« 津田寛治 考 | TOPページへ | 張り込み »

2006年12月15日

● 硫黄島からの手紙


ホントは「犬神家の一族」とハシゴで観てこようと思っていた。




けど、いろんな方々から「良い映画だよ」と噂が流れてきてウズウズしていたところに 私の主治医である「二代目開業医」から


「おい、暇なら映画にでも行かないか?」


と、電話が来て


「行く、行く行く…」


と、なった次第。



で、念願の「硫黄島からの手紙」を観た。








さて、何から言おうかなぁ…


実は、私は この映画を見てから 腹が立って仕方が無いのだ。


映画がクソ映画だった…と 腹を立てているのでは無い。


むしろ、映画は素晴らしい出来で、一度見た後の 次の上映も「全席入れ替え制」だったから お金を払って もう一度見たぐらい良かった。

(「犬神家の一族」とハシゴにしなくて良かったよ^^;)


で、二回目を見終えて 二代目に車で送って貰って帰宅したわけだが 映画のパンフレットを見ながら この記事を書くために余韻に浸っていたら ますます腹が立ってきた。^^;




批判的な視点で この作品の最初から最後までを眺めた場合、ツッコミたくなる部分は いくつもある。


しかし、それを補って余りがありすぎるほど 良い部分が多すぎる。


ある友人に言わせると この作品は素晴らしい反戦映画だと言う。


けど、私は その「反戦映画」という安易な括り方には納得がいかない。


と言うのは これまで「反戦映画」と評された多くの作品は「戦争はダメだ」「戦争は悲惨だ」「戦争のおかげで こんな無惨な…」って事を前面に押し出し、ともすればヒステリックに「ダメ・ダメ・ダメ…」と連呼する様な物が多かった。


つまり、理論的ではなく 単なる感情的にうったえる物が多かったのだ。


冷静な気持ちで この「硫黄島からの手紙」は 単に言葉で括るだけなら「反戦映画」だとは私も思うけど、画面から伝わってくるのはヒステリックな叫びでは無い。


「戦争ってのは こういう事を覚悟の上で始めなきゃダメだよ

 戦争をするって事は こういう状況が起き得るんだよ…」


とでも言う様な 耳にキンキン伝わるのではなく、心にズシンと突き刺さるメッセージがある。


だから、もし この映画を評して「素晴らしい反戦映画」とだけ薄っぺらに語るアホが現れたならば 私はきっと鼻で笑う事だろう。


現在 劇場公開中なので あえて内容のネタバレは避けたいと思うのだが、ひとつだけ軽くお許しを乞い批判を先に先に申し上げておきたい。


それは…


準主役の元パン屋は けっして悪くは無かったが、もっとポテンシャルの高い役者を使って欲しかった…という事。


外人プロデューサーからすれば 日本人の若手は どれも似たりよったりに見えるのかもしれないけど 今回起用された元パン屋では年齢的に若すぎる感、というか幼い感じがして台詞や雰囲気にズレを感じたのだ。


私としては「安藤政信」あたりでキャスティングされていれば もっと、シックリいったと思った…と 正直に申し上げたい。


まぁ、そんな個人感はともかく、一般的に批判されそうな点を言うと…


栗林中将の自決シーンに違和感がある…という意見が少なく無いと思う。


史実における私の認識では 栗林中将が どのタイミングでどういう没し方をしたのか その正確なところは判っていない。


だから、その部分には創作的な描写が盛り込まれるのは理解出来るので この作品の描写が正しいか否か?で 違和感云々という異議は あまり説得力を感じなかった。


で、想像を語れば 欧米人あたりには 多分、日本兵=サムライというイメージが強いのだろうから この作品の様な自決シーンが 作品の評価を上げる大きな要素になるんじゃないか?とさえ勘繰る。


でもね、それならそれで良いじゃないか…と、私は思っている。(その理由は後述する)


「硫黄島からの手紙」は戦争映画ではあるが 派手な戦闘シーンは少ない。


「戦争映画なんだから もっとド派手なシーンが見たかった」


なんて感想を述べる人も少なく無いのであろうけど、そんな意見にも 私は賛同しない。


ただ、ひとつ挙げるならば…


姉妹作である「父親達の硫黄島」 その原作となった「硫黄島の星条旗」において その原作を読んだ方の多くは 日本兵が米兵に無惨なリンチを加えた…という部分が 物凄く原作者が批判的に記述しているのを知っており、だからこそ「父親達の硫黄島」として映像化される際に そこをどう描くのかが心配だった。


