● めとろんさんに 捧ぐ…
さて、今回、何を申し上げたいかと言うと…
めとろんさんのブログにおける『気まぐれ日記 「犬神家の一族」、観ました。』という記事において…
佐兵衛翁の若き日のエピソードが全てカットされ、台詞で説明されるのみになったことにより、作品の構造が単純化され、ひじょうに鮮明になったと思いました。
そして、犬神製薬が軍部と手を結び、麻薬を精製して戦争に駆り出される兵士たちに提供、その度に財を蓄えていった…という、一見ストーリーとは関係のないエピソードが、尚残されているのを見て、ぼくはこの映画の”核”はここにある、との観を強くしたのです。
と、めとろんさんが述べられている部分に対して
私は
実は 私は別の所に”核”を感じてまして その着眼点の違いにより 微妙に、特に松子に対する感想が異なってしまうんだなぁ…と(これは めとろんさんへの批判では無く、あくまでも考察の違いに対する面白さ という意味です^^;)
と、小生意気な事を申し上げた部分について^^; 持論を勿体ぶって今まで述べずにおりました^^;
( めとろんさん ごめんなさい^^;)
で、その点について 本当は めとろんさんが「金田一です」を読了されるのを待ってから述べたいと思っていたのですが、あまり勿体ぶるのも失礼と思い 書き記す事にしたいと思うのです。
以下に述べる事は あくまでも私(ブタネコ)の個人感なので 軽く読み流して頂けると幸いなのですが…
「犬神家の一族」という作品は 当初、一般的には「面白い作品」ではあるけれど「獄門島」や「悪魔の手毬唄」に比べて1ランク下の様に評されており、一部の推理小説マニアには 1ランク下では無く、横並びの秀作と評されていた…
昔、「犬神家の一族」の前作が映画化された際に「幻影城」という推理小説専門の月刊誌があり、その中で 敬愛する中島河太郎氏が その様な内容のコラムを書かれていたのを読んだ記憶があります。
何故、それを覚えているかというと 私は その時点で「犬神家の一族」は横並びの秀作と感じるほど 読後、シビレていただけに「へぇ~ なんでなんだろう?」と疑問に感じたからだ。
その文献が 今、手許に無いので正確な文章を引用する事が出来ないのは申し訳無いけど、その中で中島河太郎氏が「犬神家の一族」のプロットの秀逸さを高く評価するに辺り、ただ流し読みする視点とは違う 氏独特の視点での捉え方を記していたのだけはハッキリ覚えている。
で、ちょっと視点を変えて「犬神家の一族」を見てみると…
「犬神家の一族」は「探偵小説」である。
「探偵小説」だから 事件が起こる。
では、何故「犬神家の一族」で事件が起きたのか?
それは「犬神佐兵衛」という爺さんが とんでもない遺言状を遺したから。
「犬神家の一族」の映画や原作を見たり読んだりした方なら ここまでは誰もが「そんなの子供でも知ってるよ」と言うだろう。^^;
では、何故「犬神佐兵衛」という爺さんは とんでもない遺言状を遺したの?
もっと、掘り下げれば 遺言状に記した内容の本当の意味って何?
めとろんさんに 申し上げた「私は別の所に”核”を感じてまして」の”核”が 私の場合は この
何故「犬神佐兵衛」という爺さんは とんでもない遺言状を遺し、それによって何をどうしたかったの?
って部分なんです。
で、ブタネコ流の解釈を申し上げると 本来、遺産は妻子が相続するのが順当。
しかし、犬神佐兵衛に正妻は現存せず、子供は 松子、竹子、梅子 それと青沼静馬の4人
で、犬神佐兵衛が 遺言状で書き示した内容の解釈の見方を変えると 松子、竹子、梅子の3人に直接 遺産が渡らないようにした…という見方が出来る。
その理由は その3人の娘が かつて青沼菊乃という佐兵衛の妾を追い出し、息子の静馬共々 酷い仕打ちを行ったから…というのが一般的な推測。
でも、遺言状の冒頭を読み返すと…
ひとつ…犬神家の全財産、ならびに全事業の相続権を意味する、犬神家の三種の家宝、斧、琴、菊は つぎの条件のもとに野々宮珠世に譲られるものとす
これは まず、財産の相続に関する主導権を野々宮珠世に与え、その意志を尊重させる…という意味
何故、野々宮珠世なのか?
