« 悪霊島(鶴太郎版) | TOPページへ | ウィニング・パス »

2006年10月07日

● 私は貝になりたい


最初は1958年にフランキー堺が主演で、そして1994年に所ジョージが主演でリメイク版が どちらもTBSによって制作された。




【以下の画像は 左は1958年版 右 及び 大きい画像はは1994年版】


画像画像

このドラマのストーリーは 基本的にはフィクションではあるけれど、ストーリーのベースとなった部分や ラスト、そしてタイトルにもなった「私は貝になりたい」という一文は 原題:『狂える戦犯死刑囚』 現在は『私は貝になりたい』と改題された書の中に ある戦犯受刑者の遺書の一文をベースにアレンジしたもの


あらすじは

画像

高知の とある町で理髪店主だった清水豊松は


画像画像

画像

画像画像

陸軍兵として招集され その軍務の中で


画像

画像画像

画像画像

撃墜され、脱出した米兵の捜索を命じられた部隊の一員として発見した捕虜に 上官の命令で怪我をさせる。


画像画像

画像画像

戦後、その件が問題となり 戦犯として逮捕され…


画像画像

画像画像

画像画像

「上官の命令は天皇陛下の命令と同然で絶対だった」と主張するも、「拒否しなかったことは殺す意思があったという証拠だ」と裁定され、絞首刑と判決が下り、


画像画像

画像

画像

巣鴨プリズンに収監され しばしの時を過ごした後…


画像画像

画像画像

刑死する。


その際に、

画像画像


  「せめて生まれ代わる事が出来るのなら…

   いや、お父さんは生れ代わっても、もう人間になんかなりたくありません。

   人間なんて厭だ。牛か馬の方がいい。

   いや、いや牛や馬ならまた人間に酷い目にあわされる。

   どうしても生まれ代わらなければならないのなら…

   いっそ深い海の底の貝にでも…、そうだ、貝がいい

   貝だったら、深い海の底の岩にへばりついているから、何の心配もありません。

   兵隊にとられることもない。戦争もない。

   房江(嫁)や、健一(子供)の事を心配する事もない。


   どうしても生まれ代わらなければならないのなら、私は貝になりたい。」


という内容の遺書を書き遺す。




このドラマは 「ドラマのTBS」と後の呼ばれた TBSドラマの礎とも言われている作品。


戦後、戦勝国である連合軍側主導で行われた極東軍事裁判には 裁判とは名ばかりで、キチンとした審理を行わず、刑を下し、それにより不当な服役や処刑にあった者は少なく無い。


最近では 首相の「靖国参拝」が問題となり、その問題の根底には いつも「戦犯合祀」が取り沙汰され、中国や韓国のバカタレ共が調子に乗った物言いをする。


が、中国や韓国の言い分は乞食の物乞いよりも醜悪で「ダメ元で文句を言えば 日本政府は 見返りに何かをしてくれる…」的な「外交カード」として利用しているのがミエミエだから、そんなものは ほっておけば良い。


しかし、見過ごせないのは 日本の小賢しい自称知識人や、賢しらぶった「町の人」とやらが


「戦犯を祀れば 被害者である中国や韓国が怒るのは当たり前ですよね」


と、テレビ番組でのコメントや街頭インタビューで述べる様だ。


極東軍事裁判が 実際に どの様に行われ、どんな内容だったかを断片的でも知れば、そんな小賢しいコメントを安易に言えないのは自明の理なのだが、どうも日本人てのは 聞きかじりだけで物事を知った気になる傾向が強い。


しかも、その諸悪の根元が 朝日・毎日なんてクソ新聞と 特にTBSの報道にある。


そこで問うてみたいのは「ドラマのTBSの礎」と言われる この「私は貝になりたい」を TBSの報道に携わる連中は どの様に受け止めているのか?って事。


軍事裁判がデタラメだった… この「私は貝になりたい」における物語の骨子のひとつには それがある。


にも関わらず、その裁判自体を検証しようともせずに「戦犯合祀」を問題視して「靖国参拝」に間接的に批判を繰り返すのは何故か? そこに「報道の正義」はあるのか? それを私は問いたい。


この作品じたいは とても意義深く名作だと私は思うが、現在のTBSごときが「ドラマのTBSの礎」と述べるのは 片腹痛いとしか言いようが無い。



お駄賃

 気が向いたら…で結構です。^^;

 この記事への御駄賃がわりに下のバナ-のいずれかを クリックして頂けると嬉しいです。^^
 (全部、クリックしてくれると もの凄く嬉しいのは事実です。^^)

ブログランキング・にほんブログ村へ Blog Ranking 人気映画・TVBLOG blogram投票ボタン BlogPeople「自分のこと」部門にクリック BlogPeople「テレビ」部門にクリック BlogPeople「映画」部門にクリック

『戦争関連』関連の記事

コメント

ブタネコさんへ
このドラマはどういうわけか記憶に残っていて、フランキー堺というドラマー(太鼓のドラマー)が主演したのを覚えています、1958年と言えばまだ小学生の頃なので、再放送でもみたのかな?。所ジョージのは知りませんでした。最近のこの手の映画やドラマは厭戦モードを否応なしに駆り立てる手法が常です。戦争と言うものはあってはならないし、無いほうが良いのに決まっています。国をあげて人間の命をやり取りするわけですから、そんなもん無いにこしたことがないのは分かり決まりきっています。我々後世の人間はそれでもなお当時の人たちが戦争に突入せざるを得なかったことに思いをはせるべきではないのかと思います。その検証のほうがこれからの日本の行方を考えた時に多いに役立つと思われます。昨今の国会の討議のA級とか靖国とかうんぬんは、その結果だけを中国や韓国のご機嫌をとって、政局にして政権を取りたいがための手段として使用しているだけで、国を思う気持ちなんかこれぽっちも感じられません。戦没者への慰霊の気持ちがあれば自ずから自分を律することはできると思いますが、彼らにそれを求めるのは無理か。何かむなしくなると同時に腹たってきますね、取り留めの無いコメントで申しわけ有りません。

★ タンク さんへ

>最近のこの手の映画やドラマは厭戦モードを否応なしに駆り立てる手法が常です。
>戦争と言うものはあってはならないし、無いほうが良いのに決まっています。
>国をあげて人間の命をやり取りするわけですから、そんなもん無いにこしたことがないのは分かり決まりきっています。


私もタンクさんと同様 厭戦である事は 悪い事ではないと私も思います。

でも、厭戦気分で 当時の方々を推し量るのは間違っていると思います。

当時の方々は 決して好戦だったとも思いません。

その辺を きちんと踏まえて 歴史感をねじ曲げて欲しくないと願うばかりです。

だからこそ、まずは「慰霊」 そこにこだわるばかりです。^^;

【※注意!!】

この記事は『ブタネコのトラウマ』の倉庫に保管されている記事なのでコメントの投稿は出来ません。 2015年2月10日以降 このクソブログは『ブタネコのトラウマ・リニューアル版』に移転しましたので新規記事更新及び、過去記事へのコメントの受付もそちらで行っておりますので お手数ですが、そちらへの移動をお願い申し上げます。