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2007年07月19日

● ソフト会社のI


喫茶「職安」関連の話として とあるソフト会社の副社長だったI氏との話を語ってみる。




いわゆる、大学を卒業して 真っ当に就職した先を辞め、札幌に戻った私に 喫茶「職安」の常連さん達は


「子供を二人抱えたパパが稼ぎが無いんじゃ話にならんからな」


と言って、常連さん達が金を貸していたり、再建を手がけていた3つの会社に それぞれの会社のお目付役として私を就職させ 私は順繰りに3つの会社を巡ってはお目付役と言うよりも常連さん達と3つの会社のパイプ役として 気儘な日々を過ごしていた。


その3つの会社のうちのひとつが 当時、OA化促進の波に乗り、急成長を遂げながら、ハードウエアの進歩について行けず、経営が急速に悪化したソフト会社があり、私が もともとシステムエンジニアだった事もあって 他の2社に比べて、私の接し易い会社でもあり、ゆえに その会社で過ごす時間が多かったのだが…


元々、その会社は大学の同窓生4人が「就職活動をするぐらいなら 自分で会社を作っちゃえ」という流れで起業し 時流に乗って発展した会社で、創業者4人のうち2人は 会社の景気が最も良かった時期に「ある程度、資産が出来たから 別の夢を追いかける」なんて理由で退職しており、創業者である社長と副社長の二人だけが会社の舵を取っていたのだが、営業や経営面は社長のH 技術面は副社長のIの担当とすみ分けがキッチリとされていたのだが、H社長がある時期から放漫になってしまったのが業績悪化の最大の原因だった。


で、某銀行の支店長が 自分の支店からの融資の焦げ付きを恐れ、内々で喫茶「職安」の常連達に相談し 運送屋のNと呼ばれた人が「良し」と判断して支店からの融資を半分肩代わりすると同時にソフト会社の株の49%を預かり 株主としての発言権も確保した上で再建のテコ入れをしていたわけだ。


そんな状況だったから、運送屋のN氏の指示で 私がソフト会社にそれなりの肩書きで送り込まれるのをソフト会社は拒絶できず、しかしながら内心では私の存在は好ましいものでは無く、特に 創業者の一人で技術面の長だった副社長のIが 最初から私に喧嘩腰の姿勢だったのは 私としても内心、理解できたし同情もしていた。


そんなある日の事、社内合理化の会議が大荒れとなり 運送屋のN氏と副社長のI氏の意見が真っ向からぶつかり、最後には二人とも喧嘩腰…となった。


その為、会議は収拾がつかず 私が強引に「翌日改めて…」と仕切って その最初の会議を打ち切ったのだが、N氏は血圧があがったせいか、翌日以降の話し合いを全て私に任せて会議には出ず、頭が冷えて冷静になったH社長とI氏は 二度と言葉を荒げる事もなく円満に合意が成立したのだが…


