● 義経伝説
「源義経」は衣川の合戦では死なずに生きて落ちのびていた… という伝説がある。
青森市から車を走らせ、津軽半島を北上して竜飛岬に向かうと 竜飛のひとつ手前に位置する町が「三厩(みんまや)」である。
ここは津軽半島最北の駅ではあるが、青函トンネルを通って函館へと続く路線からは枝分かれとなった路線の終着駅で いかにも「最果て…」という雰囲気が漂う。
かつては この「三厩」と北海道の「福島」を結ぶカー・フェリーが運行されるなど、交通の要衝という趣もあったが…
現在は いたってのどかな漁村である。
さて、この「三厩」という地が 何故「三厩」という地名になったのか?…という話において 40程年前、この地に暮らす とある爺ぃから聞いた話を私は今でも覚えている。^^;
その伝説とは
昔、ここに兄である「源頼朝」から疎んじられ、遂には「衣川の戦い」で敗れて死んだ…と、歴史の教科書に書いてある「源義経」が 実は生きて、その戦いから逃げ延び 2人の従者と共に この地に訪れた。その時、3人の乗ってきた3頭の馬を繋いだ馬屋(厩)の場所…にちなんで「三厩」という地名になったのだ。
その後、義経達3人は騎乗した馬に津軽海峡を泳いで渡らせ 蝦夷(北海道)へと落ち延びたとさ…
という話である。
その話が嘘か本当かは定かでは無いし、ちゃんと調べた事も無い。
あくまでも そういう話を聞いた…というレベルである。
しかしながら、ひとつの証拠として
この地には「円空」が彫った木仏を祀った「義経寺」という名の寺社があり、そこでは先に述べた 私が村の爺ぃから聞いた伝説と似て非なるけど、「義経が三厩に来て ここから北海道へと渡って行った」という部分は共通の伝説が言い伝えられている。
さて、本当は三厩で一服した後 私と次女は青森を素通りして 東北のとある場所へと向かうはずだったのだが…
ここで、そんな「義経伝説」を知った次女が俄然、興味を抱き 私が
「北海道の平取にも義経伝説の神社があるんだぞ」
と、言った途端
「お父さん 高速船に乗って北海道に戻ろうよ
で、家に帰る前に 平取に遠回りして寄ろうよ」
と、言い出し 親バカ親父は「ウンウン」と従ったわけである。^^;
さて、そんなわけで…
上の画が平取町にある「義経神社」で
神社の本堂が上の画
少しだけ生齧りで聞いた話によると、北海道に渡った義経は その後、何かのキッカケでアイヌの王になった…という説があるそうだが、それも定かでは無く^^;
さらには、その後「蒙古(モンゴル)」に渡り「ジンギス・カン(チンギス・ハン?)」になった…という説もある。
ま、何が本当で何が作り話かは 歴史の謎であり、そこにはロマンがつきまとうもの…
どうやら我が家の次女は「カメラ」に続き「歴史探訪」という興味が沸き、その二つが合わさって「歴史紀行」という趣味になりつつある今日この頃である。^^
