● 夜のピクニック 再び
DVDが発売されたのを機に再見したので 少しだけ語ってみたい。
おそらく、あらすじに関する感想やレビューは いろんなサイトやブログで述べられていると思うし、私は 以前に『夜のピクニック』という記事で一度語っているので それらについて今回は語らない。
以前は、映画は映画館で 大きなスクリーンで館内に響き渡る音響で楽しむもの…というのが私のポリシーだった。
けど、最近は 自宅のホームシアターで1人で見るのが一番、楽しめる。
まぁ、持病持ちだから…って事もあるのだが、最近の映画館は 昔とは別の意味で客のマナーが悪い…って事もあるし 最大の理由は映画館の建物の造り、特に スクリーンと階段の配置対して スクリーンの角度のアンバランスさだ。
なんとなく、ホールの収容可能人数に対し その1割ぶんぐらいの座席しか見やすい角度では無く、それ以外は 上下左右を歪な角度で見る事になる。
それって細かい事のようで実は重要で、好きなモノを飲んだり、食べたり、タバコまで吸える自室の方が 真剣に映画を楽しめる。
この「夜のピクニック」は 劇場で観て、期待通り なかなか渋い作品だったから、DVDでじっくり観るのを楽しみにしていたわけで…
「多部未華子」「貫地谷しほり」「西原亜希」「加藤ローサ」 それぞれが輝いており、高校時代の記憶を刺激され なんか、キュンとする。
やっぱり、この映画は実に良い。
で、今回の再見により どうでも良い事を二つだけ挙げておきたい。
まず、一点目
「柄本佑」の上の画のシーン 両手を挙げて上を見上げ、効果音にヘリの音…
このシーンは映画「プラトーン」の名場面。
気がついてみたら「プラトーン」を知らない若者が多いのね^^;
それと… 恒例のエンド・ロール眺めで 今回もまた「え?」と発見
「尾上寛之」の名前がある
だから、探してみたところ…
本当にチョイ役で出演してた。^^
さて、前に別の何かの記事で述べた事でもあるが…
私の義弟は陸自の現職で 自衛隊に入って間も無い頃の話を聞くと、まぁ 色々と「本当かよ?」と驚く内容の訓練を積み重ねている。^^;
結局は「兵士」として必要な 意味のある訓練なのだが、平和ボケした一般人だった私には 聞いた当初は その意味を掴みかねる内容が多かったのだが…
数十kgの荷物を背負い、数kgの銃を持ち、120kmの道のりを歩く行軍、まともな食料は三日分だけしか貰えず、1週間かけて山中を移動する訓練…
そういった様々な訓練を重ねている時、中には フラフラになって倒れそうになったり(実際に倒れたり) そんな時、訓練を指導する教官は
「オマエら、苦しいときは 無理矢理、笑顔を作って浮かべろ」
と言うのだそうだ。
義弟曰く、「やってみるとね、顔を作るのに必死で 辛い事が何時の間にか気にならなくなるんだよね」だそうで^^
まぁ、そんな事は ともかく… 最近は あまり、耳にしないが 我々の世代の親は
「死んだ気になって…」
と、前置きして「働け」「勉強しろ」「ガンバレ」等と言ったものだ。
義弟は これを指して
「どんなクダラナイ内容でも 実際に、極限までの経験をすると たいていの事が辛くなくなるんだ」
と言う。
つまり、彼は 自衛隊の訓練の中で もしくは、課業の中で 何度も「死んでも不思議じゃ無い」経験をしており、そんな経験を重ねると 普通の人なら音を上げるような事でも、そんなに辛いと思わなくなったと言う。
それを大学生の頃に 東京のアパートで休日を利用して遊びに来た義弟から私や 私の友人達が聞き「じゃぁ、試しに」と 長野や四国や岡山に旅をした際、無謀にも歩いて移動を試みたもので…
その結果、私が身を以て実感したのは「江戸時代の人達は こんな距離を平気で歩いて旅してたのか…」って事。
そのおかげで 秀吉が本能寺の変の直後や、賤ヶ岳などで行った大移動が 如何に凄いことか実感した。^^;
が、まぁ、それは ともかく…
一緒に私と歩いて旅した仲間とは 今でも悪友である「二代目開業医」や「歯科医」や「建築士」達で その時の経験は今でも貴重な体験として心に残っているのだが、それは単なる「想い出」だけでは無く「連帯感」でもあり「普通では味わえない経験」という意味でもある。
実際、今の高校生 特に、進学校の学生には こんな ただ80kmを歩くだけ…って行為は 傍目には無意味な事、下手すると百害あって一理の無い事と映るかもしれないが 私は こういう事こそが、その年代の子供達には必要な経験だと思うわけで こういう行事のある学校は素晴らしいと思う。
極端な例で ひとつ言えば、将来的に 万が一、大地震など大きな災害が起き 交通機関が麻痺して 急遽、どうしても数十kmの道のりを歩いて移動しなきゃならなくなった時、本当は 万が一でもそんな事態は起きて欲しくは無いけれど、そういう状況に遭遇した場合、この「夜のピクニック」のモデルになった学校の様な行事を経験した学生なら 身を以て それを克服する術を身に付けている…という考え方も出来る。
まさに「何事も経験」であり 何が役に立つかは誰にも判らない事なんだよね。^^
