● 紀子の食卓
2006年に公開された映画「紀子の食卓」を見た。
先日、「さんばるばり」さんと名乗る方からメールを頂戴した。^^
こんな 偏屈な個人論を好き勝手に書きつづるブログの管理人をしていると よく いろんなメールを頂戴するのだが、「さんばるばり」さんから頂戴したメールには 久しぶりに「あぁ、ブログやっていて良かった」と感じる文面があり 真摯にお応えしたいと思った次第。
勝手ながら まず、そのメ-ルの一部を引用させて頂くと…
*** 冒頭部 省略 ***
私も一応、大人の男なので(笑)ブタネコさんの意見が絶対だとか、信者のように心酔したりということはありませんが、なんというか先輩達が大人の話をしている近くで、「なるほど‥そうか‥」と聞いている小僧のような感じで、「ブタネコさんはどうみているのかな?」という風にこのブログと接しています。
*** 中略 ***
初メールなのに大変恐縮で、失礼だとは思うのですが、ひとつリクエストがありまして‥。先日、『紀子の食卓』という映画をDVDで観まして、なんとも言いがたい感じに包まれまして、「ブタネコさんはどんな評価だろう?」とブログを見てみたら、すべて読んだわけではないですが、ブログ内検索では引っかからず、「あぁ~ブタネコさんの感想を読みたい!!」と大変自分勝手ですがメールを書く手が止まらなくなりました(すみません)
ブログから推測できるブタネコさんの家族構成と、この映画の家族構成が似ている気がするので、それだけに「ありえない!わからん!」と一刀両断でクソ映画に決定の可能性もありますが、願いがかなうなら、ブタネコさんのこの映画の批評と、個人的に一番印象に残った吉高由里子という若い女優の感想を読んでみたいです(笑)
ところで、ブタネコさんは吉高由里子さんをすでに時効警察の第六話でチェック済みのようですね。さすがに早いですね。
ちなみにこの回の時効警察の脚本・演出されている方が「紀子の食卓」の監督のようです。大変忙しいとは思いますが、「紀子の食卓」を頭の片隅に置いといていただければと思います。
*** 以下、省略 ***
実を言うと「紀子の食卓」は 映画の存在は知っていたけど、まだ未見… というか、今回のメールが無ければ見ようとは思わなかった映画だった。^^;
その理由は主演が「吹石一恵」である事が まず、第一
彼女の演技力が よく高く評価されているのは耳目にするが、私は そうは思っていない。
ファンの方には申し訳ないが 私は この娘の演技がどうにも好きになれないのだ。^^;
今までに 何度も、私が個人的に注目・期待していた映画やTVドラマに彼女が出演しているのを見た事があるが、その度毎に「なんかイメージが違うんだよなぁ…」と感じる事が多かったからだ。
が、そんな事はさておき…
今回、「紀子の食卓」を見てみようと考え、馴染みの店長に電話をしたところ…
「まず、”自殺サークル”を先に見るべきですよ」
と、奨められ それに従った感想は昨日述べたわけだが…^^;

「紀子の食卓」を見た。
物語は

父母と二人の娘による4人家族の

長女がある日突然、家出をしてしまうところから始まる。
長女は日頃から 田舎でくすぶっている自分や、その田舎に縛り付けておこうとする父親に反発心を抱きながらも 表面上は従順に過ごしていたが、ネット上で「廃墟ドットコム」というサイトを見つけ そのサイトの掲示板(チャット?)で「ミツコ」という名で別の自分を演じ、チャット仲間達と会話を交わしていくうちに そのまま本当の「紀子」という自分を捨ててしまおうと決意した事から家出となる。

家出した長女は サイトで知り合った「上野駅54」こと「クミコ」を頼り、クミコと会う。
…って感じが 冒頭のあらまし
で、この導入部は 長女「紀子」を演じる「吹石一恵」のモノローグで殆どで進行するわけだが、このモノローグが 私にはどうにもお粗末すぎて馴染めない。^^;
だが、この間に登場した人物の中で