が、「父親達の硫黄島」では その部分についてあっさりとした描写になっており、逆に「あれれ?」と 私などは思ってはいたのだが、「硫黄島からの手紙」を見て 私なりに納得したのは 「硫黄島からの手紙」の中で 日本兵が捕虜を撃つシーンがあるのだが、もし 今後、映画を見るのであれば 是非、注意して見ていて欲しいのは 捕虜になった米兵は「火炎放射器」を背中に背負っている…という点。


これは あくまでも個人的意見なのだが、原作となった「硫黄島の星条旗」で何度も非難される日本兵による米兵捕虜の虐待に対して 私は ひとつの反論というか、弁論を抱いていた。


それは まず、硫黄島の日本兵には「逃げ場」が無かったという事を留意すべき…という事。


「投降すればいい」


というのは あくまでも米兵の考えであって、その考えを戦後の日本人も理解したから、今の日本人は 当時の事など考えずに、当時の米兵同様「ナンセンス」と判断する。


しかし、当時の世相では 硫黄島の兵士達にとって逃げ場は全く無くて、その追い詰められた状況で 最も残虐な(腹立たしい)米兵の戦法は 火炎放射器による焼殺なのだ。


生きたまま業火で焼かれて死ぬ。


仲間の多くが 目の前でそんな死に様を見せられた時、「火炎放射器を持った敵」は ただの敵以上に憎悪の対象とならないか?


良い悪いの是否を問いたいのでは無い。


島そのものが地獄だったのだ。


だから、もし日本の映画会社であれば 派手に燃えてのたうち回る兵士や 虐殺される捕虜…というシーンをふんだんに しかも派手に盛り込んだのであろうけど、今回の「硫黄島2部作」は どちらもアッサリと しかし、押さえるべきポイントはちゃんと押さえて描いているのに 私は唸る他無かった。


つまり、派手に人が死んで「お母さん」とか「天皇陛下バンザイ」とか 台詞でメッセージを観客の耳目に表現しようとするのでは無く、心に対して「こういう状況だったのだよ」と 諭す描き方なんだと感じたから 私は唸る他無かったのだ。


単に少ない戦闘シーンとはいえ その中で最も感じた事は 米軍の艦載戦闘機「コルセア」が 不意に日本軍陣地を襲撃するシーンを観て


「実に 戦闘機の描写が巧いなぁ…」


と、感じた。


ここ数年の間に見た戦争物の その殆どはスピルバーグが関係している物なのだが、「プライベート・ライアン」「バンド・オブ・ブラザース」「太陽の帝国」 いずれも第二次大戦時のレシプロ機の描写が秀逸で スピルバーグが関係していない作品でも たとえば、ブルース・ウィリスが主演した「ジャスティス (2002年公開)」のP-51は素晴らしかったなぁ…


それに対して 邦画での戦闘機は どれもこれもマンガみたいなものばかりで「大金かけてCG作りました」なんて よく恥ずかしくも無く自慢できるな…って感じのものばかり。


昨年来より、戦後60年という事で 各映画会社が「予算をかけて」と称して 戦争映画をこぞって制作したが、どれもこれもクソ映画ばかり


で、そんな作品を見る度に 私は「慰霊の気持ちを何故込めない?」と怒り続けてきた。


それが「硫黄島からの手紙」という作品を見て もうね、爆泣きだよ(ToT)


その私の涙の殆どは「嬉しい」とか「感動した」とか「可哀相」って涙じゃない。


「なんで、こういう映画を日本人が撮ってやらないんだ!!!」


と言う意味での「悔し泣き」だ。


なんで、日本人の末裔である我々が 米国制作の映画で 栗林中将や市丸少将やバロン西を偲ぶんだ?


なんで、日本人が知ろうともしなかった硫黄島の闘いを アメリカ人から教わらなきゃならんのだ?