その背景を示すためには 「佐兵衛の若き日のエピソード」や「犬神製薬の発展史」は必須なんです。
次に、何故 松竹梅の三姉妹は 青沼親子を放逐したのか?
その理由には 三姉妹は自分達の母親を蔑ろにし青沼菊乃や静馬を寵愛したのに嫉妬して…というのが一般的な多くの見方だけど、それ以上に、妾腹とは言え静馬が男の子だったから… というのが当時の時代背景を考えると上げられるんじゃないか?と私は愚考します。
つまり、男子嫡流ですね
「このままでは 静馬が全財産を相続してしまう…」
そういう思いも 三姉妹には強かったんじゃないか?と。
目的は達せられ 青沼親子は姿を消した… それに対して佐兵衛は三姉妹に対し憤りを感じていた…
男子嫡流の本来から言えば「全財産を青沼静馬に譲る」で良かったんじゃ無いの?と思うのだが、そこをそうせず、まず「野々宮珠世」としたのは 佐兵衛の本当の考えには 男子嫡流よりも野々宮家に対する思いの方がはるかに強く、それは恩返しでもあり、珠世の背景を考えれば至極当然
けれども、その珠世の背景を三姉妹は知らない。
ここで、ひとつ「?」と思うのは 野々宮珠世の配偶相手の条件に 佐清、佐武、佐智の3人だけでは無く、静馬も入れても良かったのでは?という疑問なのだが、そこが「血の系譜」におけるミソなんだな^^
(ヒントは 静馬は 佐兵衛の息子、佐清、佐武、佐智の3人は孫…って部分)
要は3人の孫の それぞれの母親である3姉妹に財産争いをさせたかった…という事で全ては片付けられがちだが、もっと重要な事は
「何故、野々宮珠世が?」
「何故、青沼静馬が?」
遺言状を読んだ犬神家の一族が そう考え、調べたら…
犬神家の本当の系譜や家歴が判り、三姉妹が青沼親子を放逐した事の理由の愚がハッキリする…という点。
それが犬神佐兵衛の「遺志」だとすると それは「怨念」だろうか?
リメイク版では「怨念」を「想念」に台詞を変えている。
何故、微妙とはいえ ここを変えたのか?
愚見を挙げれば「怨念」では「怨み」が強く感じてしまう。
佐兵衛が珠世を筆頭にあげたのは「恩返し」 つまり、野々宮家への「想い」が過分に含まれているからで、もちろん「想念」という言葉には「恨み」という気持ちも含まれるしね。
ところが、松子を演じた「富司純子」は その辺を判って演じたのだろうか?
私には そう思えない。
「富司純子」の松子には 良い意味でも悪い意味でも「怨み」しか理解していない様に思えてなら無い。
別の記事で述べた事だが、リメイク版の金田一は犯人の自殺に「気づいている」
しかし、金田一は犯人に対して諸般の事由で「黙認する」
が、「富司純子」が演じた松子では「黙認する」諸般の事由に説得力を感じないのだ。
つまり、ブタネコの思い上がった^^;考察としては 物語の”核”である
何故「犬神佐兵衛」という爺さんは とんでもない遺言状を遺し、それによって何をどうしたかったの?
という部分を 殆ど理解出来ずに ただ「親子の情」だけしか演じておらず、「怨」と「想」の違いが判っていない…って風に映ったのです。
なので、めとろんさんの”核”と 私の”核”は そんなに違うモノでは無いと思います。
ただ、捉え方の違いにより めとろんさんは「富司純子さんの松子夫人には満足」という感想になり、私は「富司純子の松子は ミスキャスト」…と、違う結論に至るんでしょうね^^;
どっちが正しいとか、私(ブタネコ)の感想が絶対だ!!… なんて言う気は全く無いです。^^
横溝正史の深さ故により、捉え方の違い…ってだけの話ですから。^^
めとろんさん 御願いだから気を悪くしないで下さいね。^^;


