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2007年06月21日

● セクシ-ボイスアンドロボ 考


セクシ-ボイスアンドロボ』に関して 少し、語り足しておきたい




セクシ-ボイスアンドロボ 最終話』という記事の中で


では、このドラマの「柱」って何だろう?


それは見る人によって感じ方が違うので 一概に「コレだ」と特定するのは難しいが、私は 大人びた子供のニコが いろんな事を経験する事によって本当の大人になる… そこを描く事で 大人ぶっていてもガキでしか無い子供と、大人になり切れていない大人へのテーゼなのかな?と私は 最終話を見終えて感じている。

と、私は述べた。


この部分について もう少し具体的に語れ…という意味合いの御要望が3件寄せられたので あくまでも個人的な見解と断った上で コソッと語っておく。


つまり、私が感じた事は 子供と大人の境界線上にいるニコという女の子の心の葛藤や成長の過程を 非日常的な出来事と年齢的には大人でも子供の心のままロボとの対比を通して描いている…という風に感じたと言う事。


もっと、具体的に言うと…


ニコは学校で 時々、本当の自分の気持ちを心の内側に閉じこめて 興味の無い事や、本心と違うと判っている事でも 周囲と同調するフリをする。


何故、そんな真似をするのか?について ドラマの最初の回の方でニコは「自分が仲間はずれにされない為」という様な意味の理由を語っている。


これは ひとつの考え方として「”イジメ”の発端が”仲間はずれ”から始まる事への危惧」という意味であり、「波風立てずに 最低限の平穏を保つためには 必要な妥協」という意味でもある。


その考えは否定出来無いし、そういう考えで行動しているのは子供よりも大人の方が圧倒的に多いのが現実だ。


よく、「もうオニィチャンなんだから 少しは我慢しなさい」と親は子供に言う。


会社に入ったら上司の言う事を聞き、周囲の同僚との和を乱さない様に我慢する…


そういう「我慢」の意味が「波風立てずに 最低限の平穏を保つためには 必要な妥協」であり、「大人な振る舞い」なんて事になる。


フザケンナと怒られる事を覚悟で申し上げると…

私が私の人生の中で そういう「我慢」をした時期なんて 大学を出て入社した会社にいた数年間だけ、あとは そんな我慢なんかクソ喰らえって人生なわけで…


特に、学生の時は 自分で「ワガママだなぁ」と思う事は他人に言わない代わりに、他人に無理して同調するような真似や発言をしない偏屈者だった。^^;


でも、それ以上に ウチの嫁はもっと徹底した人で…^^;


嫁の場合は 彼女なりのちゃんとした理由がある。


それは「世界の中心で、愛をさけぶ」に関する古い記事の中で いろいろと触れた事だが、中学からの親友で同じ高校に進んだ女の子が 高校1年の入学して間も無い時に白血病を患い 高校2年の時に他界した事による。


日毎にやつれていった「亡き友」を毎日の様に見舞う日々、同時に 入院している級友を日毎に忘れていく健康なクラスメート達… そのギャップが広がっていくのが嫁には許せる事じゃ無かったんだな。


だから、高2になった時、嫁はクラスで完全に浮いていた。


だって、嫁自身が そんなクラスメート達を友達なんて思っていなかったし、時には憎ましいとすら思っていたのだからだ。


セクシ-ボイスアンドロボ 最終話に


セクシ-ボイスアンドロボセクシ-ボイスアンドロボ

転校してきた女の子が ニコと対照的に「私は私」を貫く描写がある。


セクシ-ボイスアンドロボセクシ-ボイスアンドロボ

セクシ-ボイスアンドロボセクシ-ボイスアンドロボ

募金の主旨などそっちのけで、「他のクラスに負けたくない」と強制する募金に ニコは波風を立てないようにお金を入れ、転校生は拒否する…というシーン。


これを見て まさに「あの頃の嫁だ^^;」と思った。


無免許運転の彼氏のバイクの後ろに乗り、バイクごと転倒して怪我をした同級生の女の子に御見舞のカンパを求められた時、「カンパなんかして甘やかす必要なんか無いわよ」とニベもなく断った嫁。


それ以来、彼女はクラスの女子達から「自分の事しか考えない奴」呼ばわりされたのだ。


でもね、そうじゃないのだ本当は。^^;


「亡き友」が入院していた時に 誰一人見舞いにも来ず、そのくせ「亡き友」が亡くなってしまった時に いかにも「仲良しでした」というフリで葬式場で泣いていた同級生達を


「あいつらバットで殴り倒したい」


と、怒っていたのだ嫁は。


だから、私に言わせれば 他の女子生徒の方が「自分本位」に思えたけど、民主主義を多勢に無勢と解釈する多くからは孤立する結果となる。


生きたくても それが許されなかった友人の葬式で とってつけた様に、ともすれば嘘泣きみたいな真似をしている連中が 自分の不注意というかマヌケさで バイクでコケて怪我したからって なんで、可哀相ぶってやらなきゃいけないわけ?… それがその時の嫁の真意なのだ。^^;