それを思うと 悔しくて堪らない。


と、同時に 硫黄島で屍と化した約2万2千人の日本人戦没者の方々に対して申し訳なく恥ずかしい。


この作品はね ヘラヘラしながら、「いやぁ~ なかなか良い映画だったね」なんて 日本人が気軽に言っちゃいけない作品だと 心底、私は感じたね。(ToT)


映画の冒頭、司令部跡の地下壕の地面から発送出来ぬままの多くの封筒が詰められた郵便袋が掘り起こされる


だから、そこだけを見て「あぁ、だから”硫黄島からの手紙”ってタイトルなのか…」と もし、この映画を見た人が言ったなら 私はアホかと叱りつけたい。


この映画の根底に流れているのは 硫黄島という隔絶した孤島で 約2万2千人の日本人が どういう思いで死んでいったか、その死んでいった方々が 後世の日本人達に どういう思いを伝えたかったのか… つまり映画自体が”手紙”なのだ…という事に気づけ そう言いたい。


つまり、本土に届けられなかった最後の郵便袋…は 硫黄島で戦死した人々の想いを表しているのに過ぎない。


最後の最後に 届けたかった想いが、本国に届かぬまま、そのまま硫黄島の土中に数多の屍と共に埋まったまま60年放ったらかしになっていた… そういう意味なのだ と。


だからこそ、もっと早くに この作品を見ずとも 後世の日本人である我々が とっくの昔に察してあげていなくちゃいけない”想い”を この映画でクリント・イーストウッドやスピルバーグという外国人から わざわざ教えられたのだ。


ね? そう思ったら 悔しいやら恥ずかしいやらで 泣けてこないかい?


「男たちの大和」とか「出口のない海」とか 諸々のTVでのスペシャルドラマとか… それらと比較する事じたいおこがましいぐらいの 魂を感じたよ。


「1日でも長く戦い続ける事が 本土への攻撃を それだけ遅らせられる」


その為に、最後は5日間 飲まず食わずで戦い続けて もう体力も弾も尽き果てました…と死んでいかれたのだ。


それが60年後の今日、毎日 膨大な売れ残りのコンビニ弁当が廃棄され、若者や子供達は好き嫌いの激しいガキばかりで…


役人は責任回避ばかりに夢中になり、マスコミや政治屋は言葉遊びに終始して…


ホントに 情けない。(ToT)


日本人である私としては 「父親達の硫黄島」よりも この「硫黄島からの手紙」こそ「硫黄島」の作品だと感じている。


それだけ、素晴らしい映画だと思ったのだ。


聞けば、アカデミー賞の候補作になりそうだと アメリカでも評価が高いのだという。


であれば、いっその事 受賞して欲しいとすら切望するわけで…


映画という製品に対して その出来に感謝の意を捧げるのならば 劇場で金を払って見て、DVDをレンタルでは無く、ちゃんと購入して「興行成績」を上げさせてあげる事と 賞という名誉を与えられるか否かに 出来る協力をしてあげる事。


その為ならば 自決シーンがアメリカ人好みの「サムライ」でも良いよ^^;


だから、私は そんなところにケチをつける気は毛頭無い。



お駄賃

 気が向いたら…で結構です。^^;

 この記事への御駄賃がわりに下のバナ-のいずれかを クリックして頂けると嬉しいです。^^
 (全部、クリックしてくれると もの凄く嬉しいのは事実です。^^)

ブログランキング・にほんブログ村へ Blog Ranking 人気映画・TVBLOG blogram投票ボタン BlogPeople「自分のこと」部門にクリック BlogPeople「テレビ」部門にクリック BlogPeople「映画」部門にクリック

『戦争関連』関連の記事

コメント

そうなんですよね、どうしてハリウッド映画なんだという所で、私も悔しく泣きました。

でも、主演の渡辺謙が某番組にて「あれは、日本映画です」といい切っていた所に更に爆泣き。

未だに気持ちの整理がつかず、記事に書けません(´Д⊂グスン

ブタネコさんへ
今日の記事で又映画を思い出し泣けてきますね。多くの人に見てもらい国と国との戦争とは何ぞやを分かってもらいたいのと硫黄島で亡くなった人々に感謝の気持ちを持ってほしいです。薄っぺらな100論より一見で胸にずしんと来ますね。僕も一つ突っ込みたいのは米軍が36日も攻略に時間がかかった最大の要因の地下要塞や地下交通路構築のエピソードを描いてもらいたかった点です。米国からみたら火山の島であんなもの作られたら36日もかかって2万人以上の死傷者が出るのも仕方ないわと納得するだろうし、日本から見たら要求の1/4のセメントでよくあれだけの物を作ったなと思い、物量には知略で対応する日本人の心意気を実感でき、無念さの中になんか気持ちを落ち着かされるものを感じられると思うのですが?でもこれをアメリカのスタッフに要求するのは無理かな?しかしブタネコさんの仰るとおり突っ込み所を補って余りある良い映画でした。

