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2006年11月23日

● 月光の夏


映画「月光の夏」について語ってみる。




以前、ある方より「月光の夏」(1993年公開)について語るようリクエストを頂戴したまま、すっかり時間が過ぎてしまった。^^; 

(ゴメンナサイ)


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物語は、九州の佐賀 


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とある小学校の体育館で朽ち果てた1台のピアノが処分されると聞き、


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戦時中、その学校で教師をしていた女性(現代:渡辺美佐子)が


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それなら、そのピアノを譲って欲しいと申し出る。


教師や校長が その理由を尋ねたところ…


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終戦の年、二人の特攻隊員が 突然、学校に現れて 最後の名残にピアノを弾かせてくれと懇願し、弾いていったピアノだったのだ。


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その時の特攻隊員は 一人は師範学校で音楽を専攻し、もう1人は東京の音大に通っていた 世が世ならピアニストとして世に出る技量を持った若者だった。


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その演奏を目の当たりにした女教師(昔:若村麻由美)は その光景が忘れられず、そして その時のピアノが処分されるのを忍びず、譲ってくれと申し出たのだ。


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校長は その話を全校生徒の前で話す事を懇願し…


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その講演には 新聞記者等、報道者も駆けつけ


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二人の特攻隊員の身元を探し出し、その一人が今も生きている事を突き止める…


しかし、男(仲代達也)は「昔の事は忘れた」とだけ語り、それ以上の話をしようとしない。


そのため、元女教師は「作り話を語ったのではないか?」と非難をされる羽目にもなる。


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だが、特に話に興味を抱いた記者(石野真子等)が 


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協力者と共に、


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元特攻隊員で今も生存しておられる方々から話を聞き、特攻出撃しながら愛機の不調等でやむを得ず引き返して来た者達の中に 辛い思いをした人々が居る事を知り、男(仲代達也)も その一人だったと知る…


って感じであらすじは止めにする。^^;


私は 正直言って、この映画を最初に見た時は 評価すべき点も多々あるが、気に入らない点もあり、あまり好印象を抱かなかった。


と言うのは、評価すべき点は


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この映画は 九州に根を張る人々が実話を基に語り継ぐ事を意図して制作したもので、大手映画会社が作る戦争映画によくある「お涙頂戴」とは趣が大きく異なる事が まず、第一。


次に、映像内に


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  参考記事:『知覧(鹿児島県)


知覧特攻平和会館の映像があり、戦没者への慰霊の意もきちんと表されている事。


この二つがあるというだけで 実は充分に評価すべきなのかもしれない…とは思ったが、ネタバレ防止のために敢えて深くは触れないが、前半の 特攻隊員がピアノでベートーベンの「月光」を弾くシーンは感慨深いが、その後の「引き返した隊員の中には…」という部分に関して 私には描写の物足りなさを感じ、それが消化不良の様な気持ちになってしまった。


だから、先にも述べた様に「あまり好印象を抱かなかった」という結果だったのだが…


今回、記事をまとめるにあたり 映像を再見した。


そして、ある事に気付き もう一回(つまり、3度目)見直した。


個人的感想を率直に言うと この映画は意図的構成ではなく、当初の構成にミスがある。


でも、結果的に そのミスが、「ある事」に気づくと 不幸中の幸い…どころか 怪我の功名とも言える効果となる。


なので、この記事を御一読の上で「試しに見てみようか」と思われる方は 騙されたと思って 一度、全部を見た後で 出来れば直ぐに 最初のピアノのシーンの演奏終了までを もう一度、見直す事をお奨めする。


すると…


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このピアノを弾く特攻隊員が 実に真剣に、それも精魂込めて しかも、夢中に弾いているのが増幅して感じ取れるのだ。


つまり、この作品のキモは このピアノのシーンに尽きるのだが、おそらくは 中盤での生還した男の事情の表し方が 少し冗長になってしまい、ラストの回想シーンを「月光」をBGMに締めるはずが 締め切れずに終わっているのだ。


それは多分に「特攻で死んだ者も辛いが、生き残った者も辛かったのだ」を制作者は表したかったのだと充分に汲み取れるけど、ストーリー構成に ちと難がある。


でも、もう一回 演奏シーンを見ると  出撃を前に何故はるばるとこの学校まで来てピアノを弾きたかったのか? ピアノを弾く時に 1音毎に大事に、かつ 気迫を込めて弾いている様が「成る程なぁ…」と あらためて感じ入る事が出来、それが出来れば このシーンの涙は滂沱に変わる。


要は それだけ、演奏シーンが秀逸だ…という証でもあると言う事だが、それを一見だけでは感じ取りにくい構成に成ってしまっている…という事だ^^;


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開聞岳をバックに編隊を組む戦闘機(おそらく”隼”)のシーン


山も戦闘機も美しい。


でも、それが悲しく見えて 泣けてしまうのが、私には口惜しい…。(ToT)




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コメント

どうも、ご無沙汰しております。
でもいつも拝見していたりしてw

私は南薩(南薩摩)方面に行き、この開聞岳(薩摩冨士)を拝む際
いつもこの山の周りを名残惜しそうに旋回して、南海の海に散華した方々の事を
想ってしまいます。
日本本土の最南端という事もあり、かの地には南方戦線における
慰霊碑がたくさんございます。
まだお元気なうちに、どうぞお越しやす?(方言が違うかw)
おじゃったもんせ~(´ー`)ノ

★ Wen さん

>まだお元気なうちに

元気なんだよね? > 俺 (ToT)

頼むから「元気だ」と言っておくれよ > エブリバディ(懇願)

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