本当に友達なら わざわざ友達ぶる必要は無い。


自分の心に嘘を付き、上辺だけ表面を取り繕ってまで 友達のフリなんかする必要なんか無い。


そういう信念が高校2年の時に 嫁に出来上がっていたのだ。


だから、本当に大変だったのは そんな女の子と付き合っていた私だ(ToT)


時には クラスメートの女の子達を「まぁ、まぁ、」となだめ、それでも四の五の言うようなら「虐めるぞコノヤロウ」と 脅し 説得したものだ。


最近、「いじめ」を題材に盛り込むドラマや映画や小説の多くは「孤独」という部分にスポットあてる事が多く 孤独を怖れるが故に徒党を組んだり、個では多勢に立ち向かえないと殻に閉じこもる子供の姿を描く


それに対して私が指摘したいのは ただ、そんな姿を描いただけで「”イジメ”を語った」なんて描き方で終わらせてしまう制作姿勢であり、それらと「セクシ-ボイスアンドロボ」との違う点は ニコという女の子のモノローグによって ニコの内面での葛藤を描くと同時に 一歩も二歩も踏み込んで「こういう考えもある」と一案を示している点にあると私は思う。


私見として私の解釈を述べれば…


本当に大事で必要な存在は 人生の中で数人しかいない。


誰からも「良い人」とか「普通の人」と見られようとしても その為にする努力や我慢は意味が無い。


最低限のマナーを守り、自分に誇りがあれば 必要以上に他人の目を意識したり、気にする必要なんか無い。


誰かから虐められ それに悩んで自殺を考えるぐらいなら、自殺する前に 虐めてくる相手を まず、半殺しにしてみるのも一興と考えてみたら如何だろう?


ついでながら申し添えておくと…


「自殺するんだから 殺しちゃえ」


ってのは駄目だよ^^


それじゃ、相手を簡単に楽にしちゃう事になる。


生きてる方が 楽しい事も多いぶん、辛い事だってたくさんあるのだから、半殺しで生かしておいて 辛さを味合わせてやらなきゃね。^^;


ま、こんな事を言うと「暴力は絶対駄目」という考えの人からは乱暴な意見だと私は怒られるだろうけど、ブタネコは そんな奴なんです。




さて、余計な話はおいといて…


セクシ-ボイスアンドロボ

ニコは どうして霊が見えていたんだろう?


霊感話好きの方なら「子供の時はピュアなぶん 霊感が強いのよ」なんて解釈になるのだろう^^;


まぁ、全面的に その意見を肯定する気は無いけれど、少年の心のままのロボには見え続けている…という部分にも その解釈は通じるものがある。


と言う事は、ニコがルリちゃんや三日坊主の姿を見れなくなったのは 心が成長して大人になったからなのか? それともピュアさが欠けてしまったからなのか?


「何が、どのように成長したのか?」


「ピュアの境界線って どこ?」


「セクシ-ボイスアンドロボ」というドラマが 特にニコのモノローグを通して、結果的に視聴者に それを考えさせたのでは無いだろうか?


ゆえに、視聴者は 考える事によって、自分が子供から大人へと変化した時期を思い返し、副産物として その当時のノスタルジィに…


そう考えると、この「セクシ-ボイスアンドロボ」というドラマの制作者達の それが意図か否かは別として 有意義な時間をありがとう そう、私は制作者達に御礼を申し上げたいと思う次第だ。


お駄賃

 気が向いたら…で結構です。^^;

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『セクシーボイス…』関連の記事

コメント

過激な記述もありましたが、概 同意見です。
このドラマは今クールのドラマで一番良かったと思います。
この木皿泉さんの「すいか」のときもそうでしたが、そのまま見ているだけでは
伝わらない部分がたくさんあります。 だから、視聴率が悪いのか?・・・

