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2007年01月21日

● レストランのJ


今回は 花屋のYさんと同じ様に ホステスを引退した後、レストランのオーナーになったJさんについて語ってみる。




Yさんが正式にホステスを引退し花屋を開業したのと ほぼ同じ頃、Jというホステスさんが喫茶「職安」の常連達に


「実は 私も物件(不動産)を探しているの」


と、言い出し 少し複雑な条件ではあったけれど適した物件が直ぐに見つかったのを機にJさんもホステスを引退した。


Jさんには弟が1人いて その弟は東京の有名なホテルでコックの修行をしており、そこそこの地位まで上がっていたのだが、その人が札幌に戻り、姉であるJさんが出資して姉弟でレストランを開店する事にしたのだ。


ススキノの ちょっと中心から外れた場所にあったその店は ほぼ1ヶ月の間に改装も終わり、日程的には順調に開店する運びだったが そこでひとつ問題が持ち上がる。


それはJさんの意向で 店の営業時間が夕方の6時から明け方の4時迄に決められた為、その時間を働くウェイター・ウェイトレスの応募が ままならず、そこで 喫茶「職安」のバイト学生であった我々に白羽の矢が立ち、従業員の応募があり次第順次入れ替わっていくと言う事で ワンポイントリリーフとして我々がウェイターになったのだ。


今でも覚えている事なのだが…


喫茶「職安」のママから


「他のバイトみたいに高いギャラは貰えないけど

 その代わりに、レストランのメイン料理を一日一品 必ず食べさせる様に言ってあるし、

 他にも 面白い経験が出来ると思うから 我慢して 代わりの人が見つかるまで

 やってくれないかなぁ…」


そう言われて 別に嫌々では無かった私達はJさんの店に行く事にしたわけだが…


元々、Jさんと私達は顔見知りだったから Jさんも私達の事はよく知っていて…


いきなりJさんは


「アンタ達、ついておいで」


と、我々を引き連れて最初に行ったのが狸小路という中心部にある商店街にある 札幌市内でも有名な学生服の専門店


そこで全員にワイシャツ二枚と ズボンを二本買ってくれると言う。


ウェイターの格好は 白い開襟シャツに黒いズボン つまり、学生服のズボンが最も手っ取り早いのだが、実は 私達の通う高校は私服の学校で 中学までは学生服だったけど、その後の成長で着れなくなっていたのだ。^^;


で、店に行き それぞれのサイズで試着をしていたら なんか、ズボンだけじゃなく詰め襟の上着も欲しくなり… 店員に言わせれば ズボンとワイシャツだけ買うのでは無く、上着も含めてセットで買うのも金額に少し上乗せするだけとの事


Jさんは それを聞いて


「じゃ、開店に協力して貰う記念に 上着も買ってあげるよ」


と、気持ちよく制服をプレゼントして貰ったのだ。


で、我々は Jさんの店で働く事になったのだが…


その際、我々はJさんから「店に来る時、必ず以下の事を守る事」として


 1.店の近所のサウナに寄って身体を洗い、髪をちゃんとセットして、ヒゲを剃り、爪を切っておく事


 2.店で着たズボンとワイシャツは 必ず退店する時に クリーニング専用のカゴに入れ、
   同じ服を二日続けて着ない事。


という二箇条の掟を課し、サウナ代とクリーニング代を負担してくれた。


で、我々バイト学生6人に


「勤務シフトは貴方達6人に任せるから 出来れば毎日3人、最低でも2人は必ず店にいるようにして頂戴」


そう厳命されていた。




ウェイターのバイトをして 仕事自体に学んだ事で個人的に役立った事は あまり無い。^^;


でも、そのバイトをする事によって 学んだ事は多く、身に付けた知識として今でも役に立っている事は多い。


後で知った事だが、Jさんが店の営業時間を夕方の6時から明け方の4時迄に設定したのには理由がある。


当時、「風営法」は無かったわけではないが、今の様な風営法に大幅に改正されたのは1985年の事 営業時間が12時迄なんて規制は無く、大抵は2時ぐらいまで普通に営業されており、高級クラブなどは 夜の7時に開店して2時まで営業しているのが普通だったわけで、Jさんはクラブ用語で言うところの「同伴」「アフター」 つまり、ホステスが馴染みの客と待ち合わせして食事をしクラブに行く「同伴出勤」と 店が終わった後、馴染みの客と食事をする「アフター」 その時に、利用される事にターゲットを絞ったのだ。