 まだ、観ていませんが、予告編で泣けます。

 「・・・我々がこの島で生きる一日には意味があるのです」という渡辺
=栗林の熱弁で、もう、鳥肌がたちますね・・・。栗林中将の最期には
諸説あるそうですが、私は階級章むしりとって、一兵卒の姿で敵陣に
突入したという最期が、もっとも栗林らしいなぁと思います。

お~ありがとうございます。

見ようかどうかカナリ悩んでいたので、
見に行ってみようと思います。

映画1本でここまでの記事が書けるとは、す、凄いです…
ちょっと観てみたいなと思っていた作品ですが観る前にこちらの記事を読んでしまったのは私の失敗だったかもしれません(^^;

★ Wen さん


>渡辺謙が某番組にて「あれは、日本映画です」といい切っていた


へぇ、そうなんですか…

でも、なんとなく判るなぁ


>未だに気持ちの整理がつかず、記事に書けません(´Д⊂グスン


記事、楽しみにしております。^^


★ タンク さん


>物量には知略で対応する日本人の心意気を実感でき、無念さの中になんか気持ちを落ち着かされるものを感じられると思うのですが?


う~ん、仰ることは判ります。^^


>でもこれをアメリカのスタッフに要求するのは無理かな?


私は アメリカとしては、僅かではあるけれど、その辺をそれなりに描写した様にも思えたんですよねぇ

だから、あまり気にはなりませんでした。


で、頂戴したコメントの私信の部分なんですが…


タンクさんの勘違いではありません。

ただ、撃った…という部分と 助けようとはしたけど… って部分は 一般兵とバロン西とで行動が違うので あえて一般兵の部分でのみ語ったつもりなんです。^^; 


★ FORREST さん


お忙しそうですね^^;

以前、義弟が アンブローズ氏が 今度は太平洋版を書くらしい…と
嬉しそうに言ってたのを思い出しました。^^

義弟も まだ観ておらず、

「もう少し、映画館の客が減って 静かに見れるようになってから じっくり観るんだ」

と言ってました。^^


渡辺謙の栗林中将は秀逸でした。

訓辞といい、「バンザイ」といい 泣き所満載ですよ。


★ はる さん


あら、珍しいね コメントを下さるなんて^^

「グズグズ言わずに 観に行っとけ」

以上です。^^


★ Schmid@道楽 さん


お久しぶりです お元気ですか?^^


>映画1本で


だって、良い映画なんだmon♪


>観る前にこちらの記事を読んでしまったのは私の失敗だったかもしれません(^^;


え? それって良い意味? 悪い意味? ^^;


これは入場料払って観る価値大の映画ですよ^^

ブタネコさん
ご無沙汰しておりました。
記事を拝読し、共感するところ多く、大変嬉しく思いました。

>「なんで、こういう映画を日本人が撮ってやらないんだ!!!」

というくだり、まったく同感であります。
私もこの作品で初めて硫黄島の闘いを知った者でありますが、このような作品を米国が撮ったというところに何とも言えぬ複雑な思いを抱かされました。
と同時に、アメリカ人だったから撮れたのではないかという気もいたします。

拙記事をトラックバックさせていただこうと思ったところ、できないことに気づきましたので、厚かましいとは思いつつこちらにアドレスを貼らせていただきます。

http://combat.blogzine.jp/heritage/2006/12/__8293.html

ブタネコさんの記事に共感したと言うわりには、ちょいとピンぼけ、なんじゃこりゃ、みたいなところもあるかと思いますが、おひまなときにでも読み流していただければ幸いです。

それにしても、戦争は本当に地獄です。

★ HAZUKI さん

ども、お久しぶりです。^^

トラックバックの件 本当に申し訳ありません^^

今後も 御気軽に貼って下さると嬉しいです。

後ほど、HAZUKIさんの記事を拝読に参上したいと思います。^^

私もようやく観てこれました。アカデミー賞作品賞の候補になったという報道のあとだったためか、劇場はほぼ満員で、老若男女、様々な観客が席を詰めあっていました。

「父親たちの星条旗」と「硫黄島からの手紙」、双子の映画という表現をされることもあるようですが、監督がアメリカ人のためか、若干メッセージが違うのかなという印象を受けました。前者のほうがよりアメリカの現在に対しての警鐘の側面が強い気がしましたし、逆にこの映画で最も強く打ち出されたメッセージは「慰霊」だな、と。戦争というものの無残さ淡々と、でもとても真摯に表現されていて、「反戦映画」という表現も頷けるんですが、それと同時に「あの戦争でこれほどまでして祖国を守ろうとした人々がいた。それを絶対に忘れてくれるな」という思いが画面から迸り出ていました。
クリント・イーストウッド監督は本当にすごいです。そして、早く日本でこういう映画を撮れるようになって欲しいと願わずにはいられません。

