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2006年09月17日

● 散るぞ悲しき


「故・硫黄島総司令官 陸軍中将 栗林忠道 」を描きつつ、太平洋戦争末期に玉砕した硫黄島における日米の戦闘を記した書を拝読した。




昨年、戦後60周年という区切りの年という事もあって いろんなテレビ局や映画会社が いろんな戦争物のドラマや映画が制作され 劇場公開、もしくはTVで放映された。


しかしながら、例年にもまして 数多く作られたわりに、勉強不足や商業本意ばかりの駄作ばかりで 心から「作ってくれて(見せてくれて)ありがとう」と言える作品は ほんの1・2本しか無い。


また、ドラマとは別に 数多のドキュメンタリーも放送されたが、それも「ドキュメンタリー」とは名ばかりで 相変わらずの幻想平和主義や、都合の良い結果論ばかりを並べ立てて「戦争は悪」ばかりを押しつけるクソ作品ばかり。


過去ログを読んで下さっている方々なら御理解を願えると思うが、私は 平和がどうした、戦争がこうした…なんて事より まず、「慰霊ありき」だと思っている。


だから、ドラマでも映画でも そしてドキュメンタリーならば尚の事、題材になった戦場で亡くなられた方々に対し、その亡くなられた方々が 少しでも満足していただけるような慰霊的意味合いが含まれていない限り、作品を評価する価値は無いとすら思うわけで それが商業本意や 無意味な主義主張をするためのネタにしか使われてなければ 強調修飾をしたうえで「クソ作品」と罵る事にしている。




さて、クリント・イーストウッドが監督した「父親たちの星条旗」という硫黄島戦を題材にした映画が10月28日に劇場公開されるが、この映画は 

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「硫黄島の星条旗」ジェイムズ・ブラッドリー著 文春文庫 を、基に硫黄島戦を映像化したと言われており、この原作は 米海兵隊が硫黄島に上陸し、多大な死傷者を出し 日本軍守備隊と激闘を繰り広げた後、この本の表紙にもなっている 硫黄島の摺鉢山に星条旗を海兵隊員達が掲げる姿を写した写真 この写真に写った兵士達や その息子などのその後の数奇な運命を描いた本である。


で、クリント・イーストウッドは この映画を撮ると同時に 対となる日本側の視点での硫黄島戦を描く事を思い立ち、「硫黄島からの手紙」と題されて制作された映画が12月9日から劇場公開される。


「硫黄島」と呼ばれる小さな島で繰り広げられた戦闘が 太平洋戦争全般を通じて 如何に重要な闘いだったのかを知る日本人は極めて少ない。


おそらく、あえて名指しをしておくと TBS系でジャーナリストを気どっているみたいなクズ野郎に言わせれば


「硫黄島が米軍の手に落ちた時点で 日本が戦争を止めていれば 原爆投下も阻止できた」


なんて結果論を さも小賢しげに言い切って見せる事だろう。


もし、筑紫がジャーナリストとして万人から認められたいのならば そんな結果論でモノを語る事では無く、硫黄島で起きた闘いに どんな意味があったのか? そして、そこで果てていった先人達の想いには どんなモノがあったのか… それを少しでも汲んで後世に訴えてやれという事を 私は言いたい。


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「散るぞ悲しき」 梯久美子:著 新潮社


という本がある。


硫黄島守備隊の最高司令官 栗林忠道中将を描いた本としては 極めて秀逸な書だと思う。


硫黄島の激闘で 日本側戦死者 約20000名 米軍側戦死傷者 約28000名 という数字がある。


で、参考までに述べると 悲惨な戦場として名高いガダルカナル島の戦闘において


日本側の戦死者は 約20000名強 米軍側の戦死傷者は 約15000名


という数字がある。


単純に数の比較で語るつもりは無いが、この数字が物語る事には 日本側ではガダルカナルやインパール、沖縄などの戦場の悲惨さは多くの人が聞いてるが、硫黄島は余り知られていないにも関わらず、アメリカ側は ガダルカナルの闘いよりも この「硫黄島」における戦闘の方が 米軍兵の死傷者が多い事もあって はるかに激戦の地として認識されており、多くの米兵を苦しめた その守備隊司令官 栗林忠道の名は ドイツ軍のロンメル元帥同様 高い評価を下されている…という点にある。