妹「ユカ」を演じた「吉高由里子」と

「上野駅54」こと「クミコ」を演じた「つぐみ」に目を惹かれる。
「吉高由里子」に関しては後述するとして、まず、「つぐみ」に関して述べると
麻生久美子が主演した「贅沢な骨」(2001年公開)という映画で 私は彼女の演技に惹かれたのだが、実は 最近、あるDVDを見るまで彼女を見る機会に恵まれていなかった。
そのDVDに関しては 近々、掲示しようと思って記事は書き上げてあるのだが タイミング的な問題があって掲示せずにいたのだけど、これを機会に数日中に公開しようと思っている。
で、「贅沢な骨」に関しては 麻生久美子ヒャッホイの私としては もっと、遙か前に記事を掲示していても良いはずなのだが、それをしていないのは「ムフフ」な場面が多いから。^^;
ま、それはともかく この「つぐみ」って子は しばらく見ない間に個性をより一層磨いて 良い女優さんに成長していたんだね^^
この「紀子の食卓」での彼女の演技はズバ抜けており、ズバ抜け過ぎて 余計に吹石一恵の粗が目立つ。^^;
ブログから推測できるブタネコさんの家族構成と、この映画の家族構成が似ている気がするので、それだけに「ありえない!わからん!」と一刀両断でクソ映画に決定の可能性もありますが、願いがかなうなら、ブタネコさんのこの映画の批評と、個人的に一番印象に残った吉高由里子という若い女優の感想を読んでみたいです(笑)
さて、「さんばるばり」さんの問いかけに応えるカタチで感想を述べると…

確かに、我が家と この物語の家族構成は似ている。^^
父親は 自分の主義主張ばかりを貫き、愛する街に固執したり、東京の大学に進学したいと望む長女に 同じように東京の大学に進んだ姪が二人とも在学中に出産してしまうのを見て「東京の大学に行ったら妊娠する」と偏見を抱いている。
私も自分の主義主張には拘る男である。^^;
しかしながら、娘達の希望に対しては ワガママとか理想とかの境界線を見極めつつ対処する事に 我ながら結構、心がけているつもりでもある。^^;
で、この映画の家族と我が家が決定的に違うのは 映画の母親は父親とは正反対で「自己主張」が大きく欠けているが、我が家のヨメは私以上に「自己主張」の塊である…という事。
どんなに親父がワガママとか理想とかの境界線を見極めようとしても そんなモノは粉薬をオブラートに包むかの如く、あっさりと飲み込んでしまい 父親がどんなに「ダメ」と言い張ってもシカト(ToT)
逆に 娘達の言動がヨメの逆鱗に触れた場合は あわてて仲裁に入る父親までをも正座させる威厳がある。
なので、我が家の感覚とは大いに異なるのだが… この映画の様な家族って 案外、少なく無い様な気がするし、長女が家出する流れは理解も出来る。

長女は家出の後、クミコが主宰するレンタル家族の一員として過ごしていくウチに 紀子が理想としていた家族の関係や姿を味わうわけだが、制作者は本当の家族の「虚構」と レンタル家族(虚構の家族)での「理想」とを皮肉な形で対比させ何が本当なのか?を混乱させて描くのには成功していると思う。
でも、クミコが何故?倒錯してしまったのか?と言う部分に「コインロッカー・ベイビー」という部分だけで描ききったつもりなのが 第1の失敗。
第2の失敗は 中盤以降に現れる正体不明の男達の描き方で、ある種の団体の存在を登場させるのは良いとしても クミコの存在とその団体のバランスがとれておらず、ともすれば多くの視聴者にはストーリーが崩壊していると感じさせる最大の理由である。
で、このDVDを持ってきた店長が「自殺サークル」を先に見ろ…と言った理由であり、この「紀子の食卓」のDVDのパッケージにも「自殺サークルの続編的ストーリー」と明記されているのは「紀子の食卓」のストーリーの核となる部分に