これまで、無駄に先の大戦に関することを蔑視して自虐的になっていたわが国の世論ですが、冤罪的なことで他国に非難されたり賠償を求められたりしているケースもあります。
でもそういうことって、末裔である私たちがすすぐ義務があるんですよね。この映画のように、客観的な視点を持って、あの戦争をみつめなおすことができたらと、切に願っています。

★ しき さん

>この映画で最も強く打ち出されたメッセージは「慰霊」だな、と。

そうなんですよね、私も その感が強かったです。

だからこそ、絶賛したんだけど イーストウッドに文句をつける気持ちは無いのですが、
まずは、日本人が先に そういう「慰霊」をしなきゃダメだろう…という気持ちが増大し…
腹立たしく感じました。^^;


>早く日本でこういう映画を撮れるようになって欲しいと願わずにはいられません。

ですね、同感です。


>この映画のように、客観的な視点を持って、あの戦争をみつめなおすことができたらと、切に願っています。

本当に 同感です。

まだ見てないのですが、もともと興味があった作品だけに、さらに見たくなりました。
「事実」から目を背けようとする時、人は「自分にとって都合のいい」所をピックアップして
描くところがあるのかもしれないなぁと感じていて、それゆえ感情的になる所もある。
「慰霊」しようと思ったら、事実を見つめないとみえてこないところもあるかもしれない。
見つめた先に、訴えたかったものがこの作品だったのかもしれないなぁ・・と
観る前から感じております。
この記事がとてもいい心の準備になりました(^^)

★ meiya さん

コメントを拝読して ふと、私の頭の中に思い浮かんだ事は…

「知覧」や「豊見城」や「呉」や「鹿屋」や そして「靖国」に行き、自分なりに「事実」を見つめてみました。

その結果、事実は 教科書には載って無く、多くの教師やマスコミが「事実」の様に語る事の多くは 微妙にねじ曲げられた事ばかりだという事に気づき、最も欠けている事が「慰霊」だと悟りました。

単なる戦争アクション物なら いざ知らず、邦画の戦争物は いつも「愛」を込めたがるけど、「慰霊」の意の無い「愛」など 陳腐でしかありません。

…という事です。^^

なるほどなぁ。
『戦争』を使って、『愛』を語られても、少し違うよなぁって感じがします(^^;

少し話がずれますが、現実として「歴史」の時間で、そこまでたどり着かないっていうのが現状だと思うのです。
いや、歴史の時間さえ削られていたのだから、それ以前の問題かもしれませんが(^^;
ますますそういう『映画』であったり、マスコミの情報から「歴史」を知るしかできないなんて
可能性も生まれてくるかもしれないのですよね・・・。

だからこそ、製作者側は「何を伝えたいのか」っていう意図をもっと意識してもらえたら
嬉しいかなって感じます。

★ meiya さん

>だからこそ、製作者側は「何を伝えたいのか」っていう意図をもっと意識してもらえたら
>嬉しいかなって感じます。

それもありますが、原作を用いて それを映画化する場合に まず、「原作が伝えようとしているのは何か?」を ちゃんと理解しろ…と、言いたいですね。^^

原作をキチンと理解せず、自分の言いたい事に利用するかの如き「改悪」が多すぎます。^^;

ブタネコさん 岡山は鳥インフルで大変です。うちの隣のおじさんが20羽も烏骨鶏を飼っているので心配してます。さてやはり学校の道徳でこういう物を取り上げるようにならないと日本は,次なる飛躍はないと思います。先達のことをたくさん知ることで,自分たちの未来も見えてくるのでしょう。 

★ neppi さん

>学校の道徳

学校、というか 今の教師に これを求めるのは無理でしょうね

判っていない教師が多すぎますから

【※注意!!】

この記事は『ブタネコのトラウマ』の倉庫に保管されている記事なのでコメントの投稿は出来ません。 2015年2月10日以降 このクソブログは『ブタネコのトラウマ・リニューアル版』に移転しましたので新規記事更新及び、過去記事へのコメントの受付もそちらで行っておりますので お手数ですが、そちらへの移動をお願い申し上げます。