だから、開店早々は賑わうけど 9時過ぎくらいからは一時的に客が殆どいなくなり、12時までは暇となるので、その時間帯になるとJさんの弟であり、とても気さくな人だったシェフのDさんは 我々バイト学生に「賄い料理」と称して 毎日、違った料理 それも店のメニューでは 相当、高額な料金を請求したもので「~の地中海風味」等 高級レストランならではの料理を食べさせてくれて それを自分も一緒に食べながら テーブルマナーや それぞれの料理のウンチクや作り方を教えてくれたのだ。


今でも覚えている事は沢山あるが 特に興味深かったのは 続に、レストランにおけるテーブルマナーと呼ばれている所作


最近の日本人って 何事にも「カッコ」にばかり気を取られ 物事の本質を判っていない、判ろうとしないアホが多いのは まぁ、今 始まった事じゃ無い。


その上で 気を取られ、こだわっている「カッコ」ですら それが(それだけが)正解じゃない事に気づいていないマヌケも多い。


例えば、高級レストランで店に入り テーブルにつくと目の前にナイフとフォークが左右に それぞれ並んでいる。


仮に ナイフが3本並べて置かれていた場合 多くの人は 料理が出される毎に「外側から使うのがマナー」だと思っているし、多くのガイドブックにも たしかにそう書いてある物が殆どだ。


でもね、実はそれって どうでも良い事であって 内側のフォークを使ったってマナーに反する行為では無い


よくスープを飲む時に スプーンを奥から手前に引き寄せながら掬うのか、手前から奥へと押し出しながら掬うのか?と言う部分にウンチクを語る人がいるけれど…


正解は


「スプーンを奥から手前に引き寄せながら掬う」


これは「フランス式」


「手前から奥へと押し出しながら掬う」


こっちは「イギリス式」


つまり、結論から言えば「どっちでも良い」とさえ言えるのだが、日本の場合 明治初頭に西欧文化を取り入れようとした宮内庁が イギリス式を学び尊重したが故に イギリス式が範となっている。


このイギリス式とフランス式の違いとは 面白い事に その多くが反対動作。


例えば、


 フォークでライスを食べる時 フォークの背にライスを乗せて左手で食べるのは「イギリス式」


 フォークを右手に持ち替えて フォークでライスを掬って食べるのは「フランス式」


という風に イギリス式とフランス式には いろんな部分で対立する所作があり、他にもスープの飲み方にはアメリカ式があったりもする。


で、多くの日本人のマナー・ウンチクを聞いていると「イギリス式」と「フランス式」がゴチャ混ぜになっている事に気づいていない愚か者が多い。


それこそ カッコばかりに意識が向きすぎ、物の本質を判っていない典型的なタイプであり、実は それこそが最大のマナー違反だという事に気づくべきなのだ。


マナーってのは 集約的に突き詰めれば「気配り」と言って良い。


周囲に不快を与えないため、自分が他人に不快に思われ無いための「配慮」


であるがゆえに ガチャガチャと音を立てるな…とか、クチャクチャと食べる音をたてるな…ってのは そもそも「配慮」を求めるが故の事


つまり、どんなにカッコをつけて身を飾り立て、マナー云々と語ったところで その根本というか本質を身につけていなければ 余計な事をしているぶん、配慮に欠けているも同然の場合が多いでしょ?って事なのだ。^^;


肉料理なら赤ワイン 魚なら白… 私は酒を嗜まないので詳しい事は言及出来ないが、人には それぞれ味にも好みがある。


理由があって 肉料理でも白ワインを所望する人がいる。


しかしながら、その理由を考慮もせずに「肉料理なら赤ワイン 魚なら白」 そう決めつけ、それに逆らうのは愚だ、物を知らないと安易に決めつけるのは配慮に欠ける事なのだ。


結局は マナーがいつの間にかマニュアルと化し、「マニュアルにさえ従っていれば良い」と思い込み、「配慮」どころか 自分で考える…という事すらしていないのだとすれば そんな奴がサルやネコを笑えるか?って事。^^;


Jさんのレストランは 開店した直後からはやり、売り上げは好調で 従業員も増え始め、2ヶ月もかからぬうちに我々バイト学生は 正式に採用された従業員達と入れ替わった為、我々がJさんのレストランに定期的に通う日は長くは無かったが、人手が必要な時には頼まれて 手の空いている学生が手伝いに行く関係は続いていた。


