● お年玉
新年恒例の麻雀大会が今年は我が家で開催された。
「二代目開業医」と「気の弱い弁護士」と「某国立大学教授」 それに「腕力だけが取り柄の歯科医」と「一級建築士の資格を持つ詐欺師」 そして私。
毎年、1月の3日に家族共々集合して 亭主は麻雀大会 嫁達はその年によって「人生ゲーム」だの「モノポリー」に興じるわけだが 今年はWiiのテニス大会である。
そもそもこの時期に腐れ縁の悪友が集まる事になったのは それぞれに家庭が出来る前の頃からなのではあるが、家庭が出来てからは それぞれの家の子供達に「お年玉」をまとめて渡せる手軽な日…という事で 毎年の恒例行事となった。
昔、私が子供の頃 正月は母方の実家に母の兄弟が参集して健在だった祖父母を敬い、新年を祝う…という風習があった。
私の母は11人兄弟だったから、一軒につき夫婦と平均2人の子供の4人 ゆえに、全部で40数人が集合する事になる。
私の従兄弟、つまり祖父母にとっての孫は20数人の数にのぼり、それらが小父さんや小母さんからお年玉を貰う
いっぺんに10軒から貰うと 子供にとっては一財産作る事になり、それは貴重な収入源だったわけで…
最近は子供の数が減ったという事もあるし、今では死語の「核家族」化が進み 子供が「お年玉」を親や祖父母以外の人間から貰う機会も激減しているらしいが この「お年玉」という風習は 私なりに今思えば いろんな意味で意義深い風習だったと言える。
例えば、毎年12月の半ばを過ぎると
「クリスマスに 何を買って貰おう」
と、考え クリスマスが終われば その後に
「お年玉を貰ったら ~を買おう」
と、考える。
ここで重要な「クリスマス」と「お年玉」の大きな違いは クリスマスの場合は「買って貰う」、つまり 欲しいモノを親と交渉しなくてはならず、「今年はサンタさん不景気らしいよ」とか「そんなつまらないモノ」と却下される事が多く 子供心に値段との兼ね合いもあって 実は、なかなか欲しいモノがすんなり手に入らなかったりする。
それに対し、「お年玉」は ある程度自分で自由に出来る「お金」だから 金額さえ足りれば「俺はこれが欲しい」というモノをストレートに買う事が出来る
これって、似ている様で全く違う事なんだよね。
だから、私だけかもしれないが クリスマスは殆ど「ダメもと」みたいなモノを頼み、お年玉で欲しいモノを買う… ゆえに、年末近くなると「何を買おうかな」と悩んだり、既に「@@@が欲しい」と決まっていれば「早く来い来いお正月」なんて気分だったりしたものだ。^^
喫茶「職安」が健在で そこの常連さん達の多くも健在の頃は 毎年、1月3日に常連と元・バイト学生だけが集まって新年会が開かれ 元・バイト学生達は常連さん達から「お年玉を貰う… そんな風習が15年ぐらい続いたが、店舗が閉じられ 常連さん達が一人、また一人と他界していき 常連さんの中で最後まで健在だった運送屋のN専務が ある年の新年会で
「新年会は 今年で最後にしよう。
その代わり、これからは夏の”お盆”に集まって 生きている奴だけで、
くたばった連中の悪口を言う会にしよう」
と言い出し、その年の会が最後となったのだが、我々 元・バイト学生達は翌年から その日は我々仲間が家族ぐるみで一同に会する日として ずっと、それが今まで続いている。
で、昨日の事。
私は ある「遊び心」と言う名の悪意を抱いて 今年の新年会、特に お年玉配りに臨んだ。
我が家には私以外の家族から「倉庫」と呼ばれている部屋がある。
そこは基本的に地下室で 壁4面のうち3面が作り付けの書棚になっており、DVDや本など 殆どが私の蔵書を保管する場所で 残ったひとつの壁にPSやPS3、それにXBOX360などをセットしたテレビがあり、基本的には そこは私が篭もってオンラインゲームを遊ぶ部屋であり、私にとっては娯楽室兼書庫なのだが、何故 そこが「倉庫」と呼ばれているかは過去ログで述べているので今回は割愛する。^^;
