● 拝啓、父上様 第1話
「拝啓、父上様」第1話を見た。
正直言って、私の心中は とても複雑だ。^^;
単に ひとつのドラマとして見る限り 悪くない、いや これといって目を惹かれるドラマが見当たらない今クールにあっては かなり上質な部類に入る。
たぶん、若い世代の方々には 味のあるドラマに感じられるのではなかろうか?
( この作品が、そういう世代に向けられて作られているのならばね )
でもなぁ… 私は 素直に、のめり込む事が 少なくとも第1話を見た限りでは出来ずにいる。^^;
以下に述べる事は けっして「拝啓、父上様」を今のところ批判するつもりで述べるのでは無い。
あくまでも、私(ブタネコ)の個人的事情による感想である。
かつて、昭和50年頃 日テレ系で放映された「前略おふくろ様」というドラマがあった。
主人公・三郎(萩原健一)は 山形から単身上京し深川の料亭で板前修行中の青年で 板場の先輩・後輩(梅宮辰夫、小松政男 等)や 近場の鳶の渡辺組の面々(室田日出男、川谷拓三)、仲居の一人で恋人でもある”かすみ”(坂口良子)達との日常を綴った青春劇であり、従姉妹の”海”(桃井かおり)や三郎の兄弟や叔父叔母との関わり、そして 根本には母親(田中絹代)想いの三郎による 親への情を見事に描いた珠玉の一本だ。
私は つい、先年 TV版「世界の中心で愛をさけぶ」で壊れた。^^;
40数年という我が人生の中の記憶を甦らされ 反省する事も多かったし、残りの余生に向けて 様々な事を考えさせられた。
ゆえに、私の壮年期のバイブル… そう思える一作となる。
で、ちょっと人生を遡ると 大学を出て社会人となり、札幌を離れ 東京に住んでいる いわば私の青年期に 私のバイブルとなった一作は「北の国から」である。
と、考えた時 では、私の少年期のバイブルは?と言えば 間違いなく「前略、おふくろ様」だった。
毎週、「前略おふくろ様」が放送される日は バイトを入れずに帰宅してTVの前に座り、私の両親と妹 4人そろって「前略、おふくろ様」を見ながら 共に笑い、共に泣いたものだった。
この最初のオンエアーの時 私はまだ高校生だった事もあり、毎週欠かさず見ていたとはいえども、今の様にビデオで録画しておく…なんて真似は出来ず(家庭用のビデオが売って無かった^^;)物語の底部にまで理解する事は出来ておらず、ただ単に「面白いドラマ」としか受け止める事が出来ていなかったと知ったのは 後年になってビデオが一般家庭に普及されるのと同時に「前略おふくろ様」のパート1と2のビデオが発売され 全部をレンタル店から借りてきて見直した時だ。
「このドラマは 深い」
本当に 心のそこから痛感した。
家族で笑いながら見た記憶ばかりが強かったのに 見直した時は泣けて仕方が無かったのだ。
今、その頃の事を考えると…
高校生の時、とても辛く悲しい事があった。
それを忘れていられるのは 悪友達と喫茶店でたむろ(バイトもしたけど)したり、部活をしている時だったり、要は「ひとりぼっち」じゃ無い時だけ
「ひとりぼっち」の時でも本を読んだり、TVを見ていれば その悲しい事を思わずにいられ、特に「前略おふくろ様」を見ている時は笑っていられたのだ。
でも、後年になってビデオを再見した時は…
私には嫁も娘もいたけれど… 一緒にオン・エアーを笑いながら見ていた両親や妹は もう、この世にはいなかった(ToT)
だから、「前略おふくろ様」を今見ると いろんな事を思い出す。
家族4人で笑いながら見ていた事ももちろん、高校の時の悲しい事… つまり”亡き友”の事、そして ビデオを再見してボロ泣きした時に思ったいろんな事…
だから、「前略おふくろ様」「北の国から」「世界の中心で愛をさけぶ」の3本は 私にとっては「ただのドラマ」なんかじゃなくて 大事な想い出のつまった 意味は違うかもしれないけど、私にとってのパンドラの箱みたいなものなのだ。
それだけ思い入れを 勝手に込めちゃってるからね…
「拝啓、父上様」に対して いろんな意味で冷静に見れる自信が無い。^^;
なので、この「拝啓、父上様」に関しては 極力、番宣を見ないようにしてきたつもりで…
「拝啓、父上様 第1話」を見た。
今風の 小洒落た表現を用いれば、
「料亭という特殊だが、伝統的な世界の中で 家族や仲間や地域の人情を しっかりと地に足をつけたタッチで描いている…」
ってな表現がされるんだろうね。^^
(ザ・テレビジョンとか、TVガイドの提灯記事なら特にね^^;)
その点について このドラマだけを考えるならば間違いとは思わないし、きっと そうなんだろう。
でもね、
立ち上がりの映像…
板場の風景…
大女将と若女将のキャラや 親子ながら、対立構造という構成…
何かと一波乱起こしそうな女将の娘…
高層マンション建築による立ち退き騒ぎ…
花板と女将の ワケアリ設定…
これらは全て「前略おふくろ様」のパート1とパート2をミックスした焼き直し…としか私には思えない。^^;
神楽坂から 飯田橋-市ヶ谷間のお堀が近いからと言って わざわざ、「前略おふくろ様」の隅田川の風景と似たカットを用意する必要は?
