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2007年05月16日

● 俺は、君のためにこそ死ににいく


主治医同伴で 映画『俺は、君のためにこそ死ににいく』を映画館に行って観て来た。




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やってくれたなぁ… 石原慎太郎


素晴らしい一本を後世に残してくれたと心底、敬意を表したい。


これこそ「慰霊」の戦争映画だと思うよ。


硫黄島からの手紙』を観た時に 


「なんで、こういう映画を日本人が撮ってやらないんだ!!!」


と、歯痒かったが その鬱憤を吹っ飛ばして貰えてスッキリした。


スッキリすると同時に 止めどもなく涙が溢れた。


朝鮮人でありながら 日本兵として特攻に散った先人のエピソードも余計な思惑を省いた描き方で秀逸だったし、出撃しながら生還した兵への慰めとしても秀逸だった。




俺は、君のためにこそ死ににいく ナビDVD』を観た時に


画像

出撃する隼の編隊を見送る民間の人々… ナビには ここまでしか無かったが、そんなナビでも私は泣いた。


けどね、本編では この直ぐ後のシーンでボロボロに泣かされた。(ToT)


中央の年配の人物が「石橋蓮司」で その右隣が「中越典子」だと判ったのは 本編を観てからなのだが、この「石橋蓮司」は…


駄目だ、このシーンを思い出しただけで泣けて言葉にならない。(ToT)


良いシーンを挙げていったらキリが無い。


そんな中で 個人的にひとつだけ挙げさせて頂けば、BGMでオーケストラ調の「海ゆかば」が流れたシーン 私は起立して、スクリーンに向かって厳粛に頭を下げたい衝動にかられて仕方が無かった。


で、ひとつ触れておきたいシーンは「伊武雅刀」が演じた「大西瀧治郎中将」について


「大西瀧治郎中将」は太平洋戦争開戦前から ずっと海軍航空隊のエキスパートの一人で「第一航空艦隊司令官」や その前は「軍需省航空兵器総務局長」という職にあったため「特攻隊生みの親」と呼ぶ人が少なく無い。


そう呼ばれる最大の理由は1945年8月16日、日本の敗戦が決定した翌日、「特攻隊の英霊に曰す」と書き始められた遺書を遺して切腹したからだ。


この時、大西は特攻隊員として散っていった部下への贖罪の意を込めて 介錯や、治療を拒み、自ら長い時間、痛みに苦しんだ末に死んでいったと言われている。


ゆえに、特攻隊に関して否定的な論者からは 特攻という残虐非道な命令を発した悪魔の様な指揮官として今日でも罵られる事が多いが、当初、特攻を実施する提案がなされた時に烈火の如く怒って猛反対した事実とか、「第一航空艦隊司令官」や「軍需省航空兵器総務局長」という職についた時期と 特攻が実施されたり、特攻兵器が開発された時期や経緯との間にズレがあり「特攻の生みの親は大西では無い」とする意見が根強い事には あまり触れられた事が無い。


あくまでも個人的意見だが、私は 自ら割腹して部下に詫びた事で「大西瀧治郎中将」を非難する気持ちにはなれない。


たしかに、「死んで罪が許されるのか?」という抗議の声も否定出来無いが 積極的に部下に特攻を命じながら戦後、自分の咎を他人に責任転嫁したり、他人の英雄談を我が事の様に語って来た指揮官が少なく無い事を考えると 前述した「本当に 大西が生みの親なのか?」という部分もあって、一方的に大西を責めるのは間違いだと思っている。


ゆえに、この映画の中で 割腹のシーンと 聞き取りにくいが大西が断末魔の中で言う台詞を描く事で、戦後 一方的に責められ続けた大西への慰霊の意を感じた次第だ。


尚、最期に 故・大西瀧治郎中将の遺書を参考までに掲示しておきたい



   遺書


   特攻隊の英霊に日す 善く戦ひたり深謝す 最後の勝利を信じつつ肉弾として散華せり

   然れ共 其の信念は遂に達成し得ざるに到れり 吾死を以て旧部下の英霊と

   其の遺族に謝せんとす


   次に一般青少年に告ぐ 我が死にして軽挙は利敵行為なるを思ひ 聖旨に副ひ奉り

   自重忍苦するの誡ともならば幸なり 隠忍するとも日本人たるの矜持を失ふ勿れ

   諸子は国の宝なり 平時に処し猶克く特攻精神を堅持し日本民族の福祉と世界人類の為

   最善を尽くせよ





どう表現しても陳腐にしかならないのが残念だが、この映画は すこぶる良い。


本当に良いモノを ありがとう… そう、制作者に深く感謝申し上げる。



お駄賃

 気が向いたら…で結構です。^^;