で、その部屋の いろんな場所に封をした封筒を20枚以上隠し、新年会に集まった各家の子供達に雑巾を持たせて
「お年玉が欲しければ この部屋を掃除しろ
掃除をしていれば 必ず、こんな封筒が見つかるから
その封筒を掃除が終わるまで沢山、集めろ
集めた封筒は 勝手に開けたら無効にするから
掃除が終わって 俺が良いぞ、と言うまでは絶対に開けるなよ」
そう言って ウチ以外の5軒 各家から1名ずつ代表者を出させて 制限時間1時間として、その5人に倉庫内の捜索という名目で掃除をさせたのである。
で、1時間後、子供達は数枚ずつ封筒を発見し 倉庫は綺麗に掃除された。^^;
本来であれば、その封筒に金を入れておけば簡潔な事なのだが、私はただのへそ曲がりでは無い。
順番に子供達が集めてきた封筒を私が開け、その中に入っているメモを読む
「貰ったお年玉で何を買うか正直に言え 正直に言ったらクジを2枚引いて良し」
言われた子供は
「お年玉は貯金します」
と、応え 別に用意した箱に手を入れ おひねり状態のクジを2つ掴む それを開くと
一枚には「5千円」 もう一枚には「ハズレ(但し、ハズレ3枚で1万円と交換♪)」
次に差し出された封筒を開けると
「4匹いるネコのうち 2匹にブラシをかけたらクジを2枚引いて良し」
ちなみに 他の封筒のメモの参考例を挙げると…
「クジを3枚引いて良し」という単純なモノもあれば、
「ブタネコ夫人に”綺麗”とか”素敵”とか お世辞を3つ以上言ってきたらクジ2枚引いて良し」
「森進一のモノマネをしたら クジを3枚」
とか、酷いモノになると
「オマエの親父から1万円貰って来い、そしたら2万円と交換してやる」
なんてものまで^^;
その封筒を引いたのが「気の弱い弁護士」の息子だった為、父親が
「なんで、俺が1万円取られなきゃならんの?」
と、私に文句を言ってきたが
「オマエの息子に俺は2万円もやったんだぞ どっちが損してると思ってんだ?」
と、言い返したら 一瞬、考えて
「あ、そっか… こりゃ悪かった」
と、納得している コイツは弁護士のくせにアホだ。^^
さて…
子供達と話していて つくづく思った事は 今の子供達って私がその年代だった頃に比べて はるかにマセているというか、大人びた感覚を持っているんだなぁ…って事。
殆どの子供が「お年玉は貯金します」と言う。
優等生的回答で そう言ってるのかと思ったらそうでは無く、
「とりあえず、今現在、これといって欲しいモノが無い」
という小学6年生の理由であったり、
「将来的に 何が起きるか判らないので、とりあえず現金だけは持っていたい」
と、中学2年生が語るのを聞いて感心するより 末恐ろしいというか、「なんだかなぁ…」って気持ちの方を強く感じた。
高校生以上であれば、別に疑問にも思わなかったんだけどね。^^;
小学生ぐらいなら 大金を手にしたらオモチャ屋とかに行きたくならないもんなのかね?
昔、まだ私が喫茶「職安」のバイト学生だった頃、常連の一人が
「将来的に 何が起きるか判らないので、
年金だけはちゃんと納めておかなきゃな…なんて世間では言うけどよ
年金なんて今(当時)のやり方じゃ10年、20年先には崩壊するから
払うだけバカを見るぜ」
と、言ってたのを ふと思い出す。
それから30年が過ぎ、年金は崩壊寸前となり 小学生ですら
「将来的に 何が起きるか判らないので、とりあえず現金だけは持っていたい」
と言う 今の時代が「良い世の中」なのか… ついつい、そんな事を感じた今日この頃だ。^^;
