● 不良少年の夢
2005年に公開された映画「不良少年の夢」について語ってみる。
この作品は原作があり、主人公である人物の自伝的作品でもある。
その人物は不良生徒から 一念発起して教師となり、母校の教壇に立つ。
そのストーリーには 学ばされる事も多いだろうし、感銘を受ける人も少なくないだろう。
それに対して 私は どうこう言うつもりは無い。
特に、以前 その人物の語る言葉には魂というか信念があると感じたもので 腐った教育者共が彼によって駆逐されれば良いとすら思ったものだ。
が、最近 時々、疑問というか違和感を覚える事がある。
それは 彼が教壇に立つ事より、評論家 もしくは識者として教育制度改革の審議委員などに就き活躍される事は とても望ましい事なのだとは思うけど、そういう活動が増えると同時に メディアの露出も増え、メディアに関わる邪な連中の影響や思惑もあってか 発言内容や 彼のキャラクターが本来の彼の姿から徐々に乖離しはじめている様に感じる事がある…という意味である。
特に この「不良少年の夢」という映画を見ていると 主人公の美化ばかりが目立ち、私の中で それが反感へと変わる。^^
この主人公自身が素晴らしい… 本当にそうなのか? と。
むしろ、私は 不良だった彼を受け入れ更生させた学校や 余市という町の関係者こそ素晴らしいのだから、そこを評価すべきなんじゃないのか?…という思いが強くなる。
たしかに映像内で そういう描写もそれなりにはある。
けれども、それ以上に主人公の美化が目立つから鼻白むのだ。
でね、主人公のモデルである人物に対して 最近、感じる事が 彼が余市で過ごした時期に世話になった人々への感謝の念というか気持ちが感じにくく、時には「自分自身だけで生まれ変わった」みたいな感じに受け取れる様な発言の数が増えている感があるから。
決めつけて批判するつもりは無いが、メディアに踊らされて天狗になっているのか?と思える時がある…って事なわけで、こんな美化映画は 本人にとって結果的には百害にしかならないんじゃないのか?って思った。
で、この映画を見た理由は…
主人公を「松山ケンイチ」が演じているからでもあるのだが、それ以上に
主人公のクラスメイト役で「水田芙美子」が出演しているのを見たかったからだ。^^
