● ALWAYS 続・三丁目の夕日
映画「ALWAYS 続・三丁目の夕日」を観てきた。
この映画の制作者達には 心から敬意を表したい… まず、言いたい事はそれだ。

映画雑誌やスポーツ新聞をはじめとして この映画の評を目にする時、「この映画には失われつつある人情の機微が見事に描かれ…」等と述べられているのを よく目にするが それに対して私は
「この映画には 最近の映画から失われつつある真摯な視点が存分にある」
と言う点を高く評価し、絶賛したい。
昭和30年代の東京の町並みを再現した映像により、郷愁を… そんな目に見える部分だけを評価しても 実は意味が無い。
制作者が描きたかったのは その時代に生きた人達の姿であって 町並みの再現は あくまでも その背景であり、小道具に過ぎないって感覚で あらためて観るべきだと思う。
太平洋戦争が終わり、その後をがむしゃらに生きた世代 高齢化社会と呼ばれる現代の60歳以上になった人達が過ごした時代 それがどんな時代だったのかを孫に伝える… 大げさに言えば そんな見方も出来る。
1作目がヒットしたら その続編が作られる… 映画に限らず、ゲームソフトなんかでは常套手段ともいえる事。
しかし、その殆どは続編が作られる度にスケールダウンし、エッセンスが薄まり 制作への真摯さよりも打算や惰性が強くなる。
けど、この「続・三丁目の夕日」には そんな悪癖が微塵も無い。
「堀北真希」は 最近の他の出演作なんか 全部、どうでも良くなっちゃうぐらいに良い。
ネィティブ「津軽弁」を喋る者として ツッコミどころは無いと言えば嘘になる。
でも、青森娘のリンゴほっぺは充分に醸し出していたところで評価したい。
「小雪」は あくまでも個人的感情だが 私は「嫌い」だ。^^;
メディアや世間が何と言おうと 演技が巧いとは思えていない。
でも、「こだま」の中のシーンは 少し、大げさにも思えたけど良かった
でも、私は小雪が嫌いだ。
「三浦友和」には 前作に引き続き、またヤラれた。
私の父の世代にとっての永遠のスターが石原裕次郎であるならば 私にとっての永遠のスターは「三浦友和」なんだと確信した。
ここ数年、何度 この男に泣かされた事だろう…
映画が始まる前の新作予告で「転々」という映画の予告を見たが、これでも「三浦友和」は渋い演技を見せてくれそうで とても楽しみな限りだ。
「ピエール瀧」 この男にも またヤラレた。
前作も今作も まともな台詞はロクに無い。
でも、この男のアップのワン・ショットは その時代を描いて余りある。
涙が溢れたわけでは無いが、その代わり 物凄く余韻が伴うシビレ方を貰った。
「堤真一」 この男もタダ者では無い。
怒った時の「怒髪天」は そこまでしなくても…とは思ったが、それは演出の話。^^
重要なのは 台詞を喋っている時の表情では無く、他の誰かが喋っている時の何気ない場面やリアクション つまり、レンズの中心に居る時ではなく 脇にいる時の演技が巧すぎる。
特に「牛島」エピソードの締め括りの場面は秀逸 思い出すだけで泣けてくる。
そして… やっぱ、「小日向文世」は最高だ。
この「三丁目の夕日」における嫌われ者を ここまで巧く演じられると それを讃えずにはいられない。
今まで いろんな記事で述べたけど 悪役がビッとしてこそ、物語のクォリティは変わるのだ。
設定的に 最近のドラマや映画において この小日向が演じた役どころを演じる役者と言えば 敢えて名前は挙げないが誰でも数人は顔を思い浮かべるだろう
それらの役者さん達は 総じて、主役の役者よりも格段に演技の巧い芸達者である事は言うまでも無いのだが、では その役者達に「良い人」の役が与えられているか?と考えると 実は殆ど与えられていない… 好青年だったら…、悲劇のヒロインなら… キレた女なら… 役者とシチュエーションを固定化してしまっているのが 最近のドラマや映画のキャスティングの悪い癖なのである
そんな中にあって 計算高く、エリート意識も強く、冷徹な悪役から アル中でヘロヘロだけど素朴で良い人まで 幅広く演じてみせる小日向文世は希有な存在と言っても良いのかもしれないが…
本を読んだ後、それに続く一連のシーンで見せた小日向は 彼にしか出せない深味だ。
もうね、シビレたよ。
最後に、劇場公開直後なので 出来るだけ細部には触れるつもりは無いので伏せ字で失礼するけれど、どうしても記しておきたい事がある。^^;
それは、冒頭の「@@@」で度肝を抜かれた…という事。
現代風のいろんな意味でハイテクな@@@よりも 昭和の街を暴れ回る@@@のシンプルさ、そしてシンプルであるが故の迫力にビビッった。
そう、私の知っている そして愛する@@@は こんな@@@なんだ。
制作者達の「映画人」としての魂魄と気概を 私はそこに強く感じ、だから敬意を表したい。
