島伸司の掌で転がされる様な気がして不愉快千万である事と この録画を見る直前に、私は別なあるモノを見てしまっていたからだ。
で、ここから以下に述べる事は ともすれば、悪口とも思える内容になると思う。
ゆえに、気にくわない方は ここから下の記述は見ない事を強くお薦めし、読んで不愉快になったからと言って 私は文句を聞く気は無い事をお断り申し上げておく。
で、何が言いたいか…というと 野島伸司は やっぱ、クソ野郎だという事。
同時に、野島を大物扱いする 演出家や役者や視聴者も如何なものかと 私は思う。


「寺島進」や


「三浦友和」とくれば 本来なら、私にとっては必見番組なのだが それでも「スルー」と決める程 私が野島を嫌うのは 以前、「あいくるしい・カテゴリー」というドラマに関連する記事で散々 述べた事ではある。
で、今回もまた やはり、野島は野島でしか無い。

母親の命日と自分の誕生日が同じ、自分の顔を見ると母を思い出して辛くなるのが申し訳ないと 袋を被る娘…
素直な、もしくは 脳天気な視聴者であれば「なんて健気な娘」と泣くところなのかね?
ドラマだから フィクションだからと言われてしまえばそれまでだが、こういう設定を好んで用いる これぞ「野島ワ-ルド」みたいな部分に吐き気がする。
野島の野郎の設定には 必ずと言って良い程、大人びた子供が登場する。
たしかに 世の中、大人びた子供は沢山いるが、野島の描く「大人びた」は いつも異質で「精神的な怖さ」を内包する。
しかも、それが視聴者には「健気な子」「可哀想な子」 つまり、「良い子」として描かれる。
おそらく、この「薔薇のない花屋」の娘役を演じる子役の女の子は評価が上がる。
泣きの演技も巧かったし、台詞の言い回しも良かったしね。
ただ、私がここで思うのは 演じた子役が素敵なのと、演じた役柄が素敵なのか?は別モノだという事。
野島の 今までの幸運は演じた子役が素敵だったばかりに、演じた役柄までもが素敵と誤解され続けた事である。
つまり、判りやすく極論的な言い方を用いれば「そんなガキいねぇよ」って事。^^;
「父親に顔を見せない為に袋を被る小学二年生の女の子」
あなたの最寄りの そんな子いるかい?…って事。
次に、竹内結子の設定なのだが…
事前の番宣では「盲目」って事を ことさら強調した風に感じてたんだけど

見えてんじゃん。^^;
現段階の個人的想像で語ると「三浦友和」が演じる医師は「本仮屋ユイカ」の演じた女性の父親、もしくは父親的存在なんだろうなぁ…
で、娘の死を 娘の彼氏に「殺された」に近い感覚で受け止め 復讐心に燃えており…
自分の病院の看護師(竹内結子)に その彼氏に近づき、人生を壊せ…みたいな感じかな
それに対して看護師は 医師に対して逆らえない何らかの事情(暗い過去?)がある…と。
で、この一連の設定において 野島に吐き気を感じる点を挙げると「彼氏に近づく手段」として「盲目」をアイテムに使う…という設定だ。
以前にも述べたけど、野島というクソ野郎は難病や社会的弱者などを 好んでアイテムに利用する。
この一点だけでも 私はコイツを心底毛嫌いする大きな理由である。
単純に、なんらかの策略で近づこうとするのに「盲目」という設定を用いるか?
まず、そこに説得力を感じない
同時に、「盲目」という点で実際に苦労している人の気持ちに対する「優しさ」とか「配慮」の欠片も感じられない。
「ドラマですから…」という理由で「何でもアリ」が許されるのはコメディの場合であって まがいになりにもシリアス系で「常に社会問題に鋭い問題提起」なんて番宣で紹介されようとする作家先生の手法としては「あざとさ」とか「小賢しさ」でしか無い。
で、今回のラストにおいて 盲目(?)の彼女が信号が変わった事に気づかず、道の真ん中に取り残され、彼が助ける…というシーンの中で



