● 冬空に月は輝く
900000アクセス達成記念に 幻の一品の封を切ってみる。^^;
御承知の通り、私の記事はレビューというより、私の個人感テンコ盛りの感想である。
この作品は 私にとって いろんな意味で重要な意味を持つ作品なので、今回は 申し訳無いけどネタバレに関して 注意を払って書く事を止めようと思っているので、いつか見る時を楽しみにされているかたは 以下の文を読み続けない様、御願い申し上げておく。
この作品は2004年にフジ系で「ヤングシナリオ大賞」と銘打って脚本を募集し、大賞に選ばれた作品を映像化されたもの。
で、いろんな理由があるのだろうと想像は出来るが、DVD化されておらず、再放送の可能性も薄く、幻の作品とまで言われている。
この作品には 今、現在 私が このブログにカテゴリーを作って注目している女優が4人
・綾瀬はるか
・佐藤めぐみ
・水川あさみ
・沢尻エリカ
そんな彼女達が皆、ほぼ無名に近い時点での出演作であるわけだけど、私は、この作品をオンタイムには見ていない。
この作品を見る事が出来たのは つい、最近の事である。^^;
で、今 思うのは、もし、この作品をオンタイムで見ていたら その時点で4人とも「チェックを欠かしてはいけない女優」としてリストアップされ、このブログも もっと早い時期に開始されていた可能性が高い…という事。^^;
先に言えば、脚本は「ヤングシナリオ大賞」を受賞しただけあって悪いモノでは無いけれど、粗さが目立って 筋書きだけを考えれば、特筆すべき素晴らしさも無い。
けれども、この作品が珠玉な出来映えに感じるのは 演出の巧さもあるとは思うけど、出演している無名な若手女優が それぞれキラキラと可能性を感じさせる輝きを放っているからだ。
物語は とある高校の女の子(今宮華子:綾瀬はるか)は 両親が離婚し、父方の祖母に幼い頃から引き取られて育てて貰い、
祖母の指導で弓道を学び、
高校1年で県大会個人戦優勝の腕前となるも、祖母が急逝してしまい その為、弓道もスランプに陥る。
そんな時、上井江麻(佐藤めぐみ)が転校してきて、
友情が育まれるが3年の最後の大会を終えた後、
ふとした誤解が原因で仲違いとなり… って感じな訳で…
「沢尻エリカ」の出演場面は全般を通じて とても少ない。
(右から2人目)
(真ん中)
綾瀬と佐藤が3年生の時の1年生という設定で 台詞が二言と、極短いけど、ナレーションを少し喋っている様だが、贔屓目を抜きにして この時点で天性の台詞の巧さが垣間見える。
次に、「水川あさみ」は 綾瀬はるかのライバル役として2回に分けて登場するが台詞は一言も無い。^^;
最初の登場時は
ライバル(綾瀬)に「負けるもんか」と闘志が漲っており
ライバル(綾瀬)のスランプぶりに「何やってんだ コノヤロウ」と睨みつける
二度目の登場は 3年生最後の大会で
自分の結果に満足と誇りの表情を浮かべた後…
ライバルが自分以上の腕を披露する姿を見て ニヤリと笑う。
全く台詞は無かったけど、一度目の睨みつける表情と 二度目のニヤリと不敵に笑う笑顔… もう、それだけで充分「この娘、やるなぁ~」と惹き付ける魅力充分だ。
そして、「佐藤めぐみ」に関しては…
この作品をオンタイムで見ていたら もう、この時点で 私は「佐藤めぐみヒャッホイ」宣言をしていたな… そう確信する。^^;
この娘は 最大の武器である「目」が実に良い。
「目」だけで、怒りや憎しみ、微笑みや、心配などの気持ちを表す術を身につけている。
この無名時代で 既にこれだけの素質を見せている事が判った以上、つい最近 放送終了した とあるドラマの演出家達が「佐藤めぐみ」の魅力やポテンシャルを見抜けない 実に無能な連中だったかがよく判る。
で、4人目の
「綾瀬はるか」だが…
もうね、何も言えないね 俺は。 orz
「怒った顔」「困った顔」「寂しそうな顔」「拗ねた顔」…
「世界の中心で愛をさけぶ」で 完全にKOされた私だが、この作品をオンタイムで見ていたなら、もう、この時点でヤラレたわ。^^;
「水川あさみ」と「佐藤めぐみ」でグラグラに揺さぶられ、「綾瀬はるか」でトドメを刺されたら、演出や脚本によるドラマの粗さなんかどうでも良くなっちゃって、約1時間の放送時間が終わった途端、タバコを吸いながら遠くを見つめて 物凄く幸せな気分に浸っちゃったもんね^^;
この「冬空に月は輝く」を takuさんが個人的に 私に強く薦める理由が本当に よく判ったよ。^^
