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2007年08月31日

● 夕凪の街 桜の国 追記


久しぶりに 真面目に語ってみようと思う。




先日、『夕凪の街 桜の国』という映画を見てきた感想を述べたが…


まぁ、色々とメールやコメントを頂戴したのだが 8月30日午前3時現在で 御覧の通り、「虎馬」さんからのコメントだけ公開したが、それ以外は 大変申し訳ないけど非公開にさせて頂いた。


で、個別にメールで御返事させて頂いたが これ以上、新たな同様の措置をとりたくないので 記事として私見を追記しておこうと思う。


まず、先に掲げた私の感想は 突き詰めて言えば女優「麻生久美子」への讃辞であって 広島に投下された原爆に関するコメントは極力、記述しなかったのだが その辺を読んだ方はどう受け止めて下さったのだろうか?


昨年、戦後60周年と銘打って「ヒロシマ」に関する番組がいくつか放送されたけど、そのどれもが 原爆による悲惨さを伝えようとするフリをしながら、結局は制作者の偏ったイデオロギーを伝えようとして 中身の薄っぺらいものにしかなっていなかったのが記憶に新しい。


戦争が…とか、原爆が…という話題になると「自分は~だと思う」と意見を述べたくなる人が少なく無いのは知っている。


ゆえに、そう言う話題の記事を見つけたら ここぞとばかりに書き込みたくなるのだろうけど、よ~く考えてみて欲しい。


最近じゃ、このブログの記事の殆どがTVドラマや映画を題材に俳優に関してのヲタ記事が多いから 検索でポッとやってきた人には判りにくいかもしれないが、時々 自衛隊や、近代史や、マスコミ批判の記事も書いている。


ゆえに、ブログのカテゴリー・リストを見ると


「このオッサン 右翼か?」


みたいに思われる人も少なく無いであろうし、それを否定するつもりも無い。


でもね、中の記事をひとつも読まずに 右翼呼ばわりは正直言って心外なんだな。


だって、私は軍国賛美をしたつもりなど一度も無いし 好戦論を述べた事だって一度も無い。


私が述べてきたのは 常に「慰霊」なのであり、「誰かに押しつけられたり、誰かの受け売りの歴史認識では無く、ちゃんと 自分の目や耳で確かめた近代史を知っとけ」と述べているのだ。


ゆえに、私の認識を押しつける気ももちろん無いから、その様な記述は無いはずだし ある様に誤解される可能性としては「~な本を読んでみな」という記事を書いているぐらいのものだが、それも その本を読んでどう感じ、どう思うかまでは強制はしていない。


でね、敢えて「夕凪の街 桜の国」に関して 別の角度で感想を言えば…


特に「夕凪の街」の部分で 麻生久美子が演じた主人公が語る一言一句は ただ聞いているぶんには 1人の女性の述懐の様でしか無く、まったくキツイ口調では無く、穏やかに語られているけれど その言葉自体は恐ろしいまでに胸に刺さる鋭利さをもっている。


被爆者の原爆に対する考えや 被爆の辛さを知ろうとする時、小賢しいキャスターが述べる言葉やドキュメンタリー映像よりもはるかに


「人が こんな辛い思いをしちゃイケナイな」


という気持ちに痛いぐらいになれる説得力がある。


ネタバレするのが嫌だから 台詞を書き写すのは止めるが、麻生久美子が演じた主人公の心情を吐露する言葉のひとつひとつは 未だかつて聞いた事の無い表現で、時には優しく諭す様な口調の中に 察して余りある程の苦衷と、憎悪が込められている。


「何故、戦争をしてはイケナイのか?」


その答えを述べる時に 小賢しいイデオロギーや、宗教論や、歴史観で言葉を飾る必要は無い。


この「夕凪の街」の主人公の様に 辛い思いのまま、何も報われずに死ぬ様な人を生じさせちゃイケナイからだ…なんて答えの方が 余程、説得力を私は感じるからだ。


で、私が言いたい事は…


「夕凪の街 桜の国」の様な映画を見て 政治や戦争や歴史を熱く論じ合い、語り合う以前に、まず、そういう辛い思いをして亡くなった方々への慰霊の気持ちを抱く事が大事じゃないの?…という事であり、その様に亡くなった方々の末裔として 今の日本は故人の遺志に見合っているのか?を検証すべきなんじゃないのか?…って事。