大人でも子供でも同じことではあるのですが、このドラマもいいたことを少しでも多くの人に
理解していだけたらと思います。

奥さんのくだりとピュアのくだりはつながるのではないでしょうか。
だから見えなくなったのでは・・

また、面白い意見を楽しみにしています。

確かに、いろいろ考えさせられる所が多かったです。
「私は、私」と生きて行くことはとても大変です。
ニコの学校に来た転校生の態度と、ニコが考えていじめられないためにはと忠告したこと。
生きていく上では、ニコの最初の考え方の方が楽なのですよね。
「私は、私」を貫くためには、理解してくれる人が側にいてくれないと押しつぶされてしまいます。
私は、中学の時と、高校の時にその時一番仲の良かった子に裏切られて仲間外れにされました。
仲間外れになっている間にも、私を理解してくれている人がいたから、なんとかなりましたが、本当に一人になっていたら耐えられたかは分かりません。
耐えたといっても、性格的にはかなり捻じ曲がってしまいました(^^;)
もともと曲がっていたものが、もっとぐるっと…。
まあ、そういう経験を踏まえている上で、ニコが、「バテレン、レンコン、トマトハマックス!」と勇気の呪文を唱えながら自分の意見を言い、転校生という本当に理解してくれる友人を見付けることが出来たことがとてもうれしく思いました。
ブタネコさんの言うようにこういうやり方や考え方もあるよと示しているように思いました。
そして、ロボもニコにとっては、一番の理解者だったのではないでしょうか。
本当に理解していてくれている人は、いくら会わない時間が長くなってもいつかまた会うことが出来れば、なんのわだかまりもなく、話しが出来ます。
その未来の姿とも見えるものも、映像で現されていて、考えさせられました。
ブタネコさんにコメントの返信でいただいたように、10年、15年先にこの二人の主人公が成長した姿で、続編というものも私も見たいなと思いました。
それと、ドラマのことではありませんが、暴力は駄目だとは思いますよ。
しかし、ブタネコさんの考えていることは、理解出来るし、間違っているとは思いませんでした。
ん~。
でも、暴力ではなく、きちんと自分が悪いことをしていると理解させることが出来ればいいと思います。
大体、いじめている側は、相手が悪いと思っていじめていることが多いですから、悪いことをしている意識なんかないんですよね。
奥様があわれたように、「自分のことしか考えてない」人だから、嫌な態度をとってもいいんだと理由付けをする。
実際話し合いとか何もなく、一つのことを見て悪いと決め付けて。
だから、自分達は悪くない。いじめられても当然となって行くのですよね。
でも確か、姪御さんの方だったかな?(間違っていたらすいません)
いじめをうけている子が、気に入らない理由があるから、助けはしないけど、いじめる側には入らない。
とされたのですよね。
こう出来るということはすごいことだと思うのですよ。
同情とか、偽善で助けられたって、本当の友達になれる訳でもなく、表面だけなら意味なんかないのですよね。
しかし、それが、いじめられる原因になる。
これが、一番おかしいと思います。
それこそ、暴力に訴えてでも、悪いと分からせてやれと思ってしまいます。
あれっ?暴力賛成になってしまった…。
というように、ブタネコさんはきちんと過去にいろいろあって、そういう考え方になっていると思うので、理解出来てしまうのです。
でも、基本的には、どういう理由があっても、陰湿ないじめをするのではなく、そして、暴力に訴えるのではなく、きちんと話しあう。
それでも理解出来ないのであれば、周りを引き込むのではなく、個人として、仲良くしない。
というように出来ればいいと思います。
理想論ですが、私の考え方です。
それと、奥様にしろ、姪御さんにしろ、ブタネコさんという味方がいてくれたからこそ、自分を貫けたのだと思います。
偏屈と言われようと、ブタネコさんは、それで理解されるやり方をして来たのでしょうから、誰かからみたら間違っているかもしれませんが、回りの方が理解しているので、それでいいのだと思います。
なんだか、長文乱文になってしまい失礼しました。

…どうもありがとうございます…
なんかブタネコさんのコメント読んでて朝っぱらからボロ泣きです…。:゚(。ノω\。)゚・。
…病んでるのかな…私…(´-ω-`;)ゞポリポリ
前にも『セクロボ』のトコロに〝このドラマの感想を言葉に表せられない…〟って書いたんですけど…結局ダメで…
でも、ブタネコさんの文章読んでて コレなんだっ! って思いました(*´ω`*)
ただ私は文才が無いためにブタネコさんのように書けず…人に こんなにいいんだよ♪ って伝えたいのに伝えられずにドラマは終わってしまい…_| ̄|○ダメだな私…
大好きだからこそ下手なことは言えない…けど伝えたい…けど上手く伝えられない…  
自分もちょこっとしたブログの様なモノで映画とかドラマとかの感想を書いてるんですけど、思い入れが強い映画やドラマほど書けないんです…( ┰_┰) シクシク
みんなに伝えたいのに… 裏のクソ面白くない番組観てるんだったらコレの方がいいよ!! って…

『セクロボ』…本当に大好きなドラマでした!  これと同じスタッフで作られた『すいか』も大好きでしたし♪
心にキュンッってくるんですよね…ロボの子供のような笑顔やニコの汚れてない心と言葉が…

ブタネコさんは洋画はご覧になりますか?
最近DVDで観た『リトル・ミス・サンシャイン』って言う映画…面白いですよ(*´ω`*) もし、暇だなぁ~ なんかないかなぁ~~ なんて時間があったら是非♪
今年一番泣き笑いした映画なんです(*´_`*)ェヘ