どの娘も実に輝いていて「あぁ、人生って素晴らしい」って気分にさせてくれるもんね。^^
個人的な欲を言えば、
神社の神主であり、弓の師でもある「中丸新将」も決して悪くは無かったが、出来る事なら「小日向文世」 もっと、出来る事なら巫女姿の「木村多江」をキャスティングしてくれれば… いや、そこまで望むのは欲深だな。^^;
後輩役の「上野なつひ」も 決して、悪くは無かったが、周りが花盛りで霞んでしまったのは気の毒としか言い様が無い。^^;
見終わった今、つくづく思うのは 私は「綾瀬はるか」に関して「風の盆から」が「幻のお宝映像」だと思ってきた。
その思いは今でも変わったわけでは無いけれど、この「冬空に月は輝く」は その更に上をいく「幻のお宝映像」だと つくづく痛感した。
久しぶりに言わせて貰えば TV版「世界の中心で愛をさけぶ」はドラマだなんだと そんな低次元なレベルで語りたくない至高の作品だが、このブログの過去記事を御覧頂ければ何度も語った事が御理解頂けるように、昨年の正月明け 針が飛んだレコードの様に、亜紀を失ったサクの様に 何度も、プレイ・リバースの繰り返しで見続けたわけだが、ある時、自分の中で ひとつのキッカケを見つけ、それ以来、DVDを封印して意識して見ないように過ごしてきた。
そのキッカケとなったのは ブログで何気無いテーマの記事を書いていて、その文章の中で
「”TV版世界の中心で愛をさけぶ”の~シーンの様に…」と
全く関係の無い内容なのに ふと、比較の対象として事例に使っている自分の文章に気づき、しかも その文章に寄せられたコメントに
「記事を読んでいて 世界の…の そのシーンを思い出し、ジンとしちゃいました」
という一文を見つけ なんだか、無性に腹立たしい気持ちになったのだ。^^
これは、具体的に誰が悪い…という類の問題では無い。
強いて言えば、そんな文章を書き続けた私、自分の真意を文章表現しきれていない私自身が悪いのだ。
ある記事で述べた事だが、TV版「世界の中心で愛をさけぶ」を見て「感動した」と述べるのは 実に簡単な話。
でも、「どの様な理由」で 私が「感動した」のかは なかなか理解されていない。^^;
「亜紀が死を前にして 必死に頑張った姿」に「感動した」
「亜紀を失って後、17年も苦しみ抜いたサク」に「感動した」
「17年後に サクを呪縛から解き放った亜紀父」に「感動した」
「亜紀とサクを優しく見守った谷田部」に「感動した」
挙げていけばキリが無い程「感動」があったのは間違い無い。
でもね、それは全て「物語の中の感動」なのであって、それだけだったら私みたいなへそ曲がりは壊れたりしない。^^;
そんな「物語の感動」から誘発させられて「甦らされた自分の記憶の中の感動」 それが私の壊された真の意味での「壊される程の感動」だから、大変、不遜な言い方で申し訳無いけど
「私もブタネコさんと同じ様に、駅の階段を 手摺りに捕まって必死に上がっていく亜紀の姿に感動しました」
という様なコメントを貰っても 私の心の中では「そうじゃ無いって言ってんべ!!」と叫んでいる。^^;
私は 必死に這い上がっていく亜紀の姿に「亡き友」の
「死ぬまでは 必死に生きてやるの」と
何でもない、まったく普通の健康な状態だったら、罵声に近いツッコミを入れるであろう支離滅裂なその言葉に ヘラヘラと笑いながら
「そりゃそうだね」
としか言えなかったオノレの情けなさに口惜しくて涙が出るし、そんなヘラヘラ笑いの私に
「あ、これはシャレになってないね」
と、ボケ・ツッコミでサラリと笑って見せた「亡き友」の優しさを思い出し、その姿に感動が溢れるのだ。
これは完全に 私自身の勝手な個人的事情であって そこまで汲んでコメントを寄越せと言うのは 全くもって無理な話。^^
そんな事ばかりを言ってたら 誰もコメントなんか書けないブログと化すのは目に見えているわけで…^^;
実際に、こんな心情を察してくれたのは 南東北のtaku氏を初めとする ほんの僅かの人だけなわけで…^^;
だからね、TV版「世界の中心で愛をさけぶ」に関しては 記事では極力触れないように私の中で封印をしたのだ。
しかしねぇ…
この「冬空に月は輝く」の中で
こんな「綾瀬はるか」を見せられたら さすがの俺も もう駄目だぁ… orz
近日中に、出来るだけ早いタイミングで時間を作って TV版「世界の中心で愛をさけぶ」のDVDを一気見して壊れる事にするよ。^^;