「自殺サークル」における 54人の女子高生の集団自殺が盛り込まれているわけだが…
おそらく制作者は 余程、このシーン(シチュエーション)を気に入ってるんだろうな…という事は容易に想像出来るけど、いい加減、このシーンのバックボーンを描き切れていないマヌケさを気づいた方が良いと思う。
ネタバレで恐縮だが、この集団自殺の黒幕が上野駅54である…という設定は まぁ、良しとしても その動機付けや流れをクミコのモノローグによる台詞で描き切れたと思っているなら「アホか?」って話なんだな ^^;
ただ、虚像と現実の「背中合わせ」とか「紙一重」という表現は巧いので 瞬間的に誤魔化されてしまった視聴者は多いのだろうけど、「これ、凄い面白い」みたいな評価にならないのは 薄々、誤魔化されていると感じているからに他ならない。


単純な話、上の様な正体不明な男達を登場させて 組織(団体)を連想する様な盛り込みなんかせずに、

「つぐみ」のポテンシャルを最大に引き出して「クミコ」の立ち回りで全てを描いた方が より、リアルに かつ、怖い作品に仕上がったんじゃないの? なんて、愚考する次第だ。
ところで、ブタネコさんは吉高由里子さんをすでに時効警察の第六話でチェック済みのようですね。さすがに早いですね。
ちなみにこの回の時効警察の脚本・演出されている方が「紀子の食卓」の監督のようです。
さて、「さんばるばり」さんの この問いかけだが…
このブログにおいて「吉高由里子」に関して最初に言及されたのは 私ではなく、常連コメンティターの「うごるあ」さんなんです…って事を まず申し上げた上で…^^

第6話は「時効警察」の最初のシリーズの中でも1・2を争う出来の良い回だったと私は感じているのだが、



その第6話で「森口瑤子」の娘役で出演していたのが「吉高由里子」
この時の演技に関しては 記事では触れなかったけど、なかなか秀逸だったと感じており、別な作品での演技を見てみたいとは思っていたが、この「紀子の食卓」に出演していたとは 今回のメールを頂戴するまで全く気づいていなかった。^^;