はぁ~~ それにしても…すっきりしましたぁ~~ ありがとうございましたっ!!(´・ω・`)(´-ω-`))ぺこり

書き忘れましたぁーーーっ!!
私も自殺断固反対っ(@`ェ´@)/  派ですっ!!
今は苦しくても絶対に楽しいことあるから!!
悲しむ人がいるんだったらダメだよ…その人になって考えようよ…自分の大切な人が死んじゃったらどうする?
…て言いたいんですけどねぇ~~
目の前で「お家に帰りたいよ…」って言われて…結局お家に連れて帰れなかった私は、自ら命を絶つ人が大嫌いですっ(*>ω

…そんなことも思い出しながら読んでたから朝っぱらからボロ泣きしちゃったんですね…(〃 ̄ω ̄〃ゞ エヘヘ

おはようございます. 最近,モグラ生活が続いていたので,
最終回見逃してしまいました….(早くレンタル出ないかな…)

先日のモノローグのダイジェスト記事と今回のブタネコさんの
お心を拝見して,この手のことを酒の力も借りずに示せることに
少々羨望を感じております.(笑)

ブタネコさんのユーモアに包んだ表現や少々過激な言い回しに,また
重箱の角のようなご意見があるやもしれませんが,フォーカスを
合わせるべきはそこではありませんよね.

よく言われる言い回しに,子どもの世界で起きていることは大人や親に
起きていることの鏡というのがあります.
その意味をどのように臍下丹田に据えるかが肝要で,「理解」と「気づき」
の違いをもう少し我々は考える必要があるのでしょう.
もう少し言いますと,ニコと言う子がこの若さで体得した様々な処世術は,
それはこの子なりの生きる術であり,身につけざるえない状況を生んだのは
身近な家族に起因していると見るのが妥当と思います.
転校生との2元的な対比に制作者がどれほどのものを込めたのかは,
その背景のあるなしにより,深くもなり浅くもなると想像しています.
それを早くレンタルで確認したいところです.(笑)

「カンパなんか…」のくだりは,少々ウケマシタ. 小生の妻と少し似ております.(苦笑)

学生時代の親友が死んだ折,その葬儀に様々な人間が駆けつけました.
大きな会社の系列にいた関係で,想像以上に大きな規模でした.
同期も,昨日今日の連絡で声をかけたほぼ全ての人間が顔を揃えました.
中には鹿児島から来た奴もいたんですよ.

しかしその後,在京の同期から飲み会の話は一つもありません.
こちらのテリトリーの友人同士では何度も大義名分に呑んでいますが….
同期たちのあの時のあの涙は何だったのだろうとか,中には入院していたことを
知っていた人間もいて,「何でそんな深刻だったと言ってくれなかった」と葬儀の折に
一度も見舞いに行かなかった責めを転嫁する者もいたりして(ぶん殴ってやろうと
思いましたが…),ムムムと考えることも正直ありましたよ.

あいつが結婚前に,わざわざその美人ぶりをPRするために不意打ちに一席
設けたことを最近たまに思い出します.(笑)
その奥さんと子どもと同期の親友たちで年に数回,エビスビールの乾杯していますが,
そんなことを繰り返す中,最近はやっと「ムムム」は雑念であると思うようになりました.
あの時,あれだけの人間が急にもかかわらず集まったのはひとえに奴の徳なのだと
感じます.そして,あの瞬間に流れた様々な涙も本物だったのだと思えます.
それはまさに「本物に変えた」という方が適切かもしれませんね.

それに不自然なことをしている者は,きっと別でそれを必ず清算します.

てっきりエンターテイメント路線を楽しめればと思って見始めたドラマでしたが,
思いのほか副産物がありましたね.

連日飛び交うニュースには戦慄が走りますが,その根っこを他者に求めず,
それぞれが我が事として行動することに意味を感じる今日この頃です.

★ kuraken さん

こういうのがキッカケで ちゃんと考える人が増えれば良いなぁ…と 思うばかりです。


★ sei さん

けっして、怒って反論するわけじゃないので どうか、ちょっとだけ以下に述べる事をを冷静に読み流してみていただけると嬉しいです。


seiさんのコメントの中にある

>基本的には、どういう理由があっても、陰湿ないじめをするのではなく、そして、暴力に訴えるのではなく、きちんと話しあう。

けっして、seiさんが…と、特定して申し上げるつもりはなく このseiさんの意見・考え方は ごく一般的な”いじめ”の問題に対して 昨今の大人が述べる意見なんですよね

でもね、私は 識者と呼ばれる連中が この言葉を述べるのを目にする時、いつも疑問に思うんです。

それは 誰と誰が、どういう場で、どんな話し合いをすればいいの? と。

もし、私がそう問うと 識者はそれに対して

「虐められてる者と虐めている者が 虐める理由について話し合え」

ってな事をボカして言うんです。


虐められてる者が文句を言いたくても言えない、助けてくれる人がいないから 誰にも相談できない… だから、どんどん事態は悪化していくんですよね? 