が、Jさんのレストランは開店から半年過ぎた頃 店舗が消失した。


従業員の過失で火事となり、全焼してしまったが故に 言うならば焼失したのだ。


まぁ、道義的な事はさておき 自分の店だけが焼け落ちたのであれば火災保険でどうにかなる。


問題は その失火により、隣近所の店舗も数件が延焼してしまい それらの賠償などがのしかかってJさんは多額の債務を背負い込んでしまった。


特に運が悪かったとしか言えないのは 直ぐ隣の店舗の大家が因業で あれもこれもと賠償請求を行い 結果的に裁判沙汰になった事。


如何にヤリ手のO弁護士が代理人になったとはいえ 元々は従業員の軽率なミスが原因だった事は明かな為、どうにも太刀打ちが出来なかったのだ。


そんな結果がハッキリ見通せる様になった頃 Jさんの姿は忽然と札幌から消えた。


弟でシェフだった人も 同時に失踪した。


レストランがあった跡地は その後、しばらくは空き地だったが、バブルの末期頃 近隣の土地を買い合わせて大きな複合ビルへと姿を変えた。


私達、バイト学生は Jさんから買ってもらった詰め襟の学生服を 高校を卒業するまで通う時に着続けた。


それには 率直に言ってJさんに対する想い…なんてものは欠片も無い^^;


私服登校の許された高校だからこそ 学生服で行く。


そこに ガキならではのダンディズムを感じていたのだ^^;

(私だけかもしれないが…^^;)


変な言い訳だとも思うけど 学生服ってのは 実に都合の良い物だと思うのね


例えば、私服通学だと ファッションに凝ると際限が無くなってしまう。


中にはドレスみたいな服を着てくる子もいれば 逆に 私服であるが故に貧しさが目立ってしまう子もいる。


多少、汚れてたり、汗くさくたって それは学生服ならではの健全な姿だし…^^;


そんな中、我々6人が学生服で校内を歩く姿は 最初は奇異に受け止められたけど、それがひとつのファッションとなり、自分達でデザインしたセーラー服を着る女の子グループが現れたり 卒業する頃には別に不思議な光景ではなくなっていた。


だから、高校の卒業写真アルバムを見ると マヌケな6人の小僧が私服の同級生達に混じって 詰め襟姿で写っており、それはそれで想い出だ。




さて、この話には後日談がある。


Jさんの弟は レストランを開店して間も無くの頃、北海道の食材を利用したオリジナルの創作料理を 暇を見つけては創り出す事に挑戦しており…


その中から いくつかの傑作を編み出したものだった。


で、そんな中の一つに 石狩鍋を基に 具材や味をそのままにヴィヤベース仕立てにした料理があった。


ホッキ、帆立、バイ貝が ハマグリ、アサリ、ムール貝の代わりとなり 鮭やタラバの身も入って 実に美味い一品で その作り方を後に「腕力だけが取り柄の歯科医」と呼ばれる男が習い、今でも 何かの時に作るのだが…(趣味が料理なだけに^^;)


ある日の事、学会で仙台に行っていた「二代目開業医」が 札幌に戻って来る時に、私が頼んでおいた「笹かま」を小脇に抱えて我が家に来たのだが…


二代目は私の顔を見るなり


「おい、20数年ぶりにJさんの弟、あのシェフに仙台で会ったぜ」


と言う。


話によると 二代目は交友のある医師達と食事に行ったレストランで 昔、Jさんのレストランで出していたのと同じ名前のヴィヤベースをメニューに発見し、気になってそれを頼んだところ 昔の味そのままだったのだそうだ。


で、さりげなく店の人間に話してみたところ Jさんの弟が 密かにそこでシェフとして働いていたのだそうだ。


もちろん、私達はシェフに恨みがあるわけでも 債権を取り立てているわけでも無いから、シェフは二代目を見るなり 懐かしそうな顔をしてくれて店の営業が終わった後に いろんな話をしたのだそうだ。


Jさんは 札幌から夜逃げの様に身を隠し、東京郊外の友人を頼り、その後 いろんな仕事について生計を立てていたが 数年前に癌で亡くなった事。


その際、「あの火事さえ無ければ…」と うわごとを繰り返し亡くなった事など


で、シェフは「よく あのヴィヤベースを しかも味まで覚えていたなぁ…」と しきりに感心していたそうだ。


その数日後、懐かしくなって そのヴィヤベースを食べたくなった私達は 歯科医に頼んで作ってもらい それを食べながら昔話を楽しんだのだが…


二代目の話を聞いた歯科医は 二代目が味を覚えていた事に関して


「あぁ、それは理由がちゃんとあるんだよ」


と言う。


「それは、出汁(ダシ)をとる際に「焼き干し」を使うからなんだけど

 普通、焼き干しって言ったら 小型のアジを干して焼いた物なんだけどね

 シェフは わざわざ青森の業者から アジじゃなくて イワシの焼き干しを取り寄せて使ってたのさ


 で、イワシの焼き干しは 独特の甘みがあってね アジじゃ、その甘みが出ないのさ」


なのだそうだ。


実際に 歯科医がイワシの焼き干しを使ってとった出汁のヴィヤベースを食べた二代目は


「お~、これこれ この味よ 食べた瞬間判ったぜ」


と、自慢げ^^;


