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2007年05月08日

● Dolls(ドールズ)


2002年に公開された北野武の映画「ドールズ」について語ってみる。




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この映画に関しては 随分、前にDVDを入手して観ており、その時に感想を記事にして掲示しようと一度は記事をまとめたのだが 掲示する寸前で書いた記事が気に入らないので止めた経緯がある。^^;


カッコ良い表現を使えば この映画は全体がシュールで 今までの北野映画のような小ネタの様なギャグやバイオレンスは無く、相変わらず北野映画独特の台詞の少なさなどから ハッキリ言えば「判り難い」^^;


ただ、別の点でハッキリしているのは映像が 特に静止画で見ると より明確なのだが画がとても綺麗だという事。


時々、画面が綺麗な風景画の様に見える瞬間がある。


もし、それを「映像美」として「芸術」と捉えるのなら 私はそれに異議を唱える気は無い。


ただ、ストーリーが難解で それを理解出来ず、短絡的に「ツマンネ」と評価してしまうか 逆に、それらの瞬間的な映像を見る側が独自に解釈したり受け止めたり出来た事によって「深い秀作」と捉えるか… それが、この「ドールズ」の鑑賞評価に至るとすれば 後者より前者の方が圧倒的に多いらしい。^^;


しかも、後者の評の多くは どこかに気取った表現が多く、その評じたいを素直に受け入れにくい…という副作用もある。^^;


例えば、


『オリエンタルな死生観に基づいた”諸行無常”が、この映画を支えている。』


とか、


『背景色と対象的な色をわざと空間に置くことで、映像全体のバランスに適度な緊張感が生まれ…』


等々…


言ってる事は間違って無いと思うけど、その言ってる事が難しい。^^


で、ひとつ実験的に ブタネコの個人的な「ドールズ」の見方を御披露申し上げ参考にして頂ければと思う。


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「西島秀俊」


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「菅野美穂」


二人は 元々、結婚を間近に控えた恋人同士だったけど 上役の娘との逆タマに男ははしり、女は自殺を図り助かるが精神的に壊れてしまう。


それを知った男は 上役の娘との結婚式場から飛び出し、女のもとへと向かう。


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その後の二人が 赤いヒモで繋がって徘徊して歩く姿は 男の女への贖罪に映る。


例えば、この二人 もう既に死んでしまっていると考えたら どうだろう?


だからと言って、ただの「幽霊」という意味では無く、かと言って「天使」という風に美化して言うのも違うと思う。


私には「死神」に近い存在に思える。


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ヤクザのところや…


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事故でおちぶれたアイドルのところを彼らが通り過ぎた後に、起きる事を思えばね^^


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だから、この「ドールズ」みたいな作りの映画は 今風の台詞や描写が必要以上に多い「判りやすい」映像で 「あ~ こいつは いつもトラウマで根暗な役ばかり」を演じている女優と「あ~、こいつは 純愛とか言いながら、いつもオドオドしてるような男ばかりを演じている役者だ」みたいな俳優が演じれば ストーリーがどうこうという問題にならず「xx君は また、演技の幅が広がったみたい」とか「彼女が演じた事によって 泣いたね」なんて評が多くなるのであろうけど そういう映像ですら まともに中身を見ていないような人には いたって単調で判り難いツマラナイ映画って事になるのであろう。^^;


いずれにせよ、嫁や娘は買い物に出かけて おそらくそのまま外食して来るであろう日曜日の黄昏時 独り、家でポツンとしているオヤジが タバコ吸いながらポケーッと眺めるには手頃な意味深さの映画として楽しめる… と、私は感じた。



ちなみに、

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短いシーンだが 三橋達也の演じるヤクザの親分が若い頃を「津田寛治」が演じてる。



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 気が向いたら…で結構です。^^;

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コメント

一度弾かれましたが、もう一度送ってみます^^;

この映画は個人的には好きです。ほとんど音のない、けれど鮮やかな色彩の映像。日本の四季の美しさが、ひんやりとした感じで伝わってきて(夏の画ですら暑苦しさがない)、画面を見ているだけで軽く恍惚状態になれます。
ブタネコさんの「男と女=死神」説、なるほどなあ・・・と感心しました。
私は「純愛とそれにともなう狂気の象徴」としての役割なのかなと思っていましたが。
確か監督自身が、「この映画は、今まで撮った映画の中で最も暴力的な作品」と評しているのが頭の中に残っているためかもしれません。

ラストの近くの、西島さんと菅野さんの演技でどうしようもないやりきれなさとむなしさを感じ、しばらくの間余韻が残っていた思い出があります。二人でつながってさまよう生き方を男が選んだときから、二人でゆっくりと―まずは社会的に、次に精神的に―死んでいってたのかな、とか。
はっきりいってフランス映画並みの芸術的抽象感漂う作品ですが、見ていて何かを感じることができればOKな作品かなと、生意気な言い方ながらも思います。

★ しき さん

御手数をおかけして申し訳ありませんでした。

>「この映画は、今まで撮った映画の中で最も暴力的な作品」

へぇ そう言ったんですか…

どこが暴力的なのか さっぱり私には判りません^^;

その監督のコメントも抽象的ですね^^

って事で それが狙いだったのかなぁ…

ブタネコさん、こんにちは^^

この映画の中で、一番印象的で怖かったのは、お祭りのくだりでした。
昔はお祭りは怖い場・・・だったんですよね。
あそこは全身凍りつきました^^;
もしかして暴力的というのはそういう表現をとっているからじゃないかなあとちょっと思います。

横溝正史作品でもそういった表現があったような気がします。
お祭りの夜に殺人事件が起こる・・・どれだったかちょっと思い出せません。

北野武監督は、浅草かどこかで見たひもでつながった乞食を見て、いつか映画で表現したいなと思ってたそうです・・・どこで読んだのかは忘れちゃいましたけど^^;

★ slan さん

>お祭りのくだりでした。

記憶が曖昧で そのシーンがよく思い出せません 

近いうちに再見してみようと思います


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