ゆえに、そういう根本が感じられないコメントは全て非公開にさせて頂いた次第。


この考えは 少なくとも今後もずっと変わらないので、口先だけの議論がしたい方は 他のブログや掲示板に行かれる事をお薦めする。


ちなみに、あくまでも個人感だが 「夕凪の街 桜の国」の感想の中で、最も私が個人的に 素敵な感想だと感じた記事を最後に御紹介申し上げる。


ぱんだな生活♪読書日記・たまに素日記』さんの


   『夕凪の街 桜の国[【読書】]』という記事と、タイトルは同じだが 別記事の


   『夕凪の街 桜の国[【読書】]』という記事。


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コメント

私は、戦争とかを論ずるつもりはありません。
ただ、山口県という広島の隣の県に住んでいての日常をちょっと書かせてください。
まず、今は分かりませんが、私が小学生の4年生かな?5年生?の修学旅行が、広島でした。
基本的に小学生の記憶ですから、ほとんど残っていません。
しかし、原爆ドームに行った記憶だけは、残っています。
小さい頃ですから、戦争を考えるということより、ケロイドが怖いとか、原爆で一瞬で影になった少女を見てピンとこなかったりでした。
しかし、見たことは覚えています。
そして、大きくなってから、こんなひどいことがおこっていたのかと理解しました。
高校になってからの会話で覚えている会話があります。
「ここは、岩国に近いから、原爆が落ちてきたら、一瞬では死ねないね。苦しみながら死なないと駄目だろうね」
ブタネコさんならば、ピンっとくると思いますが、岩国には基地があるので、攻撃されやすいのではないかという思いがどこかにある会話です。
こうやって、身近にこういう会話をしているということが、やっぱり広島が近くにあって、修学旅行で原爆ドームを見ているからということがあると思います。
ただ、上の会話は、不謹慎とも取れる会話です。
しかし、苦しむのは嫌だなとか、そういう所から今でも原爆の後遺症に悩んでいる人がいらっしゃるということを考えたり、戦争で罪もなく死にたくなかった人達が死んでいったんだと考えることが出来ると思います。
きちんと、勉強した意見とかではないので、なんと言うこともないもので申し訳ないです。
しかし、自分が経験したり、見たり、経験した方の意見を聞いたりしたものは、大切だと思います。
戦争で亡くなられた方達のご冥福をお祈りいたします。
長文乱文失礼いたいました。

★ sei さん

コメントありがとうございました。^^

今度は seiさんが「夕凪の街 桜の国」を御覧になった感想が伺えれば幸いです。

楽しみにしております。

ブタネコさん、こんばんは。

毎日欠かさず拝読している『ブタトラ』(貴ブログを、勝手に略させていただいております…)に
拙ブログ記事を紹介いただき、照れくささ半分・恐縮半分ですが、
それもあわせてとてもうれしく思っております。ありがとうございましたm(_ _)m

★ すもも さん

記事でも述べましたが、物語に関しての感想として すももさんの感想が私は最も感じ入りました。

私も 同じ様な感想を抱いておりまして、それだけに 映画での麻生久美子が物凄く素晴らしかったと感じたのです。

この物語の本質は 麻生久美子の あの一言に集約されていると 何故、気づけない人や 気づけない感想が多いのかと悲しくなります。


以下、私信です


すももさん 私信の件了解です。^^

こちらこそ今後も宜しくお願い申し上げます。

なんだかあれてらしたようですね・・・。

さておき、夕凪の街、は原作ではそれでも怒りが見え隠れというか、そんな方向の思いを感じなくもなかったものですが、映画では麻生久美子さんのやわらかい広島弁に全くぶちのめされてしまいました。

映画の優劣とか原作とどうとかそんなことはまあおいといて、ぶたねこさんのおっしゃる、言いたいこと、のようなことにゆっくりでもつながればいいのになあ、と思います。

・・・しかし忘れそうだな、またorz。

★ its さん

>それでも怒りが見え隠れというか

充分に込められていると思います。

初めまして、まるしぇると申します。
こちらには頻繁にお邪魔させていただいていたのですが、これまでは勇気不足によりコメントすることができずにいました。何分若輩者ゆえ、自分には気付かぬうちに失礼をしている場合がございましたら、お手数おかけいたしますが、削除の方何卒宜しく御願いします。

『夕凪の街 桜の国』、原作は知らないものの映画を見て、多くの方が感じたように麻生久美子さんにやられた一人です。
映画を見て麻生久美子さんの一言一言がズシリと重く、刃が突き刺さるような思いを感じ、それとともに、こんな思いを一体どれほどの人がしているのか…、自分の大切な人がこんな思いをしたら…と考えると何とも表現しがたいやるせなさ、自分への腹立たしさを感じ、ブタネコさんも仰っていた慰霊の気持ちをただただ抱く…ばかりでした。
そう改めて感じさせてくれたこの映画は、作品自体の善し悪しは別として、戦後生まれの自分にとって、改めて根本に気付かせ、真剣に考える機会を与えてくれたものなのだな、と思うとともに、ブタネコさんの記事を拝読し、その思いが決して独りよがりのものではないと実感でき、感謝の意を込めてコメントさせていただきたいと思います。

最後に、もしかしたらブタネコさんもご覧になっていたかもしれませんが、田中麗奈さんが恐らくこの映画の番宣(?)で某番組のインタビューを受けた際に言っていた内容を付け加えさせていただきます。
「広島(の原爆ドーム)には、なんか取材とかじゃなくて行きたかったんですよね。だから両親を誘って行ったんです。」
この言葉を聞いて、田中麗奈さんにもブタネコさんの仰るような根本があるんだろうな…と強く感じました。
私自身、この気持ちが色褪せないようにしていかなければ…と気を引き締める思いでこちらに書き込ませていただきました。
長文の上、乱文誠に失礼致しました。

★ まるしぇる さん

こちらこそ はじめまして、コメントありがとうございます。^^

映画の中で 田中麗奈の台詞に 正確な言い回しは忘れましたが「広島出身って言うと あぁ、原爆の… って みんなから言われる」みたいな言葉があったのを御記憶でしょうか?

似て非なるものですが 東京で過ごしている頃 私は私が札幌出身だと知ると「あぁ、札幌って寒いんでしょう」と よく言われた感覚がフィードバックしました。

これって、「札幌が寒い場所だって事を私は よく知ってるよ」と相手が言ってる風なのだけど 実は こういう事を言う奴こそ 札幌を全く判っていないんです

同じように「広島」と聞いて「あぁ、あの原爆の」とは 原爆の事をそれなりに知っている人であれば 逆に簡単には口にできなくなるわけで それを安易に口にするのは判っていない証拠なんです

ゆえに「取材とかじゃなくて行きたかったんですよね」という言葉には 気配りとでも言うのか配慮が伺えて とても良い子だと感じます。

私は「沖縄」や「サイパン」に対しても 同じ気持ちを抱きますけどね。^^


【※注意!!】

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