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コメント

ブタネコさんのこの記事を拝読させていただいて、絶対に観にいこうと心に決めました。
見てきたら感想文(拙いですけど)を寄せさせていただきますね^^

もしもの話ですが、一緒に席を並べて見てたら
確実に「海ゆかば」が流れた所で、躊躇なく起立直立不動でスクリーンに向かい
斜め30度のお辞儀にて黙礼したことでせう。

石橋蓮司に関しては、もう何も言いますまい。゚(゚´Д`゚)゚。

知覧はいつでんブタネコさんをお待ちしておりもんど~щ(゚д゚щ)カモーン
ついでに第2艦隊慰霊碑及び萬世特攻平和会館、
はたまた海上自衛隊鹿屋航空基地資料館等々もありもんでな~。

待っちょっでな~(´ー`)ノ

お久しぶりです、ブタネコさん。久しぶりにコメントさせていただきます。

私も観ましたよ。
出撃シーンは、もう涙ボロボロでした。
ブタネコさんが感涙した石橋蓮司のシーンも、もちろん涙ボロボロでした。
私的には、開聞岳を背に出撃するシーンは、万感胸に迫る思いでした。

ただ、私は、特攻は非人間的軍事行為だと思います。
特に、自分は安全な立場にいながら、特攻を命令した軍幹部連中は許せない。

しかし、だからこそ、死ぬと分かっていながら、
自分の命を、国や家族のために捧げた隊員の心情を思うと、涙が止まらないのです。

この映画の不満を、あえて言わせてもらえば、ラストシーンです。

私としては、
靖国神社の満開の桜をバックに、隊員の写真と、森山直太朗の「桜」を流して欲しかった。

でも、それだと、映画が終わっても、しばらく席を立てなくなると思いますけど。

ブタネコさんへ
ブログの調子が悪いので、心配していましたが、昨日深夜訪問してみるとこの記事が掲載されていてあまりの早さに驚きました。前回のコメントでこの映画の講評をと御願いしていた本人がまだ見ていなかったのです。早速今日新宿に行って見てきました。映画’硫黄島の手紙’と違って日本人の感性がよく表されていたと思います。やはり日本人が撮った映画は一味違いますね、’硫黄島の手紙’が悪いと言うわけではなく趣が違うと言いたいだけです。この映画を見ずに’軍国主義の賛美’とぬかした映画監督がいたようですが、どこが賛美かゆうて見ろと言いたいですね、確かにこれは日本人賛美の映画です。’見てみろこれが日本人の姿だ’と声を大にして言いたいですが、戦前の日本人なら言えるかもしれませんが、戦後育ちの我々にはとても言えません。ただDNAが引き継がれていると信じたいですね。最期のシーンでトメさんが’あなた達のお陰です’と言われた時にちょっと涙ぐんでしまいました。エンドロールが終わるまで誰一人席を立たなかったのが映画の良し悪しを示していると思います。記録映画の挿入も涙なくして見れず、CGも全て良かった。

★ しき さん


この映画は… ホント、良いです。 お薦めです。^^


★ Wen さん


Wenさんの感想を読んで もう我慢できなくなって観に行きましたが…

良かった(ToT)


★ goboten さん

お久しぶりです。^^


>開聞岳を背に出撃するシーンは、万感胸に迫る思い

ですね、もう何と言っていいか…(ToT)


>ただ、私は、特攻は非人間的軍事行為だと思います。

そう、だからこそ 特攻で没したり傷ついた方々を慰める事が必要と思うんです。


>特に、自分は安全な立場にいながら、特攻を命令した軍幹部連中は許せない。

同感です。

ただ、元々、特攻は個人(もしくは特定の集団)の発案じゃ無いんですよね

真珠湾やミッドウェーなど、初期の作戦においても戦闘中に突っ込んだ兵士が何人もおり、それが伝搬した経緯もあるわけで…

だからこそ、部下に命じた責任を感じて自決した幹部に責任を押しつけ その後、のうのうと暮らした幹部達は許されないのだけど、そういう輩が隠れ蓑にしたのも幻想平和みたいな主義主張に思えてならない私です。