と言う事は そもそも「話し合え」という事じたいが体よく「当事者同士でなんとかしろ」と無関心・放置するかの行為と同様だと 私には思えてなりません。


虐められている者は それを言えないし、元々 話し合いなんて成立しない一方的なものに そんな事を求めるのは無理でしょ。

だから、違う識者は ちゃんとした大人が間に入って…とか、友達が間に入って…という意見を言いますが、これも そもそも本末転倒しているんです。

だって、虐められている者にとって 相談できる大人や友人がいないから 虐めの状態を止められないでいるのですから。


私はね、重ねて暴論と思われる事を述べますが 虐められている者とか、身近で”いじめ”が行われているのを知っていて 内心、それに心苦しく思っている者は 時には暴力を用いてでも「話し合いの場」とやらを作ってやれ …って考え方なんです。


今、思えば 私が学生の頃にも ちょっと今とは似て非なる”いじめ”はありました。

でも、その頃は”誰かを虐めてる奴を殴り倒す事”は 誉められはしないけど、責められもしなかった…

だから、当時”不良”と呼ばれた輩の中には「弱い者虐めをするな」と言って 虐めている奴を殴る奴が結構いたものです。


しかしながら、「暴力は絶対駄目」という考え方が いろんな風に発展解釈した風潮となり、今の状態になってしまうと「精神的な暴力」である「いじめ」と 肉体的暴力である「ブッ飛ばす」の扱いがグチャグチャになってしまってるんです。

「暴力は反対です」「暴力は絶対駄目です」と唱えるのは「正しい事」だとは思います。

でも、「精神的な暴力」に対して抗う方法を「話し合い」という手法だけを求める今日の風潮で問題は解決してませんよね? では、どうすれば良いのでしょう?


…って議論になると 今の大人や 大人ぶったガキ共は 皆、話し合いの場で黙り込むんです。^^;

本当は 漠然とした意見があっても、ニコの様に黙るんです。

それは、「何かを言う事=目立ってしまう」という方程式みたいなモノがあり、目立った時に、もし、周囲から反感を抱かれたら… そういう小賢しい計算ばかりが身についてしまっているからです。

そんな話し合いに意味ってあるのでしょうか? 少なくとも私は意味を感じません。

むしろ、そんな「話し合い」と称する場で 小賢しさ度をますますアップさせるぶん百害あって一利無し…とすら思えます。


私は 学生の時、「誰かを虐めてる奴」を虐めるのが大好きでした。(今でも変わりませんが^^;)

それは「虐めっ子」をぶん殴っても 誰も文句を言わなかったから、単なるストレス発散に虐めっ子を虐めたにすぎません。

だって、虐められている子を助けてやろう…なんて正義感なんか欠片も無かったもん。


今、思えば そんな私も「虐める奴」だったわけですが、だからと言って、反省してません。


もし、当時の私が 今の中高生だったなら、私は 相当な問題児扱いですよね?

で、私は世間で言う「暴力」を封じ込められ… 「虐め」は悪化してたんじゃないの? …なんて屁理屈で自己弁護するばかりです。

そう、これはあくまでも「結果論」です。


でも、ひとつだけ御願いですから 今後、TVで「暴力反対」を唱える人を ちと、違った視点で眺めてみてください。

私には信念として「暴力反対」を唱える人よりも、「暴力反対を唱えている自分に酔っている」人が圧倒的多数に思えてならないのです。(偏屈ですから^^;)

その自己陶酔型「暴力反対論者」は ただ反対するだけで、その程度とか弊害に関しては一切を別問題としていませんか?と 私は注意を喚起してみたいと思うのです。


★ Pearl さん


ほう、泣きましたか^^

私の文章が アナタを泣かせましたか^^ (ヨッシャ^^)

私も、随分と立派になったモンです。( なぁ? > taku )

ブログをなさっているのならURLを教えて下されば拝読に御邪魔しますし、リンクも張らせて頂きますよ^^


>洋画は


私は ホントに興味を惹かれたモノ以外、洋画はあまり見ないし、知識も乏しいんです。

ちなみに 近々「ダイハード4」は見に行こうと思ってます。

(バカ親父の話らしいので^^)


>自殺


このブログの最初の頃の記事で

「どうせ自殺するなら 臓器バンクに登録して 誰かのお役になってやれ」

と述べて 沢山のお叱りのコメントとメールを頂戴しました。^^;


「言いたい事も言えないで 何の為のブログか?」


というのが信念なモノで…^^;


★ ゴーシュ さん


温かい御言葉をありがとうございます。^^


>この手のことを酒の力も借りずに示せることに

キャバクラやカラオケボックスで コーラで暴れてますから。^^


>「理解」と「気づき」の違いをもう少し我々は考える必要があるのでしょう.

ですね、同感です。


>あの時,あれだけの人間が急にもかかわらず集まったのはひとえに奴の徳なのだと感じます.そして,あの瞬間に流れた様々な涙も本物だったのだと思えます.それはまさに「本物に変えた」という方が適切かもしれませんね.


