« 2007年03月24日 | TOPページへ | 2007年03月26日 »

2007年03月25日の記事

● 出口のない海 追記


2006年10月13日に『出口のない海』として映画を見た感想を述べた。




今回、間違ってDVDを入手してしまったので 少し、追記(補足)をしておこうと思う。


で、先に申し上げておくが この映画がクソ映画である…という私の認識はDVDを再見した今、評価は下がるばかりで上がる要素が見つけられなかった。^^;


では、何故、追記(補足)するのかというと…


前述した記事を掲示した後、数人の方から違う内容のメールを頂戴し、それぞれに対して


「もし、DVDを再見する機会があれば その時にあらためてキチンと御説明申し上げる」


という様な旨の返信をした事を思い出したからだ。^^;


画像


で、「海老蔵の敬礼は噴飯物」と述べた件から申し上げると…


画像

海軍式の着帽時(帽子を被っている時)の敬礼は 概ね、上の画の感じだが…


これでも人によっては「右肘から指先まで一直線になっておらず、手首が曲がっているのはイカン」とか「右手の親指が人差し指から離れているのはイカン」と指摘する人もいる筈だ。^^;


よく「陸軍式と海軍式がゴッチャに…」というのが 日本映画の考証を重視しない典型的な表れなのだが、その違いの最も大きな点である右肘の位置は 映像内に登場する兵達の敬礼は全般的に良好ではある。


で、海老蔵の敬礼のどこが「噴飯物」かと言えば


画像

(中央の茶色が海老蔵)


ここで、指摘される点は 敬礼する海老蔵の右手のひらの角度、左右の兵の角度と比較すれば明らかな様に 海老蔵の右手の掌が永島敏行から見えてしまっている。


これはイギリス陸軍だったら文句は言われないだろうが、帝国海軍ではダメ^^;


その上、最もイタダケ無い点は この敬礼を直る(終える)時


画像

ピョコッと敬礼していた右手を跳ね上げるところ


まるで、酔っぱらったサラリーマンが「ヨッ!」と挨拶するかの如き動きをする。


こんな敬礼を上官にした日には おもいっきりブン殴られても文句は言えない。


海老蔵の敬礼は 上の画のシーン以外にも何回かあるが、その全てが同様に「ヨッ!」で終わる。


ゆえに、たまたまワンカットを編集で見逃した…という問題では無い事が明かで 制作者の戦争映画を作る姿勢に 大いに疑問を感じる次第。


ただね、どうでも良い事を合わせて述べれば…


画像

海老蔵が手帳に遺書を書くシーン 


これを見て 私は「あぁ、成る程な」と勝手に悪い方に納得出来たのだが、それは「鉛筆の持ち方」である。


申し訳無いが、鉛筆の持ち方や 箸の持ち方には、行儀や躾が如実に出る。


つまりは、


「こんな行儀も躾もなってないアホなら 敬礼も満足に出来無いわな」


と、私は悪い方に納得する。


もし、万が一 海老蔵がそういう人物で無いのなら そんな誤解を招く所作をした事を反省の上、この映像で良しとして編集を行った監督を呪うべき。


で、この映画の監督である佐々部清に対して 戦争映画を撮る姿勢や資質を問うべき重要な点が 他にもある。


画像

上の画に 敢えて赤く囲み示させて頂いた三隻の船の画に注目して頂きたい。


沖縄への水上特攻に出撃する戦艦「大和」と随伴艦…


上の画を見て「フザケンナ!!!」と怒り呆れるのは 赤枠内の三隻の艦艇のシルエットは史実に明記されている随伴艦のシルエットでは無い。


しかも、あろう事か左と右の艦艇は 現代の海上自衛隊の艦艇のシルエットであり、例えば左側の艦は 


画像

おそらく「はるな」型か「しらね」型(上の参考画像は「はるな型」の「ひえい」)である事は明白。


右側の艦も艦橋の形状や艦橋後部のマストのシルエットから どの艦形は断定できないが、現代の海上自衛隊の艦形である。


ちなみに中央の艦に関しては 当時の旧式軽巡洋艦かな?と思えなくも無いが 沖縄への水上特攻に随伴した軽巡洋艦は阿賀野型の「矢矧」のみで その他は八隻の駆逐艦であり…


画像

「矢矧」とは明らかに艦影が違うし 遠近法を考慮した艦の全長を考えると当時の駆逐艦の全長サイズでは無い。


知らない人には どうでも良い話なのであろうけどね、ミリタリー・オタク的に見れば これほどナメた考証は無いのだ、というか こんなので「考証した」と言うのは片腹痛い。


そして…


画像

現代に至り、老いた整備兵が記念館を訪れ… 戦争物ではベタな構成だが、それじたいを批判する気にはならないが


画像

遺品のボールを海に投げるのは 理解出来ないし、許せん。


ま、それもクソ映画であれば 細々、言っても仕方が無いけどね。


通常であれば


画像

画像

画像

画像

画像

「上野樹里」PVって事で… なんて解釈で終わらせるとこなのだが


画像

この映画のフィルムパートナーズにクダラナイ輩が数社参加してるのが 今回、初めて判ったから大目に見るのも止めた。


ただ、一点


画像

「三浦友和」の父親役は 見ただけで泣ける。


それが確認できた事だけは収穫だった。




● ココニイルコト


2001年公開の映画「ココニイルコト」について語る。^^




画像

この映画は 実は私にとって、とても思い入れの強い作品である。


このブログが いつの間にか、映画やTVドラマの感想を述べる記事が増え そういう傾向が強くなるにつけ… この「ココニイルコト」にも触れる機会が来るだろうなぁ…とは思っていた。