後日、私とI氏が二人だけとなった折りに交わした会話は


「ブタネコ君、君は良いなぁ… Nさんみたいな金持ちがバックにいて、ほんと恵まれていて羨ましいよ」


普段だったら嫌味にしか聞こえないIの台詞だったが、その時は 何故か、最初から愚痴に聞こえたので腹が立たなかった。


「それに比べて 俺は裸一貫でこの会社をここまでにしたのに、それも 間もなく失っちゃうんだ」


寂しそうで、かつ、悔しそうにIが言った。


「失うとは まだ決まって無いでしょ?」


私が そう言うと


「いや、Nさんの言う事を全部聞いてしまったら この会社はもう俺やHのモノでは無くなるよ」


と、Iが言った。


「ねぇ、Iさん 根本的に、そういう判断基準に問題を私は感じるんだけど…」


「ん? 何が?」


「Hさんや Iさんが好きな様に経営した結果、業績が悪化し Nさんの登場となったわけで、

 アナタ達が何も間違っていなければ Nさんの登場とはならない…

 つまり、”アナタ達のモノ”のままでは会社は潰れ、社員は路頭に迷い、取引先には大きな迷惑がかかる…

 それを度外視してNさん批判は違うんじゃないの?」


普段だったら怒り出したはずのIは その時ばかりは苦笑しながら


「そうなんだよね、それは充分 判っているんだ」


珍しく殊勝なIと その時に長い時間、雑談を交わしたのだが 今、思えば私にとって その時の会話の内容は その後の私の為にはとても意味のあるモノになった。


と言うのは、会社を ひとつの団体、というかチームだと置き換え 団体競技のスポーツに例えるならば、大抵の団体競技の場合 チームにはオフェンシブなプレイヤーとデフェンシブなプレイヤーの双方が必要であり、その両者のバランスや阿吽の呼吸が チームの総合力を測る上で重要な要素となる。


会社の場合を大雑把に言えば 商社とかサービス業の場合、「営業」部門と総務や経理といった「管理」部門 それにメーカー系の場合であれば「生産」部門や「開発」部門がある。


つまり、会社の業績において最も重視される「売り上げ」の数字に直接関わるのは「営業」部門だが、「営業」部門が営業に専念するためには後方支援的に「管理」部門の役割が重要であり、「開発」部門がより売れる製品を研究開発し、「生産」部門が商品を作る。


この一連の役割が重要なのは子供でも知っている事なのだが、何故か多くの人は 自分が属する部門の事しか知らず、考えず、他の部門の事を知り、考えようとしない。


極端な例で言えば、開発部門の人は 研究開発する為の「期間」や「予算」を多く欲しがり、「営業」部門は「金を稼いでるのは俺達だ」という自負が悪い方に作用し、管理部門は社内の無駄を省く為に必要以上に神経質になり… その結果、各部門が対立したり いずれかの部門が全体の足を引っ張り「お荷物」となる。


このソフト会社の場合、最大の欠点は 創業者4人が大学を卒業と同時に起業した為、一般的な会社の内実を理解しておらず、その上 4人とも基本的には技術者だったから、営業的な要素や 会社の管理部門を理解していなかった事にある。


たまたま最初に作ったソフトが好評で 予想以上に売り上げを伸ばし、ソフトのバリエーションを膨らませる形で2本目、3本目と開発したソフトも売れた為、ほんの数年で数十人の社員を擁す会社になったが、社員は皆 若く、特に問題だったのは経理部門のエキスパートが一人もいなかった。


ゆえに、社内財務の把握がおろそかになり 経理上の無駄や、長期的な資金管理もおろそかになり、ちょっとしたバグにより 販売ソフトの売り上げが滞った瞬間に、簡単に資金繰りが悪化したのだ。


20代後半の年齢で 年商数十億の会社の経営陣となる…ってのは たいしたものである事は間違い無い。


でも、人というのは ただ、無駄に年齢を重ねるわけでは無く、重ねた年齢のぶんだけ「経験」という目に見えない知識を身につけるわけで 逆に、経験が無ければ どんなに才能に恵まれていても成果には表れない事が沢山ある事も理解しておかなければならない。


I氏と話していて 私が最も強く感じたのは その事だった。


これって 難しい事を言ってる様に思われるかもしれないが、身の回りの当たり前の事でもあるのだ。


例えば、本屋に行けば「美味しい漬け物の漬け方」なんて本が沢山売っている。


そんな本を一冊買ってきて 本に書いてあるとおりに漬け物を漬ければ 僅かの期間で それなりに美味しい漬け物を作る事が出来る。


けどね、それは「それなり」に美味しい…という程度であって「心の底から美味いか?」と、問われれば 必ずしも「美味い」とは言えなかったりする。


保管場所の状況や 野菜の状態、いろんな状況・条件により味は変わるのだ。


だから、「前回よりも塩を多めにして…」とか「もうちょっと早めに食べてみよう」とか いろんな試行錯誤を繰り返し、その結果 何年もかかって初めて「こりゃ、美味い」という味になる様にコントロール出来る様になる。


つまり、試行錯誤の間に費やす時間や 時には無駄になってしまう材料費は 経験を積む為の授業料と考えれば決して無駄では無く、費やした時間は 必要な修行期間だったと言える事になる。


