● それでもボクはやってない
映画『それでもボクはやってない』のDVDを入手した。

見終えた感想を述べると、この映画は 実に良く出来ている点がいくつかあると思う。

まず、警察官の取り調べ風景だが、これが実にリアル^^
「大森南朋」が演じた刑事が 最初から結論ありきで行う事情聴取の様は、あまり言いたくは無いのだが、何度も事情聴取の経験のある私には 今まで見てきたどんなドラマや映画の同様のシーンよりも この映画のシーンが最もリアル。
(注1:事情聴取の経験は数え切れないが 私は服役はおろか拘置された経験は無い。^^;)
(注2:私の場合は痴漢など猥褻行為の罪名で事情聴取を受けた事など無く、
からんできた酔っぱらいを殴り倒した事による傷害でだ^^;)



留置所の様子も 今まで見てきたどんなドラマや映画の同様のシーンよりも この映画のシーンが最もリアル。
特に、

留置された直後は小生意気な態度だった留置係の警察官が 釈放が決まった途端、手のひらを返した様に親切な人になる様は 決してコメディタッチとして挿入されたフィクション・シーンでは無い…と、指摘しておきたい。
逮捕され、留置されると通常3日以内に検察官の取り調べを受け 余程の場合を除いて、裁判所に送られ 10日間の拘留延長手続きがとられる。
この映画では 検察庁への出頭で1日、その翌日に裁判所…という流れになっているが、これは自治体により状況は異なり、私の知る例では 1日の間に検察庁から裁判所へとまわされたケースの方が多い。
ついでながら、どうでも良い事を付記しておくと…
検察庁での取り調べは半日以上かかるため、被疑者達はその日の昼食を検察庁内の留置所で取る事になるわけだが、この映画では被疑者全員が同じパンを支給されていたが、自治体によっては それぞれが留置されている警察署から 送致される被疑者の弁当を それぞれの警察署が昼食のまかないを契約している業者(弁当屋)から持ち込んで食べさせているところがある。
そこで実際に見た光景を言えば 警察署毎に待遇が明らかに違う事を、それぞれが支給される昼食の予算や内容を見ると一目瞭然となる。
で、実際に見た例で言えば、警察署Aではコンビニで350円程度の「海苔弁当」、警察署Bでは450円ぐらいの「幕の内」、警察署Cは「おにぎり2個とパック牛乳」という具合。
警察署Cから送致されてきた被疑者は「おにぎり」を食べながら 警察署Bから送致の被疑者達が「幕の内」を食べているのを眺めさせられる事になる。
ゆえに、その自治体のヤクザ連中達は
「どうせパクられて留置されるなら警察署Bの管内にしとけ」
と、真面目な話として言われている事実すらある。^^;

さて、基本的に弁護士に知り合いを持たない人物が被疑者となり 留置された場合、当番弁護士という国選弁護人を呼んで貰う権利がある。
が、警察は 基本的に早いタイミングで弁護士が現れるのを嫌う傾向があり、
「国選弁護人を呼んでくれ」
と頼んでも 忘れたフリをしたり、「弁護士さんも忙しいらしいから…」と平気でとぼけ、弁護士が現れるまでに自白供述を聴取しようとする。
また、弁護士も 刑事事件の国選は弁護士報酬が低い上に 法廷書面の作成等の手間ばかりかさむケースが多いのでなり手が少ない…という現実もある。
ゆえに、弁護士に知古が無く 突然、逮捕された司法の現実を知らない無実の人にとっては 蟻地獄の様な状況となり、冤罪へと発展してしまう原因ともなる。
この映画において 当初、接見に現れた国選弁護人が 仮に(痴漢)をやってなくても進んで「やった」と自供し警察や検察に抗う姿勢を示さなければ 5万円の罰金で釈放となる…という様な旨を述べるシーンがある。
ここも何気に見逃してはいけない含みがあるので補足しておくと 現実的には余程の常習犯とか、被害者に怪我を負わせる様な悪質さが加味されて無ければ 警察官や検察官も
「どうせ罰金刑なんだから…」
と言う風に 事件を軽く扱い、犯人とされる人物が「もしかしたら犯人じゃ無いかも?」なんて事は面倒くさいかの如く、まったく考えず、取り合おうともしない点があり、その上で弁護士も 長い時間をかけて争う事より、「とりあえず」ハイハイで終わらせた方が得…みたいに思っているのが多いという事だ。
これは社会正義という観点から言えば やってない犯罪を認める必要なんか絶対に無い…というのは 本来の意味で「当たり前」の事。
けれども、裁判で争う事によりかかる時間と費用 それに場合によっては、訴えられた…とか、逮捕された…というだけで犯罪者とされてしまう現実の風潮を考えれば…という部分を どう考えるか?という事だ。