私は卑屈な人間なので 未だに、その様には考えられません。

でも、ゴーシュさんの考えを否定する事も出来ません。

むしろ ゴーシュさんの様に考えるべきなんだろうとも思うのですが、この歳になっても駄目なんだから たぶん、このまま棺桶ですね。^^;


>思いのほか副産物がありましたね.


まったくですね。^^

でも、こういうのは大歓迎です。


え~と。
私も、怒ってとか、反論しようと思ってコメントしてませんです(^^)
私も、理想論ですが、と書いてしまってますから、本当にそうやって誰でも出来るとは思ってないんです。
私も長いこといじめられる方の立場にいたので、自分から声を出すことが難しいことも分かっているつもりです。
私も、いじめられていることが恥ずかしくて、両親にすら言えませんでした。
ただ、部活の仲間には話したり出来ていて、また、同じようにいじめにあっていたり、過去にあったことのある子が多い仲間達でした。
そこは、他とは違うでしょうね。
そして、やっぱり同じようにいじめられていた後輩に「鈍感にならないと駄目です」と言われたのです。
いじめられている側は、なんだかんだと敏感になっているのですよね。
何かして、またひどいことになったらどうしようとビクビクしてしまいます。
だから、鈍感になって話しかけようと思いました。
そして、いじめている側にどうして、無視するようになったのと聞いてみたのです。
ホントにささいなことでした。
それで、なんとなく仲直りというか、うまくいってしまったのです。
もちろん、いじめられる前とまったく同じと言う訳には行きませんでしたが…。
ただ、これはたまたまうまくいっただけで、みんなが、みんな同じように解決出来ないことも分かっているのです。
いじめられている時、ただ漠然と誰か助けてくれないかなと思っていました。
ただ、同情で助けようとしてくれた子達もいましたが、結局裏切られました。
自分が変わらないとどうにも出来ないのです。
怖がっていては、何も変わらないです。
そういう意味では、わたしは、誰かに仲介してもらうのではなく、いじめられている本人ががんばらないと駄目だなと思っています。
誰かに話してみるだけでもいいと思うので。
ただ、私は、誰かにがんばってというのは嫌いです。
人に言われると、がんばって、がんばって、どこまでがんばればいいのか分からないですよね。
しかし、自分にはがんばれといって励まさないとやっていけないことがたくさんあります。
結局、自分のことを救えるのは、自分しかいません。
なので、話しあうは理想論に過ぎないのですし、ブタネコさんの言うように本末転倒になってしまいますが、いじめられている本人が、一歩を踏み出さないとどうにもならないと私は思ってます。
暴力に関しても、すべて駄目と思ってないですよ。
最初のコメントでも書いたように、暴力を使ってでも分からせてやれって思うことあります。
いじめている人を、いじめている人より強い人がつぶしてくれたら、それはそれで、いじめはなくなると思いますしね。
ああでも、今ちょうど「わたしたちの教科書」がそういうテーマっぽいところもいれていますね。
やり方によっては、正しいと思うけれども…。でも、極端なのは…という書き方をしているように思いました。
それに、昔の漫画とかであったように、夕日に向かって殴りあいのケンカして、最後は笑いあって仲直りとか出来たらいいのにとも思います。
なので、すべての暴力に反対ではありません。
しかし、加減を分からず暴力をふるってしまい、殺してしまう。
これは怖いと思っています。
きちんと、そういう加減が分かるように、親や、先生に手で殴ってもらった方がいいのではとも思います。
小さいうちに、友達とつかみ合いのけんかとかもいい経験なのかなと思ったり…。
え~と。
最後に一つことわらさせていただきますが、ブタネコさんの意見に反論しようとか、私の意見をおしつけようとは、思っていないです(^^)
ブタネコさんに、問いかけをしていただいたと思ったので、私の意見を書いてみただけです。
これからも、コメントさせていただきたいと思いますので、よろしくお願いしますm(_ _)m
またまた、長文乱文失礼いたしました。

★ sei さん

レスのレス 拝読しました。


>自分が変わらないとどうにも出来ないのです。
>怖がっていては、何も変わらないです。
>そういう意味では、わたしは、誰かに仲介してもらうのではなく、いじめられている本人ががんばらないと駄目だなと思っています。


そう、本質的な部分って 私もそこだと思うんです。

あえて名前を挙げれば「わたしたちの教科書」や「生徒諸君!」なんて たまたま同じクールで「いじめ」をネタに使っているドラマがありますが、それらは その本質的な部分に どう触れて、どう描いているでしょうか?