>この映画の不満を、あえて言わせてもらえば、ラストシーンです。

B’zも悪くはありませんでしたけどね、「桜」だったら… どこまで壊れたかな > 俺


ただ、曲はともかく、場所は靖国神社じゃなくて知覧平和祈念館で良かったと思います。

知覧だからこそ、オカァチャンがいるんですもん。


★ タンク さん


やっぱ、ヤラレましたか^^

ですよね、あれでヤラレなけりゃ 人として如何なモノかと思いますもん。

(お引越し後に拝見しています)お引越しお疲れ様でした。
この映画の記事、実は待っていました。B’zは好きではないので少々不安なのですが、
ブタネコさんのお墨付きとあらば、見に行かねばなりますまい。

★ ふー さん


ふーさんなら必見だと思いますよ^^

観に行くときは ハンカチでは無くタオルを お忘れなく^^

観てきました。 観てすぐは何から語ればいいのやら、大変に迷いました。

まさに日本人による特攻隊の方々に対する慰霊と感謝のこもった映画だと思います。
クリント・イーストウッド監督の映画のほうが公平に見ても芸術性は高いかなと思うのですが、この映画には日本人の魂が込められていて、そこを鑑みて私はこちらの作品のほうが好きです。

この映画を戦争賛美の映画だとか、日本軍を美化しているとか抜かすアホがいるようですが、この映画をホントに観て言ってるのだとしたら、よほど感性の曲がった頭の中身がかわいそうな人なんだなと思います。見もせずにこの映画をクサした某監督がTVに出てきたその瞬間、チャンネルを変えるようになった私です^^;
この映画から感じられることは、「何故未来のある若者たちがあんなふうに逝かなければならなかった!?」という怒り、そして「命がけで日本を守ってくれてありがとう」という感謝だと思うんです。

冒頭の大瀧中将の指令のシーンからもはや泣いていた私は、「おばちゃんに俺の命をあげるよ。だから長生きしてね」で嗚咽し、「誰もあの人らをお祀りせん。だから私らが覚えておかんとならん」で泣きすぎて頭痛がしました(ToT)

早く彼らの御霊に感謝と慰労ができるようになって欲しいと切実に思います。ようやくこういう映画を全国上映できる空気になったことが第一歩目ですね。
まず地元の護国神社にお参りに行き、更にいつか必ず靖国と知覧にもお礼の参拝に行かねばと心に決めました。

あと、幾人かの方々が書かれてますが、森山直太郎の「さくら」の方が絶対この映画には合ってたと思う(あの歌詞、ただの卒業ソングじゃないですね^^;)。B’zはけして嫌いではないですけど、あのお写真と一緒に流すのであれば、「今夜、月の見える丘に」のような曲のほうがよかったなというのが率直な感想です。


う~~ん、何を書いても中途半端な気がしてしまう・・・。この映画の感動を文字にするのは難しいです。

★ しき さん


お気持ちお察し申し上げます。^^

この記事を掲示して以後、くだらない左翼かぶれや幻想平和主義に洗脳されたアホからのメールやらコメントを時々、頂戴するようになりましたが どれもこれも傾聴には全く値しません。^^;

石原慎太郎が右か…なんて事はどうでもいいのです。

私は、没した方々への慰霊の意こそ重要… それを今までいろんな記事で述べてきたつもりですが、そこを抑えずに 戦争賛美だの言ってこられても論点が違うので全部削除しております。^^;

むしろ、しきさんの様に まず「慰霊」という考えで どうしてモノを考えられないのか不思議でなりません。^^


私は「石橋蓮司」が演じた老人が 正座して見送る姿がどうしても見たくて3度目を見ました。


あの様に見送った人が 当時、少なく無かったと私は祖父や叔父達、それに九州に旅した際に 地元のいろんな方から伺いました。

特攻隊員達が どんな気持ちで飛んで行ったのか…には いろんな思いがあったでしょうから、私如きが勝手に想像で決めつける気はありませんが、「石橋蓮司」が演じた老人の様に思っていた人が 当時は少なく無く、それは ひとつの特攻隊員達への感謝の意であり、慰霊に通じる気持ちだと思うのです。


では、今の世、現代の人はどうでしょう?