竹内結子は 何気に彼の顔を見つめ、彼が自分を見ようとするのに気づいて視線をそらす
という一瞬のカットがある。
きっと、多くの人は このシーンで「あぁ、やっぱ 竹内、見えてるんだ」と思ったと思う。
で、私は この時、「彼も(彼女が実は見えている事に)気づいたな」と 彼の一瞬の表情で察したのだが どう思う?
例えば、
「彼はその時に気づいたけど、その後も彼は気づかない事にして付き合い続ける
そんな姿で、彼が 心底、優しい人間だと視聴者に思わせる…」
という演出意図なのだとしたら「彼が優しい」を表す為に「盲目」をアイテムにした設定なのか?と 私は不愉快になる… そう、御理解頂けるとありがたい。
要するに「彼が優しい」を表す手法は沢山ある。
にも関わらず、野島は こういう場面では何故か病気や弱者やレイプや自殺をアイテムに使い捨てるから腹が立つ…という事なのだ。
ゆえに、「竹内結子」や「寺島進」や「三浦友和」といったお気に入りが顔を揃えているのに野島が脚本…というのは 実に勿体ない話に思えて仕方が無い。
「本仮屋ユイカ」のビデオレターも そのシーンだけに限定して言えば、「巧くなったなぁ」と 素直に「本仮屋ユイカ」を褒めたい。
しかしながら、本仮屋ユイカを褒める事によって 野島のドラマを褒めたと たとえ、それが勘違いであろうとも承服しがたい… そんな気分である。^^;
で、話を戻すと この「薔薇のない花屋」を見る前に 私が見たのは
Bobさんがコメントで教えて下さった
という動画。
どうやら、これは2月8日にDVDが発売される「たとえ世界が終わっても Cycle soul apartment」という映画とリンクされたMVらしい。
ビデオレター物の傑作と言えば『バースディ・ウェディング』を 真っ先に思い浮かべる私。
そういえば、「バースディ・ウェディング」を「南東北のアホ」こと「taku」ちゃんに教えて 強く「見ろ!!」と言った時、それを見た後の彼はズブズブに泣いて爆沈したんだっけ…
それを思い出した私は 明け方の3時半であるにも関わらず、takuちゃんに電話をかける。
3コールしても電話に出ないところをみると
「あ、やっぱ、寝たか… そりゃ、そうだよな…」
なんて思った矢先に
「はい、もしもし…」
と、電話に出る南東北のアホ^^;
ところが、寝てたにしては声がおかしい
「寝てたの?って聞きたい所だけど キミ、なんか声が変だね?」
すると、南東北は
「モトカリちゃんにヤラレちゃったからさぁ… セカチューの11話を DVDで見てたんだ」
声が ズブズブに泣いている。 (呆)
こんな時間にそんな事したら自殺行為じゃん ほんと、大バカヤロウだコイツは(爆)
こういう時に「11話かぁ じゃ、智世がチクショーのところか?」なんて余計なツッコミを入れると「アキがさ… サクがね… アキ・パパがね」と ディープな世界に引きずり込まれる。^^;
なので、私は 咄嗟に話題を変えて「仕方ないから 見てやったよ”薔薇のない花屋”」と一連の話をすると
「俺、弱いんだよねぇ ビデオレターってさ」
と、ポツンともらす南東北のアホ
ゆえに
「面白い動画を教えて貰ったんだけど 見てみなよ」
と、Bobさんから教わったURLを伝えて とっとと電話を切る私。
で、ベッドに入り眠りかかった30分後、携帯電話が鳴るから出てみたら
「4時過ぎに こんなモン見せんじゃねぇよ
俺、今日だって 朝から仕事なのに 寝れねぇじゃねぇかぁ…」
完全に泣きながら電話を寄越した 南東北のアホ
それに対して 私は精一杯の優しさと口調で
「ザマミロ」
そう言って 電話を切った。
【補記】 Bobさん 情報ありがとうございました。 お陰で南東北のアホに寝不足の仕返しが出来ました。^^


