● 牛に願いを 第8話
「牛に願いを」の第8話を見た。

…ってな訳で 今週のピンナップ










と言うわけで、今週は以上。
と、言いたいところだが この「牛に願いを」に関しては来週以降、記事を書くつもりは無い。
ゆえに、今回が最後の記事と言う事で 最後に、ちょいと語らせて貰おうと思う。
見ていない人には判らないと思うけど、このドラマが放送されて間もない頃 北海道のローカル局では 随分と、番宣を兼ねた特集がローカルニュースやローカルワイドの番組内で流れ、その中で関西テレビの番組プロデューサーが 随分と御立派な能書きを語っていたものだ。
で、その御高説の中で彼が語っていた事のポイントでハッキリ覚えている事は
「2年前から北海道の酪農に関心を持ち取材を重ね、ドラマの構想を練っていた。」
という事。
で、それに付随して…
「北海道に限らず、酪農家の苦労や苦悩を視聴者に判ってもらいたい」
と、力説し あえて名前は挙げないが、架空の舞台のロケ地となった地域の酪農家が数人、番組に協力するにあたっての豊富を語る中で、
「自分たちの事を知って貰いたい」
と、口を揃えて語っていたのも記憶にある。
ドラマの番宣として語った事を 真剣に怒っても仕方が無い…と、私も思う。
でもね、モノには限度がある。
ドラマの感想が いろんなブログで語れてるのを見ると 中には
「北海道の酪農家の苦労が よく判りました」
なんて感想や
「酪農家の実態を深く取材した上でのストーリー」
なんて評価をしているのを目にすると…
かつての とある情報番組で「納豆食べてダイエット」なんて捏造問題が世間を騒がせた事を 人々はもう忘れちゃってるんだなぁ…と、つくづく思う。
今回の8話に限って いくつか指摘をしておくので冷静に御一考願いたい。
「組合勘定」という言葉が登場したが、これを判り易く極端な例えで説明すると、農家独特の農協を中心とした連帯責任制度とも言える。
つまり、農作物を育てるには まず、種代や苗代が必要であり、収穫を終えるまでの間の生活費や 肥料代など、最低限でも必要とする金を農家は農協に対して「今年は~な営農計画を立てています。」と示した上で立て替えて貰う。
それらは 計画以上の収穫・収入を得られれば その時点で収支は決済されるわけだが、悪天候による不作などで計画に満たないマイナス収支の場合 農協に所属する農家間での連帯的な助け合いにもなる。
ただ、この制度には色々と問題もあり そのひとつが、農協全体が不作で泣いた年であればともかく、殆どが黒字収支の農家ばかりの中で 大きなマイナスを出した農家は他の農家が納得しないと仲間外れにされる対象となり得るわけで いわゆる「離農」の原因の大きなものとしては「高齢化・後継者不足」と並んで「債務超過による離農勧告」というのも少なく無い…という事だ。
で、今回の第8話において 母親が死に、組合からの多額の借金に対して 組合が返済困難と判断し「離農勧告」した…という描写であったが、

こんな離農風景なんて現実離れもいいところで…
組合勘定においては 大抵の場合、周辺農家が連帯責任で保証人になりあっている関係だから、母親が死んだ直後に こんな非情な勧告が出るのは希であるし、仮に出たとしても たった数日の間、しかも 何の後始末もせずに牧場から出て行くケースも希、研修生が「馬はアタシが育てるから…」なんてのも 周辺農家や組合の同意や なんらの裏付けを示さない限り無理
もっと単純に言えば ある日、忽然と姿を消す「夜逃げ」の方が よくある話とも言える。
とはいえ、現実に酪農家の方に言わせれば ここで私が述べたケースとは違う流れも色々とあるのは知っているのでケース・バイ・ケースである事は確かだが、このドラマで描かれた形が 殆ど現実にはあり得ないケースだという事は同意して頂けると思う。
では、そんな場面の描き方を制作者がしたのは何故なんだろう?
プロデューサーが2年間も構想を練った… その結果が この描写なのだとしたら、どんな意味があるのだろう?
ドラマだから、フィクションだから その辺にこだわるのはナンセンスなのだろうか?
だとすれば、
「北海道に限らず、酪農家の苦労や苦悩を視聴者に判ってもらいたい」
「自分たちの事を知って貰いたい」
という願いを フィクションで塗り固めて 何を知り、何を判れと言うのだろう?
今回ばかりは 制作者である関西テレビに 私は猛省を求めたい。
と、同時に 嬉々として制作に協力していたロケ地の酪農家達は納得しているのか 試しに聞いて見たいとも思う。
もちろん、地元の方々が納得しているのなら 私如きが口を挟む問題では無い。
が、私の知る農家や、酪農家や、競走馬の牧場経営者は全て 先週の第7話までの時点で「怒る」どころか「呆れている」
それは 制作者に対して「呆れている」だけでは無い。
ロケ地の協力者達に対しても「呆れている」のである。
なので、私は それを根拠に述べた次第でもある。
で、視点を変えて述べると…
今回の第8話には興味深いカット編集が目に付いたので触れておきたい。
それは

去り行く「田中圭」を見送ろうと駆け寄る研修生達…
この上のシーンの道路の路面を よく見て 次の画面を見て欲しい。


バスが走り去った路面は どう見てもひと雨降った後。^^
で、そのすぐ後

そんなに遠離ってはいない場所のはずなのに 路面は完璧に乾いている。^^;
つまり、撮影のタイミングと 雨のタイミングが 制作者にとっては予定外だった結果であり、過去にも同じ様なチグハグなカットの編集されたドラマは少なく無い。
ここから推察出来るのは
「撮影スケジュールが過密で大変だった」
という事を裏付けるものでもあるが、中には
「制作者が手抜き」
の為に 何も考えずに繋ぎ合わせた結果…という場合もある。
ま、だから何だ?と言われれば それまでなのだが、私に言わせれば
根幹に関わる部分をいい加減に描写する制作者だもの こんな路面が濡れてるか否か…なんてのは どうでも良いと判断するだろうさ…
と、解釈するね。^^;
ゆえに、大好きな役者が沢山出演しているドラマを貶したくは無いけれど どうにも我慢が出来ない程のクソ・ドラマを これ以上は語りたくないので今回で記事を終える事に決めたのだ。