そこが問題だと私は思います。


鳥濱トメさんをはじめとする有志の方々の尽力で「特攻平和観音堂」が建立され 今でも語り継がれてはいるけれど、もし それが無かったら、どうなっていたのでしょう?


本来、これは個人や有志の話ではなく 国としてちゃんとするべき問題ではないのか? 私はそこに何故、多くの方が疑問を抱かないのか… そこにブツブツ言いたいわけです。^^;


今日観てきました。この記事を読んだら観ずにはいられなくて。

私はまだまだ戦争関係の知識が浅すぎるので、知覧という地名も初めて知った始末。

それでもブタネコさんが何時も言う「慰霊」はこの映画を通じて戦没者に痛切に捧げなければと思いました。

石橋蓮司演じる老人が正座する気持ちや寺田農演じる父親が出撃する息子に対して敬語で礼をするのも「気持ちがわかる」なんておこがましすぎますが、その理由は十分伝わりました。

私は別にこの映画を観たからと言って戦争を美化するつもりもないし、勿論戦争に賛成する訳でもないし、むしろその逆なのに、どうしてこういう映画や「小説太平洋戦争」みたいな本を読むと「右翼?」みたいな反応が返ってくるんでしょうね?
私はただ、知覧という土地名も知らないぐらい無知なのでちょっとでも勉強しなきゃ、と思っているだけなのに。

あと思ったのは、この映画は特攻隊についてだけど何も戦死した方々は特攻隊だけじゃなくて、真珠湾だってマレーだってそうなんだよな、って事でした。

そして、挺身隊や基地が爆撃されるシーン、あれだけでも戦争の恐ろしさ、そして犠牲になったのは兵隊だけではない、というのが怖いほど伝わりましたが、こういう事を伝える人がいなくなった時の日本はどうなってしまうんでしょうか?
それを考えると末恐ろしくもあります。

★ うごるあ さん


お? 御覧になりましたか^^


>その理由は十分伝わりました。

ですか…^^


>どうしてこういう映画や「小説太平洋戦争」みたいな本を読むと「右翼?」みたいな反応が返ってくるんでしょうね?

私にも判りません。


>こういう事を伝える人がいなくなった時の日本はどうなってしまうんでしょうか?
それを考えると末恐ろしくもあります。

伝わらない方が、もしくは どこぞの国の様に歴史を都合の良いように塗り替えたい輩がいるのかもしれませんね。^^;

そう、勘繰りたくなります。


この映画を単純に非難中傷する方々も多いと聞く。
しかし、今私が生業として日々激務をこなしている、ここアメリカはミシガン州デトロイトに於いて、出会う人々、それがましてやかつての旧日本軍と戦い、戦友を亡くされた方々でさえもが、時に尊敬して下さり、そして認め合う事ができるのは、特攻という日本国民として最後の気概、限りない家族への愛を見せつけに散っていった特攻隊員達の勇気に他ならない。それが不本意であった方が居られたとしても尚。
非難中傷はあって然るべき。
しかし、もっと単純に、いや、もっと純粋に物事を見て捉えて貰いたい。
今の私たちは、愛するべき人の為にどれだけの事ができるか。
愛する事自体に、お金も、苦しみも無い。ただ、信じればきればいい。許せばいい。
しかし、「愛を示すという行為」は、奇麗事では無い。
単純に、「どれだけその人の為に自分を犠牲にできるか」が、そのバロメータとなる。
私たちは、どれだけ愛する者の為に犠牲になれるのか。
当時のあの環境に於いては、その究極の犠牲は、やはり命しか無かったのではないか。
国力も痩せ細り、手に持って戦う道具も失った時、たとえそれが国が抱かせた幻想であったとしても、それが自分の意志で思い立った行為であったとしても、いやそれを仮に愚行と呼んでも良い、たった一つの純粋な結論、これは時の米兵も同じである、