しかしながら、もし触れるとすれば「何故、思い入れが強いのか?」という部分にも触れずにはおけないし、そこに触れる事は 作品の「ネタバレ」にも繋がりかねず、同時に 記事を書くためには 少なくとも一度はDVDを見直さなくてはならず、それが理由で 敢えて、今までは記事にせずにきた。


私は いろんな事に個人的に「思い入れ」を持ち、それを大事にする考えが強い。


そんな「思い入れ」の中には「簡単(気軽)に見てはいけない映画(ドラマ)」というものがあり、この「ココニイルコト」も その一つだったのだ。


先日、「ヒミツの花園」というTVドラマが終了し、その最終回の記事を掲示したところ コメントの中に「ココニイルコト」を見るように薦めて下さった方がいる。


まぁ、上述した私の内実など他人が知る由も無く そのお薦めに対しては ただ、感謝申し上げるばかりだが、コメントを拝読して 正直、複雑な心中だったのも事実だ。^^;


けどね、よく考えてみれば 久しぶりに「ココニイルコト」を見直す 良い機会かもしれないな…と 素直に受け止める事にし、見直した結果、今回の記事となる。




この映画は監督が「長澤雅彦」って時点で 私には「見るべき映画」って事であり、だから 数年前には既に見ている。^^;


「長澤雅彦」という監督に私が惹かれる理由は色々あるが、そのひとつに「絶妙なキャスティング」がある。


彼の作品は いつも脇役のキャスティングに 実に、良い配役を見せる。

画像

画像

画像

画像

主演の「真中瞳」は この映画が公開された当時、実は個人的に惹かれているタレントだった。^^


その気持ちは今でも変わっていないつもりだが、残念な事に役者…という意味では その後、出演作の量や質に恵まれず それが寂しい限りである。


で、特筆すべきは このブログには「綾瀬はるか」「長澤まさみ」「石原さとみ」…等、若手女優のカテゴリーと並列して「堺雅人」や「小市慢太郎」のカテゴリーがあるわけだが、この二人の俳優は ここ最近、出演作も増え 注目度も急上昇しているけど、そもそも この二人に私が注目するキッカケとなったのが「ココニイルコト」の二人の演技を見たからなのだ。


この二人は その後、映画『張り込み』に出演し それぞれが良い味を出し、私への惹き付け度は確定する。^^


画像

画像

画像

画像

画像

「堺雅人」


画像

画像

画像

「小市慢太郎」


その他にも…


画像

画像

画像

画像

「黒坂真美」という もうひとつ隠れた私の「お気に入り」がキャスティングされていて これまた良い仕事をしているし…


画像

画像

画像

「原田夏希」も実に良い。


で、この作品において何よりも絶品なのは


画像

画像

画像

「真中瞳」の上司役を演じた「中村育二」という渋いバイプレイヤーの演技


この人の演技が 数段、「ココニイルコト」の作品のクォリテイを上げたと言って過言でないと私は確信している。




さて… この映画のストーリーは 広告代理店のコピーライターだった主人公が、上司との不倫が上司の嫁にバレ、その嫁が広告代理店の創業者の娘だった為に 大阪支社に左遷させられる…ってところから始まる。


ゆえに、このての作品って 決まって「関西弁のアクセントやイントネーションが」って事を取り上げて評価を下げ、時には酷評する人がいる。


私に言わせれば「北の国から」における北海道弁だって 道産子の私にはネィティブには聞こえ無い役者が多い。

(あれは「倉本弁」であって「北海道弁」では無い。^^;)

けれども、それで評価を変えたりなんかしない。


ネィティブな方言を大切にしよう…という意識は重要だし必要だと私も思う。


だから、この映画の場合 関西圏の人々が映画内での「関西弁のアクセントやイントネーション」が気に入らず、テンションが下がり、評価も大きく下げる…って部分を理解するけど、そんな感想のコメントは私のブログには不要である。^^


と、良い機会なので言いたい事を言った上で「何故、思い入れが強いのか?」という部分について述べると…


【注意】以下の文章にはネタバレが含まれます。




それは 私の心臓が本格的に壊れて 療養を始めて間も無い頃に この映画を見た…と言えば この映画を見た人なら余程のアホじゃない限り、察しがつくだろう。^^;


そんな時期に この映画を見て私が思った事は


「あぁ、こんなラストも良いなぁ…」(注:映画のラストって意味じゃ無い^^;)


さすがの私も壊れたのが心臓だけに


「この先、どうするべ?」


ってな事を哲学した時期がある。


けど、そんな期間が短く済んだのは この映画を見たおかげ…って理由が小さくない。

(もちろん、他にも理由は いろいろあるけどね^^;)


良い意味か悪い意味かはともかく、私にとっては 少し肩の荷が下りた様な、そんな気が楽にさせて貰えた作品であり、ゆえに 心に強く残る作品となる。


ちなみに、この映画はエンドロールをちゃんと最後まで見ないと勿体無い。


何故なら、最後の最後が 私にとってジワッと、かつ、長い時間尾を引くように泣かされたシーンだからだ。


画像