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2007年04月21日

● 硫黄島からの手紙 再見


映画「硫黄島からの手紙」のDVDが出たので入手して観た。




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以前、映画館で見た時に『硫黄島からの手紙』という記事を掲示したのだが…


今回、DVDを入手したので のんびりと誰にも邪魔されず、好きなタバコを吸いながらじっくりと観た。


で、蛇足とは思いつつ 余計な事を先に申し上げると…


最近、戦争映画と呼ばれる作品が 昔と違って様変わりしてきた感が強い。


それは、内容的に ドキュメンタリーなタッチなのか、フィクションなのか その境界線がグチャグチャになってしまってる…って事。


と、言っても それは洋画での戦争物…って話で 個人的に思うには、スピルバーグの「プライベートライアン」が分岐点になっているんだと思う。


例えば、「戦争のはらわた」「西部戦線異常なし」など 名作と呼ばれている戦争映画はあるが、昔の戦争映画の場合 シチュエーション的にはアリでも、細かい事を言えばフィクションであり、ヒューマンドラマとして成立するか否かという部分に評価点がある。


厳密に言えば「プライベートライアン」のストーリーはフィクションであると私は思う。


が、モデルとなる人物が存在し エピソードの多くにもモデルとなる実話がある。


ゆえに、ストーリー全体を完全に「フィクション」と受け止める人もいれば 限りなく「ノン・フィクション」に近いモノと受け止める人もおり、その度合いによって評価も大きく変わる。


私が この「硫黄島からの手紙」を映画館で観た時に感じた事は「プライベートライアン」と同じ様に 限りなく「ノン・フィクション」に近いモノという受け止め方であり、であるがゆえの映画としての表現の秀逸さを高く評価したいと思った。


例えば、

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上のシーンを観て 奇異に感じたり、何げに見ていて気づかぬ人が少なく無いだろうけど、栗林中将が硫黄島に赴任した直後の時点では 硫黄島には1000人前後の民間人が居住しており、いくつかの部落もあった。


その民間人の多くは 栗林が赴任後、半月もせぬうちに一部、軍属として島に残って働く者を除き 本土に疎開した経緯がある。


同じ様な事は サイパン島でも言える事だし、北方領土の問題にもあるが そんな事を 今の日本人の多くは親戚や知人に関係者でもいない限り知らない(知ろうともしない)人が圧倒的。


だいたいね、この「硫黄島からの手紙」という映画が話題にならなければ「硫黄島」でどんな事があったのかを知らずに過ごす日本人が多かったんじゃないの?とすら思うわけで…


であるが故に、この作品を制作した その事じたいを私は制作者に感謝するし礼を言いたい気持ちで一杯なのだ。


そんな私の感慨と 単純に「戦争映画」を楽しもうと考えている人達とでは視点が違うのだから感想が異なる事は不思議な話では無いので、いわゆる 一般的な映画評のサイトやブログと一緒にして頂きたくは無い。^^;


というのは、ある映画雑誌の記事に


「硫黄島の激戦を描くのであれば 日本兵達が困難な環境下で地下壕を掘り進める様や、その後の米軍上陸後 その地下施設で堪え忍ぶ様を もっと克明に描くべきだ…」


という評を読んだ事がある。


上記の評と同じ様な記事を 一般的な映画評のサイトやブログのいくつかでも目にした事がある。


確かに「こんなに日本兵は頑張ったんだ」という意味を表すためには 映像内にもっとそういう描写があっても良いんじゃないかと私も思う部分はある。


けどね、


「部下に そんな艱難辛苦を命じた栗林司令官を美化して描くのは如何なものかと感じた」


という評が 一部のブログや雑誌に書かれていたのを見て はらわたが煮えくり返る程、憤慨したと明記しておきたい。


「何故、栗林が バンザイ突撃を禁じ、最後の最後まで戦い抜け…と厳命したのか?」


それらの点を理解せず、安直な批評しか出来ないアホが 小賢しいことをぬかすなと言っておきたい。


「硫黄島の陥落を 一日でも遅らせられれば、それだけ 本土への攻撃が遅れる」


栗林中将の命令の根底はそれなのだ。


自分達が生きて本土に生還しよう…なんて事は そこには無い。


自分達は死ぬ、まず その覚悟があって その上で、一日でも長生きし米軍を苦しめる事は 本土の危険を それだけ伸ばす事に繋がるんだ…という意志 その意味を理解できずに、他の無能で無責任ゆえに 無駄に多くの部下や民間人を死亡させた指揮官と同列に扱ってしまう様なアホは 戦争を語る資格など無い…って事だ。