第1回後半のシーンに 裁判官が弁護士と検察官に
「次の公判なんですが…」
と、予定を打ち合わせるシーンがある。
実は このシーンも今の司法制度が抱えている大きな問題点のひとつを如実に表しており…
というのは、現在 公判検事と呼ばれる裁判に臨む検察官と 裁判官の数が、裁判の数に比べて とても少ない現状がある。
例えば、一説には裁判官は一人あたり常に百件以上の裁判を同時並行で抱えていると言われており、検察官も ひとつの事件にかかりきりになっているのでは無く数十件以上を同時に抱えている。
その為、最低でもひとつの事件で数回は開かれる公判において 1回々々の間隔が1ヶ月以上空いてしまう事になり、ひとつの事件の審理に関しても 殆どが書面による記載事項の検討で殆どが費やされ よくドラマで見受けられる様な、検察官が再捜査を行うとか、裁判官が立ち会っての現場再検証なんて事は 余程の事が無い限り起こり得ない。
つまり、理論上では 逮捕後、約3週間のうちに起訴されるか否かの手続きが選択され、起訴された場合は速やかに裁判になるはずなのだが、実際には起訴されてから第1回公判のスケージュールが空くまで1ヶ月半から2ヶ月近く待たされる為、その間約3ヶ月が保釈を認められない限り留置、もしくは拘置される事となる。
そんな司法の現実を思えば 弁護士が「敢えて認めちゃうのも選択のひとつだよ」ってな感じでアドバイスせざるを得ない…という事を責める事が出来ないのも現実なのだ。
では、この映画の事件の場合 どうすれば逮捕されずに済んだのか?という点を愚考すると…



ホームで騒ぎになり、駅員室に行った際に現れた目撃者の女性を しっかりと確保して証言を駅員や警察官の前でしてもらう事…だったのだ。
後に、裁判の中で 運良く、この証言者が再び登場するけれども 裁判になってしまってからの証言と 逮捕されるか否かの間際の証言とでは 実は意味合いが大きく異なるからなのだ。
つまり、駅員からの連絡を受けて警察官が身柄を確保に現れた時 利害関係のない証言者がいた場合では さすがに警察も最初から犯人と決めつけたりはしない。

こんな場面には簡単にいかなかったと 私は思う。
さて、ここまでは社会背景的な部分を語ったので、ここからは 映画のドラマとしての感想を述べると…
私は 今までに何度も「小日向文世」ヒャッホイである事を公言してきた。
だから、これから述べる事も「また、ブタネコの小日向ヒャッホイがはじまった^^;」と思うなら 勝手に思って頂きたい。

当初の裁判官は もしかしたら無罪判決を出してくれるかも…という雰囲気を醸した人物であり、それは




このシーンの彼の台詞に 彼の裁判官としてのスタンスが如実に示されている。
で、見落とされがちだと思うので 敢えて指摘しておくと このシーンにおいては静止画ではピンボケで判り難いかもしれないが

背後の「小日向文世」の仕草と表情に 映像を見る場合は是非、注目してみて頂きたい。
「呆れた様な笑みとため息」
私には そう見えたからだ。
そのリアクション一発で 裁判官としてのスタンスが全く違う、以降のシーンを意味づける効果を充分に発揮しているわけで

一見、真摯な人物に見え…

時には柔和な雰囲気も見せるが…

冷徹さを見せた時のメリハリは 彼ならではの秀逸な演技だ。
ゆえに、ラストにおけるインパクトや 裁判というモノの実態を描こうとしたこの映画の最大の成功点は 後半の裁判官役に「小日向文世」をキャスティングした事と、導入部の刑事役に「大森南朋」を起用した事と

実にありがちな公判検事役を見事に演じて見せた「尾美としのり」の起用。
この3人のキャスティングが作品の出来を決めたと言って過言では無いと私は確信する。
で、ここまでは褒め放しだったので 最後に一点だけ、苦言を呈しておきたい事は…
判決文朗読のシーンの中で 事実認定を述べる部分についてのみ、映像の表現は実際の法廷に極めて近いリアルさなのは認めるが、作品全体を もっと判りやすく意味付ける為にも 台詞をもっとゆっくりと、かつ、少しで良いから一般人にも判りやすく、かつ、もっと具体的に説明する長さにして欲しかった…という点である。
が、それはともかくとして この映画は実に現実を巧く描いた作品だと私は思った。