出演としては映画「紀子の食卓」の方が先なのだが、映画の公開よりもTVの時効警察の方が先にオン・エアーされたのだそうだが…




まだまだ経験が浅く手放しで巧いと褒める事は出来ないが、この子の演技には 何か惹かれるモノがある。
独特の表情と声質と喋り方、いつも私が女優にこだわる3つの個性がちゃんとある。
簡単に言えば オリジナリティをちゃんと持っている…って事。
これって、実は とても大事な事だと私は思うからだ。
さて、総体的な感想を述べようと思うのだが…
誤解されると嫌なので断っておくと「園子温」という制作者を嫌いなのでは無い。
彼の作品、TVなら「時効警察」と「帰ってきた時効警察」それぞれ2話分は素直に面白いと思っているし、、映画なら「気球クラブ、その後」なんかは そんなに嫌な作品でも無い。
この「紀子の食卓」を見終えて私が感じた事も けっして、つまらない映画では無いけれど、面白かった…とも思わなかった。
ただね…
この「紀子の食卓」とか「自殺サークル」という映画に限って言えば ふと、ピカソの描いた絵を思い出す。
というのは、例えば、ピカソの絵を見て アナタは素晴らしい…と思いますか?
私は 正直言って、素晴らしいとは感じないし、当然 感動なんか出来ない。^^;
けどね、世の中には ピカソの絵を見て感動し、涙すら流す人がいる。
何度、聞き直しても理解出来ない様な小難しい形容詞を並べたてて絶賛する人もいる。
もしかしたら、この「紀子の食卓」とか「自殺サークル」という映画は 私にとってピカソの絵みたいな存在なのかもしれない。^^;
ピカソの絵を見て感動はしないけど、腹が立ったり、不愉快になったりはしないのだが、得意気にピカソの絵を褒める人の「褒める言葉」を聞いていると だんだん、腹が立つ事が多い…
「オマエは もっと、判りやすい表現が出来ないのか?」と。^^;
例えば、ウィキペデイアにおける「園子温」の「作家論・業績」の中に以下の表現がある。
毎回映像実験的な表現を貫き(「桂子ですけど」「うつしみ」「部屋」)、同時に社会や人間を鋭く抉るメッセージ性や(「自殺サークル」「紀子の食卓」)、非常に明晰で大胆、かつ哲学的でさえあるコンストラクチャーが特徴で、同時に詩的飛躍とも呼べる感覚的、直接的な映像と演出(「自転車吐息」)など、近年最も新しく、特徴的な世界レベルの映画作家として矢継ぎ早に作品を発表している。
「詩的飛躍とも呼べる感覚的、直接的な映像と演出」
いきなり、こう表現されて意味判る?
なんか、私には… 理解出来なかったモノを理解したフリをするために 理解しにくい表現であたかも褒めてみせた…なんて雰囲気に感じてしまうのだ。
もっと、言えば そこまで無理して褒める必要があるのか?と。^^;
判らないからと言って貶したり、悪口を言う必要は無い様に 無理に難解な言葉で褒めても それが伝わらなければ意味が無いでしょ?
で、ちょっと視点を変えた感想を別に述べれば…
「園子温」と言う人は「自殺サークル」という映画を作った後で 集団自殺の背景描写という部分を描きたい…という気持ちと それとは別に「全員が自殺(崩壊)してしまう家庭」というプロットを 別な観点で描きたい…って気持ちの 少なくてもその二つを抱き、「紀子の食卓」という映画で合わせて描きたかったんじゃないか?と愚考する。
で、それだけに専念して描けばまだ理解の範疇内の作品になったのだろうけど、「自殺サークル」におけるローリー寺西がリーダー格を演じた不可解な集団とか そういった意味不明なプロットをどんどん放り込んで 結果的に全てが崩壊した。
変な例えで恐縮だが、冷蔵庫の中に鶏肉とキムチを発見し あり合わせの野菜や味噌もあるからと鍋料理を作る事にした…とする。
その後、冷蔵庫の野菜室に「ミョウガ」や「春菊」 冷凍庫にはエビの剥き身やホタテの貝柱もあったので「えぇい!」と それらも鍋に放り込む。
その結果、いろんな出汁が混じり合いつつも その出汁とキムチが反発し合い、「ミョウガ」や「春菊」の風味とキムチも合わず 奇妙で複雑な味の鍋になってしまう…
で、その鍋を食べた人が 鍋料理を作った人に「これって、何鍋?」と聞いた。
つまり、「紀子の食卓」という映画は そんな「ごった煮」を「鍋料理」と誤解させられている様なモノ…と、言いたいのだが判るかな?^^;
「エビの剥き身」や「ホタテ」 単品で味わえばそれぞれ美味いのだが、煮込んだベースの味が複雑怪奇すぎて 鍋全体の味が受け入れ難いものになってしまっている。
ゆえに、その鍋料理とやらがどんなに個性的で魅力ある著名な料理人が作ったモノだとしても 料理人の著名度だけで「素晴らしい」と褒める程、私は人間が出来ていない…という事なのだ。
なので、私としては「ミョウガ」や「春菊」など入れずとも 鶏肉なら鶏肉だけを、キムチならキムチだけをメインにシンプルな料理を作っていれば この料理人は相当、腕が良いのだろうなぁ…と思うだけに残念でならない。
さて、最後に…
「吹石一恵」ばかりに目がいったせいで「吉高由里子」を見逃していたのは 私にとって全く不覚だったと深く反省する次第だ。^^;