同時に、その命令に従って没していった将兵の死に様を思いをはせる必要もある。


銃弾や爆撃による死亡…は 戦場では当たり前の話ではあるが 特に知っておく必要がある事は


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沖縄戦等でも言える事だが、上の様な「火炎放射」による焼殺であり、言い方は悪いけど、即死ならともかく、何日間も火傷の痛みに苦しんで死ぬ… 


その辛さを思うと 本土への攻撃を遅らせるためにと地下壕に潜んで戦い続け、地下壕に手を焼いた米軍が 地下壕への攻撃の有効手段として使用した「火炎放射」であり、その為に 今度は痛みに苦しんで死んでいった日本兵…


そういう方々に対して せめてコップ一杯の水を供えて「ありがとうございました」と慰霊するのが 本土で生き残った者、その末裔の義務なんじゃないの?


そういう思いを喚起させる…という点で 私は「硫黄島からの手紙」という作品を高く評す由縁である。


で、単純に戦争映画として評するならば 概ね良好なれど、あらためてDVDでじっくり見れば見るほど 元はパン屋という設定の日本兵を演じた小僧だけは ミスキャストだね。^^;


昨年(2006年)の12月に映画館で見た時には違和感程度だったけど、台詞回しが ひとりだけ倉本聰調に聞こえてしまいイタダケ無い。^^;




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コメント

いかなる死に方にしても、生きたまま焼け死ぬというのが
長時間最上級の苦しみを味わうと以前何かの書物で読んだ事があります。

あの時代、日本軍の洞窟野戦陣地に対し、米軍は多量の死傷者を出してしまった。
それ故の火炎放射器使用であったのですが、火炎を浴びせられる側としては武士の死に様という
本懐も遂げられず、最後は誰の遺体かも判別不能な程真っ黒に焼け焦げでしまう。

近代戦争とは、科学の戦争とも言われますが本当に惨いとしか形容の仕様がありません。

かの国は、半世紀以上経った今日でも、火炎放射器に変わる新兵器を次々と開発し
標的となった国々へ容赦なく使用しております。
まさに我が国の古の武士団達が、蒙古の集団戦法及び火薬に「ひっきょう筆舌につくしがたし」といった感そのままといった状況であります。

戦争を決して美化するものではありませんが
まだ昔の肉弾相打つ戦の方が、己の技量頼みにとまだ男のロマンがあったように感じます。


栗林大将の最後の訓辞・・・(あえて書くまでもありませんね)

今上天皇陛下は、返句によって見事その想いに応えられた。

その後の日本に今生きる我々は、無念にも国に殉じられた御霊に
なんと応えることが出来るのか・・・日本という地に足をつけて生きている以上
多くの日本人には考えて頂かないといけない事だと私は痛切に感じます。

多くの日本人キャストが参加されているこの映画
惜しむらくは日本人の手による制作ではない事が残念になりません。

★ Wen さん


>惜しむらくは日本人の手による制作ではない事が残念になりません。


映画館で見た時、私も 本当にそう思いました。

でも、私、最近 考えが変わりまして^^;

こういう映画は 今の日本人には撮れませんね… そう思うようになりました。


もちろん個人のレベルでなら可能な監督やカメラマンはいるでしょう。

でも、制作費が…とか 配給会社が…等を気にし、興行収益を上げるには…と言って くだらない恋愛話やお涙頂戴を放り込む様な 今の(今までの)日本の映画会社の連中に どんなに願ったり求めてもダメだなと 昨年の各社の邦画戦争物を一通り見て痛感しましたね 私は。

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