そこが「セクシーボイスアンドロボ」との大きなクォリテイの違いだと私は思います。


「いじめ」を真剣に考えるのであれば「誰かが…」じゃなくて「本人が…」って部分を もっと、考える(変える)方向へと誘導してあげるべきで スーパー・ヒーローの様な教師や友人の存在を求めてはいけない… と言うのが、私の持論なんです。


コメントのお返事ありがとうございます。
こういう内容のことに対してコメントするのは難しいですね。
いろいろな意見がありますし、自分の意見をうまく伝えることも難しいです。
しかし、ブタネコさんに意見を書いて頂けて、もう一度コメントを書くことが出来て良かったと思います。
ブタネコさんの文章は、おもしろくて、でも泣かされて、説得力があります。
私には、そんな文章力がないので、うらやましいです。
もっと、うまく自分の考えが伝えられるようになりたいです。
ドラマの件ですが、「生徒諸君!」は見ていないので意見は言えません。
「わたしたちの教科書」は全部ではないですが、たまに見ています。
なんだか、いじめについて考えようみたいにしていますが、あんまり「ああ、そうそう」と思う部分が少ないです。
いじめ以外にも、広げすぎていてよく伝えたい本質が分からなくなっています。
それなら絶対「セクシーボイスアンドロボ」の方が本当の意味で考えさせられる所が多かったです。
ただ、「わたしたちの教科書」は、雨木副校長の息子役の俳優さんを見たくて見ています。
今年の3月までやっていた、「ウルトラマンメビウス」のメビウスだったんです(爆)
あの天然でさわやかな役だった彼が、どんな役をやるのか見たかったんです…。
でも、いろいろな役をこなせてこそ俳優ですよね。

各々のレスを読ませていただきました。

このドラマでここまで議論できるのはさすがに良いドラマです。

私も中学でいじめに合い、いじめをしていた本人を殴り、いじめはなくなりましたが、自分自身 後悔の念
に駆られたことを思い出します。それ以降いじめは無いにしてもその本人とはしゃべった記憶がありません。周りからも少し距離を置かれてしまいました。

ので殴り合いの解決策は経験上お勧めできません。

その後、話すようになった連中というのが面白い連中でした。今でも付き合いがありますが、・・
その連中から色々なことを学びました。
多分知らずに行っていたと思いますが、「人を受け入れること」でしょうか。
懐の深い連中で、誰にでも話しかけるし、ちょっかいを出しては人を笑わす。

そうですね「ロボ」みたいに(少しキャラは違いますが、)大まかにはそんな感じです。

それを教育するのは難しいとは思いますが・・・・
「人を理解するとか、受け入れる」とかを教えていってほしいものです。
社会に出れば色々な人に出会いますが、出会った人全て少しでも理解する方向で行けば
嫌なやつもいやではなくなると思いますが。

そこし愚痴っぽいのでこの辺で、
上記レスを読んで思い出しました。

★ sei さん


私は評論家でも識者でもない ただの偏屈親父ですが、有意義な機会を持って頂けたと感じて下さるなら この上ない喜びです。^^


★ kuraken さん


う~ん、議論しているつもりは無いんですけどね^^;


>殴り合いの解決策は経験上お勧めできません。

御意見は尊重したいと思います。

ただ、何をどのように後悔と感じておられるのか?という部分において意見の相違があるのは選択肢の問題と思います。

もし、いじめを行っていた人や周囲から距離を置かれた事が後悔と感じておられるのなら 私は、そう言う場合、後悔なんかしないし むしろ、そういう方々とわざわざ仲良くなる(上辺だけでも仲の良いフリをする事も含む)必要を感じない 排他的な考えだからです。

なので、この部分はkurakenさんの考えも一理…と認めさせて頂いた上で それ以上は議論しても意味が無いと感じます。


私は 仮に目の前に初対面の人が100人いたとして その100人全部と仲良しになれる… もしくは、仲良しになろうと思う… って事は無理だと思うタイプなんです。^^;

ほんの数人、ざっくばらんに付き合える人が数人いれば充分で あとは、私の方から迷惑をかけないように努力する代わりに上辺だけのお付き合いなら むしろ、放っておいて下さい…と、願うタイプなのです。


なので、

>出会った人全て少しでも理解する方向で行けば嫌なやつもいやではなくなると思いますが。

という御意見は 怒られる事を覚悟で申し上げれば「綺麗事」にしか感じない狭量な奴なんですね私は。^^;


ま、これは私の持論なので お気に障ったならば無視してください。^^


ブタネコさんのブログなのに、私の意見を取り上げていただいてありがとうございました。
本当に、どのコメントも何時間もかけて考えました。
そして、書いては、書き換えしました。
伝えたいことが、うまく書き表せなかったのです。
それだけ、考えさせらました。
その中で、ブタネコさんからの返信がとてもうれしかったです。
有意義な時間をありがとうございました。
また、他のコメントでお邪魔したいと思います。
これからも、よろしくお願いします。

