● 神はサイコロを振らない DVD3・4
先にお断りしておくが、この記事にはネタバレが多く含まれております。
このドラマに関して 腰を据えて語ろうとした場合、どうにもネタバレ無しでは私には書ききる事が出来ない。^^;
ゆえに、このドラマを未見で興味のある方は 以下の記述には目を通さずに、先に映像を御覧頂きたい。

この「神はサイコロを振らない」の物語の根底にある最大のポイントは 10年前に遭難し乗員乗客全員が死亡と判断された飛行機が10年後に姿を現し、家族や友人達と再会する…という部分なのは言うまでも無い。
そういうストーリーの中で 10年という月日の流れを過ごした家族や友人達と 10年前の時点で時が止まった乗員乗客達との対比や関わりで 10年の間に人はどう変わったり、変わらなかったりするものなのかを教えてくれる。
そして、極めつけは

10年後の世界に現れた乗員乗客達が 数日間の滞在の後、再び消えてしまうと判った時に その最後の時間までをどう過ごすか?という場面であり、視聴者への問いかけなのだが、それには 10年という月日をどういう風に過ごしてきたのか?という問いかけでもある。
原作では シチュエーション的には同じだけれども その飛行機に乗っていたテロリストを巡る話の方に重きが置かれ 味付けはTV版とはまったく違う。
というよりも、TV版の方が映像化するにあたって原作からテロリスト話をゴッソリと剥ぎ取り、ポイントを明確に絞った形で構成を作り直したわけだが この点について私は映像の制作者達の判断は間違っていないし、結果、充分に成功していると思う。
例えば、乗員乗客達が10年前 忽然と姿を消した時、つまり もし、そこで彼らが死んだとするならば 彼らは当たり前の事だが、その瞬間に自分たちが死ぬとは前もって知っているわけでも無ければ、実際に死んだのかどうかも気づけて無いのでは?という感がする。
それが、突然 10年後にワープして「貴方たちは10年前に死んだんです」と言われ、その不在の10年間に知り合いが死んでいたり、いろんなモノが大きく変化している様を見せられたら 誰だって戸惑うはずだし、どの様に戸惑うかは各人各様ではあろうけど、想像の域を超える。
が、「もし、死んでいたとすれば」という前提で落ち着いて考えてみると 10年の間にどう変わってしまったのか?という部分の中で 特に気になる事がいくつもあるだろう。
例えば私に置き換えて…
「10年後の嫁や娘達はどうなっているのだろう?」
という事を考えないと言ったら嘘になる。^^;
私の死後、10年間 嫁は泣いて暮らしていた(あり得ないけど…^^;)…とすれば、嬉しい反面、申し訳ないなと思うし 娘達は結婚して子供が出来ていたりするであろうし… であれば、どんな婿で どんな孫かは一度は見てみたいと思う。
で、もし、私が今 ポックリとクタバったとして 10年後にヒョコっと現れる事が出来たとしたら…
死んだはずの爺ぃが 言いたい放題、やりたい放題の狼藉を尽くす… 想像しただけで楽しくなるね。^^
でもね、「楽しい」とか「嬉しい」の反面 数日で再びこの世からオサラバなのだとすれば その別れの時は「寂しく」「悲しい」だろうなぁ…
それを考えると「生き還らなくても良いや」って思う。^^;

やがて、その時を迎えて…














乗客や乗員達は消えていく。
再び、遺された家族や友人達は…












これらのシーンの演出・編集は とても見事。
と言うよりも、これらのシーンに至るまでに 充分にそれぞれの身の上を描いているからこそ、それぞれのシーンから視聴者が受け止める感慨は何倍にもなっており秀逸だっわけだが…。

主人公である「小林聡美」の演技の秀逸さはさておき…



「成海璃子」の演技も もう、何も言えないが…
この「神はサイコロを振らない」において特筆すべき点は


「ベンガル」


「鶴見辰吾」
といった俳優陣の渋さが光っており、中でも



「大杉漣」と「尾美としのり」は絶品だ。
結局、

この二人が口火を切り

この二人が締めた構成…というのも見事だが、重要な点は 原作では加藤教授(大杉)の予言通り 402便の残骸が海底から発見され 乗客乗員が全員死亡したとされているが、TV版では その部分がボカされている。
私は このボカしたエンディングの方を高く評価したいと思うのだ。
パラレルワールドが存在し、そこで乗員や乗客達がその後の人生を全うしている… そういう考えに私は夢を感じるから 高く評価したいのだ。
ま、こういう事を述べると 死を現実として受け止め、それを乗り越えてこそが人生であり、パラレルワ-ルドみたいな想像の世界にロマンを求めるのは現実逃避に他ならない…なんて思う方も少なく無かろう。
で、敢えて私が このボカしたエンディングの方を高く評価するかと言えば、それは最終回までの描き方の中で 再び、乗客・乗員達が姿を消すにあたり、乗員・乗客もさることながら、家族や友人達も心の準備が出来る様を きちんと描いているからだ。
これは、言い方・捉え方を変えると 原作における402便の帰還、そして再び消える様は 単にストーリー上のアイテムというかイベントに過ぎないのに対し、映像では それによって生じる人々の葛藤に重きを置いて描いているからこそ そうなっている。
基本的に私は 原作のあるものを映像化した場合において、原作のストーリーを弄った事に関して否定的、批判的な意見を 今までいろんなドラマや映画を語る際に述べてきたが、それは 単に「弄っちゃダメ」と否定・批判したのでは無い。
過去記事を御存じの方ならば御理解頂けていると思うけど あえてもう一度述べれば、素晴らしい世界観を構築している原作に対して 無意味な弄り方をするから私は文句を述べたのである。
逆に、原作をベースに 別の視点や着想で 別の世界観をきちんと構築して見せてくれるのならば文句は言わないし、駄作とも言える原作を 思いっきり変えてくれたおかげで傑作に変わったモノも数は少ないけど存在し、それを絶賛をもしている。
この「神はサイコロを振らない」の原作は けっして駄作だとは私は思っていないが、原作のストーリーでは 傑作だとも思っていない。
ゆえに、それをアレンジして傑作ドラマに仕上げたのは制作陣の手柄であり、その点を素直に称えたいと思うばかりなのだ。
私が このドラマを見終えて感じた最大の事は
「過去10年間を 俺は無駄に過ごしていなかったか?」
では無い。
「あと、何年 生きられるかは判らないけど、悔いなく 無駄なく過ごそう…」
という気持ちになれた事である。
これって10代や20代の人には判らないだろうけど 40過ぎた人には 結構、大事な事なんだよね^^;
