● 三本指の男(本陣殺人事件:片岡千恵蔵版)
1947年に公開された東映映画「三本指の男」がWOWOWで放送されたので見た。
【おことわり】
この記事の記述には横溝正史:著「本陣殺人事件」に関するネタバレが含まれております。
もし、まだ原作本を未読の方は この記事を読まず、原作本を先に読まれる事を強くお薦めします。

この映画の存在を知った時、私は 何故「本陣殺人事件」という原作のタイトルが映画では「三本指の男」とされたのか不思議に思っていた。
で、この映画は

娘の婚礼を間近に控えた「久保銀三」(金田一耕助のパトロン)の家に

「金田一耕助」(片岡千恵蔵)と

「白木静子」(原節子)が訪れる場面から始まり、この二人がはじめてここで出会う…という設定描写が描かれている。

格式高い地方旧家の一柳家では 後継家長である長男の嫁に関して久保の娘では…と、反対する家族も少なく無い中で…

新郎である長男は 久保の娘との結婚を挙行するのだが…





そんな長男と久保の娘は 新婚初夜の晩に惨殺死体となり…

久保の報せで 金田一耕助が呼び寄せられる。
…という冒頭の流れは 「白木静子」なる人物が原作には登場していない点を除けば、概ね原作を踏襲してはいるのだが…


登場した金田一が あまりにも颯爽としており、懐から名詞を出すに至っては… が、まぁ、それもどうでも良い と、言うか そんな事は全てどうでも良いと思える大事件が別にある。^^;
というのは、ある意味 原作通りに


婚礼の直前 顔に大きな傷を持ち、浮浪者風の三本指の男が現れ 村人に水を貰い、意味ありげな言葉を残して立ち去り…

一柳家周辺をうろついていた…などの証言と 犯行が行われた部屋に残された3本指の血痕により この3本指の男が重要参考人となるわけだが…

映画の終盤、真犯人を追い詰める金田一が発した言葉が…

「あの三本指の男は 私(金田一)です」
工工工エエエエエエェェェェェェ(゚Д゚)ェェェェェェエエエエエエ工工工
そうなのだ、「三本指の男」=「金田一耕助」=「片岡千恵蔵」だから 映画のタイトルも「三本指の男」になったに違いない。^^;
…っていうか、「三本指の男」=「金田一耕助」ならば 根本的に事件が起きちゃマズイ事は 原作を読んだ方々なら御理解頂けるよね?
にも関わらず、

事件が終わった後、金田一耕助は白木静子と 上の画の様に汽車に乗って去っていくのだ。
こんなの 許せるか?

ちなみに、「白木静子」というキャラは 聡明な女性で、金田一といろんな意味で良い関係みたいな設定で それを演じた「原節子」は幻の名女優と後に呼ばれる程の人気者
で、この映画が公開された1947年と 終戦から数年しか経ておらず、こんな言い方を想像で申し上げるのはしのびないが、横溝先生も、映画会社も 皆、復興に向けて頑張っていた時代だから 原作に対して映画の筋書きが…なんて事は 言ってられない状況でもあったんだろうなぁ…と、思えば カンカンに怒って文句を言う気は無く、むしろ 今の時代としてネタ的に笑わせて貰おうと思うばかりなのだが…
作家として 自分の作品をこれだけ曲げられたら 横溝先生は不愉快に思われても当たり前の事だと思う。
けど、横溝先生は 御自身のエッセイ「真説金田一耕助」の中で「三本指の男」という風にタイトルが変更されたのは
『小説の題としては殺人という言葉は許されても、より大衆的な映画の題としておだやかならずというのが、GHQ(占領軍司令部)の意見』
と、江戸川乱歩を通じて知り、苦笑したと述べておられ
同じ江戸川乱歩からのアドバイスもあって
勝手に原作をゆがめられても立腹せず、唯々諾々、仰せごもっともで通している。
その代わり気に入らなきゃ見ないまでと腹をすえている…
とも、述べておられる。
この御言葉は 今日、ブログを楽しむ者として どっかの匿名掲示板との関わりに そのまま当て嵌まる金科玉条として 先生の御言葉を大事にしたいと思う次第だ。