若者は ついつい「俺は何でも出来る」と思い、時には年配者を馬鹿にする傾向がある。


実際、私も大学を出たての頃はその一人だったし、情報処理なんて 年寄りのいない業界に就職した事もあって 実はI氏の事を笑える身では無かったのだ。


たまたま、喫茶「職安」という関係で 私は債権者側の人間として、I氏は債務者の一人として異なる立場になっただけの事なのだが、その関係の違いが いろんな意味で異なる事にあらためて気づかせて貰ったのもI氏が最初だったのだ。


その後、数回の会議を経て 営業部門の支店や人員を大幅に削減し、技術部門に対しては製品開発の方向性を修正する事で ある程度、業績は回復したが その時にはH社長とI副社長は既に会社を去っていた。


それから数年の間に ある程度の目処がついた時点で私は そのソフト会社の非常勤役員となり、実質はいくばくかの報酬は貰うけど 用が無い限り、その会社に顔を出す事が無くなり、新たに喫茶「職安」の常連達から命じられた 別の再建会社に出向いたり、債権回収の仕事を本格的に携わる様になって 国内のあちこちを飛び回る様になっていたのだが…


そんな最中の たまたま関西方面に出かけた時の事、偶然に大阪の伊丹空港でI氏と数年ぶりにバッタリと再会した。


「久しぶりだねブタネコ君」


話しかけられた最初、相手がI氏だとは全く判らなかった。


I氏は すっかり痩せ細り、肌の色も黒ずんだ土色と悪く、まさに骨と皮…みたいな顔に変わっており、話しかけてきたI氏の顔は まさに骸骨が喋るかの如き。


ビックリして声も出せずにいた私に 


「会社を辞めて直ぐに糖尿が発症してね…

 すっかり悪化しちゃって このザマだよ 判らなかったでしょ?」


と、ガイコツが笑った(そう見えた)


そして、スーツ姿の私を見て


「ブタネコ君、君は 何処かへ仕事に行く途中かい?

 そうか、相変わらず 頑張ってるんだねぇ…


 僕は つい先日、医者から肝臓が完全にイカレていて

 殆ど、末期癌同様だと言われたもんだからさ…

 死ぬ前に行っておきたい何カ所かの場所に赴く途中なのさ


 いやぁ、そんな時に 偶然とはいえ君に会えたのは ただの偶然とは思えないなぁ…

 もし、良ければ そこの喫茶店でコーヒーぐらい付き合ってくれないか?」


そう言われて 私は急ぐ旅でも無かったから、快く喫茶店に同行した。


「なぁ? ブタネコ君

 君に こう言うと負け惜しみに聞こえるかもしれないけど…


 あの時、あのタイミングでNさんにソフト会社を取り上げられたのは、

 僕にとって 結果的には良かったんだな…って 今は思えるんだ。


 Nさんはね 僕や社長だったHが会社を辞める時、

 僕たちが持っていたソフト会社の株を 通常の条件よりは少し高く買い取ってくれたんだ。


 おかげで、元々、僕は派手な暮らしでは無かったから 今でもその時の金で過ごせているんだ

 この事については 機会があったらくれぐれもNさんに礼を言っていたと伝えて欲しい。


 でね、会社を辞めた直後は 正直、悔しくて自分でも荒れてたなぁ…って思う時期もあったけど、

 ある時、ちょっとした事があって それ以来、考え方が変わってね…


 人生ってさ、限りある生涯を 有意義に、しかも楽しく過ごさなきゃ駄目だな…って思ってね


 もっとも、そう気づいて間もなく 糖尿だ…、肝臓だ… って身体がイカレちゃって

 実は俺の寿命は はるかに一般平均より短かったんだ…って判って^^;

 だったら、もっと早くから有意義に、しかも楽しく過ごしていれば良かった…なんて、

 少し後悔したりもしててね。^^;


 けっして嫌みで言うつもりじゃなくて、ねぇ? ブタネコ君


 僕が会社を辞める少し前、会議の最中に…

 僕とNさんが大喧嘩になった時、君が間に入って取りなしてくれたのを君は覚えているかい?