ガダルカナルは 略して「ガ島」 多くの日本兵はマラリヤや食糧不足による飢死が多かった事から「飢島」と呼ばれ その悲惨さは今でも語り継がれている。


けど、硫黄島は それに「水不足」という苦しみが加味されていながら、餓死した兵は全体の戦死者数の中で占める割合は そんなに多くなく、その多くは 徹底したゲリラ戦と地下壕に篭もる戦い方で 米軍より火炎放射器で焼き殺された数が異様に多い事。


サイパン等の 他の玉砕した戦場では 通称「バンザイ突撃」による短期決戦が行われたが、硫黄島では それは厳禁され、「一日でも長く 闘い続ける事」が厳命された事。


では、何故「持久戦」が厳命されたか…


それは、硫黄島が米軍の制圧下になれば B-29長距離爆撃機による日本本土爆撃を容易にしてしまう為、守備隊が1日でも長く抵抗を続ければ そのぶん、本土への爆撃が遅くなる…と兵が信じて戦っていた事。


と、同時に 米兵に多くの戦死傷者を出させる事で 米軍や米国民に厭戦気分が増す事、その間に 終戦への工作を進めるための時間を稼ごうと 司令官である栗林が考えていたと思われる事…


それらが「散るぞ悲しき」という書の中で 証言や資料を基に描かれている。


この書の中には 引用したい部分が沢山あるが、それらの中でも 極めつけは


p230に 栗林中将が最期の総攻撃に際して行った訓辞の一文があり その中に


「いま日本は戦いに敗れたりといえども、日本国民が諸君の忠君愛国の精神に燃え、諸君の勲功をたたえ、諸君の霊に対し涙して黙祷を捧げる日が、いつか来るであろう。  安んじて諸君は国に殉ずべし」



と、述べたとある。


先に述べた筑紫の如きの手に掛かると


「こうした軍指導者の妄言に 兵達が踊らされ…」


という表現に利用されるのが 今までの話だが…


そうじゃないのだ、栗林中将が妄想家かどうかって話にすら 私は怒りを覚えるが、重要な点は違うのだ。


  「諸君の霊に対し涙して黙祷を捧げる日が、いつか来るであろう。」


硫黄島に限らず、戦没者に対して ちゃんと黙祷を捧げる日は まだ来てないぞ…


私は そこを声を大にして喚起したい。


「全てマスコミや 左巻き教育者共が悪い」と、普段 私が述べるのを責任転嫁と言われても結構だが、


「ちゃんと黙祷するには どうしたら良いか?」


けっして右寄り思想関係無しに 純粋に慰霊をしようとしても、なんらかの妨害をするのが(してきたのが) マスコミであり、日教組だったのだ。


だから、私は「慰霊」 その一点に絞って、ちゃんと冷静に考えてみようよ… と、今後も言い続けるつもりだ。


栗林忠道中将は 辞世の句を三首残しており、そのひとつに


『国の為重きつとめを果たし得で 矢弾尽き果て散るぞ悲しき』


と詠んだが、末尾を時局に合わないという理由で「散るぞ口惜し」に変えられて発表されたという。


しかしながら、約50年後に 硫黄島を訪れた天皇陛下が


『精魂を込め戦ひし人未だ地下に眠りて島は悲しき』


と、御製を詠まれた。


判るかなぁ…


これこそが 戦没者に対する慰霊なんだよ


「散るぞ悲しき」に「島は悲しき」と 実に見事な返歌を 天皇陛下は贈って下さったと感謝する。


天皇が慰霊碑を訪れる事を拒んだり、批判する団体がある。


その全部を 私は批判するつもりは無いが、その多くの主張にはいつも違和感を覚える。


それは 今、生きている人達の主義主張ばかりで、当時 没された方々の志向や感じ方を考慮に入れていると感じられない事が多いからだ。


栗林忠道は 彼が司令官として赴任する時点で 硫黄島の守備隊は玉砕覚悟の死守を命じられた島であり、生きて その島を離れる事があるとすれば太平洋戦争が終戦した場合のみ、そして かなりの確率で全てが屍となる事を運命づけられていた事を自覚していたと考えられる。