ー 国を、友を、親兄弟を、そして息子を守りたい・・・ 若しくは、守りたかった ー 

その想いが為に散っていった英霊達を、まして「無駄死に」などと、どうして言えようか。
それでも彼らを、そして彼らが望んだ後の日本国民である私達を「無駄」だと言いきる方達が居られるなら、私はあなた達に言いたい。
「無駄生き」だと。
無駄生きなど無い。
無駄死にも無い。
何を信じて、何処まで深く人生を掘り下げて生き抜けたかが、いずれ必ずこの世を去る運命にある生命の意味なのではないか。
人は、こうも美しくも、強く、清らかに「生き切る」事ができる者、と実証した方々が、其の時代に於いては、たまたま日本人であった事に、やはり誇りを持つ事を禁じ得ない。
そういった誇り、感謝の気持ちを抱くとともに、日本人という民族が、少なくともそれほどまでの気概を内包している事を証明してくれた彼らは、やはり「単純に」賞賛されるべきであると、私は思う。
戦いは嫌いである。がしかし同時に日々戦っている。それが、お金の保持量なのか、殺した人の数なのか。時代によってその価値観は変わるものの、戦いは続く。生物が2つ以上存在する限り。
この映画を観て思った。
死ぬ時に後悔しない生き様を送りたいものである。

石原慎太郎氏が如何程の人物なのかは判らない。しかし、良い記録を残して頂いた、と感謝致します。

★ 秀虎 さん


コメントを拝読し、仰有られている事の殆どに同感します。

しかしながら、愛云々…に関しては 昔ながらの邦画における太平洋戦争物を見る様で 言葉は悪いですが「吐き気」すら覚えます。

おそらくは戦没者の方々におかれては「何かの為に殉ずる」もしくは「殉じた」と私も思いますし、それに対して後世の一人として深く感謝し哀悼の意を表したい。

そう、「何故亡くなったのか」「亡くならなければならなかったのか?」という検証・議論はとても重要だし必要なのけれども 現代の連中はそれをきちんと出来るほど かの時代の背景や経緯を知らなさすぎますから。

ゆえに、そんな半端な状態で行われる議論では不毛に終わるのが当たり前だし むしろ、そんな半端な議論じゃ意味が無いからする必要も無い…とさえ 私は感じています。

けどね、そんな現代において「なんで、ちゃんと慰霊をしないの?」という事にすら気づけないのかが不思議でなりません。

如何なる理由や事情で亡くなったのか…はさておき、先人への供養は当たり前の事だと私は思うんです。


管理人様

返答頂き、ありがとうございます。
そうですね。
先人への供養。
それは決して間違いのない、真心です。
それだけは、誰もが同感できるはず。
それを理解できる人々の幅が広がると良いですね。

★ 秀虎 さん


現代の感覚でモノを推し量れば、爆弾積んだ飛行機で敵艦に体当たりする人は馬鹿としか思われないのでしょう

特攻隊云々の話にしても パイロット達にそれを無理強いしたとか、作戦そのものが御粗末だったとか いろんな批判ばかりが噴出しますよね

でもね、私はそんな議論なんかどうでもいいんです。

私が直接体験談を拝聴した従軍経験者や戦時中を生き抜いた人達の中の話には 出撃していく特攻隊を土下座や拝んで見送った話…ってのがありました。

戦後、特攻隊だった…という事で 一時的に何もかもが嫌になって暴れた人もいれば、それがカッコイイと真似して暴れたアホなどがいたり、戦争=軍人=悪の象徴として特攻を蔑む傾向があったりしたのは良いか悪いかは別として時代の流れとは思うんだけど、

「特攻隊を土下座や拝んで見送った」

それって当時の人達のごく限られた一部の人でしか無いんですかね?

私が自分で見聞した話では あくまでも当時では…と限った話にすれば「限られた一部の人達」ではなく「ごく一般的な大多数の反応」だったと思えてなりません。

ゆえに、「俺は、君のためにこそ死ににいく」という映画の中の1シーンは 他の事はともかく、せめてその事を思い出せ…と言ってる様に私には思えてなりません。

その時、土下座や拝んだ人達は どういう気持ちでそうしたのか?と。

同時に不思議でならないのは どうして、現代で感謝なり哀悼の意を捧げようとすると それに文句言う輩がいるの?…って事です。


【※注意!!】

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