● ホタルノヒカリ 最終話
「ホタルノヒカリ」の最終話を見た。

今年の夏、私にとって最も楽しかったドラマが終わった。
こういう「夏の終わり方」もあるんだな… と、思った。^^;
結局、原作の漫画は見ていないので ストーリー的にどうこうという部分に関する予備知識は無いし、もちろん比較検討する気も無い。
というか、私は ちゃんと物語の根幹を念頭に置いて見たとは言えた状況では無い。^^;
ま、最終話を見終えた事だし、個人感を好き勝手に言わせて貰えば…
結局、私は「セカチュー症候群」から脱却出来ていない。
だから、「綾瀬はるか」の演じる「ホタル」が いつの間にか「世界の中心で愛をさけぶ」の「廣瀬亜紀」が「もしも白血病を克服していたら…」の姿に映ってしまっていたのだ。
亜紀の病が癒えて、サクとは自然消滅的に別れ、独り東京で就職して社会人となり…
そう考えると、ジャージ姿で寝転がって尻を掻いたり、新聞紙にくるまってねている姿をしていても そこに笑顔やまったり感が漂えば
「亜紀ちゃん 元気になって良かったね」
そう思うと泣けてくる。
こう言うと、「いい歳をこいたオッサンが 今更、セカチューですか?」と 小僧共から気持ち悪がられるのであろうけど、そんなのは どうでも良い。^^;
笑いたければ笑えば良いし、気持ち悪いと思うなら 二度とこのブログに来なくて結構。
私の「セカチュー症候群」は もう、どうしようも無いのだ。
「白夜行」や「たったひとつの恋」を見て「綾瀬はるか」のファンになった…という人が少なく無い。
御承知の通り 私は その二つの作品そのものに対する評価はボロクソである。
たしかに「女優:綾瀬はるか」という視点で見れば 違うキャラを見事に演じて見せた姿は大したもんだと思うし 批判したつもりは無い。
「綾瀬はるか」のファンではあっても それと脚本や演出・構成の出来・不出来の評価は別物として語ったつもりであるが、それが「白夜行」や「たったひとつの恋」で「綾瀬はるか」のファンになった…という人とは相容れないとしても それはそれで良いと思っている。
だって、私は「綾瀬はるか」のファンでありながら「セカチュー症候群」なのだ。
仮に 私と似た様な「セカチュー症候群」を患っている人が ほんの一握りのごく少数派であったとしても その人たちならきっと判ってくれると思うのは 「セカチュー症候群」を患っている者達が一番見たかった「綾瀬はるか」が演ずるキャラは 朗らかに笑う女の子の姿なのだ。
病に倒れ、夢半ばに逝く…のでは無く、不幸を背負って 何かを恨んで成長する…のでも無く、なかなか幸せになれないお嬢様…でも無い。
元気で、天真爛漫で 恋に恋する女の子… そういう姿なのだ。
考えてみて貰いたい。
「世界の中心で愛をさけぶ」の後、ポカリスエットのCMに起用され その最初のバージョンで電車と競争するかの如く懸命に走っていた姿… 同級生(彼氏?)のポカリをぶんどってグビッと飲み、ケラケラと笑う姿… たったそれだけの姿を見ただけで
「あ・亜紀が 元気に走っている…」
「亜紀が 無邪気に笑ってる…」
何気ないCMを見て ポロポロと泣いた日があった事を。
「綾瀬はるか」が女優であり、「廣瀬亜紀」とは別人だって事は百も承知である。
けど、「セカチュー症候群」を患った身には 「綾瀬はるか」=「廣瀬亜紀」なのである。
もちろん、この先もずっと「綾瀬はるか」=「廣瀬亜紀」と被せて考えるのは女優:綾瀬はるかに対して失礼だと思っているし、どこかできちんとケジメをつけなくてはいけないと思っていた。


だからこそ、元気で、天真爛漫で 恋に恋する女の子… そういう姿を見たかったのだ。


ようやく、これで 心の中に一区切りがつけられる。(たぶん、無理だけど^^;)
そういう意味で 私は「ホタルノヒカリ」に心の底から感謝したい。



ラス前に このシーンをもってこられたのはヤラレたなぁ…(ToT)
で、別視点で もう少し語れば

マコトという青年は 今風の所謂「優しい」好青年像なのかもしれない。
けど、もし 娘の彼氏としてこういうタイプの男が現れたら 私は認めない。
「君の幸せを思えば 別れよう」
ふざけんな、バカヤロウ…と、思う。
「君の幸せの為に 僕は頑張る」
なのである。
だから、私は今でも嫁の為に頑張っているのだ。^^;
俺の人生を否定された様で 最終話のこの青年像は まったくもって腹立たしい。^^