 今だから正直に言うけど あの時、僕は君が大嫌いでねぇ…

 俺より年下のガキが たまたまNと何かの関係だ…って理由で偉そうに…なんて思っていたんだよ


 でもさ、後になって思えば それは僕やHが、社会の大人達から同じ様に思われていたんだな…なんて判って

 ブタネコ君の事を どうこう言える立場じゃ無かったんだな^^;


 結局、たまたま運が良くて 同級生達よりもはるかに早く、沢山の収入を得て 浮かれて何も見えなくなっていたんだ


 だから、もし、君があの時の会議で取りなしてくれなかったら 僕はNさんにもっと酷い事を言ってたと思うし、

 もしかしたら物を投げつけたり、殴りかかっていたかもしれず…

 少なくとも、辞める時に温情かけて株を 良い条件で買い取っては貰えなかったはずで…

 今の様に安穏と過ごす事は出来なかったんだ。


 そう、思うとね 君には本当に詫びなくちゃならないし、礼も言いたかったんだ。


 だからね、余命いくばくもないこんな状況で 君と まさか、会えるなんて事は ただの偶然とは思えないんだ」


その後、2時間近くIさんが訥々と喋る話に付き合い 彼の乗る飛行機の時間が近づいたおかげで我々は別れ、その後、今に至るまで私はIさんとの音信は無い。


彼の様子から察するに その後、I氏が数年以上生存していたとは思えないから、おそらくは とっくに旅立った事だろうと思うので あらためて御冥福を祈りたい。




さて、私は I氏との自慢話や美談を語りたくて この記事を記述しているわけでは無い。


私は このI氏との関わりの中で 今まで、誰にも言えず自分の心と記憶の中だけにしまってきた事がいくつかあり、いい加減 それを吐露して楽になりたいと思ったから記述しているのだ。


まず、I氏が感謝してくれた喧嘩の取りなし… これには言えなかった理由がある。


私は その日、嫁から出来るだけ早い時間に帰宅する様に乞われていたのだ。


その日は姪の誕生日で みんなでお祝いをする予定


にも関わらず、会議は紛糾し 延々と長引きかねない様相を呈したから、実は内心


「この会社が潰れようが知ったこっちゃ無ぇんだよ!!!

 俺は大事な姪のお誕生日をお祝いしに帰りてぇんだバカヤロウ!!!」


そう煮えくりかえりながら


「お互い、冷静に ねっ!!

 一晩、頭を冷やして 明日、あらためて話し合いましょう」


と、とっとと(しかも、強引に)切り上げさせただけの話なのだ。^^;


単に自己都合で とっとと帰りたいが為にとった行動が 数年後、死を間近に迎えた人物から美しく誤解されての感謝の言葉を聞きながら 心の中で「Iさん 実は、そりゃ違うんだ…」と叫びながらも言葉には出来ないまま飲んだ 伊丹空港の喫茶店のコーヒーは 死ぬまで忘れられない程、苦くて不味かった。


お駄賃

 気が向いたら…で結構です。^^;

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コメント

久々の職安ネタ嬉しく思います。
I氏さんにとったら感謝だったということで、
勘違いでも、いい意味の勘違なので、
その時に告白して、I氏さんさんを
がっかりさせるよりは、個人的に
ブタネコさんが、苦いコーヒーを飲んだ
だけですんでよかったと思います(笑)

★ カルチェ さん

ほんと 不味かったんです。(ToT)

ブタネコさんへ
今日のお話のとっても良いです、起業を目指す若い人に大変参考になると思います。昨今の若い人が求める成果主義と多くのベテランが指示する年功序列主義とのせめぎ合い(経験をどのように評価するか)でもある話に通じますね。僕は成果主義一辺倒も少し疑問を感じていますが、かと言って年功序列の弊害も数多見てきたのでどちらが良いか一概には言えません。又世の中良かれと思ってやったことが反対の結果を招いたり、今日のお話しの様にひょうたんから駒のように意図しない良い結果を招いたり、いろいろありますね、そこが面白い所です。僕は平生の行いが招く結果だと諦めの境地で解釈するようにしています?ですからその当時ブタネコさんは真摯に仕事に打ち込んでいたのでしょう。思うにN氏という方は、影で善行を行うとは、中々の人物です、ブタネコさんは良い先輩達に恵まれていたようですね。