「いやぁ~ 俺もさ

 商売柄、いろんな医学者や事例報告を数え切れないぐらい読んできたし、

 学会のレポートなんかも見聞してきたけどさぁ…


 例えば、何かの風景を見て記憶が蘇る…てのは「視覚」

 何かの音楽を聴いて記憶が蘇るのは「聴覚」


 それは、俺自身にもいろいろな経験があるから判ってはいたけど、

 それと同じ様に 何かの味、つまり「味覚」で記憶が蘇るのを 自分で経験したのは始めてだもなぁ…」と。


Jさんは とても面倒見の良い人で 喫茶「職安」のママや 花屋のYさんよりも、同僚や後輩のホステスさん達から慕われていた。


けど、ホステスを引退し レストランを始めて、そのレストランが僅かな期間で繁盛しだした途端、妬むような事を言う人や 悪口を言い出す人が現れた。


それを職安のママやYさんは耳にする度に Jさんをでは無く、Jさんを誹謗する人達を悲しそうに見ていたものだ。


そして、レストランが焼け、Jさんが失踪した途端 Jさんを誹謗する人達は


「調子に乗りすぎてバチが当たったのよ」


なんて事を言って 楽しそうに笑い合っており、そんな人達を指して 喫茶「職安」のママは 我々、学生に


「いい? あぁいう薄情な というか自分勝手な奴にだけは アンタ達はなるんじゃないよ

 Jは頑張ったけど、どんなに頑張っても その努力を無にするアクシデントは 誰にだって

 いつ起きても不思議じゃ無いのよ… それをJから 身をもって教えて貰ったと覚えておきなさい。」


と、言われた。


Jさんが レストランに取り入れた営業時間のアイデアは 今では当たり前の様になっており、都会の盛り場には 同様の営業時間をとる焼き肉屋や小料理屋が多い。


しかし、30年前の 少なくとも札幌では そういうラーメン屋は多かったけど、きちんとしたレストランや焼き肉屋は 数える程も無かったし、24時間営業なんてのは皆無に近かった。


花屋のYさんもそうだけど 商売をする場合、如何にリスクを少なく 儲けを増やすかを考えるのも重要だが それだけには限界がある。


自分の手がけているビジネスの中で 如何にアイデアを盛り込むか… そこには確かに未知のリスクもあるけれど、大いなる発展の可能性も少なく無い。


極論ではあるけれど、そういう現実を目の当たりにすればする程 私は役所の小役人達が 如何に偏差値の高い大学を出て 公務員試験に受かったからといって ただ、それだけの事では尊敬どころか認める価を感じない。


それは 小役人共が役所のマニュアルを守る事ばかりに固執して 何故、そのマニュアルのがあるのか? その根本を考えていない輩が多いからだ。


しかも、そんな小役人共の多くに


「高級レストランで食事をする時のマナーはねぇ…」


と、「イギリス式」と「フランス式」をゴチャ混ぜにウンチクを語るアホが多いのは 私の経験上、身をもって知った統計値だからでもある。^^;




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コメント

ブタネコさんへ
今回のJさんのお話、とても良いです。人生の悲哀を感じますね、Jさんが’あの火事が無かったら’と思いつつ亡くなったこと本当にその悔しさが良くわかります。努力した人が報われないのを側で見ていて腹立たしく思ったのは何度もあります、評価する人間の度量を疑いたくなったものです。それにしても羨ましいほどの人生経験をなさっていますね。人の悪口を言いたくなったときにこの話しを思い出して自戒します。

私のような毎日変化のない生活を送っている物にとって,ブタネコさんの人生経験はいつも楽しみにさせて頂いておりましたが,今回のお話はまた秀逸なものですね。これからもこのようなお話楽しみにしております。

★ タンク さん


お役に立てば幸いです。^^;


★ neppi さん


努力します。^^;

【※注意!!】

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