★ sei さん

どうか、お気遣い無く^^


人それぞれですのでお気遣いなく。

ただ、「後悔」と書いたのは怒りにまかせて人を殴ったことに対する「後悔」です。

私は文を書くのが苦手でして申し訳ないです。

言いたかったのは語弊があるかもしれませんが、周りとの壁を作るのも「自分」であり、
壁を取り払うのも「自分」、ということが言いたかったのです。
私はそう思っています。

★ kuraken さん

>怒りにまかせて人を殴ったこと

なるほど、そっちの後悔でしたか…

私には出来無い後悔なので ある意味、羨ましいです。


>周りとの壁を作るのも”自分”であり、壁を取り払うのも”自分”

その部分は大いに同感です。

ただ、ブタネコ的に 少し付け加えさせて頂けば

壁がある事に気づくのも”自分”だし、納得済みで壁を作ったり、壁の中に篭もるのも”自分”

初めて書き込ませていただきます。
ニコのモノローグを文章に落とした物を探していて、ここを教えていただきました。
このドラマに関する見解について興味深く読ませていただきました。
>子供と大人の境界線上にいるニコという女の子の心の葛藤や成長の過程を 非日常的な出来事と年>齢的には大人でも子供の心のままロボとの対比を通して描いている…という風に感じたと言う事。
この部分については私もまったく同意見です。
ただ、劇中のロボよりも一回り以上も年長の上、ロボ同様に一人気楽に趣味に生きている身としては、
どうしてもロボ視点で考えてしまいます。

多少、ひねくれた見方かもしれませんが、私はこのドラマに「大人になりきれない男の悲哀を
子供と大人の境界線上にいるニコという女の子の大人への脱皮」との対比で描いていると
感じております。

ニコの部屋から逃げたルミちゃんが飛び込んできた事が、ロボの日常に刺激をもたらすニコとの
つながりのきっかけだとすると、ルミちゃんがロボの部屋から外に羽ばたいて行ったのは、
ある意味必然的な事だったのかもしれません。

その場面でロボはニコに対して「変わったよ。」と言いますが、依然としてルミちゃんが見えている
ロボは、実際には変わっていない事を自覚していたのかもしれません。
「自分だけは自分の味方でいてやりたい」というロボの言葉を頼るもののいない孤独な男の
自己防衛本能からだと思うのは、捻りすぎでしょうか。

このような見方をすると、ニコも含めて多くの方がダイヤモンドのようにきらめいて見えると
語った夜空を見上げるロボの表情に、大人になりきれない男の悲哀を感じる次第であります。

★ UK さん

こちらこそ、初めまして コメントありがとうございます。^^


>どうしてもロボ視点で考えてしまいます。


いや、それもアリだと私は思います。

このところ、ちょっとバタバタしてるので腰を据えて記事を書けずにおりまして、この記事を記述した時、ロボ視点に関しては あえて触れずにいただけなんです。


>ニコは学校で 時々、本当の自分の気持ちを心の内側に閉じこめて 興味の無い事や、本心と違うと判っている事でも 周囲と同調するフリをする。

私、高校時代コレやってました。本当は受験勉強だけしときたかったのですが、一緒にお弁当食べる人達を失うのが怖くて。いやいややってたわけではないのです。高校生なりの処世術ってやつでした。

ニコは確か制服の着方も周りと同調してましたよね? で、転校生にアドバイスもしてたような... 当時を思い出しましたねえ。あのときの演技でこの女優さんが好きになりました。末恐ろしいですよね(笑)

ブタネコさんがエンディングのナレーションをピックアップされてた記事を読み、ドラマを見ていた当時を思い出し、泣きそうになりました。

すごく良いドラマでしたよね。視聴率、良くなかったんですか...レンタルしてるかしら。

★ スミゴルフ さん

私は 基本的に記事で語る映画やドラマのDVDは 意見を言わせていただく礼儀として購入するのがマイルールなんです。

この事に関しては 過去に何度もいくつかの記事で記した事なので きっと、いつかスミゴルフさんの目にもとまると信じております。

なので、レンタル云々と問いかけられても「探せば?」としかお応えできません。^^;

ちなみに札幌のレンタル屋では かなりの店舗が置いてますよ^^


他のコメントでもやらかしてましたが、思いついたままに書いてしまった言葉で気分を害されたようで、申し訳ありません。問いかけではなく、独り言のようなものなので書くべきではなかったです。

DVDを買う甲斐性がないので、口癖のようになってました。
でも、チャンスを頂けて有難く思います。これからも、記事を楽しみにしています。

★ スミゴルフ さん

気分は害してません

ただ、対応に困った…という事で^^;


【※注意!!】

この記事は『ブタネコのトラウマ』の倉庫に保管されている記事なのでコメントの投稿は出来ません。 2015年2月10日以降 このクソブログは『ブタネコのトラウマ・リニューアル版』に移転しましたので新規記事更新及び、過去記事へのコメントの受付もそちらで行っておりますので お手数ですが、そちらへの移動をお願い申し上げます。