八千草薫は大好きな女優さんだが、前略パート2と同じ役柄で持ち込むのは何故?
もちろん「梅宮辰夫」の花板も、そうだし…
首都高建設と高層ビルを置き換えただけの立ち退き騒ぎという設定…
で、これが最初で最後にするけれど 心の底から大声で聞いてみたいのは
「これって”前略おふくろ様”のリメイクなんですか?
という事。
もしかしたら、既に番宣等で「リメイクです」と明言されているのかもしれず、それを私が知らないだけかもしれない。
だから、「リメイクなんです」と明言されてるならば 素直に「あぁ、そうなんですか、だからなんですね」と納得する。
でもね、
第1話の放送を見た後に 公式サイトやフジテレビのサイトなどをぐるっと一回りしたけれど「リメイク」という言葉や表現はひとつも見つからず、あったのは
大ヒットドラマ『前略おふくろ様』の流れを汲んでおり
今のところ その一言が、フジテレビ広報部の案内にあっただけなわけで…
第1話を見る限り
”前略”で小松政夫が演じた中堅板前というポジションを「高橋克美」が演じ、それを若女将の亭主という設定に変更し
「高島礼子」が主人公の母親で、もしかしたらタイプの違う”前略”の海ちゃん的キャラになるのか?
”かすみちゃん”に代わり、今回のヒロイン的存在は シャンソン風バイリンガルなのか?
…って事だけ^^;
つまり、私が感じた事は 「リメイク」ならハッキリと「リメイク」と宣言して制作すればいいのに 白々しくすっとぼけて さも、全く新しい別の企画で…という制作姿勢で シチュエーションの大半を焼き直しみたいに利用したものを見せられているのは 何か、不自然というか 妙な体裁の繕い方や小賢しさという風に、嫌らしさを制作姿勢に感じてしまう…という不愉快さなのだ。
これが、かつて 私にとってクソ・ドラマだと感じた作品ならば それはどうでも良い事であり腹も立たない。
けれども、少年期のバイブルとさえ思っている「前略、おふくろ様」とあっては 倉本聰への敬愛すらも瓦解しかねない仕儀だと感じている…という事。
おそらく、これは多くの倉本フリーク達、とりわけ私と同年代か上の世代のフリークにとって「受け入れる」人と「拒絶する人」が大きく二分すると思う。
で、もし「倉本作品なのだから、フリークとしては 温かくヒャッホイすべき」みたいな理由で「受け入れる」人が多いのだとするならば へそ曲がりで偏屈な私としては「老いたのか?倉本!!!」と「拒絶する」側にまわり、如何に敬愛する倉本聰とはいえども、不満を呈示するしかないなぁ…^^;
久しぶりに、「前略おふくろ様」のパート1の1,2,3話を 今日の昼間見たのだが…
オープニングの井上堯之バンドのテーマだけで泣けた。(ToT)
室田の半妻と 川谷の利夫さんで また泣けた。(ToT)
このコンビネーションの妙というエッセンスが「拝啓、父上様」では描かれるのだろうか?
第1話では登場しなかったようだが、芸者「浮葉」こと「木村多江」が そこを補ってあまりを与えてくれるのだろうか?
私の興味は もう、そこしか無い。^^;