職安のお話しですね。
職安のお話しは、過去ログすべて読みました。
いろいろ深いです。
言った方がいいことと、言わない方がいいこと。
時期によって変わって来たり、一生言わない方がいい場合とあると思います。
多分ですけど、伊丹空港で、もし話してしまっていたとしても、姪御さんに感謝が変わるかもしれませんが、大丈夫だったかもしれませんね。
Iさん本人も、ブタネコさんのことが大嫌いだったと言われてますから…。
いさかいしているその場で言ったら、それこそ大喧嘩でしょうけど…。
しかし、ブタネコさんは、言わない方がいいことと判断されたんですね。
言わなくていいことでも、自分が楽になりたいが為に、時期が来ていないのに、相手に「本当はね」と、話す人がたくさんいます。
相手の為に言うのでなくて、自分が楽になりたい為だけに時期が来ていないのに言うのは、よくないことだと思います。
しかし、よく職安のお話しで言われているように、もう時効でしょうし、本人に伝わることはないでしょう。
Iさんは、結局の所、人生の時間は短かったと思われますが、それなりに、濃く、すてきな人生が送れたと自分で思えていたようです。
それは、いいことです。
今までブタネコさんは、心に秘めることを決めて、苦くて、まずいコーヒーとともに悪いこととして、記憶に刻んでおられました。
しかし、これからは、Iさんのことは、いい思い出に変えてもいいと思います。
ただ、伊丹空港のコーヒーは…。
心情の問題だけでなく、本当にまずかったのですね…(T0T)

何事も家族が優先するのはいいことですよ。。。
げらげら o(^▽^)o げらげら

★ タンク さん

「世の為、人の為」とやってる事が、はたして本当に「世の為、人の為」になっているのか? 気づけばそんな真似をしている自分に酔ってるだけの輩が多い今日この頃だったりしますからね^^;


★ sei さん


伊丹の時は さすがの私でも言えませんでした。^^;

なので、もし言ってたら…というのは 言わなかった以上、考えません。


>自分が楽になりたいが為に、時期が来ていないのに、相手に「本当はね」と、話す人がたくさんいます。


そうですね、多いですね。^^


>本当にまずかったのですね…


ええ、表現する言葉が見つからない程の不味さでした。^^


★ ピエロ さん


ありゃ? 北関東の干物男がなんか言ってるよ?


ひょんなことからたどり着いたのですが(ええ、ホントにひょんな・・・)、味わい深いお話が多く感銘を受けています。

ボタンは当然全押ししました。

またときどき参ります。ありがとうございました。

P.S.
「冗談じゃない!」、日曜ドラマとして私的には当たりでした。この評価は大竹さんスルーかどうかで分かれた気がします。
・・・しかし樹里さん、女性からそろそろ嫌われはじめるかもな・・・と心配もしつつ。

いえ、ひょんなことはいいんです、別に。

それではまた。

★ its さん

はじめまして、コメントありがとうございます。

今後も宜しくお願いします。^^


>「この会社が潰れようが知ったこっちゃ無ぇんだよ!!
 俺は大事な姪のお誕生日をお祝いしに帰りてぇんだバカヤロウ!!!」
そう煮えくりかえりながら
「お互い、冷静に ねっ!!
 一晩、頭を冷やして 明日、あらためて話し合いましょう」
と、とっとと(しかも、強引に)切り上げさせただけの話なのだ。^^;

→おやおや、『風と共に去りぬ』のスカーレットとメラニーと同じ(笑)。
動機(の純粋さ)と結果が何やら違うことはよくあることで、個人的には(笑)。

『風と共に去りぬ』から
>あのひとは、きみを愛している。それはきみが負わなければならない十字架だ
>重荷というものは、それを負えるだけの力のある肩にかかるのだ

★ CYPRESS さん

そんな高尚なもんじゃないですよ^^


【※注意!!】

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