● 夕凪の街 桜の国 追記
久しぶりに 真面目に語ってみようと思う。
先日、『夕凪の街 桜の国』という映画を見てきた感想を述べたが…
まぁ、色々とメールやコメントを頂戴したのだが 8月30日午前3時現在で 御覧の通り、「虎馬」さんからのコメントだけ公開したが、それ以外は 大変申し訳ないけど非公開にさせて頂いた。
で、個別にメールで御返事させて頂いたが これ以上、新たな同様の措置をとりたくないので 記事として私見を追記しておこうと思う。
まず、先に掲げた私の感想は 突き詰めて言えば女優「麻生久美子」への讃辞であって 広島に投下された原爆に関するコメントは極力、記述しなかったのだが その辺を読んだ方はどう受け止めて下さったのだろうか?
昨年、戦後60周年と銘打って「ヒロシマ」に関する番組がいくつか放送されたけど、そのどれもが 原爆による悲惨さを伝えようとするフリをしながら、結局は制作者の偏ったイデオロギーを伝えようとして 中身の薄っぺらいものにしかなっていなかったのが記憶に新しい。
戦争が…とか、原爆が…という話題になると「自分は~だと思う」と意見を述べたくなる人が少なく無いのは知っている。
ゆえに、そう言う話題の記事を見つけたら ここぞとばかりに書き込みたくなるのだろうけど、よ~く考えてみて欲しい。
最近じゃ、このブログの記事の殆どがTVドラマや映画を題材に俳優に関してのヲタ記事が多いから 検索でポッとやってきた人には判りにくいかもしれないが、時々 自衛隊や、近代史や、マスコミ批判の記事も書いている。
ゆえに、ブログのカテゴリー・リストを見ると
「このオッサン 右翼か?」
みたいに思われる人も少なく無いであろうし、それを否定するつもりも無い。
でもね、中の記事をひとつも読まずに 右翼呼ばわりは正直言って心外なんだな。
だって、私は軍国賛美をしたつもりなど一度も無いし 好戦論を述べた事だって一度も無い。
私が述べてきたのは 常に「慰霊」なのであり、「誰かに押しつけられたり、誰かの受け売りの歴史認識では無く、ちゃんと 自分の目や耳で確かめた近代史を知っとけ」と述べているのだ。
ゆえに、私の認識を押しつける気ももちろん無いから、その様な記述は無いはずだし ある様に誤解される可能性としては「~な本を読んでみな」という記事を書いているぐらいのものだが、それも その本を読んでどう感じ、どう思うかまでは強制はしていない。
でね、敢えて「夕凪の街 桜の国」に関して 別の角度で感想を言えば…
特に「夕凪の街」の部分で 麻生久美子が演じた主人公が語る一言一句は ただ聞いているぶんには 1人の女性の述懐の様でしか無く、まったくキツイ口調では無く、穏やかに語られているけれど その言葉自体は恐ろしいまでに胸に刺さる鋭利さをもっている。
被爆者の原爆に対する考えや 被爆の辛さを知ろうとする時、小賢しいキャスターが述べる言葉やドキュメンタリー映像よりもはるかに
「人が こんな辛い思いをしちゃイケナイな」
という気持ちに痛いぐらいになれる説得力がある。
ネタバレするのが嫌だから 台詞を書き写すのは止めるが、麻生久美子が演じた主人公の心情を吐露する言葉のひとつひとつは 未だかつて聞いた事の無い表現で、時には優しく諭す様な口調の中に 察して余りある程の苦衷と、憎悪が込められている。
「何故、戦争をしてはイケナイのか?」
その答えを述べる時に 小賢しいイデオロギーや、宗教論や、歴史観で言葉を飾る必要は無い。
この「夕凪の街」の主人公の様に 辛い思いのまま、何も報われずに死ぬ様な人を生じさせちゃイケナイからだ…なんて答えの方が 余程、説得力を私は感じるからだ。
で、私が言いたい事は…
「夕凪の街 桜の国」の様な映画を見て 政治や戦争や歴史を熱く論じ合い、語り合う以前に、まず、そういう辛い思いをして亡くなった方々への慰霊の気持ちを抱く事が大事じゃないの?…という事であり、その様に亡くなった方々の末裔として 今の日本は故人の遺志に見合っているのか?を検証すべきなんじゃないのか?…って事。
ゆえに、そういう根本が感じられないコメントは全て非公開にさせて頂いた次第。
この考えは 少なくとも今後もずっと変わらないので、口先だけの議論がしたい方は 他のブログや掲示板に行かれる事をお薦めする。
ちなみに、あくまでも個人感だが 「夕凪の街 桜の国」の感想の中で、最も私が個人的に 素敵な感想だと感じた記事を最後に御紹介申し上げる。
『ぱんだな生活♪読書日記・たまに素日記』さんの
『夕凪の街 桜の国[【読書】]』という記事と、タイトルは同じだが 別記事の
『夕凪の街 桜の国[【読書】]』という記事。