ゆえに、1日でも長く持久戦に持ち込む事を 配下の兵達に命じた。


であるがゆえに、兵達は苦心惨憺 苦しみ抜いた上に、多くの者は火炎放射器により焼き殺された。


結果論でしかモノが見えない考えられない人には とてつもなく残虐な指揮官に映るかもしれないが、では 何故、敵である米軍には 山本五十六元帥などと並び評されるほど評価の高い将なのか? そこを考えてみて欲しい。


与えられた命令に従い、国の為にそうするべきと選択した手法を 母国では全く評価されず、ややもすると批判され 敵国から「素晴らしい将軍」と呼ばれる。


そこに 現代の多くの日本人の感覚のズレが垣間見えるんだけど いくら語っても判らない人には 全く判って貰えそうに無い。


クリント・イーストウッドの2本の映画が公開され それが、どんな作品なのか 物凄く興味がある。


けど、それ以上に その映画を見た日本人が どういう感想を述べるのかに興味がある。


と、同時に 筑紫みたいなクズ野郎が ブームに乗っかった様に お得意の結果論を小賢しげに語る姿が目に浮かぶ。


いつになったら、ちゃんと慰霊できる日が来るんだろうね。




お駄賃

 気が向いたら…で結構です。^^;

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コメント

 クラヒー!! 天皇陛下の御製を拝読し、目頭が熱くなりました。

現代の判断基準で、当時の事柄の成否を論じる輩の多い事多い事。
それに対し、昨今憤る事の多い事多い事(私事ですが)

>いつになったら、ちゃんと慰霊できる日が来るんだろうね。

本当にそう思いますね。
そしていつになったら、過去の日本の歴史を継承した、本来あるべき姿の日本に還れるんでしょうかね。

この記事を拝読し、様々な事を考えさせられました。
なにせ、台風で籠城してましたから ミ(ノ_ _)ノ=3 ドテッ!!

★ FORREST さん

何とも言えない御製ですよねぇ…(ToT)

ただただ、頭が下がる思いです。


★ Wen さん

>なにせ、台風で籠城してましたから 

お疲れさまです。

我が家は本日より籠城です。^^;

ブタネコさんへ
昨日まで、4日間関西のほうへ旅行に行っていて、昨晩ブログを拝見したのですが疲労困憊のため爆睡してしまい、コメントが遅れました。この本早速読ませて頂きます、この本本屋さんでは目にしていたのですが、その時は東条由布子さんのほうを買ってしまいました。詳しくは読んでからとは思いましたが、ブタネコさんのこの文章の中だけでも戦争の重苦しい雰囲気は感じられるのに、次の記事のTBSのコメントは無いですよね。
分かりきった軽薄なコメントをしたり顔で出す、もっと心に響く考えさせるコメントを考えろよ、それでもおまえらプロかと言いたいです。その記事での皆さんのコメントにもあるように、慰霊の気持ちが感じられないのが一番不思議なのと同時に腹が立ってきます。それと理系な者で和歌等の文系が苦手ですが天皇陛下の和歌の素養に触れて畏敬の念が又増しました、皇室はもっともっと大事にして世界に誇りたいですね。またかみさんから’右傾斜がひどい’と言われそうです。

ブタネコさんへ
この本、先ほど読了しました。切ないですね、特にエピソード項の大本営参謀と栗林中将との件。しかし天皇陛下の慰霊で安らかになられたと思われます。しかし良い本でした、紹介してくれて有難う御座いました。
これからもすばらしい本の紹介を御願いします。

★ タンク さん

レスが遅れて申し訳ありません。^^;

そうですか、もう読了されましたか^^

私は この「散るぞ悲しき」の様な書が もっと多く世に出る事を願ってやみません。

この書のおかげで「栗林中将」には ようやく正しい光りが当てられたと思います。

同様に 陸軍だと「山下奉文」や インパール戦の「佐藤中将」、海軍だと「田中頼三」や「小沢治三郎」 そして、沖縄戦の「太田中将」等に もっと光りを当てて頂きたいと願っております。

【※注意!!】

この記事は『ブタネコのトラウマ』の倉庫に保管されている記事なのでコメントの投稿は出来ません。 2015年2月10日以降 このクソブログは『ブタネコのトラウマ・リニューアル版』に移転しましたので新規記事更新及び、過去記事へのコメントの受付もそちらで行っておりますので お手数ですが、そちらへの移動をお願い申し上げます。